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2016
12.14

エンドロールはあなたと 30

つくしは幾分元気を取り戻していた。
旅の5日目に発病し、翌日は一日大人しく寝ていた。ベッドに横になり、処方された薬を飲み、食事をすれば体力の回復も早い。
こんなにゆっくり過ごす時間は初めてだ。今まで風邪をひき、多少の熱が出ても、体力に自信があったから仕事をしていた。しかし、今回こうして風邪をひいて体調を崩すことで、今までの人生を考える時間が出来たかもしれない。

幸か不幸か海外という地は、日本での仕事のことは考えなくていい。今、つくしが担当している道明寺社の仕事のおかげと言えばいいのか、他の仕事は担当してないのが実情だ。
そんな状況で余計なことが頭に侵入してくることがないのだから、無駄に時間があった。
恐らくこれは、社会人になって初めてのことだろう。今までは家にいても、常に頭の片隅には仕事のことがあった。この旅と風邪は、まるで疲れ切っていた頭をリセットしてくれるかのようだ。


そのきっかけはこの部屋にいるひとりの男性に因るところが大きい。


痛む喉を潤そうとミネラルウォーターに手を伸ばそうとすれば、大きな手がさっと伸び、キャップを外して渡してくれた。寝たら起きるなと言われ、まるで肺炎にでもかかった重病患者のような扱いをされた。

昨日は朦朧とした頭で何を言ったか覚えていないが、急に態度が変わった道明寺司に戸惑いを覚えてしまった。勿論、今までもアプローチをされていたが、今までの行為とはどこか違う優しさが感じられた。今まではどちらかと言えば自分の男としての魅力を全面に押し出してくるような男だったが、今は何気ないことが胸にしみた。

時々熱を測るかのように額に手を触れられると、身体がぞくぞくするのを感じた。
『人間として好きかもしれない。』
そんなことを口にしたような気がするが、よく覚えていなかった。

だが以前とは同じとは言えない気持ちになっていた。
どこがどうだとは言えないが、道明寺司とあたしの関係が変わったのが感じられた。
少し前なら何かされても、気持ちを切り替えることも出来たはずだが、何故か今はそれも出来なくなってしまったようだ。額に触れた手の温もりが嬉しいと感じてしまったのは、嘘偽りのない正直な気持ちだ。道明寺司のことなんて、気にならない・・
そう言いたいが、心の中には反対の声が上がっていた。

つくしはそんなことを思いながらも、目を閉じるといつの間にか眠っていた。





牧野つくしが一日ベッドに横になっている間、司は傍にいた。
司は穏やかな寝息に胸を撫で下ろしていた。
ただの風邪とはいえ、海外と日本とでは状況が異なる。外国で病気にかかるということは、常にリスクが伴うからだ。医者の手配はどうとでもなる。そのことは心配していない。
ただ、処方される薬の種類や量はアメリカ人基準で量られる。市販薬など小柄な日本人の女にはどう考えても量が多すぎる。それにこの国の薬は良く効くが副作用が伴うことも多い。
そんな薬を飲ませることは避けたい思いがあった。

風邪をひいたら一番の処方はただ寝る事だ。例え薬を飲まなくても一週間あれば風邪は治ると言われている。それに睡眠と栄養が一番いいというのは、昔から言われていることだ。
ただ、この女は働きすぎで疲れ果てていると言えるだろう。そんな状況の女を連れ出したのは司なのだから、彼にも思うところがある。この際、ゆっくり休ませてやる方がこの女のためだ。司は女を無理矢理にでも休ませるつもりでいた。

他人が彼に見せるのは媚びへつらう態度ばかりだ。歓心を買いたいとばかりに、仮面を被った女たちが大勢いた。そんな女の冷静で計算ずくの行動に慣れた司にとって、今までの牧野つくしの態度に戸惑っていたのは確かだ。だがその理由がわかった。牧野は男と愛し合った経験がない女。本人の口から聞いたわけではないが、今までの態度を思えば納得出来る。自分にアプローチしてくる男にどう接すればいいのか分からないのだ。それならアプローチの仕方を変える必要がある。それがこれまでの倍の努力が必要としてもやるつもりでいる。

ワイナリーの視察に代理が必要かと言えば必要ない。元々理由があって無いような視察だ。
この旅の最終日が一日中、ホテルの部屋に缶詰になっていたとしても構わない。
おかげで牧野について色々と知ることが出来た。

風邪で弱った女は、いつもと違って弱々しく、可愛らしい。鼻の頭を赤くしている姿は幼い少女のようで、潤んだ黒い瞳は捨てられた子犬のようだ。
そんな女はいつもと違い素直だ。

「いつもこんな女だといいんだが。俺も厄介な女に惚れたもんだ」

司は言うと、つくしの顔に頭を下げた。




***





帰国当日、熱が下がったつくしは身支度を整えたところで司の訪問を受けた。

「牧野?調子はどうだ?いいか?空いばりするなよ?辛いなら辛いって言えばいいんだからな」
いかにも病み上がりのような顔色の女はわかったと頷く。

「それにしてもおまえのその声。酷いな」
司は思わず本音が出た。
「・・ひ、酷いのは声だけでよかった・・か、顔まで酷いなんて言われたらどうしよかと思った」

つくしはまだうまく声が出ない。
だが冗談は言えた。

「まあ、普通の風邪でよかったな」
冗談が返せることは元気になったという証拠だと司は安心した。
「おかげさまでありがとう」

掠れた声で答える女はどこか素直になったようだ。
そんな女は暫く黙っていたが、ゆっくりと喋り始めた。

「・・あの、何から話せばいいのかわからないけど、色々とありがとう」

だが近視のように眉を寄せて司を見る女。
その顔は困っているのか、それとも考えているのか、大きく深呼吸をした女は司の目を見ると言った。

「あたし、道明寺さんのこと・・」
下唇を噛む女は司の前で躊躇した。
「あたし道明寺さんのこと誤解してたみたい。押し付けがましくて、傲慢な男だと思ってたけど、・・上手く言えないけどそうじゃなかった」

大きな瞳で司を見つめる女。
赤らんだ頬は風邪のせいなのか、それとも照れているのかわからない。だが言葉だけははっきりしていた。司は思わぬ言葉が聞けたと女に向かって笑い、得意そうに眉を上げた。

「俺のこと嫌いじゃないって言いたいんだろ?素直に認めた方がいいな。結構気に入ってくれたはずだ」
つくしは呆れたような目で司を見た。
だが、その目はすぐに笑みを含んだものに変わると
「少しは・・」と笑った。
「そうか。まだ少しか。まあいい」

司は少し嬉しそうにほほ笑み、クローゼットまで歩いて行き、扉を開くとコートを取り出し広げてみせた。

「牧野、おまえの新しいコートだ」
司は足を踏み出し、つくしに近づいた。
「コ、コート?」

つくしの驚いた顔をよそに、司の顔には満足げな笑みが浮かんでいる。
いったいいつの間にそんなものがクローゼットに用意されていたのかと思えば、部屋の反対側にあるもうひとつの扉から出されたものだ。

「あの?意味が分からないんだけど?」
「おまえが風邪をひいたのは、そんな薄っぺらいコートを着てるからだろ?」

司が広げているのはサックスブルーのカシミアのコート。見るからに高級そうな質感。
対し、つくしが手にしているのは、ビジネススーツに似合うカーキ色のトレンチコートだ。

「あの・・」
「怒るなよ?怒りん坊の牧野。それに断るな。選択肢はない。その靴と同じだと思ってくれればいい。おまえが風邪をひいたのは俺のせいだからな」

コートを広げ持つ男は言うとつくしを見つめていた。

「後ろを向け。男がコートを広げて待ってるんだ。ここはアメリカだ。素直に俺に手伝わせてくれ」

男性が女性にコートを着せてあげる。
確かに日本ではあまり見かけることのない男性の行為だ。
つくしは戸惑ったが、ゆっくりと司に背を向けた。

「これが男の楽しみのひとつだと言われてるってことを知ってるか?」

背を向け、両腕をコートに通している女を手伝う男。
司の眼下には可愛らしいつむじが巻いているのが見える。つむじまで可愛く見えるとは、どれだけ目の前にいる女に惚れてしまったのか。司は自問しながら呆れていた。やがてコートを着終わった女は男の方を振り返ろうとした。

「俺は今までこれが楽しみだなんてことは信じられなかったが、今わかった」

司は広げていた腕を閉じ、つくしを後ろから抱きしめると、彼女の香りを吸い込んでいた。





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コメント
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dot 2016.12.14 15:58 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
司はアプローチの仕方を変えたようです。
つくしの気持ちは確実に動いてきたようですねぇ。(笑)
司の作戦は成功したのでしょうか(笑)
帰国すれば滋や桜子、紺野君も出て来ることでしょう。
しかしつくしちゃん、そうなると小姑が3人いるようですね(笑)
紺野君なんて悔しそうにして待っているのかもしれませんね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.14 22:59 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.12.15 00:31 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
眠っているつくしの顔に頭を下げた。
はい。これはおやすみのキスです。司、我慢できませんでした。
コートを着せて後ろから抱きしめる。いい男だから許されるシーンですねぇ。
おおっ!いい広告案ですね!絵になります!
牧野主任、紺野君へのお土産は個人的には買っていないような気がします(笑)
あ!そうなると、紺野君の妄想が始まるんですね?
「きぃー悔しいー」←(笑)なんだかハンカチを噛みしめて言いそうですね?(笑)
相変わらずの紺野君、いいですね!(笑)
そして司の思惑・・思わず笑ってしまいました。確かに今の司はそのことを望んでいるはずです。
週半ば。あと少し!手を伸ばせばそこにゴールが・・・パタン。と倒れないようにします。(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.15 23:09 | 編集
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