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2016
12.01

エンドロールはあなたと 20

ビジネス重視という免罪符を手に入れた男は、仕事を口実に良からぬことを考えている。
仕事だと言えばあたしが何でも大人しく言うことを聞くと思っているはずだ。
それにしてもおまえと恋がしたい。おまえの気持ちを俺に向けてみせる。
そんなことを言われた女はいったいどんな態度を取ればいいのか。仕事と私生活はあくまでも別だと考えている女はどうすればいいのか。

カリフォルニアにあるワイナリーの見学は道明寺支社長のひと声で決まった。
当然だがクライアントからの誘いを断るということは出来ない。それに今後のこともある。
ノーと答える理由が見当たらない。会社員である以上、この会社でこれからも働く以上は職務を果たさなければならない。それが一般庶民のあたり前の日常だ。
つくしは頷いたが、それでもカリフォルニアまで行く理由は聞かされるべきだと司に聞いた。

「あの道明寺支社長、今の季節だと葡萄はありませんよね?」

つくしは静かに尋ねた。
葡萄の収穫は8月から9月にかけてだ。その代わり冬は苗の植え付け作業が12月から3月にかけて行われている。その苗が結実するまでは2年から3年はかかると言われていた。

「博創堂さんはうちのワインのための広告を作ってくれるんですよね?それならぜひ畑を見てもらいたい。それにこれは必要なことだから言っている。必要がないなら何もあなたの貴重な時間を使おうなんて考えませんから」

司は牧野つくしが素直にわかりましたと答えるとは考えていなかった。
しかし急にカリフォルニアまで行くと言われれば牧野ではなくとも驚くはずだ。
彼はつくしの向かいの席でハンサムな顔を少しだけ傾けると言葉を継いだ。

「あなたの仰る通り、今の季節に葡萄は実ってはいない。だがすることはある。牧野さんはどんな手順でワインが出来るか知りたいと思いませんか?いいチャンスだと思いますが、行っていただく時間はないでしょうか?それともそんな時間は無いと仰るなら、他社に、光永企画さんにお願いしてもいいんですが?」

さらりとライバル会社の名前を出してくるということに、言外に脅しが含まれていると感じられた。だがその声は穏やかで、さも無関心といった言い方で、態度はビジネス重視を装っている。

つくしのささやかな質問は、受け入れてもらえないのはわかっていたが、それにしても、どうしてこの男はあたしと恋がしたいなんて言ったのか?
複雑な心境だ。実に複雑だ。もし道明寺司がクライアントではなく、なんの関わりもない滋の友人として紹介されていたら、また状況は違ったはずだ。

だが実際は大口のクライアントで、この男の機嫌を損ねるわけにはいかない。だからと言って、おまえと恋をしたいと言われても素直に対応することは無理だ。もし仮に二人が恋人同士になったとする。だがその関係も破局を迎えることになったら今の仕事はどうなるの?

担当を変えるぞ。という恐ろしい言葉は聞きたくない。クライアントと恋愛関係になったばかりに大変な目にあった営業もいる。つき合いが上手くいっている時はまだいいが、破局した暁にはどんな顔をして会えばいいのか。それに公私混同なんてあたしには出来ない。

だがこうなったのは、自分が悪いとしか言いようがない。滋さんにこの男とは仕事上の関係があるから、会えないと言えばよかったのに、言えなかったのだから。
そんなつくしの思いを知ってか知らないのか、男はテーブルに肘をつき、掌の上に顎をのせてつくしをじっと見つめていた。

「いいえ。時間ならあります。大丈夫です。同行させて頂きます」

と答えた瞬間、司の眉が上がっていた。






***






ワイナリーの見学に行くと告げられてから数日後、道明寺司と二人で乗り込んだのは、道明寺家所有のプライベートジェットだ。乗りこむやいなや、道明寺司は上着を脱いでネクタイを緩め、くつろいだ様子で座席にもたれていた。
プライベートジェットの機内は思い描いたことがないほど贅沢な造りになっていた。
緊張した面持ちのつくしに対し、靴を脱いでリラックスしろと声をかけた男だが、目の前には書類が積み重ねられていた。

「到着まで9時間ほどかかる。時差のせいでシスコに着くのは夕方になる。向うに着いたら車で移動するが、目的地まで1時間くらいだ。目的地はシスコの北にあるノースコーストのナパヴァレーにあるワイナリーだ。おまえは食事を済ませたら、暫く眠っていい。俺はやることがあるが気にするな」

つくしはその言葉に頷いていた。
決して気が重いというわけではないが、この旅が二人の親友の興味を惹いたのは間違いなかった。道明寺司とサンフランシスコまで行ってくる、勿論仕事で。と、伝えたときの二人は、そのことが人生の一大事だと言わんばかりに興奮していた。

滋はつくしの手をギュッと握った。
「つくし。いい?これは凄いことなんだからね?仕事絡みとはいえ、あの司が女を誘って旅に出るなんてこと、今の今まで無かったことなんだからね!逃げようなんて思わず、きちんと話をしなさいよ?仕事を口実にしてまであんたと居たいって凄いじゃない!あいつ、つくしのことが本当に気に入ってるんだと思う。だから仕事仕事ばかり言わないで少しはあの男のことを理解してあげてよ?このあたしが保障するんだから。ね?つくし。前にも言ったけどあいつ色々と誤解されやすい男なの。それにあの男はああ見えて執念深い、じゃない、執着心が強い男だから逃げられないわよ?それにあたしは食らい付いたら離さないスッポンよ?あたしから逃げようなんて思わないでね」

あの男から逃げるなというなら意味が分かる。
だが滋から逃げるなという意味がわからない。

「そうですよ!先輩!こんなチャンス二度とないんですからね!ピットブル(犬)並に歯を食いしばって下さい!」

おまけに怪気炎を上げる桜子。いや。何をチャンスだと言っているのか意味がわからない。



「おい。牧野つくし。何をそんなに悩んでいるんだ?」

向かい合わせに座る男は低い声でずばりと聞いてきた。
つくしはこの出張が無事に終わりますようにと祈っていた。クライアントに同行することになった旅は豪華なプライベートジェットでの旅だ。個人的なことを除けばこの男はビジネス界の大物だ。そんな男に同行することが名誉なことだと思える人間は多いはずだとわかっている。紺野だってどうして僕は一緒に行けないんですか。と羨ましがった。

「別に悩んでいません」
「嘘つけ。おまえは何か考え事があるときは眉間に皺が刻まれる」
「そ、そんなことありません」

そうは言ってもつくしは自分でもわかっていた。

「なあ、牧野。リラックスしろと言っただろ。いくら俺がおまえと恋をしたいと言っても、ここで今すぐ、どうこうしようなんて考えてない。それを心配しているなら安心しろ。まぁ、おまえがすぐにでも俺に誘惑して欲しいって言うならしてやってもいいがどうする?」

「結構です」つくしは冷たく返す。
「そうか。別に遠慮なんかするな?俺が欲しくなったらいつでも言ってくれ。それに時間はたっぷりあるからな」
「ほ、本気で言ってるんですか?道明寺支社長、言わせて頂きますがあなたの発言は立派なセクハラですからね!」
「そうか。それなら訴えてくれてもいいぜ?」

にやっとするその表情は明らかに人をからかっている顔だ。
だが、急に声のトーンが落とされると、ゆっくりとかみ砕くように話し始めた。

「なあ。牧野つくし。俺は別におまえを怒らせたくて一緒にいるんじゃない。俺はおまえが気になるし、気に入っている。だから滋や三条抜きで話しがしたいと思っていた。けど日本じゃどう考えてもおまえとゆっくり話すチャンスなんてなさそうだしな。おまえは仕事人間らしいが、俺もそう言われている。つまり二人とも似た者同士ってわけだろ?」

司はつくしを見つめた。
彼を見返す大きな黒い瞳は視線を反らすことはせず、ただ黙って話を聞いていた。

「滋から聞いたかもしんねぇけど、俺は一度あいつとの結婚話が出たことがある。けどな、俺もあいつも似た様な環境で育った、それこそある意味似た者同士だ。俺から見たあいつは女の姿をしていても女じゃねぇ。同志みてぇな女だ。二人とも家のために結婚させられそうになったとき、お互い哀れな人生だ。なんてことを言った。そんな女はあいつが初めてだ」

あの頃の司は、自分の生い立ちは他の誰とも違うとわかっていた。そしてそのことが自分にとってはどうでもいいことでも、周囲はそう捉えなかったことで、極端なほど荒れた生活を送っていた。そんな中で女の滋からお互いに哀れな人生だと言われ、そのことが己の自意識を変えることになっていた。自分の人生を哀れなものになどしたくはないと自覚したのは、あの時だ。

「そんな滋が女を紹介したいだなんて言うんだ。だったら一度だけ、あいつの顔を立てるつもりであの場所に行った。で、おまえに会った。けど、俺たちはその前に会っている。俺にぶつかって転んだおまえを抱えて医務室まで連れて行ったよな?あの時から気になっていた。それに俺はおまえとの出会いに感じるものがあった。そんな思いを抱えて滋の紹介したい女に会いにいけば、おまえだろ?これが運命じゃなくてなんだと思う?」

司は牧野つくしの反応を窺っていた。
だが返事はなかった。

「なあ。牧野。ひとつ言っておくが、俺はおまえの敵じゃない」

司は理解してもらいたいという声で言った。

「この旅で別におまえを困らすようなことをしようとは思わねぇ。だから俺に対してそんなに緊張しないでくれ。今からそんなに緊張していたら疲れるだけだ。これはビジネスとしての旅だ。出張だろ?」

つくしはすぐには返事が出来なかった。
なんと答えればいいのか悩んでいた。それは今まで相手からこんなに強い関心を抱かれたことがなかったからだ。

「俺の言いたかったことは今言った。だからおまえがなんか考えているとしても、それは考え過ぎだ。何を考えていたかは聞かないことにしてやるよ。まあどうせ聞いても言わねぇだろ?」
道明寺司の言い方は明らかの面白がっていた。
「もうすぐ食事が出るはずだ。それ食ったら少し休め」


つくしはそれから後に出された食事を済ませると、雑誌に目を落としながら、正面で書類に目を通している男を覗き見ていた。

だめだ。どうも調子が狂う。この男は率直すぎる。道明寺司が言ったことは本当の思いだろう。だが、それを聞かされたあたしの身にもなって欲しい。いきなり運命を持ち出されてもどう返事をすればいいのかわからない。
つくしは胸の鼓動を静めようと革の座席に背をあずけると、目を閉じた。





司は目の前の女が静かに寝ている姿を眺めていた。
張りつめた緊張感を漂わせていた女も、仕事で疲れているのだろう。
だが、手にした雑誌を読むふりをしながら、ちらちらとこちらを窺っている様子は感じていた。先ほどの会話を気にしていたのはわかっていた。だが何か聞いてくるというわけでもなかった。余計なことは言うまいとでも考えていたのだろう。

しかし相変わらずこの小さい女は踵の高い靴を履きたがるようだ。
ビジネススーツにスニーカーとまではいかなくても、もう少し踵の低い靴でもいいものを。
長時間のフライトでは脚が浮腫みやすい。靴を脱げと言ったはずだが、この女、何をそんなに警戒している?まさか俺に襲われたら高度1万メートル上空から飛び降りて逃げるつもりか?
そんな靴で俺から逃げられるとでも思っているのか?



俺はこいつの靴を脱がせるのが癖になりそうだな。

司は微笑みを浮かべると、体をかがめて牧野つくしの靴を片足ずつ脱がせていた。






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コメント
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dot 2016.12.01 12:32 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
毒舌女二人組はこれはチャンス!とばかりですが、つくしそっちのけで盛り上がっていますね(笑)
司はどうすればつくしの心が掴めるのかと作戦を練っているのかもしれません。
大人ですからねぇ(笑)無茶はしませんが、そこは囲い込みでしょうか。
公私混同しても、それをもっともらしい理由をつけて都合のいいように捻じ曲げる(笑)
まさに大人技ですね(笑)大人になってからの権力は怖いですね。黒を白に変えることが出来る男ですね?
つくしちゃんの性格からいけば、素直になるには時間がかかりそうですね^^
司が女性の靴を脱がせる仕草。片膝をついて足首を掴んで・・優雅な仕草です。
逆に履かせる姿もいいですよ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.01 23:51 | 編集
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dot 2016.12.01 23:54 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
プライベートジェットでワイナリーへの視察はセレブ過ぎて素敵なのに、相変らず硬いつくし。
司はそんなつくしが好きなんですね(笑)桜子ピットブル発言ですが、それは自分ではないのでしょうかとも思えました^^
あのワンちゃんは噛みついたら離れませんから怖いですね(笑)
週末の足音が!!乗り切りました(笑)いつもご心配を頂きありがとうございます(低頭)
そうですよね・・今年もあとひと月・・本当に早いですね・・。一週間もあっという間ですね。
マ**チ様も頑張って下さいね!はい。お互いに最後の月を乗り切りましょう!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.02 00:15 | 編集
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