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2016
12.07

エンドロールはあなたと 24

シャワーを浴び、着替えを済ませ、出発の準備が出来るとロビーへと降りた。
神経質な性格ではないが、ここに来て胃の中で消化不良でも起したかのような痛みが襲って来た。これからあの男に会うことに緊張しているからだ。もちろんこの緊張が自意識過剰から来ているとわかっている。

昨夜は、ロングフライトの疲れと緊張のせいなのか、ワインを1杯飲んだだけで、酔いが回っていた。もし自分の感情がワイングラスの中に溶けだしていたなら、いったいどんな色になっていただろうか。ふと、そんなことが頭を過った。

昨日飲んだ赤ワインは最高クラスのワインだ。
道明寺司は、赤は自分の好きな色だと言っていた。その言葉にあの男のネクタイに赤が多い理由がわかったような気がした。

色の好みというものは、男性が青系を、女性が赤系を好むという調査結果があるが、あたしと道明寺司は男女が好む色のベースが真逆だということがわかった。あたしが好きな色は青色だ。それも抜けるような空の青。昨日は見る事ができなかったが、今日は見ることが出来るはずだ。カリフォルニアの青い空を。

決して酔い潰れたわけではなかったが、部屋まで送ってくれた男は、翌日のワイナリーへ向かう出発時間と、朝食はルームサービスで手配をしたと伝えてきた。
あのとき、足元がふらついたあたしに対し、
『踵の低い靴を履いてもそんなんじゃ俺が抱えて歩いた方がましか?』と言われ、
『あなたあたしの保護者じゃないでしょ?』と返すと、
あの男はこう言った。

『 俺はおまえの保護者なんかになるつもりはねぇ。恋人の方がいい。』

黙って見上げるあたしを、黒い瞳の男はその腕の中に抱きしめると『おやすみ』と言って頬にキスをした。
部屋に入って扉を閉めると、暫くぼんやりとしていた。そして一気に酔いが覚めていた。


あたしは嘘をつくのが下手だ。
社会に出てからはポーカーフェイスを装うことを学ばなければと思っても、どうしても心の動きが表情に出てしまう。あのとき、きっと感情の全てが顔に出ていたはずだ。
もし、自分が道明寺司の恋人になったらと。それによって自分の人生がどう変わるのかと考えていたはずだ。

つくしは腕時計を見た。
そろそろ時間だ。そう思ったとき、エレベーターの扉が開き、道明寺司が姿を現した。
彼はスーツにネクタイという姿だ。それは今まで何度も目にした姿ではあったが、胸の高まりを感じた。昨日と今日では何かが違うような気がするのは気のせいだろうか?

つくしに向かって来る男の背の高さと体格の良さは、周りにいるアメリカ人に引けをとることはない。肩の広さと脚の長さが強調されるようなスーツは、オーダーメイドだとわかっているが、着こなし方はどちらかと言えば野性的だ。綺麗な野生の動物が、優雅な足取りで歩いている姿が目に浮かぶようだ。ハンサムで、お金持ちで、権力者の男は、誰もがひれ伏すようなオーラを纏っていた。

昨夜は、食事も終盤になると酔いが回ったのか、何を話したのかあまり覚えていなかった。 
だが少なくとも、今までのように刺々しいと言われる態度ではなかったはずだ。

あたしはやっぱり嘘をつくのが下手だ。
それは自分自身に対してすらそうかもしれない。
なぜなら、不安とともに期待というものが心の中に湧き上がって来たからだ。果たしてこの組み合わせはいいのか、それとも悪いのか。まだわからなかった。

それに、あたしは恋に落ちたわけじゃない。
つくしは自らに言い聞かせた。もしそうだとしても、これは永久不変の恋じゃない。
あたしに野生の動物を手なずけることなんて絶対に無理だ。





司はつくしを見つけると、片眉だけを上げ、訳知り顔の笑みを浮かべた。

「よう。気分はどうだ?ちゃんと朝飯は食ったか?おまえは腹に物がはいってねぇとイライラしはじめるからな」

司は昨夜のキスを思い出していた。
決して強引に唇を押し付けたわけではない。やさしく、ほんの短いキス。
それは海外ではよくある挨拶程度の軽いキス。だが彼自身は今までそのキスを受けることも、することも嫌いだった。だが牧野つくしに対しては違う。自ら抱きしめて思いっきりキスがしたい。

『怒りん坊の牧野』

そう呼んだ瞬間から何故か急に大人しくなったこいつ。
あれは司が思っていた正直な気持ちだったが、牧野が何に対して怒っているのか、それはすぐにわかった。こいつは自分の感情に弄ばれていると感じられた。

牧野つくしは、仕事が人生の中心にある状態と言ったが、それは建前で、その裏にあるのは男との交際経験が殆どないに等しいということだ。豊富ではないと言う言葉を使っていたが、それは言い方だろう。滋との食事会で、自分に火をつけ人間はいないと口走っていたはずだ。要は男と親しい人間関係を築いたことがないということだ。
そう思えば妙に刺々しい態度を取るのもわかる。

「どうした?牧野?メシ食ったんだろ?」
返事をしないつくしに司は言った。
「えっ?ええ。いただきました」

司は改めてつくしを見た。
棘が抜けた女は何を考えているのか。それが俺のことだといいがと思ったが、朝から下手に突くことは止めにした。

こいつの場合はまず男の体に触れさせて慣れるところから始めるとするか。

「そうか。なら行こう。車は来てるはずだ」

エントランスロビーを抜けると数段だが広い階段がある。
司はつくしの腰に手を添えて階段を降りるという行動に出た。
まるで大切な女性の身を守るかのようなその動作。
ほんの数段だというのに取る行為としては、海外ではありきたりの行為だが、日本人のマナーとしては馴染がない。

「転ばぬ先の杖だと思え。おまえはよく転ぶからな」

腕をまわし、腰に手を添える。
嫌でもすぐ横に立つ男を意識しないわけにはいかないはずだ。
体は触れ合い、熱が感じられるはずだ。
手を添えた瞬間、牧野が息を呑んだのがわかった。だが何も言おうとはしなかった。
下まで降り切っても司は手をどけず、そのまま運転手が開けて待つドアまでエスコートして行った。

司はつくしに視線を移すと言った。

「用意はいいか?」

返事はない。

だが、牧野は頷くと黙ったまま車に乗り込んだ。

すると、司は思わず口元を緩めていた。






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コメント
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dot 2016.12.07 16:18 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
はい。つくし、恋に落ちてきてます。
まだ自分では認めたくはないようですが、二人一緒の時間が長くなればなるほど互いの距離は近づくはずです。
司は永続的なおつき合いを求めているんですが、つくしは、相手が相手だけに懐疑的です。
ぐるぐる考えるつくしちゃん。頭でっかちですねぇ。仕事し過ぎなんです、きっと(笑)
猛獣が扱えるのはつくしだけ。猛獣も今は大人しいですね。
二人の距離が早く縮まるといいのですが、つくしちゃん、慎重です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.07 23:55 | 編集
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dot 2016.12.08 00:12 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
そうですよね。野生動物はこの人ならと決めれば、ついて行きますよね?
そして決めた人にしか懐かないから逆に安心!司はつくしの手以外からは餌は食べないでしょう(笑)
ただ、頑固で恋に臆病なつくしちゃん。司はこの頑固さが好きなんでしょうけど、ジワジワ行くのでしょうか・・。
良かったです。心配しておりました。本当によかったです。
そうなんです。経験者なんです。今夜が・・と言われた時は覚悟しました。
本当に人生は予想もしないことが突然やって来ます。
日々しっかり生きる。いい言葉ですねぇ。
まだまだ無駄な生き方をしているようにも思えます。
そんなことを思うアカシアです(笑)
寒さが増してきました。マ**チ様もご家族様も暖かくしてお過ごし下さいね。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.08 00:34 | 編集
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