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2016
11.23

エンドロールはあなたと 13

ビルの正面に止まっている車を見れば、まるでハリウッドスターが乗っていてもおかしくない大型車。運転手が開けて待つ後部座席のドアの窓ガラスは着色されていて、中を覗くことが出来ないようになっていた。

つくしは前を歩く男に続いて乗り込んだが、初めて乗るその車の内部に圧倒されていた。
贅沢な革張りのシートに、バーキャビネットまで備えられていて、それこそハリウッド映画でしか見たことがないような車内だ。成功した者だけが乗ることを許されるような車で堂々とした態度が取れる男は、生まれたときからその生活に馴染んでいるだけのことはあると感じていた。

すぐ隣にいる男を意識しないわけにはいかなかった。
おまえの会社に任せると言われたが、はっきりとした理由を聞きたい。あのプレゼンの何が気に入ったのか聞かせて欲しい。
つくしは口を開こうとしたが、道明寺司に先を越された。

「博創堂さんとの契約に乾杯しよう」

司は身を乗り出して、キャビネットからグラスを掴むと冷えたシャンパンを注ぎ、つくしを見た。
グラスを手渡されたつくしは慌てた。何しろ車の中でお酒を飲む経験は初めてだ。それこそハリウッド映画のワンシーンのような光景。受け取ったものの、素直に口をつけていいのか迷った。この男はこういった行為に慣れているのかもしれないが、庶民が乗る車にバーキャビネットは無い。
つくしは契約に乾杯しようと言った男に聞いた。

「あの、道明寺支社長。我社のプランの採用をお決めになられた理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

シートの上で長い脚を優雅に組む男は、グラスの縁に口を付けると言った。

「おまえのその態度だ」
「は?」
「だからおまえのその態度が気に入った」

意味がわからない。
態度とは?仕事に取り組む姿勢のことなのだろうか?

「いったいどういう意味ですか?わたしの態度って・・意味がわかりません。我社のプランが気に入ったということですよね?そう言っていただかないと社内に説明が出来ません」

毎日遅くまでプランを練ったチームの仲間は、プレゼン結果を気にしているはずだ。
つくしは片手に背の高いシャンパングラスを持ったまま大きく深呼吸をした。こんなものを車内で飲むとは、この男はいったいどういったライフスタイルを送っているのかと思わずにはいられなかった。

「それに今日のプレゼンだけで決まるなんて、前例が無いとは言いませんが、御社のように大きな会社で即決されることが可能なんでしょうか?それに支社長自らがご担当者様になるなんてことが、現実問題として可能なんでしょうか?」

トップダウンとも言えるこの決定の裏には何かあるのではないかという思いは拭えなかった。担当するなんて簡単に言うが、この男は担当の意味がわかっているのだろうか。
これから何度もある打ち合わせにいちいち顔を出すつもりなのか?

司は自分のパワーの使い方を知っているのか、相手を一瞬で黙らせることが出来るような鋭い目でつくしを見た。

「ごちゃごちゃとうるせぇ女だな。おまえの態度が気に入ったって言ってんだからそれでいいじゃねぇか」

司は言うと再びグラスを口へ運んだ。

「でも、態度ってどういう意味ですか?そんなことでは困ります!具体的に何が良かったのか仰っていただかないと、それではまるでわたしが・・・何かしたように思われます」

態度という具体性を欠ける答えでは納得出来ないのがあたり前だ。態度というなら一体どんな態度がこの男の眼鏡にかなったというのか教えて欲しい。

「枕営業ってわけじゃあるまいし、おまえが言いたいのはそのことなんだろ?」

その通りだ。女性の営業職で仕事を貰うとなると、そういったことを平気で提案する人間もいる。事実、そういった関係の提供を求めて来た人間もいた。

「道明寺支社長。どうして我社のプランが採用されたのか、それを仰って下さい」
「なんだよ?どうしても知りたいのか?」
「あたり前じゃないですか!わたしの態度がどうのこうのなんて、関係ないじゃないですか!」

つくしは手にしたグラスを邪魔だと感じると、中身を一気に飲み干し、その柄をきつく握りしめるとぴしゃりと言い返した。

「理由をお願いします、理由を!」
「おまえ、なんでそんなに怒りっぽいんだ?」
「わたしは怒りっぽい人間ではありません!」

怒りっぽいだなんて、今まで誰にも言われたことはなかったのだから心外だ。
どちらかと言えば、仕事以外ではのんびり構えていると言われるほどだ。だから恋人も出来ないんですと桜子に言われるくらいで、おまけに部下の紺野にはひとり言を慎めとまで言われる始末だ。

「わかったから落ち着け」
「わたしは落ち着いています」

つくしは息を大きく吸うと落ち着こうとしたが、なぜかこの男にからかわれているように感じていた。
「あのな。おまえのプランが駄目だと思ったら選んでない。それにこれから食事に行くのもその話をするためだ。だからもう少し・・」
「い、今教えて下さい!」

つくしは思わず叫んでいた。自分でも何故だかわからないが、何故かこの男を前にすると落ち着かなくなる。相手がクライアントの支社長という立場から礼儀正しくしなければという思いがあるが、どうしてもからかわれているような気がしてならないからだ。


司は今その話を聞きたいのかと聞いたが、つくしは勿論だと言い切った。
「_ったくうるせぇ女だな。教えてやるから黙って聞いてろ。いいか?口挟むんじゃねぇぞ?」

つくしは何もいわず、いわれるまま黙ると司の顔をじっと見つめた。
少しすると、司はつくしの赤くなった顔を見つめたまま話を始めた。

「ターゲット層についてだが、酒という嗜好品の性質から言っても好き嫌いがある。ワインという性質上、どうしても女がターゲットとして浮上して来る。ワインを飲むのは女の方が多いからな。その結果うちはあのワインのターゲット層を成人年令に達した女ならいいと考えた。その年令の女は大人になったばかりで、ワインを飲むことで大人としての雰囲気を出したいと思うはずだ。それに恋でもすれば、とりあえずビールだなんていうガキ臭い飲み物のことなんて考えねぇはずだ。だからターゲットは成人したばかりの女を含む20代から30代の独身の女あたりがいいんじゃねぇかって話しだった。ただ今度売り出すワインは高級な部類に入る。だから高い金を出しても飲んでみたいと思えるような広告が必要だ」

司は牧野つくしが理由を教えろと叫んだとき、思わず笑いだしそうになっていた。
そして今は黙って聞いてろと言われた手前、真剣な表情で話しを聞いている女の態度に笑いを堪えていた。

その態度から仕事熱心だとはわかっていたが、まさに仕事に命を懸けているかのようなその態度。そして自分に向かってくる態度。物事はすべて真正面から受け止めるという考え方。それはきちんとした筋道を立てることなく物事が進んでいくことを認めないとばかりだ。

こいつの性格はまさに真っ直ぐってところか?それとも馬鹿正直ってことか?まぁ、感情を隠すことが下手だってことは充分とも言えるほどわかった。
司は真剣な表情の女に話しを続けた。

「うちは20代から30代をターゲットだって言ったはずだ。それなのにおまえの会社は30代から40代の女をターゲットに提案してきた。理由はおまえが言った通りだとすれば学歴が高く、所得が高い女ほどワインを好むんだろ?まさにおまえみたいな女が好むってわけだ。確かに30過ぎた女なら今まで色んな酒を飲んだ経験から舌が肥えてる。そんな女たちは一度気に入れば長く飲み続けてくれるはずだ。若い女と違って本当にいいものを知れば、それを好んで飲むようになるからな」

それはつくしがプレゼンで言ったことだ。
大人として経験を積んだ女性をターゲットにし、そういった人間に長く愛飲してもらえるブランドに育てていけばいいという思いだ。
それに人間年を取ると目移りしなくなる。
一度習慣づけがされると、それ以外を受け付けなくなるという頑固さが生まれてしまうという面もあった。反対に若者は新しいものに目移りする傾向がある。

「嗜好品ってのは一度習慣づけられるとそう簡単に止めることが出来ねぇからな。それに好む銘柄が変わることもねぇ」

コーヒーや煙草や酒は嗜好品でなかなか止めることができないことはよく知られている。それに自分が気に入った銘柄以外は受け付けないことも多い。

「嗜好品じゃねぇがファーストフードが若年層をターゲットにするのは、子供の頃に覚えた味は一生忘れないってことで潜在的な顧客として確保できるからだ。刷り込みみたいなものだが、マーケティングとしてあいつらは賢い。だが酒は成人してからの嗜好品でさすがにそういうわけにはいかない。まあうちもその刷り込みとまではいかないが、若いうちにワインの味を覚えさせるかって考えた。だが、あのワインの値段は安くはない。高級路線で売るなら二十歳そこそこの女より、おまえの言った30代以上にターゲットを変えて、長く飲んでもらえるブランドに育てる方がいいってことに決定した。まあ最初はその路線も考えていたらしい。要はおまえのプレゼンの結果ってことだ」

司は軽く肩をすくめると、少し呆れたように言った。

「それにしても顧客の指定したターゲット年令層を別の年令層に変えろと言って来たのはおまえのところだけだ。とにかく、おまえの提案が受け入れられたってことだ」

司はそこまで言うと、つくしの手に握られている空になったグラスを取り上げ、キャビネットに戻した。

「それからおまえの態度だが、おまえの業界の人間は派手なタイプが多い。見た目も行動もな。だが優秀な広告マンの外見は意外と地味だ。それに内面は心配性で責任感が強い人間が多い。聞くところによると牧野って女は地味だが、心配性で責任感は人一倍だと聞いたが?」

司は目を険しく細め、つくしを見た。

「言っとくが、俺は一緒に仕事をするにはやりにくい相手だと思え」

冷やかな口調にその目つきはまるでサバンナのライオンが獲物を狙っているかのようだ。
本人にそのつもりがなくても、道明寺という男は相手を縮み上がらせることが得意なようだ。噂どおりこの男の仕事に対する態度は厳しいようだ。
そんな男は見た目が派手な広告マンよりも、地味な女を選んだ。
つまり地味な態度が気に入ったということなのか?
つくしは地味さなら自信があるとばかり頷くと、いたく真剣な口調で返事を返した。

「わかりました。ではわたしが女性であることは気になさらないで下さい。わたしのことは、あくまでも仕事相手としてお考えください。今回の食事もそのひとつでしょうから」

つくしはこの男が何か良からぬ事でも考えているのではないかと訝しがった自分がおかしかった。本気でうちのプランを認めてくれたというなら、これからこの男と取る夕食もさっさと済ませて社に戻ろう。早く戻ってこの吉報をチームの皆に伝えたい。

「そりゃ無理だ」
司の顔に笑みが浮かぶと、厳しかった目が急に温かみを増した。
「は?」

いったい何が無理だというのだろうか?突然口調が変わったことに驚いた。つい先ほどまで険しい目に冷やかな口調だったというのに、この変わりようはいったいどうしたことなのか?
次の瞬間、つくしの方へと身を乗り出して来た男は、顔を近づけるとつくしの眉間に寄った皺に指を当てた。

「おまえ、そんな怖い顔してこんな所に皺寄せてると取れなくなるぞ?」

と、からかう声が聞え、視線を合わせた男は唇を重ねた。







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コメント
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dot 2016.11.23 18:17 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
司は仕事のことも考えていたようですね。
そうですね、つくしのプランに賭けてみようと思ったようです。
多少贔屓目もあるかもしれませんね(笑)
司、仕掛けましたね(笑)いきなりの行動につくしも驚いたでしょうねぇ(笑)
しかし、相手はクライアント・・お客様第一主義です。つくしはどうするんでしょう(笑)
そしてまた色々と考えるのでしょうねぇ^^
紺野君!(笑)彼はつくしの部下ですから、切り離せません^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.23 22:03 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.11.23 23:53 | 編集
マ**チ様
リムジンでシャンパン。お金持ちシュチュエーションですねぇ(笑)
司ならお似合いですね。最後のシーンはセクハラですが、そんなこと司には関係ないでしょうね(笑)
紺野くん!!司に対しては枕営業もOKなんですね!(笑)
困った紺野くんですね・・。
本当に寒いですねぇ~。しかし冬はこれからです。マ**チ様もお体ご自愛下さいませ。
夜更かし同盟バンザーイ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.24 21:49 | 編集
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