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2016
11.30

エンドロールはあなたと 19

つくしは朝から忙しくしていた。
道明寺社のワインの広告についての会議が、朝一番の仕事として予定されているからだ。
クライアントに出向き、これから作成するテレビコマーシャルについての話し合いをすることになっていた。広告はターゲットの年令層を引き上げたつくしの会社が受注したが、プレゼンのときに見せたイメージ動画では少し物足りないという意見が出ていた。
30代から40代の女性をターゲットにしたのだから、もう少しロマンティックな映像を、と、意見が出たのは担当者様となった道明寺支社長からだ。その結果、今日は再度作成した
イメージ動画の確認作業がある。

会議用の長いテーブルの中央に腰かける男は、上着を脱いでワイシャツにネクタイ姿だ。
ビジネスを重視する、の言葉どおり、つくしと個人的な繋がりがあるような態度を見せることなく、本日はよろしくお願いいたします、の挨拶ひと言で終わっていた。

他人の自信を揺るがす男。
つくしは道明寺司と仕事を始めるとすぐにそう感じていた。
鋭い視線を向けられたとき、思わず目を反らしてしまった。だが本来ならそんな失礼なことが許されるはずがないだろう。しかし目の前の男は、意味ありげに眉の片端だけを上げ訳知り顔でにやりと笑った。

つくしは困惑した。
お互いに礼儀正しく夜を終えることが出来ると思った会食の日のことが思い出され、動揺したというのが正直なところだ。握っていたペンが手から床へ滑り落ちると慌てて拾った。頬が熱を持っていることが感じられ、動揺した。神経を集中する先を間違えないようにしなければ。そう思ってもこの男のほほ笑みひとつで、こんなに動揺する自分が信じられなかった。

それは滋と桜子がつくしに話した内容にも原因がある。
反省会と称した3人の集まりで、滋と桜子がつくしに話した内容には続きがあった。




「先輩。あのときの生牡蠣、美味しかったですよね?」
「うん。生で食べるなんてはじめてだったけど、美味しかった。なんだか癖になりそう」
「いいことですよ。何しろ牡蠣は海のミルクと呼ばれていますし、高い栄養価もありますからね。それに古くから滋養強壮の強い効果があるって言われている食べ物ですから」

桜子の話に滋は言葉を継いだ。

「そうよね。あたし達が普通に口にする食材の中じゃ牡蠣は一番亜鉛が多いんだよね?」

結局海老ばかり食べていた滋は残りのシュリンプサラダを完食していた。

「滋さん、よくご存じですね?」
「知ってるわよ?亜鉛はホルモンの生成を補助してくれるんでしょ?だからあたし達世代には必要だもの。それにアッチ方面でも重要な役割があるもんね?ね?桜子?」

滋は桜子に同意を求めるとニヤッと笑った。

「ええ。牧野先輩はご存知ですか?亜鉛は別名″性のミネラル″と呼ばれているんですよ?亜鉛が不足すると性機能の低下が起きるんです。具体的に言えば、勃起障害とか精子の数の減少とか、射精能力の不全、あと硬さとか持続力とかでしょうか」

桜子は何故か男性機能について話し始めていた。

「桜子、そう言えばあんた昔フランス人とつき合ってなかった?フランス人って生牡蠣好きよね?生魚は嫌いだってフランス人も牡蠣だけは生じゃないと嫌だって言うくらいだもん。桜子の昔の彼は・・」
滋は悪戯っぽく笑っていた。
「ええ。そちらはまったく問題ありませんでした」
「そうなんだ!やっぱり世界2位だけのことはあるわね!」

滋は世界2位に納得した様子で頷いていた。だがつくしは何が2位なのかわからなかった。

「なに?何が2位なの?」
桜子は、知らないんですか、といわんばかりの目をつくし向けた。
「セックスの年間回数です。3日に1回はありましたね。さすがに2日に1回のギリシャには負けますけど、日本人の男性なんか比べものになりませんよ」

いったい誰がそんなことを調べるのか?
それは世界的なコンドームメーカーの調べだが、調査結果が本当か嘘かの真偽は不明だ。

「ねえ、桜子それってやっぱり牡蠣のおかげ?」
滋は興味津々といった様子で熱心に聞いた。
「ラテンの国の殿方は情熱的ですから。それに量より質ですからね?1回あたりの時間が長いんです」
スッと肩をすくめた女はフランス女性のように自由恋愛至上主義だ。相手が魅力的に思えなくなれば即別れる。
「それってやっぱり牡蠣を沢山食べるから持続性があるってこと?」

滋はいたく真剣な表情で聞いていた。そのことがこれからのことに役立つとでもいうのだろうか。偉く真面目な顔を崩そうとはしなかった。

「そういえば、道明寺さんも牡蠣がお好きだって仰ってましたよね?」

「桜子、あんたまさか司の性的機能を疑ってるわけじゃないわよね?司は牡蠣なんか食べなくても問題ないわよ?まあ、あたしは寝てないからわからないけど・・」

桜子は冗談言わないで下さいとばかりにじろりと滋を睨んだ。

「滋さん。道明寺さんがそんな心配してると思いますか?あれだけ男臭い男性で不全だなんて誰ひとり考えませんから」

「確かに。司は男の汗を感じさせるような男だもん。どう考えても司がそんなわけないわ。でもあのとき、つくしが牡蠣を食べてる姿を舐めるように見てたわよ?それこそ俺がそのまま食ってやろうかって感じだったわね」

「先輩が牡蠣ですか?それならまずその固い殻をなんとかしないと食べれませんね?」

「う~ん・・それもそうよねぇ・・」

「それに海外のことわざではRのない月に牡蠣を食べるなって言われてるんですから。早く召し上がっていただかないと道明寺さん、食中毒になっちゃいますからね?もしくは少し加熱して頂くとか。先輩はわたしに火をつけた人はいない、なんて言ったくらいですから」

「Rのない月ねぇ・・March、April、May・・ありゃ、5月からはRがないわ。じゃあ5月から8月は食べられないってことか・・・。でも大丈夫よ、司はそんなこと気にしないわよ?それにむしろ、つくしって言う牡蠣を食べて中毒になっても嬉しんじゃない?あ、でも少し加熱した方がいいのかも?」

滋がケラケラと笑い、桜子はにんまりとしてつくしを見た。
会話についていけなかったつくしは黙って聴き入る側にまわっていたが、そのとき、あの男に向かって何を言ったのか初めて自分の発言に気づかされた。

『 わたしに火をつけた人間なんていない 』

これではまるで恋愛経験が乏しいと言っているようなものだ。
まさにその言葉こそ道明寺司を煽ったともいえた。





「・・主任?」
「・・主任?牧野主任っ!道明寺支社長が呼んでますよ!」
「は、はい!」

つくしは隣に座る紺野の声で我に返っていた。
イメージ動画の再生はすでに終わっており、道明寺司はつくしの方をじっと見つめていた。

「博創堂さん。牧野主任。そういうことだからよろしく」
「は?そういうことだから・・ですか?」

オウム返しのように聞いたが、何がそういうことがピンとこなかった。それもそのはずだ。イメージ動画の再生より、滋と桜子の話を頭の中で再生していたのだから。

「しゅ、主任!聞いてなかったんですか?今度ワイナリーを見に行くんですよ?」

ワイナリーの見学?ワイン畑だとすれば山梨か?東京からなら近い。ワイナリー見学の経験はまだない。今後のためにも見学させてもらえるなら是非行きたい。

「それで、紺野君も行くんでしょ?日程はいつなの?」
つくしは鞄の中からスケジュール帳を取り出すと紺野に目を移す。
「もう・・全然聞いてなかったんですね?道明寺支社長と主任のお二人で行くんですよ?」

この男とあたしだけ?嫌な予感がする。何故かこの男はあたしに興味を持っておかしな行動を取る傾向にある。だがこれは仕事だ。ビジネスを重視すると言ったのだし、今日のおかしな行動は、にやりと笑ったくらいで他にはない。ビジネス重視。その言葉を信じていいだろう。

「それで、どこのワイナリーに行くの?」

「アメリカですよ、アメリカ!」

「あ、アメリカ?」
素っ頓狂な声が出た。

「はい。カリフォルニアです」




司は牧野つくしの反応を窺ったが、大きな目をそれよりもまだ大きく見開いていた。
恐らく頭の中では色々と巡っているということだけは、わかる。まさかこの前の夜のように突然叫ぶわけにもいかないはずだ。それに隣の男の説明を黙って聞いているということは、当然了承したということだろう。何しろビジネスを重視すると約束したからな。

「それでは牧野主任。よろしくお願いします」






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コメント
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dot 2016.11.30 13:57 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
司は仕事の妥協はしません。その辺りは牧野主任もわかったことでしょう。
滋と桜子の会話(笑)大人の会話ですが、未経験者つくしには?だったかもしれませんね。
黙って聞き役に回っていました。
紺野君、ワイナリーの視察からは外されました。司にしてみれば邪魔者なんでしょうね(笑)
どうやったら手に入れることが出来るのかと考えていると思います。
滋と桜子は味方に付けましたから、いざとなれば・・と考えているかもしれませんねぇ。
紺野君は?どうなるんでしょう・・・しかし滋と桜子と紺野君に取り囲まれると大変そうです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.01 00:02 | 編集
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