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2016
11.24

エンドロールはあなたと 14

30分後二人はレストランにいた。
奥まった個室の席に座った瞬間から、見事なほどのポーカーフェイスの男を前に困惑が隠せなかった。
ホテルメープルのフランス料理は素晴らしいと言われているが、まさにその通りだと思った。ここは道明寺グループのホテルで、この男のお膝元とも言える場所だ。
食事は美味しいが、目の前に座る男が食事の魅力的なパート―ナーかと言えば、そうではない。会話もなく、ただ淡々と出されたものを口に運んでいた。

つくしは道明寺司という男は女癖が悪いのではないかと思わずにはいられなかった。
だが、そんな男とこれから仕事をするとは思いたくはない。
キスの衝撃ともいえる事態をなんとか乗り切ったのだから、理由が知りたい。理由が。
どうしていきなりあんなことをしたのか。つくしは気付けば、道明寺司に対して理由ばかり求めていた。

この男といることで、ずっと落ち着かない気持ちにさせられている。いらいらしたり、怒りっぽいのかと言われたり、普段は落ち着いて仕事をしている、文字通り地味な女のはずなのに、この男といると気持ちが高ぶってしまう。早く元の自分に戻らなくては。そのためにはこの男を克服することが先だ。

「あの、道明寺支社長・・あ、あの意味はなんでしょうか?」

努めて冷静を装った声を出した。ここで感情的な態度に出るべきではない。
この男には平然とした態度で臨まなければならない。相手のペースに巻き込まれてしまってはだめだ。だから車内でも何もなかったような振りをした。

道明寺司は大いに興味をそそられているといった視線でつくしを見た。

「意味か?」
「そ、そうです。道明寺支社長がわたしにしたことです」
「キスか?」
「き、キスかじゃありません!いったいどういうつもりなんですか!」
意に反して大きな声が出た。
「うるせぇ女だな。キスしたぐらいで騒ぐな。キスしたかったからしたんだ」

つくしはその答えに、目の前に出されていたデザートを手で掴んで投げつけてやろうかと思った。

「騒ぐなっておかしいでしょう?それにキスしたかったからだなんて、わたしとあなたはキスするような間柄ではありません。わたしたちは、顧客と担当というだけでそれ以上の関係なんてないんですから、キスなんてしないで下さい!厚かましいにもほどがあります!」

本来ならいきなりキスしてきた男の頬をひっぱたくのが普通だ。だが、何故かそれが出来なかった。それは飲み干したシャンパンの影響だと思おうとしていた。頬が熱くなっているのが感じられたのだから、あの一杯で酔いが回っていたのかもしれなかった。

つくしが熱くなってまくし立てるに対し、男は淡々とした受け答えだ。
世の中には物事を道徳的に考える人間とそうでない人間がいる。ただ各人の道徳の規準は違うだろうが、どう考えても二人は赤の他人、ましてやこれから一緒に仕事をする相手だ。そんな相手とキスをすること自体が不道徳だ。

正面に座る男は、つくしの言い分を聞くと
「そうか。おまえが思うキスするような間柄ってのはどんな間柄だ?」
と言って顔を赤らめている女に再び顔を近づけようとした。
テーブル越しに思わずのけぞるつくし。
「ど、どんな間柄だなんて、そんなこと決まってるじゃないですか!恋人とか夫婦とかそういった間柄に決まってます!」

いくら個室の中が広いからと言って逃げ回れる広さではない。顔を近づけられると、目の中の虹彩まで見えた。まさにそれは漆黒の瞳。見る者を虜にすることもあれば、あるときはナイフのように切り裂くと言われる瞳。今その瞳は誘惑の色を帯びているように思えた。
それにしても男にしては驚くほど長い睫毛の持ち主だ。

つくしは自分の顔が赤くなっていることはわかっていた。
頬が火照って、動悸がしていた。この分だと恐らく首まで赤くなっているはずだ。
道明寺司は危険なほど魅力的な男で、意識していないといえば嘘になる。
じっと見つめられ、思わず唾を呑み込んだ。ここから先、いったい何が起きるというのだろうかと不安を感じていた。

すると男は手を伸ばし、いきなりつくしの顎を掴んだ。
一気に固まるつくし。その手を払おうと思えば出来るはずだが何故かできなかった。
まるでその瞳に囚われたようで動けなかった。それはまさに蛇に睨まれた蛙のようで、ただじっとしている以外何も出来ずにいた。


司は思わず緩みそうになる口元を必死で引き締めた。
この女は軽くキスしたくらいで何をそんなに慌てる?
口の達者な女をじっと見つめれば、30過ぎた女がほんのりと頬を染める姿に司は驚いた。
プレゼンでは、びしっと決めたくせにキスひとつくらいで、それもほんの数秒触れたくらいで何をそんなに動揺する?それにあんなのキスの内には入るものではない。

「・・ふぅん。おまえあまりキスしたことがないってことか」
司はちらと微笑みを浮かべて言った。
「・・なっ・・!」
つくしのあせりが声に出た。
司の言葉は図星だったようだ。

男の手は離されたが至近距離で見つめられ、これから何をされるのかと身構えた。
だが、すぐに冷静さを取り戻したつくしは自分に言い聞かせた。あれはキスなんかじゃない。キスはもっと心を込めてするものであって、あんなに軽々しくするものじゃない。

それにしてもどうしてこの男はあんなことをしたのか。
もしそれが気まぐれだ、遊びだというなら他の女性として欲しい。
それにこの会話の行先が、締めくくりはどうしたらいいのか全くわからない。この男の真意が全く読めなかった。

「まあキスにも色々と種類があるが試してみるか?新しいことに挑戦することが好きな女なら俺と試してみるのもいいかもしれねぇぞ?」

新しいことに挑戦することは好きだ。まるでつくし性格を見透かしたような物言いに内心慌てた。だが、それは仕事のことであって、この男とキスの種類を試すことではない。

それにしても、つくしの会社のプランを取り上げ、これから一緒に仕事をして行こうというのに、何故困らすようなことをするのか。キスしたかったからキスしたなんて、いい大人が、それも天下の道明寺財閥の日本支社長が言った言葉だとは思いたくない。これは早々に滋さんに連絡をするべきだろう。道明寺司はとんでもない人間ですと。
こんな男をあたしに紹介するなんて、滋さんはどうかしてる!

それにしても、こんなに魅力的な容姿の人間がいるということを改めて知った。
それだけは、認めないわけにはいかなかった。





***





司は最高の気分だった。
計画は予定通り進行中だ。牧野つくしと仕事をすることが決まった。

司の目の前に座る女は、睫毛の下からこっそりと伺うようにこちらを見ている。
対して彼は黒い瞳で牧野つくしをじっと見つめていた。



唇はほんの数秒で離れたが、いきなりキスされて驚かないはずがない。
険しい目をして冷やかな口調で話しをしていた男の態度が急変したことに、牧野つくしは身動き出来ないほど固まってしまっていた。威圧的な存在感のある男がいきなり隣に座っている女にキスをする意味はいったいなんなのか。それにさっきまで交わされていた会話の意味を知りたいと思うのは当然だろう。イメージが混乱していると言った感じでこちらを見ているのがわかる。

『一緒に仕事をするにはやりにくい相手』

いったいどういった意味で仕事をするにはやりにくい相手なのか。
それに、いったいこの男は何を考えているのかさっぱり見当がつかない。そんな思いを抱えているのは顔に現れている。

いきなりキスをされ、動揺した女は車から降りるとき、躓きそうになっていた。
腕を支えてやらなければ、また転んでいたはずだ。
女は腕を振りほどくことはせず、大人しく支えられていたが動揺していることはわかった。
「ありがとうございます」と口にした女は落ち着かない様子でいた。

忍耐強い女だと仕事の上では言われている。
逆を返せばこの女は頑固だということか?

エレベーターの前での出会いから、キスをするまでの間に心の中にひとつの想いが湧き上がっていた。
こいつに本当の俺を知って欲しいという想いが今の彼の中にあった。
はじめて出会ってから、さして会話を交わしていなければ、会ってもいないが、気になって仕方がなかった。

司は牧野つくしに魅了されていた。
これまでつき合った、彼の周りにいた、どんな女とも違っていた。それを感じたのは、こいつを抱えて医務室まで運んだ時だ。それから後、今日に至って仕事に対するプライドと、すべてに於いての前向きさが気に入った。

司は今まで自分の外見や地位に群がる女を大勢見てきた。だが、そんな女たちも、どこか司から一歩引いた姿勢で彼のすぐ傍まで踏み込もうとはしなかった。
それは、司自身の他人を簡単に寄せ付けないというオーラがそうさせていたのかもしれなかった。だが、牧野つくしは違った。彼に向かって言いたいことは口にする。遠慮がない。
そんな経験はしたことがなかった。そんな理由からかもしれないが、今では、なじみのない小さな興奮の熾火(おきび)が心の中に置かれていた。
それはまさに恋の火種ともいえる。

司は決めた。

牧野つくしが欲しい。






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コメント
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dot 2016.11.24 19:46 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
司からの色んなキス!挑戦するかと言われたら、手を挙げたいですね。
その言葉にあたふたするつくし・・仕事は颯爽としても恋愛は奥手なんです(笑)
司は滋が紹介したい人物が誰かまだ知りません。
本気になった彼はどんなアタックをするのでしょう・・。
大人の色気で惑わせて欲しいところです(笑)
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.11.24 22:00 | 編集
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dot 2016.11.25 04:35 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
蛇に睨まれたカエルとなったつくしです。
頭からいくのか、脚からいくのか・・(笑)どこからでもいいから食べたいでしょうね(笑)
DTD・・・もう・・(≧▽≦)お腹がよじれました。マ**チ様、センスが良すぎます!
紺野くんがそのメンバーだったんですね!それも闇組織!西田さん次回試験を受けるんですね!
西田さんはコーヒーの味もつくしより上をいかないようにわざと調整していたとは!
なんと細やかな心配りの出来る秘書でしょう。ですが、その西田さんが支社長にキレる(笑)そして紺野に嫉妬するんですね!
西田さん心に固く誓った想いは叶うのでしょうか。しかし何度読み直しても頬が緩みます。(≧▽≦)
あらぬ方向に転がって下さい!問題ありません。紺野くんも喜んで出演させて頂きます。
本日、紺野くん。マ**チ様からのお話を読んだのでしょうか。言いたい放題でした(笑)
夜更かしどころか・・朝ですね(笑)
いつも楽しませて頂いています。本当にありがとうございます。(低頭)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.25 23:02 | 編集
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