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2016
12.06

エンドロールはあなたと 23

今日はもう終わりかと思っていたが、どうやらそうは問屋が卸してはくれないようだ。
今夜はさしずめ明日からの前夜祭となるかもしれない。
本当ならルームサービスで食事を済ませる予定だったが、まるで挑戦を受けて立つとばかり食事の誘いを受けたつくしは、道明寺司とホテル内にあるレストランのテーブルで向かい合っていた。

つくしは現地で生産された赤ワインを口にした。
それはカリフォルニアワインの中でも高級と言われる銘柄だ。ワイン好きなら誰もが知ると言われ、普段お酒を口にすることが少ないつくしでも、そのまろやかな味わいと華やかな香りは理解出来るほどだ。これならワインが苦手な初心者でも、一度飲めばその魅力がわかると言われるだけのことはあると実感した。道明寺社が販売をするワインも、目指すレベルはこのワインだと聞かされた。

食事をすると、糖が頭にまわり脳細胞が活発に動き出すことになる。
それにお腹が膨れることによって気分がほぐれ、つき先ほどまでのイライラした気持ちが、まるで嘘のように収まったと感じていた。するとつくしは道明寺司に対し、少し言い過ぎたと反省した。

こうしてこの男と食事をするのは3度目だ。1度目は契約を決めたとき、2度目は滋さんが用意してくれた席。だがどちらも落ち着きのない席であったことには間違いなかった。
きちんと話をすることなく、終わっていたからだ。それに比べれば今夜の食事はまともだと感じていた。

しかし、この男が相手にしている牧野つくしは、きわめて珍しい人種だと知ったらどうするだろう?33歳にして男経験のない女だと知ったらどうするつもりなのか?道明寺司はきっと笑うに決まってる。それにきっとこう思うはずだ。

『バージンなんて面倒くせぇ。そんな女なんかとつき合えるか。』

別に守ってきたわけじゃない。バージンを守るなんて時代遅れな言葉だとわかっている。
それなのに、今どうしてそのことがこんなにも気になるのか。
それはこの男があたしと恋をしたいだなんて言うからだ。

恋をしたいと言うが、それは生物学的に惹かれることなのか、それとも永続的な好意に繋がることなのか。
これから1週間毎日顔を合わすのだから、今夜きちんと話しておくべきかもしれない。
例え公私混同の旅だとしても、節度を持った行動を取って欲しいと。


「なあ、牧野つくし。何が不満なんだ?この旅が始まってからこれまでずっと、態度に棘があるな?」

道明寺司がそれをわかっていると知ってつくしは、何故かほっとした。
なにしろ、とげとげしい態度になっていることには自分でも気づいていた。

「これから1週間は俺と二人で行動することになる。もちろん全くの二人きりってわけじゃねぇ。運転手もいれば、警護の人間もいる。だから何も俺がおまえに襲いかかるみてぇな態度はやめてくれ。それともおまえのその態度は俺だけじゃなくて、他の男に対してもいつもそうなのか?おまえだってその年なんだ。過去につき合った男くらいいるだろ?それともあれか?男に酷い目に合わされたとかそういうことか?」

男に酷い目に合わされた。
恐らく言いたいのはDV(ドメスティックバイオレンス)についてだろう。そのせいで男と関係するのが怖くなったとでも思ったのか。だが以前にも男が怖いのかと聞かれたことがあったが、ノーと答えている。

「・・それが、道明寺支社長にとって重要なんですか?」

食事をし、ワインを口にすると、つくしの口調もやわらいだものに変わっていた。

「そうだな。おまえのその態度がどういう意味か教えてくれた方が有難い。何しろ女を口説くなんてのは俺の人生の中じゃ初めてだ。滋はおまえが男とつき合う暇もないほど忙しく仕事をしてる女だなんて言ってたが、確かにおまえと仕事を始めてから、その意味もわかった。けど、いくらなんでも男とつき合ったことはあるんだろ?それでなんか嫌なことがあったのか?」

その言葉につくしの顔色が変わった。
滋が男性経験のないことを話したとは思えないが、あり得ない話ではない。

つくしの顔色が変わったことに気づいたのか、司は言った。
「ああ、心配するな。滋はおまえの過去の恋愛について話しちゃいねぇ。それに30過ぎた女が何もねぇなんて誰も考えてねぇから安心しろ。それよりおまえは俺のことが嫌いなのか?それならそれではっきり言ってくれ」

今の二人は好きか嫌いかなど関係なくいつの間にか始まっていた。
それは勿論仕事が関係していることでの始まりであって、個人的なつき合いではない。

「・・嫌いって言ったら・・あたしのこと放っておいてくれるんですか?」
「いや。違うな。おまえが俺を好きになるようにもっと努力しなきゃなんねぇと思ってる」

少し間を置き、司は言った。

「言っとくが俺はうぬぼれ屋のお坊っちゃんじゃねぇからな。そんなふうに俺のことを思ってんならそれは違う。それに俺に群がってくるような女なんて相手にしたことはねぇ。女なら誰でもいいなんて男じゃねぇってことは知ってくれ」

向かい側から強い瞳でじっと見つめられ、つくしは落ち着かない気持ちになっていた。だが冷静さを無くすようなことだけにはならないようにしなければ。それにまた言い合うようなことにはなりたくなかった。

「なあ、さっきの質問だが、おまえがそんな態度なのは、何か秘密でもあるのか?」

秘密なんてない。もし態度に秘密があるとすれば、それは男性経験がないことがそうさせるのかもしれない。別にそのことが秘密だとは思わないが、やはりこの年で経験がないと言えば、世間は何か問題があるのではないかと疑ってくるのが嫌だった。
だが、今、何かを探ろうとしているのは世間ではなく、目の前の男だ。
そんな男にまじまじと見つめられ、首の付け根の脈が跳ねるのを感じていた。

「あたしの態度に棘があると感じたことで、不愉快な思いをさせたのなら謝ります」

つくしはなるべく平常心を保って答えていた。
いつまでも曖昧な態度でいるのはよくない。今この場がいい機会だと思ってきちんと話すべきだと考えると口を開いた。

「道明寺支社長。あたしは滋さんが言ったように、仕事が人生の中心にある状態なんです。もう何年も・・。男性との交際経験も豊富ではありません。だから正直わからないんです。
あなたに・・あなたがわたしと恋をしたいと言われても・・困るんです」

つくしは自分の今の気持ちを正直に言った。
司はなにが困るんだとばかり笑みを浮かべつくしを見た。

「別に困ることねぇだろ?」
「こ、困ります!」つくしは強く言った。
「なんで困るんだよ?おまえは仕事に対しては意欲的なのに恋愛に対しては意欲なしか?それとも恋愛っていう戦いにはこの先もずっと不参戦で逃げるのか?」

決して意欲がないわけではない。ただ怖いだけだ。
もし目の前の男と恋をすることになったら、どうなるのかと考えてしまっていた。

「牧野。おまえは尻尾を巻いて退散するのか?」
意地悪そうに片眉を上げる仕草でつくしを見た。
「なんですって?」

つくしは思わず言い返していた。だが、ここでまた前のように感情的にはなってはいけないと思ったが、勢いがついてしまっていた。

「ど、どうしてあたしが尻尾を巻いて退散しなきゃならないのよ?」

その口振りを司は歓迎した。

「俺はおまえのそういう挑戦的な態度の方が好きだ。怒りん坊の牧野?」

司の気取った口調はつくしを落ち着かない気持ちにさせた。
それに、挑戦的な態度が好きだなんて言われ、これ以上喰ってかかることなんて出来ない。つくしは素直に頷くと礼を言った。

「そ、そうですか。ありがとうございます」

それに、言葉で負かせられる男ではないとつくしはわかっていた。
男女の気の利いた言葉のやり取りはこの男に勝てるわけもないとわかっていても、つい反抗的な態度をとってしまう。
だが、スーツ姿ではない、ネクタイもない。そんな道明寺司の姿は実に好ましく思えていた。
いつも尊大に見えた男も、普段着ならこんなにも優しく見えるのかと思った。
つくしはワイングラスに満たされている一杯を飲み終えた。
すると、最初に会った時と同じ顔はやがてゆっくりと、瞼の奥へと消えていった。



司は牧野つくしの瞼が閉じられる様子を見ていた。
・・まったくこの女は、酒には弱いって自分で言ってたんじゃねぇのかよ?

女はたった1杯のワインで酔い潰れたかのようになった。
司は思った。

棘が抜けた女はかわいかった。







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コメント
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dot 2016.12.06 17:14 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
つくしは満腹の方がイライラが収まるようです(笑)
司は怒涛のプッシュ(笑)
とりあえず、つくしのお腹を満たしてからの行動です(笑)
そうなんです。つくしちゃんも少しずつ司に興味を持って来たようです。
「バージンは面倒くせぇ」と思われるかも・・そんなことを思うようになりました。
これから1週間、帰国するまでの間に進展するといいですね。
大人で策士だけど、少し少年(笑)
男性は幾つになっても心のどこかに少年がいると思います。
女性の方がシビアで現実的ではないかと思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.06 22:06 | 編集
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