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2016
11.25

エンドロールはあなたと 15

わからない・・
まったくわからない・・
あの男の意図が。
キスしたかったからキスしたなんて、本能のままに行動するただの変態男だ。
それにあの態度。俺と色んなキスを試してみないかだなんて本気で言っているのだろうか。
つくしはあのとき交わされた会話を思い出していた。


『道明寺支社長。わたしと支社長はこれからひとつの目標に向かって仕事をするわけですから、私的な感情というのは控えていただきませんと』
『私的な感情か?』
『そうです』
『おまえ、男が怖いのか?』
あの男は黒い眉を上げるとにやついた笑みを浮かべて聞いた。
『怖くなんかありません。恐かったら男性の多い職場でなんか働けませんから』
『そうか、じゃあ俺が怖いか?』
『どうしてわたしがあなたを、いえ。支社長を怖がる必要があるんですか?』


あの日はもうあれ以上の会話は必要ないと思ったつくしは、黙って時間をやり過ごすことにした。大袈裟に反応してしまうのは、相手を煽るだけだとわかったからだ。
それに、むやみに口を開いて、酷い言葉を投げつけてしまうことを避けたいという思いもあった。

食事を済ませると、マンションまで送られたが、車内では黙って窓の外に目を向けていた。
どうして自宅の住所を知っているのかとは聞かなかった。どうせ支社長様はなんでもご存知でしょうから。

やたらと人を挑発するような態度を取る男だが、何しろ相手はクライアント様だ。なにが俺が怖いのかよ!いきなりキスなんかして、セクハラどころの騒ぎじゃない。でもこの仕事を他の会社には渡したくない。それにしてもあの男のどこか人を見下したような態度がしゃくにさわる。

「・・あの男、いったい何考えてるのよ・・」
「あの男って誰ですか?」

会議室でホワイトボードを見ていたつくしの言葉に紺野が声をかけてきた。
午後からこの部屋で行われるのは、受け入れられた広告案のコンセプトについての会議だ。
会議までまだ暫く時間があるが、つくしは既にこの部屋にいた。

「えっ?」
「主任、今言ったじゃないですか?あの男って」
「そ、そんなこと言ってないわよ」
「いいえ。主任は言いました。″あの男、何考えてるのよ″ってね。誰です?あの男って?」
「紺野君、君には関係ないでしょ?」
関係ないはずの紺野は、考え込む振りをすると気軽な口調で話し始めた。
「今の主任の周りにいる男と言えば、僕か、クリエイティブ部門の皆さんか、あとは・・誰かいましたっけ?」

紺野は熱いから気を付けて下さい。と、紙コップに入ったコーヒーをつくしに手渡してきた。 丁度飲みたいと思っていたところだ。つくしの好みは砂糖もクリームも入っていない、泥のように濃い色をした液体だ。礼を言うと口に運んだ。

「主任はもっと砂糖と脂肪分も取った方がいいですよ?主任は痩せてますが、男はもう少しふくよかな方が好きですからね」

最近の紺野は必ずと言っていいほど、ひと言多い。

「あっ!それより道明寺支社長との食事はどうだったんですか?どこに行ったんですか?僕あのとき支社長から君は来ないでくれ、なんて言われてショックでした。せっかく道明寺支社長を身近に感じることが出来たのに、どうして主任だけだったんでしょうね?」

紺野は言うと、つくしの顔を上から覗き込むようにして見た。
紺野は背が高い。何センチあるのか知らないが社内の男性陣の中でも高い方に入る。
最近どうも背の高い男から見下ろされることが多くなった気がする。
でもあの男より紺野は低い。

「_主任?ねえ主任?」
「な、なによ?」
つくしは紺野の呼ぶ声に意識を戻した。
「誰ですか?僕より背が高い男って?」
「だ、誰って・・?あたしそんなこと言ってないわよ?」
「いいえ。漏れてました。僕がいつも言ってますよね?主任はひとり言が多いんですから。気を付けて下さいね。傍で聞いた人は、自分に話しかけられたと思いますからね」
「・・わ、わかってるわよ・・」

部下に諭すように言われてつくしは心外だったが、困ったことに昔からの癖はなかなか治りそうになかった。

「主任、それより僕より背が高い男ってのは、さっき言ってた″あの男″と同じ人ですよね?あ!もしかして彼氏が出来たんですか?僕の知ってる人ですか?ねえ、主任、教えて下さいよ?」

「話すことなんて何もないわよ。言っとくけど彼氏なんて出来てないわ。だから当然″僕の知ってる人″でもないから。それから・・道明寺支社長のことだけど、あの日はうちの社のプランを選んだ理由をお話ししてくれただけで、何もなかったわよ」

「主任。何も僕は主任と道明寺支社長が何かあっただなんて言ってません。あの時は、お二人が知り合いだって聞いて驚きましたが、どう考えても主任と道明寺支社長じゃあ会話も噛み合うかどうか疑問ですし・・支社長の住む世界と我々とじゃ雲泥の差ですからね」

紺野は言うとホワイトボードの空いた部分に何やら書き始めた。

「いいですか?ここに道明寺支社長の立ち位置があるとします。ここです。この上の方です。
対して我々庶民はここ。下の方です。我々と道明寺支社長の間には川が流れていて、その川を渡ることはほぼ不可能です。この川は、そうですね・・ルビコン川だと思って下さい。この川を渡るということは、ものすごい決断を要するってことですから」

紺野は『道明寺支社長』と『牧野主任』という文字をそれぞれ円で囲むと、間に川の絵を描いてみせた。

あの男との間に川が流れていて、それはルビコン川か。

ルビコン川。

それは古代ローマ共和政時代、ローマと属州との境界線となった川。
ジュリアス・シーザーの放ったあまりにも有名な言葉、『賽は投げられた』はこの川を渡った故事から来ている。
当時、ルビコン川を武装して渡ることは法律で禁じられていた。そのため、それを犯すことは″宣戦布告″を意味していた。だがシーザーは武装して渡った。

つまりその川を渡るということは、その後の運命を決め、後戻りのできなくなるほどの重大な行動を取るということだ。その川は今もあるが、その実、大したことのない小さな川だ。幅は広い所でも5メートルほどで、狭い所は1メートル。歴史的に有名な川だが、大したことはない。

紺野が言いたいのは、あの男の住む世界と我々の世界の間には、目に見えない川が流れているということが言いたいのかもしれない。
その川を、ルビコン川を渡るというのは、覚悟を決めてもう後へは退けないという意味。
でも、どうしてあたしがその川を渡らなきゃならないのよ?
それにしても紺野はいちいち大袈裟にものを考えるふしがある。

「あ、それから主任。道明寺支社長ってお金持ちのプレイボーイってイメージがあるんですけど、実はそうでもないらしいって話しも聞きますし。本当の所は謎なんですよ。もしかしたら、何かの間違いで主任と恋に落ちるなんてこともあるかもしれませんよ!うわぁ~!そうなったら凄いことになりますよ!もしそうなったら主任はルビコン川を渡るんですね!」

紺野の頭の中では勝手に物語が出来上がっているようだ。
広告代理店の営業として想像力があるのはいいことだが、何か違っているような気がする。

「あぁ~っ。でもこの前お会いした道明寺支社長って本当にかっこよかったですよね!いいな~。主任は二人で食事が出来て。サイン頼めばよかった・・でも僕もまた会えますよね?」

紺野はあの男を崇拝し過ぎているのか、リッチでハンサムな映画スターと勘違いしているかのようだ。

「紺野君。ちょっと話しが違うような気がするんだけど?」

つくしは紺野がひとり自分の世界を彷徨い始めたのではないかと感じていた。
人に向かってひとり言が多いと言ったが、紺野も大概あたしと同じような気がした。

「主任!もしも道明寺支社長がですよ?仮に主任にアプローチしてくることがあったら拒まないで受け入れて下さい。道明寺支社長みたいに世界的にかっこいい人を間近に感じるなんて先輩の人生の中でもう二度とないと思いますから、人生が終わらないうちに色々楽しんだ方がいいと思いますよ?」





***





会議が終わってすぐ、ポケットの中の携帯電話が振動した。
画面を確認すると、大河原滋の名前が表示されていた。その電話の内容は安易に想像出来た。
男を紹介するからと言った滋は、その後海外へと出張していたが、こうして連絡が入ったということは、帰国の目途が立ったのだろう。

つくしは自分と道明寺司の間に起きていることを説明することにした。

「もしもし?」
『つくし?いい?来週絶対に来なさいよ?司は忙しい男だからなかなか時間が取れないの。でもね、あたしがあいつの時間をもぎ取ったから』

確かにその日のことについてはメールで送られて来ていた。

「あ、あのね。滋さん実はあたし・・」

『なに?まさかつくし、断るなんて言わないでよね?』

「実は、あたし道明寺・・さんと・・」

『つくし!いい?あんたもそろそろ現実を見なさいよ?いつまでもひとりで仕事ばっかりしてたら体が錆びちゃうからね!それに断るにしても一度だけでも会ってみてよ?いい男なんだから絶対気に入るから』

「滋さん相手は、本当に道明寺司って人で間違いない?あのね、実はあたしもうあの人と」

『えっ?なに?ちょっと今周りが煩いのよ、だからよく聞こえないんだけど?そうよ?道明寺司よ?いい男だから安心してよ!いい?来なかったらつくしのマンションまで行って部屋のドアをどんどん叩くからね!居留守なんか使ったらだめよ!』

滋ならやりかねない。

「わかったから、行くから。でも急な仕事が入ったら・・」

『何言ってるのよ!その日は大河原の仕事の日でしょ?うちの仕事の時間取ってるんでしょ?』

そうだ。その日は滋さんの会社のCMプランを持って行くことになっていた。

「滋さん。わ、わかったから・・行くから、じゃあね。_うん。_うん。」




つくしはため息をついた。
あの男と、道明寺司とすでに顔を合わせていると言えなかった。
言えなかったというよりも、言わせてもらえなかったという方が正解だろう。
まさか紹介されるまでもなく、既にあの男と出会っていて、それもクライアントと担当という立場で、あの男の奇妙な行動に悩んでるということを、伝えられずに電話は切られていた。






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コメント
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dot 2016.11.25 12:36 | 編集
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dot 2016.11.25 17:42 | 編集
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dot 2016.11.25 22:13 | 編集
co**y様
こんにちは^^
ルビコン川。ふと、頭の中を過りました(笑)
いよいよ二人のご対面が近づいてきました。
坊っちゃんは何も知らず・・
どうする?つくしちゃん?(笑)そのとき、坊ちゃんはどうするんでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.25 23:17 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
つくしは司のことは変態男(笑)そしてプレイボーイだと思っているでしょうねぇ。
紺野くん。言いたい放題でした(笑)主任いじられてます。
紺野くんは司のサインが欲しいと言っていますが、司×**OVE様も欲しいですか?
恐らくローマ字でカッコ良く書かれるのではないかと思います^^
滋が紹介したい人はつくし。もう間もなくご対面のようです。
ですが、つくしは複雑でしょうねぇ。どんな顔をして会えばいいのか・・
覚悟を決めて頂きましょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.25 23:27 | 編集
ぴ*様
つくしちゃん。ひとり言が多いですね(笑)
若い頃からの癖です。気持ちダダ漏れしていますねぇ。
紺野くんに注意されています。
いよいよご対面が近づいてきました。
つくしちゃんの心境はいかに?
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.25 23:35 | 編集
さと**ん様
紺野くん。牧野主任に言いたい放題です(笑)
ルビコン川。頭の中を過りました^^
司の世界へ行く例えで橋を渡ると例えられますが、今回は川にしてみました。
ザブザブと音を立てて渡って頂きましょう(笑)あ、でも今は寒いですね。
ルビコン川を武装して渡ると”宣戦布告”となります。
つくしちゃん、武装して渡るのでしょうか・・・
ホワイトボードで説明する紺野。H先生に見えた(笑)
紺野くんの「間違って恋に落ちたら・・」発言(笑)酷いですよね?こんな部下は嫌です(笑)
いつかルビコン川を渡る日が来るはず・・ですね?^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.25 23:46 | 編集
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dot 2016.11.26 00:50 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
紺野くん。マ**チ様とシンクロしてましたね(笑)
DTDメンバーの紺野くん(笑)の想いは西田さんが阻止してくれるんですね?
紺野くんの想いが花開く・・(笑)司はつくし一筋ですから紺野くんには諦めてもらいましょう。
本当に楽しいお話でした。何度読ませて頂いてもお腹がよじれます(≧▽≦)
えっ?続きが!!楽しみにしています^^
週末ですね!夜はこれから・・えー、明日の分。頑張ります(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.26 22:58 | 編集
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