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2016
12.10

エンドロールはあなたと 27

カリフォルニアに来た翌日から、いくつかの有名ワイナリーの見学をこなし、長い一日を一緒に過ごすという日が4日目ともなると、つくしはごく自然に振る舞えるようになって来た。
いきなり何かされるのではないかと思っていたが、今ではそれは考え過ぎだと思っている。

ビジネス重視だと公言した男だけのことはある。
いくら公私混同の旅とは言え、やるべきこと、なすべきことは理解しているようだ。
実際昼間の道明寺司は相手に対して要求の厳しい男だと感じていた。
ワインの知識もあるようで、専門家が返事に困るようなことを聞いていることもあった。

毎晩夕食を共にするが、特に何かをして来るというわけでもなく、話の内容も訪れたワイナリーの話から、社会情勢に至るまで、ありきたりのものしかない。
なんだか拍子抜けしたと言ったら悪いが、あれだけ押しの強い男だと感じていた男が、ごく自然な振る舞いで、魅力的な食事相手に変わるというところに驚かされた。

そこがやはり庶民とは違うと感じさせられた。スムーズな会話運びは一流と呼ばれる男ならではの気遣いだ。いざとなれば、どうやったら相手に自分が魅力的に映るかということを十分理解している男だ。

今のこの男の態度は、きわめて礼儀正しいと言った方がいいかもしれない。
逆にそんな態度につくしは困惑した。
この態度は何かの前触れではないか。そんなことまで頭を過っていた。

そろってレストランを出ると、いつも部屋の前まで送るという行為に、不安を感じることはない。初日は頬にキスをされたが、何故か翌日からそんな様子は一切ないからだ。

「牧野、明日は朝が早いが大丈夫か?なんなら俺が添い寝してやろうか?」

にやりとした表情だが、今ではそれが冗談だと感じることが出来る。

「ご冗談を。あたしは自分ひとりで起きれます。子供じゃ_」

つくしは突然胃がせり上がって来るのを感じ、慌てて口元を抑えた。

「牧野?」

急いで部屋の中へ入ろうとしたが、鍵はバッグの中だと気づくと慌てた。
探そうと焦ってバッグを廊下に落としてしまったが、しゃがむと今にも吐きそうだ。

「気分がわるいのか?吐きそうなんだな?」

司は異変に気付き、床に落ちたバックの中から部屋の鍵を見つけると、急いで解錠した。
すると、つくしはバスルーム目がけて走っていた。

電気のスイッチを入れることさえ出来ないほど苦しく、とにかく吐きたい一心だったが、間一髪なんとか間に合ったようだ。
気分が悪い以外、何も考えられず、ひたすら胃の中のものを吐き出していた。
何度か嘔吐の波が襲い、少し落ち着くと、顔をもたげたが、便器を抱えたつくしの背中を、たくましい手が優しくさすっていた。

「・・あ、ありがとう・・」
ようやく落ち着いたところで、つくしは言った。

「風邪でもひいたか?それともさっき食べたものであたったか?」
司の声は心配そうだった。
「・・さっき食べたものって・・あたるようなものなんて・・・」

つくしは言うと、また吐いた。
それから暫く便器の前から動けずにいたが、吐き気が収まると、差し出されたペットボトルの水で口をすすいだ。

「ご、ごめんね・・なんだか・・凄いところを見せちゃって・・」
顔を上げ、隣に立つ司を見上げた。
「そんなこと気にするな。それより立てるか?」
「うん。もう大丈夫。ごめんね・・本当にお見苦しいところを見せちゃて・・」
立ち上がろうとしたが足がふらつくと、司の腕が支えた。
「あ、ありがとう」

司はサッとつくしを抱え上げ、ベッドへと連れていき、ゆっくりと座らせた。
放心状態のつくしは、自分の前に立つ男をぼんやりと見上げていたが、我に返ると改めて礼を言った。

「あの、本当にありがとう。もう大丈夫だから・・もう帰って・・部屋に・・」
「おまえ、ひとりで大丈夫なわけねぇだろ?」
司が上着を脱いでネクタイを緩めはじめると、つくしはひるんだ。

「な、なによ?ま、まさかこんな状態のあたしを襲うなんて_」
彼がネクタイを外したところで、つくしは口ごもった。

「あほか、おまえは。吐いてやつれた女を抱いて何が楽しんだよ?今夜は俺がここに一緒にいてやるよ」

「い、いいわよ!そんなことしなくても。あたしはひとりでも大丈夫だから!ちょっと食べ過ぎたか、疲れたとか、そんな程度だから、心配してもらっただけでいいから・・」

「いいや。よくねぇ。この旅の責任者は俺だ。博創堂さんの担当者が体調不良だってのに、ほっとけるか?」
「でも・・」

男は黒い眉を上げてつくしを見た。
その表情から道明寺司は他人に口を挟まれることに慣れていない。いや。彼の話を遮るような人物はいなかったはずだ。
黙って俺のいう事を聞け。その目はそう言っていた。



視察が始まってからの4日間、司は自意識を殺す行為に出ていた。
敢えてそうすることで、牧野つくしが司に対して持っている印象を変えようとしていた。
強烈な個を持つと言われる男に対し、恐れているというわけではないだろうが、どこか身構え、足を竦ませるような態度を見せている女に、司は自分のパーソーナルスペースへ立ち入って欲しくてそうしていた。



他の女には一切立ち入らせたことのない、司の心理的縄張り。
牧野つくしには、もっと近くまで立ち入って欲しい。
司はそう思っていた。






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コメント
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dot 2016.12.10 15:13 | 編集
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dot 2016.12.10 19:30 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
体調不良のつくしちゃん。
仕事の疲れなのか、極度の緊張からなのか。
司も押してみたと思えば、少し引く。
この司は策士なのか、つくしの警戒心を取ろうと色々考えてますね(笑)
大人になった司は、こんなにも物事を考える男になったんですねぇ。
次へ進む為には、つくしちゃんの体調回復を願わずにはいられませんねぇ(笑)
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.12.10 21:35 | 編集
co**y様
坊っちゃんチャンス到来!(笑)
そうです。こんな状態で襲うなんて、人としてどうなんでしょうか?(笑)
人間弱っている時にやさしくされると、ふら~っと(笑)確かに、いい男じゃなくても行くかもしれません!えっ!どこに行く?(笑)
坊ちゃん頑張れ!←何を?(笑)
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.12.10 21:44 | 編集
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