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2016
12.21

エンドロールはあなたと 35

司も、自分の目標を胸に秘めていた。
完全に攻めの誘惑に出るつもりでいた。しかしバージンの女を相手にするのは初めてだ。
だが許されるギリギリの範囲まで押し、ノーとは言わせない。
まず手始めとして、会議の場で参加者を前に二人の関係を見せつける。
あくまでもさり気なく。
だが確実に。

そんなとき、牧野がコーヒーを零したおかげで思わぬ結果をもたらしていた。
会議室にいた人間は確実に誤解したはずだ。いや、俺は誤解じゃなくてもいいんだが。
それに、バージンだと知ってからあいつに対しては細心の注意を払ってきたつもりだ。
たしかに、意識し始めたときから、あいつが欲しかった。だがとりあえず肉欲は抑えたつもりだ。

普通女に短気を起こされれば、世の中の男は困るはずだ。
だが、俺は全然困らねぇ。むしろ怒った顔にますます心をそそられる。あいつが困った顔にもそそられた。何カ月も女がいない男だとしても、とにかく牧野と出会ってから心が躍る。当然だが欲望も煽られる。

何事にも一生懸命という姿勢。出会った初めの頃の仕事一筋、男なんて関係ないわと言わんばかりの態度。背が低いことを気にしているのか、やたらと踵の高い靴ばかり履いている女。 
今ではそれも改善されたようだ。この前の会議は司が用意した靴を履いていた。

閉じていた唇に何度か軽くキスをし、そこから舌を入れてみたが、あの女は舌を突っ込まれるようなキスをされたことが、なかったようだ。
あの慌てっぷりが司を笑わせた。
つま先立ちしても司の肩まで届かない少女のような女。
そんな女が愛おしくて欲しくてたまらない。

司は秘書に繋がるインターフォンの番号を押した。




***





自分自身に嘘をつくことはやめよう。
今度会ったら気持ちを伝えようと思っていた。
そう思ったつくしだったが、あの男とはカリフォルニアから帰ってから、まだ一度しか会ってない。
理由は推し量ればわかる。一週間会社を留守にしていた男だ。忙しいのだろう。
手に軽い火傷とも言える痛みを負った日。
そしてそれに呼応するかのように、心にも熱い思いを感じさせられた。仕事に没頭しようとしてもあの男のことが気になって集中できずにいた。


つくしは司の態度に思いをめぐらせた。
追いかけて、ほほ笑んで、世話をやき、女性なら誰でも喜ぶようなことを、さり気なくすることが出来る男。そして照れるような台詞も平気で放ち、自分のやりたいように行動する男。
実際、道明寺と知り合ってから、初めての経験がいかに沢山あるかということにも気づかされた。何しろ今まで男性とのデートが2回以上続いたことがなかったのだから。

はじめて舌と舌が触れ合ったとき、どうしたらいいかわからなかった。
初めての感覚で、息をするタイミングを逃しそうだった。昔、誰かにキスをされたときは少しも胸がときめかなかったというのに、わけがわからなくなるほど舞い上がってしまった。

つくしは目を閉じ、心の中と頭で司を見た。
あの男は人を自由に操れる危険な魅力を持つ男だ。微笑みは全ての女性を虜にする。
心ならずも惹かれ、いつの間にか好きになっていた。今まで様々な人間関係を見て来た女は、自分の気持ちに忠実に突っ走ることが出来るのか?
恐らくそれは無理。
でも、出来ないことはないはずだ。


「牧野主任!聞いてますか?」
つくしはビクッとして、さっと紺野を見た。
「き、聞いてるわよ?なに?」
「なにってなんですか!主任、全然聞いてないでしょ?」

恐る恐る周りを見回せば、今回のCM制作のスタッフの視線が突き刺さるように痛い。
コピーライターの説明途中で、最終判断は担当者であるつくしに任されており、意見を求められていたところだった。だが紺野の言うとおり、うわの空とも言ってもいい状態で、全く頭に入っていなかった。
咳払いをすると、口を開いた。

「・・少し休憩しましょうか」

実際休憩したいのはつくしの方だ。

夜明けとともに目覚めたとき、コーヒーが2杯必要だと思った。
今まで道明寺司を主人公に妄想CMが思い浮かんでいた。それもR指定かと思われるような際どい妄想が浮かんでは消えていた。

だが、好きだと自覚した途端、そのCMはつくしの頭の中で別のものに変わっていた。
カリフォルニアでワイナリーの見学中に過った一場面があった。
それは、裸の道明寺司がベッドの上で、こっちへ来いよと女性を誘う場面だ。
本来ならここでストップという場面だというのに、後ろ姿だけだった女性が、いつの間にかつくしの姿に変わってしまっていた。
これまで沈黙してきた女としての部分が、急に目を覚ましたような気がした。

つくしは席を立ち、コーヒーを求め、自販機コーナーへと脚を運んでいた。








「牧野主任!」

降り向くと、紺野が慌てて走り寄って来た。

「牧野主任!大変ですよ!」
紺野の慌てぶりにつくしは何事かと聞いた。
「何が大変なの?」
「道明寺支社長が!いえ、道明寺支社長からお迎えの車が来てるそうです!」
つくしはきょとんとした。
「な、なにそれ?」
「主任、支社長とお昼の約束をしてたんですね?やっぱり二人はつき合ってるんですね?」

紺野の目がなぜか嬉しそうに輝く。
つくしはかぶりを振った。そんな約束はしていない。それにまだつき合うとか何も返事をしていない。でも、あの男は既にあたしとつき合い始めたつもりでいるということだろうか。

紺野はつくしが司に抱きかかえられ、医務室へと運ばれていく場面を目撃してから二人の関係を根掘り葉掘りと聞いて来る。

カリフォルニアで何があったんですか?
道明寺支社長って普段どんな服装なんですか?
プライベートジェットの中ってどんな感じですか?
もしかして・・お二人はもうそこで・・!
だが流石にそこまで立ち入ったことは聞いてこなかったが、興味津々と言ったところだ。

「主任ってば!聞いてますか?凄いですよ!でっかいリムジンが正面玄関で待ってるそうです。中は見えないそうですが、もしかしたら道明寺支社長が乗ってらっしゃるかもしれませんね?あ、でもお忙しい方で分刻みのスケジュールをこなす方ですから、お迎えだけかもしれませんね?」

リムジンと言えば、初めて食事に連れ出されたとき、車内でいきなりキスをされた。
あの時の光景が脳裏を過り、つくしの鼓動は一気に高まった。

「主任!男が食事に誘うってことは求愛儀式のひとつなんです。それにこの前、道明寺支社長が牧野主任を腕に抱えているところなんて、まさにそれですから。まるで自分の獲物を捕らえた豹みたいでしたよ?もうカッコいいのなんのって・・。あ、でも豹に囚われたら食べられちゃいますね?」

紺野は意味ありげにつくしを見た。

「食事と言えば、まさかとは思いますが、主任、割り勘だなんて言ってませんよね?あの道明寺支社長にそんなこと言う人はいませんからね!でも主任って真面目だからあり得るんですよねぇ?」

紺野はつくしの性格をよくわかっているようだ。
今まで経験した数少ないデートのとき、必ず割り勘でと言っていた。

「主任は独立心が大きすぎるんです。いいですか?食事をおごらせないのは、相手を拒んでいることなんです。心の深い部分で相手を拒んでることがその行動に出るんです。ま、主任は男性と二人っきりで食事をしたことがあまりないかもしれませんが、これからは道明寺支社長から食事に誘われても断ったら駄目ですからね?」

紺野はまるで桜子のようなことを言う。
でも、その言葉はあながち外れてはいないと思った。今まで男性と食事をしても、割り勘だったのは、やはり相手の男性を拒んでいたということだろう。深層心理を侮ることは出来ない。

「主任。楽しんで来て下さいね!少しくらい遅れても大丈夫。誰も怒りませんから。何しろ道明寺支社長は大切なクライアント様ですからね!」

そうだった。正面玄関に大きなリムジンが横付けされている様子が目に浮かんだ。
でも、どうしていきなり今日のなのか。それも会社に迎えを寄こす意味が・・・

その時、どこからか女性の悲鳴が聞こえた。
だがその悲鳴はどうやら喜びの悲鳴だったようだ。
つくしは目を瞬いた。
目の錯覚だろうか。
道明寺司が廊下の向うから近づいて来る姿が見えた。
一体なんのつもりなのかと聞こうとした。食事の約束はしていない。それに会社にまで足を運んで来たことに驚きを隠せない。

「牧野。いつまで俺を待たせるつもりだ?」
司はリムジンを降りてつくしのフロアまで上がってきた。
「俺は心配性の彼氏だからな。おまえが遅いと心配になるんだ」
司はつくしの瞳を見ながらいった。

「ど、道明寺支社長?主任、道明寺支社長ですよ?」
紺野は突然現れた司に舞い上がり、司の名前を連呼していた。
「ど、道明寺・・さんあの_」

つくしが言いかけたとき、その先を司がキスで封じた。
何故かキスされる予感はあった。だがまさかつくしの会社の社内、それも紺野の目の前、そしてその後ろに見える大勢の女子社員たち。話しをする間もなく、抱きしめられ唇を塞がれるという暴挙とも言える行為。

司の唇がつくしに触れた瞬間、まさに大混乱の事態となったフロア。
当然、つくしの精神も大混乱をきたし、眩暈がしそうになっていた。
だが、キスは深くなく、司はつくしの腰に腕をまわし、エレベーターまで案内していた。
つくしはまるで熱に浮かされたような状態で、ぼんやりとした表情で司を見ていた。
まさに青天の霹靂とも言える行動。
そして、司は振り返ると、

「おい、紺野。牧野は暫く帰らねぇからよろしく頼む」

と言った。

二人を乗せたエレベーターの扉がゆっくりと閉まると、紺野は呟いていた。

「・・牧野主任、いつか帰してもらえるのかな?」





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コメント
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dot 2016.12.21 13:04 | 編集
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dot 2016.12.21 17:28 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
つくしは自分の気持ちを伝えることを決心しました。
司は確信犯(笑)そうですよね?キスしたり、抱き上げたり。
NY帰りの男は日本の風土に合いません(笑)
遅咲きの恋に目覚めたつくしちゃん。乙女ちっくになってしまいました。
紺野君は恋愛上級者みたいですね。確かに桜子と馬が合いそうです。
牧野主任はこれから恋に仕事に忙しいかもしれませんね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.21 22:54 | 編集
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