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2016
12.02

エンドロールはあなたと 21

ジェットが間もなくサンフランシスコに到着するという頃、つくしは目が覚めた。
自分がうとうとしているという実感はあったが、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。
一瞬、この場所がどこかわからないという感覚に見舞われていた。

最近のつくしは仕事を終えるとクタクタで家に帰るのがやっとという状態だ。いつだったか終電で眠りに落ち、目が覚めたときには別の駅だったということがあった。そんな中で乗ったプライベートジェットの乗り心地の良さは、つくしに快適な眠りを提供してくれたようだ。

目覚めたとき、体には毛布が掛けられていた。目の前の男が掛けてくれたのか、それとも客室乗務員が掛けてくれたのか、どちらにしてもその毛布からはいい香りがしていた。
柔らかく、少しスパイシーでセクシーなその香りは、記憶の中に残っている香りと同じだった。

ジェットは予定通り現地時間の夕方には、サンフランシスコに到着した。アメリカではプライベートジェットの乗客は、わざわざ入国審査を受けるために空港ターミナルまで出向かなくてもいい仕組みになっている。空港スタッフが機内に乗り込んでパスポートのチェックを済ませてくれるからだ。世界を飛び回るビジネスマンには企業を繁栄させるということが、社会貢献のひとつとして認められているからの特別待遇だ。

到着した空港にはリムジンが迎えに来ていた。
乗り込むとつくしは司から箱を手渡された。

「な、なんですか?」
「靴だ」
「靴?どうしてですか?」つくしはきょとんとした顔をした。
「おまえ、なんでまたそんな踵の高い靴を履いてるんだ?これから行く場所にそんな踵の高い靴を履いていくようなところはない。いいからそれに履き替えろ」

司は牧野つくしが寝ている間に地上に連絡を入れ、同じサイズで踵の低い靴を用意させていた。

手渡されたのはイタリアの有名老舗ブランドのワインレッドの箱。
その店の靴はエレガントなデザインでありながら、疲れにくいと言われている。
女優のオードリー・ヘップバーンは生涯そのブランドの靴しか履かなかったという話だ。
日本人の足の特徴ともいえる幅の広さにも対応しており、履きやすいと評判の靴。
当然だがつくしは躊躇した。踵の低い靴がいいというなら、スーツケースの中に別の靴がある。この男から貰う謂れはない。それにこのブランドの靴の値段が高いことも知っている。

「いいから履き替えろ。そんな踵の高けぇ靴履いてまた転んだらどうすんだよ?おまえは俺の傍にいるといつも転びそうになる」
「そ、そんなことありません。わたしは大丈夫ですから」
「嘘つけ。それにおまえの足首、浮腫んでるだろ?」

確かに浮腫んでいる自覚がある。
だがつくしは目覚めたときスリッパを履いていた。しかし自分で履いた記憶はなかった。
だとすれば、誰かが履かせてくれたということだ。

いったい誰が?

そう考えたとき、思い当たる人物は当然自分の隣にいる男しかいない。この男があたしの靴を脱がせてスリッパを履かせてくれた。この男が率直だということは充分過ぎるほどわかっているが、ひょっとすると、それだけではないのかもしれない。その片鱗はエレベーターの前で足をくじいて立ち上がれなかったあたしを医務室まで運んでくれ、そこで手当をしてくれたことと同じなのかもしれない。

「牧野、いいか?旅先で足を痛めるなんてことになれば、誰が困るか考えてみるんだな?まぁ、おまえがまた転んで足を痛めたら俺が抱きかかえて運んでやるよ。どこへでもな」

司はつくしをじっと見つめ、微かな笑みを浮かべ反応を窺っていた。

つくしはあの光景が頭に浮かんでいた。
それはあのとき、エレベーターの前で転んで足を痛めたつくしを胸に抱え上げ、医務室まで運んでくれた光景だ。道明寺司の胸に抱かれ、力強い鼓動を聞きながら運ばれたあの日の光景。

「思い出したか?あの日のことを」

つくしは顔が赤くなるのがわかった。横を向くと黒い瞳が可笑しそうにこちらを見つめている。

「あ、あれは急いでいて前をよく見ていなかったからで、わざとじゃありませんから」
「わかってる。もしおまえがわざと俺にぶつかって来たっていうなら、いい根性した女だって褒めてやるよ。まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく、履き替えろ」

つくしは箱の蓋を開けると中を見た。
そこにあったのは確かに今の靴より踵が低く、安定感が感じられる靴が入っていた。
勿論サイズはつくしの足のサイズと同じものだ。機内で脱いでしまったとき、この男がサイズを確認したということは容易に想像できた。

「おまえがあの時と同じことをしたいって言うなら、今履いてる靴でもいいんじゃねぇの?言っておくが、ここは東京ほど道路管理が行き届いている国じゃねぇ。せいぜい足を取られねぇように気を付けるんだな?」

ニヤッと笑う男の顔に断っても無駄なことだとわかったのか、つくしは大人しく頷いた。

「わかりました。でもこの靴を頂くことは出来ません。お金は払いますからお値段を教えて下さい」

「いらねぇ。気にすんな。どうしてもって言うならこれは必要経費だ。それに怪我されたら困るからな。まあ俺はどっちでもいいぞ?おまえを抱えて歩いても構わねぇからな」

そう言われれば、今は素直に靴を受け取るしかなかった。

「ありがとうございます。道明寺支社長」

出来る限り冷静な声を出して言ってつもりだが、ジェットの中での行為とこうしてわざわざ靴を用意してくれた気遣いに落ち好かない気持ちにさせられていた。

「とにかく、その靴はおまえの靴だ」

司は優しい声で言うと前を向いた。






***







カリフォルニアワインの中心的な銘醸地はナパヴァレー(ナパ郡)とそこに隣接するソノマ郡。この二つの場所は著名なワイナリーが多く、高級ワインの生産地として有名だ。
のどかな雰囲気に広々としたぶどう園が広がり、大きなテイスティングルームも備えられ、ワイン愛好家にとってはリゾート地としても有名だ。

カリフォルニアワインは元々スペイン人の宣教師が祭壇で使用するワインが必要なことから葡萄を植えたのが始まりだ。この地での葡萄の栽培の歴史は18世紀まで遡る。
今ではここカリフォルニア州だけで、イタリア・フランス・スペインに次ぎ世界第4位の生産量を誇るまでになっていた。

二人が乗った車はサンフランシスコから45分程で目的地であるワイナリーに到着した。だがすでに時刻は夕方の5時を回っており、これからの見学はさすがに無いようだ。車は今夜からの宿泊場所であるホテルへと向かっていた。いくらプライベートジェットで快適な旅だったとしても、ロングフライトの後だけに部屋に入ってゆっくりとしたいのが現実的な望みだ。だからもう少しでその願いが叶えられるということに、とにかくつくしは満足した。それにこれで少し気持ちを落ち着けることが出来るはずだ。

用意されたホテルはこの地で最高級のラグジュアリーと呼ばれるホテルだ。このホテルは近いうちに道明寺グループに買収されるのではないかという噂が立っている。何しろこの近くにワイナリーを所有したのだから、それに関連する施設も欲しくなるのが当然だろう。そうなれば日本からのツアー客がワイナリーを見学した後、このホテルに泊まるというプランを立てることも可能だ。

フロントでチェックインを済ませると、荷物を持ったポーターに案内されて部屋へ向かっていた。一瞬、この男は公私混同も甚だしいとばかり、同じ部屋を用意させるのではないかと考えたが、さすがにそれはなかった。

つくしは前を歩く男の背中を見つめながら考えを巡らせていた。

道明寺司の気遣いを知れば知るほど、この男がわからない。
この男と接するようになって感じたのは、ほとんどが傲慢と思える行為だ。偉そうで、突然キスをしたり、どう考えても公私混同とも思えるこの旅であったり、だが足が浮腫むだろうからと女の前にしゃがみ込んで靴を脱がせるという行為が平気で出来る。
普通の男性がそんなことにまで気が回るものだろうか?
もしこのことを滋さんと桜子に話をすれば、どんな反応が返ってくるのだろうか。あの二人はあたしよりもこの男の事を知っている。

だめだ。益々この男がわからない。
大変な立場にあるはずの男が、世界中の人間が注目する男が、あたしとふたりで呑気にワイナリーの見学だなんてこと自体がおかしいと考えるのが普通だろう。

運命的な出会いだと思っている。
その言葉をどう捉えていいのかわからない。
何しろ相手は道明寺司だ。あたしとは住む世界が違い過ぎる。

今夜はもうこれ以上余計なことは考えず、夕食はルームサービスでも取って軽く済ませよう。
明日から見学という仕事が待っている。道明寺司とのこの旅は奇妙な旅になりそうな気がしてならないが、とりあえず荷物を解いたら、バスを使ってのんびり過ごしたい。何しろこの男と二人っきりで過ごした時間が長すぎる。正直気が休まらない。
ただ、自分の気持ちの中に何かがあるのは感じていた。




1時間ほどしてドアにノックがあったとき、つくしはシャワーを浴び出てきたところだった。

「Yes?」
「牧野、俺だ」
「道明寺・・支社長?」

ドアを開けた先に立っていたのは道明寺司だ。彼もシャワーを浴びたばかりなのか、髪がまだ湿っているように見える。癖のある髪がいつもと違うスタイルになっていて、受ける印象が違っていた。どう表現すればいいのだろう。若々しく見えるとでも言えばいいのだろうか。

それに着ているものが違う。いつも目にしていたスーツ姿と違い、ラフな服装の男から目を離すことが出来なかった。とは言ってもつくしの注目はその髪だった。

それにしても髪型と身に付ける衣裳が違うだけで、こんなにも印象が変わるとは思いもしなかった。
ラフな服装でありながら、どこか上品さを感じさせるのは、やはり育ちのせいだろうか。生まれ持った品格というものは、滲み出るということなのだろう。

いつも癖のある髪が、濡れるとストレートになる。それはどこかセクシーさを感じさせる。 少年のようであり、また大人の色気を感じさせる艶がある。

そんなことを考えているうちに、つくしはじっと見つめてくる司の瞳に気づくと、胸の鼓動が大きく耳に届き始めるのを感じていた。






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コメント
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dot 2016.12.02 09:13 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
司から素敵な靴をプレゼントされたつくし。羨ましいですねぇ。
良い靴を履くと良い場所に連れて行ってくれる。これはヨーロッパでよく使われる言葉ですね?
靴を見ればその人がわかるということわざもありますので、このつくしちゃんは踵の高い靴を履く傾向にあるということは、何を表しているのでしょうねぇ(笑)
シャワーを浴びて現れた司。つくしちゃん警戒心をもってドアを開けたと思いますが、司のこれからの発言にドキドキしていることでしょう。
12月ですねぇ。気ぜわしい毎日となりそうです。そうでしたか。それは大変でしたね。ストレスは気づかないうちに溜まっています。本当に怖いですね。わたしも溜った時は、溜めたくはないのですが、発散するように心がけています。時間に追われるということも、ストレスのひとつですので、忙しい中にあっても、どこかで気を抜きたいですねぇ(笑)
司×**OVE様もお体ご自愛下さいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.02 23:08 | 編集
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