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2016
12.28

エンドロールはあなたと 38

会議用の広いテーブルに広げた書類は、前回道明寺社で行われた会議でのレジュメだ。
つくしは紺野の意味ありげな視線を受けながら仕事をしていた。
何か言いだけなその顔に、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。と言いたくなるくらいだ。だが何も言ってこない相手に、わざわざ何かと聞く必要もないとばかり黙っていた。しかし紺野の態度は分かりやすい。つくしが自分のことを気にしているとわかった途端、声をかけて来た。

「牧野主任。ちょっといいですか?」
「な、なに?」
「この前、道明寺支社長と一緒にランチに行かれましたよね?あのとき、僕が目撃したのは間違いなくキスでしたよね?」

つくしは答えなかった。
誰が見ても間違いなくキスだ。それをわざわざ言葉にする紺野。
赤の他人にキスを見られるならまだしも、よく知る人間にキスをしている場面を見られるということに、奇妙な決まり悪さがある。特に日本人なら尚更そう感じるはずだ。だがあの男はアメリカ暮らしが長く、ひと前でキスをすることに躊躇いがない。それにしても、今までもキスは何度もされた。
どうしてひと前でキスをするのかと聞いたが、相変らず好きな女にキスして何が悪いとしか返されなかった。

「主任、今さら隠さなくても、というよりも隠せませんからね?」

紺野は興奮気味に目を輝かせている。
隠すもなにも公然の事実なのだから、どうしようもない。

「もし隠すなら隠すで方法もあったんでしょうけど、あの男らしい道明寺支社長が柱の影とかでコソコソするなんてことは、間違ってもないでしょうね?僕もですが大勢の社員が目撃してるんですから・・・でも・・」

紺野は言葉を切ってつくしの様子を窺った。

「誰もその話をしようとしないんですよね・・。主任知ってますか?道明寺支社長と牧野主任のことは話題にするなって言われてるんです」
紺野は声をひそめ話しを続ける。

「どうやら・・ここだけの話ですが、圧力がかかったみたいですよ?道明寺支社長が主任を連れてこのフロアを去った途端、うちの社長が現れて緘口令が敷かれました。ご存知のようにうちの会社の社風は、長い物には巻かれろ的なところがありますからね。それに相手は大口クライアントの道明寺HDですからね?社長の気の使いようと言ったら、それはもう凄いですよ?それに今まで道明寺社の広告は、光永企画に取られてばかりだったのを、主任が奪い取ったんですから!その件も含めてなんだかよくわかりませんが、とにかく、道明寺支社長と牧野主任のことは社外秘どころか、社内でもマル秘扱いですよ!」

紺野はつくしの功績を興奮気味に褒めたたえた。
確かに道明寺社の広告は、今まで光永企画の取り扱いが多かった。だからこそ、つくしが勝ち取った広告の依頼は、その一角を切り崩したとでもいうのかもしれない。

「でも、ミステリーですよね?あれだけ大勢の人間がお二人のことを目撃していたのに、いくら緘口令が敷かれていても、誰もそのことを話題にしないんですから、まるでお二人のことに触れると罪にでもなるかのようなこの雰囲気・・今さらですよね?あれだけ大っぴらにキスなんかされたら隠しようなないですよ、お二人の関係は」

本人の前で堂々と話しをする紺野の言葉は間違っていない。
確かに誰もあの日のことについて、つくしに聞いて来る人間はいない。

「それよりも、僕、気になってることがあるんです」
紺野はひと呼吸おいてから言った。
「それです」
紺野はつくしの足元に目を留めた。
「主任そんな踵の低い靴、今まで履いてませんでしたよね?」

紺野がつくしの靴の変化に気づいていたとは意外だった。
つくしは足元に視線を落とした。確かに踵が低くなったことは確かだ。あの男から贈られたもので、ビジネス仕様につや消しの黒い靴。

「それに、その靴。ひと目でいいものだとわかるような靴ですね・・・もしかして道明寺支社長からのプレゼントですか?主任はいつも足元がおぼつかないから、支社長が見かねてプレゼントしてくれたんじゃないですか?」

完全に図星だ。当たっている。
これまではなんとか背を高く見せ、仕事が出来る人間に見られたいとばかり、虚勢を張るというわけではないが、どこかそんなところがあった。
だが、踵の低い靴を履き、少しだけ肩肘を張ることを止めてみれば、生き方も変わるのかもしれない。

あの日、つき合うと決め、初めて二人並んで歩いたが、つくしと歩調を合わせようとする男の顔を見上げたとき、それに気づいた男が立ち止まって身を屈めた。
そして、言った。

『おまえはつまらない女なんかじゃねぇ。』

考えていたことを見透かされたような気がした。
何しろ男性経験のない女だ。つまらない女だと早々に飽きられるのではないか。
そんな思いもあった。

見惚れるほどハンサムな男性に見つめられ、恥ずかしさのあまり歩調を速め歩く。
すると、長い脚であっという間に追いつかれる。

『おまえの短い脚なんかで俺から逃げられると思うなよ?』

からかう口調がどこか心地よく感じられ、つくしの歩幅に合わせて歩く男は、気取りも無く自然体だと感じられた。こういうのを大人の恋愛と言うのだろうか。どこか穏やかな空気が流れた。だが殆ど恋愛経験のないつくしにしてみれば、目新しいことばかりのはずだ。

「主任、今はまだ靴だけかもしれませんが、そのうち下着とか贈られるようになるんですよ?男性が下着を贈るのは、それを自分で脱がせたい願望があるからなんですよ。男の僕が言うんですから確かです」

年下の、それも男性の紺野にそこまでレクチャーされると、つくしも黙って頷いてしまう。
こうなると、まるで弟がもう一人いるかのようだ。
見るに見かねてというのかもしれないが、甲斐甲斐しいというのか、この男は世話焼きのところがある。仕事については他人を押しのけても勝ち取ろうとするところは、まだない。
でも今はそんなことを考えている場合じゃない。


問題なのは、これからだ。

男性との経験はキス止まり。決して神経質になっているつもりはないのだが、何しろ他の女性たちよりスタートが遅いことは認めなければいけない。
だから、なんの警告もなく、いきなり何かを始められそうになると、思わず相手の顔に視線を向けたまま硬直してしまうことになる。

『おまえはどうしてそんなに人の顔を直視して固まるんだ?』

そう言われ、人差し指でおでこを突かれた。
つくしはため息をついた。恋愛についての主導権はあの男にある。
何しろ、つくしはほぼ初心者。そして相手はベテラン。

『もう少し俺の存在に慣れろ。そんなにガチガチに固まらなくても、いきなり取って喰うなんてことはしねぇよ。』



そんな時間を過ごし、今、こうして道明寺社に出向いての会議に、先日の会議での恥ずかしさが甦った。だがつくしは目いっぱい頭を回転させていた。ワインの広告を考えているのに、男のことを考えている場合じゃない。
ワインの味を芳醇で贅沢な味わいと表現する言葉がある。道明寺司という男は、まさにそんな男なのかもしれない。

それは洗練された大人の男の味わい・・・

・・駄目だ。

この前はコーヒーを零し、あの男の腕に抱えられ医務室に運ばれるという事態になったではないか。仕事だというのに、何故かプライベートな雰囲気が感じられてしまうのは、自意識過剰なのかもしれないが、何しろ道明寺が意味ありげな視線を投げかけてくるのだから、動揺するなという方が無理だ。切れ長の黒い瞳に誘惑の色を浮かべるとでも言うのか。
そんな瞳で見つめられ、体の力が抜け落ちる以前に、手から書類が滑り落ちていた。

今度は前回の会議のレジュメをばら撒くという事態につくしは慌てた。
そうなると、反射的に道明寺を見てしまうのだからもう重症だ。
散乱した書類を拾い集めようと床に膝をついたつくしの元へ、同じように膝をつく男。

「牧野主任お手伝いしましょう」

と、笑顔で言われれば、もうノックアウト寸前になっていた。






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コメント
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dot 2016.12.28 05:59 | 編集
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dot 2016.12.28 08:13 | 編集
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dot 2016.12.28 12:27 | 編集
チ**ム様
こんにちは^^
雪が降らなくても、サンタさんはいらっしゃったのですね?良かったです!お子様方の夢は守られましたね。
そうですねえ。年齢が高くなると、サンタさんなんて・・と、思うのは仕方がないです。その点、プレゼントを喜んでくてる末のお子様、いいですよね?
つくしちゃん。
会社で動揺してますね(笑)司の誘惑光線にくらくら?(笑)
過去、どんな女にも見せたことのない微笑みをつくしに見せる司。
それは確信的誘惑行為ですね。下着が贈られたら、即脱がされる(笑)確かに(笑)
紺野君は言いたい放題ですが、主任を慕っていることに間違いないと思います。(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.28 22:21 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
紺野君、本当に女子力高いですね?(笑)
桜子が二人いるようなものですね?(笑)
司は男の色気を振り撒き、つくしは意識し過ぎて書類を撒きました。
紺野君、行きますか?(笑)

「・・支社長っ!僕、牧野主任がいてもいいんです!僕、もう気持ちが押さえられないんです!」
「紺野・・。おまえの気持ちは嬉しいが、俺には牧野がいる。」
「いいんです!僕は牧野主任の次で構わないんです!ほらっ、ここがもうこんなに・・」
紺野は司の手を掴むと、スラックス越しに自分のいきり立った場所に押し付けた。
「紺野、おまえ、そんなに俺のことが好きか?」
「支社長っ!お願いです・・後悔なんてしません・・牧野主任にも絶対に言いませんから。・・だからーー!!・・し、支社・・長ッ?!」

おや?(笑)
何だかとんでもない方向に行ってますよ?(笑)
紺野君、何時からかこんなキャラに?

早速お読みになられたのですね?
あの週刊誌はかなり根性があります。今後が気になりますねぇ。

紺野君はさておき、司の本命は牧野主任ですから(笑)
コメント有難うございました。^^
アカシアdot 2016.12.28 22:55 | 編集
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dot 2016.12.29 01:37 | 編集
マ**チ様
こんにちは^^
紺野君情報で社内からは、見て見ぬふりをされていると知ったつくし。
紺野君に追及を受けるのは必死ですが、もう今更ですね?(笑)
奥手のつくしが恋をすると、色々な初めてに戸惑うようですが、そこは御曹司が!いえ、司が丁寧に指導してくれるはずです。手取り足取り・・。

「...牧野、大丈夫だ。俺が教えてやるから心配するな。痛いのは初めだけだ。」
「..うん。道明寺、痛くしないでね?」
「大丈夫だ。ただ俺のはデカイから痛いかもしれねぇが、なるべく気をつけて...」
「支社長ッ!僕も初めなんです。だから僕にも優しくして下さい!」
「紺野‼てめ、まだ居たのか‼」
「紺野君?ど、どうして紺野君が..ま、まさか道明寺..そうなの?知らなかった..。ごめん。あんたとはやっぱり付き合えない..紺野君と幸せになって..」
「ま、牧野!待てっ!ち、違う。違うんだ!紺野!触んじゃねぇ!離れろ!」

最近の学習塾は個別指導方式が多い・・そこで司は考えたんですね?(笑)紺野君とつくしを一度に‼
確かにつくしから平手打ちが飛ぶことでしょう(笑)
マ**チ様のお話があまりにも楽しく、ついあの様な状況が生まれてしまいました。そしてまた!!

マ**チ様の楽しいお話、また是非お願いいたします(^^)
今年も残り僅かとなりましたねぇ。しかし、一年が経つのはなんと早いことでしょう。
夜更かし同盟来年も頑張ります!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.29 07:42 | 編集
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dot 2017.01.03 00:47 | 編集
さと**ん様
こんばんは^^
【芳醇で贅沢な味わい】 ← 味わいたい。(≧▽≦)
【社外秘どころか、社内でもマル秘扱い】← よくあります。(笑)
【初心者とベテラン】← ベテラン度合が知りたいです。(笑)
しかし言い回しが古いですね?(笑)
こちら、紺野君が大活躍のお話です。何気につくしをナビゲーションしてくれています。
そして目的地は司です(笑)ルビコン川を渡り、愛の宣戦布告をしたつくしです(笑)

こちらこそ、いつも楽しいコメントをありがとうございます^^
本年もどうぞよろしくお願いいたします。(低頭)
とんでもない発言をする司がいるかもしれませんが、その時はアカシアの脳が正常に機能していないと思って下さい(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.01.04 22:19 | 編集
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