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2016
11.18

エンドロールはあなたと 10

つくしはまじまじと道明寺司の顔を見つめていた。
対して目の前の男は尊大な態度でつくしを見ていた。

いきなり目の前に現れた男は、つくしの会社に広告を任せると言い切った。
それもプレゼンが終わって間もないというのに、この決断の早さはどこから来るのか?
まさに1秒の遅れも許さないとばかりの素早い決断。カリスマ的経営者がいる企業はそういった手法で大きくなるものだ。だがこの会社がトップダウン経営とは思えないだけに、この案件に限ってなのだろうか?

「あの、道明寺支社長、ちょっとお話がよくわからないのですが?」
「ああ。ワインの広告は博創堂さんに任せることになった」
「で、でもプレゼンはさっき終わったばかりですし、それに一度だけですよ?本来なら何度かあるはずですよね?それって・・」
「おまえの会社はこの仕事が欲しくないのか?」

欲しいに決まてる。そのためにつくしはここにいるのだから。
この1ヶ月寝る間も惜しんで仕事をした。それはつくしだけではない。チームを組んだ仲間全員だ。会議室はいつも緊張感に包まれピリピリとする空気が流れていた。アートディレクターもコピーライターも髪を搔きむしりながら頭を捻っていた。そんな中でつくしの一番の仕事はチーム内を纏めること。そして今日のプレゼンが一番大きな仕事だったのだから、その成果が実って欲しいと願うのがあたり前だ。

「も、勿論欲しいです。わたしはそのために今日ここに来たんですから!」
「なら、いいじゃねぇか」
「で、でも・・」
「なんだよ?」

相変わらず強烈な視線を向けてくる男につくしはたじろいだ。
あの日、医務室まで運んでもらったというのに、まともに顔を見ることも出来ず、お礼さえ言えない状態だった。だからプレゼンの傍聴者の中に道明寺支社長の名前を見つけたとき、借りていたハンカチを返すことが出来る機会だと持参していた。
それなのに今、目の前のこの男性の態度をどう解釈すればいいのかわからなかった。
本来ならきちんと礼を述べ、大人の対応で済ませればいいはずだ。だがそれが出来そうにない雰囲気がして来た。

それにこの男性とまともに対峙したのは今日がはじめてだ。勿論、まともに口を利くのも今日がはじめてだ。あの日は二人とも殆どと言っていいほど話をしていない。と、言うよりも口が利けなかったのが実情だ。何しろつくしは、あの日はじめて男性の腕に抱きかかえられるという状況だった。それもモデル並にかっこいい男性の腕に抱かれていたのだから、動悸がしていたし、まともに相手の顔を見る事もできなかったのだから。

そんな男はこうして近くで見ると圧倒的な存在感がある。いや、近くで見なくても、会議室の後方に座っていた男のオーラは感じることが出来た。それは雑誌からでも感じられたくらいなのだから、目の前にいればそれこそ威圧的ともいえる存在感があった。

この男が会議室に姿を現したとき、室内に感じたあの空気感。ピンと張りつめ、その部屋にいる全ての人間の背筋が伸びるような緊張感。まるでこれから禅の修行でも行うのではないかといった静寂。ペンひとつでも落とそうものなら、音を出した人間はきつく恫喝されそうな雰囲気があった。
それにこの男なら暗闇の中にいても、その存在感を消すことは出来ないはずだ。実際室内の照明が落とされていたときでも、その存在が感じられた。まるで暗闇から獲物を狙う黒豹のようだと思ったほどだ。

まさかとは思ったが、この誘いは権力を持った者から立場を脅かされることになるのではないか。ふと、そんなことが頭を過った。
女性営業職にはよくある話しだが、契約を結んでやるから相手をしろ。
目の前の男がそんなレベル男だとは思いたくはないが、男は所詮男だ。女とは違う。

つくしだって今まで嫌な思いをしたことがあった。だからそれを疑うなという方が無理だ。
いくら相手がビジネス界のカリスマだとか有能な男だと言っても、契約のためにそんなことをしたくはないし、するつもりもない。

紺野の言葉を借りれば、いくら世界で最も結婚したい独身男性の上位に選ばれたからといって、それは全ての女性が思うことではないはずだ。
それにそんな記事が書かれるくらいの男だ。俺の誘いを断る女なんていないと思っているのかもしれない。だとすれば、道明寺司は自身過剰もいいところだ。

しかし、本当にこの男の誘いに乗らなければ契約しないとでも言うつもりなのだろうか。
もしそうだとしたら、最低な男だ。
こんなことなら滋さんにもっと話を聞いておくべきだった!仕事に関係なければ、それに滋さんの知り合いでなければ、こんな男なんて冷やかな態度で軽くいなしてやるのに!だがそれは出来ない。何しろ大きな契約がかかっている。
この仕事を手放すわけにはいかない!

「あの、道明寺支社長。そのお誘いは契約に関してと考えてよろしいのでしょうか?それならここにいるわたしの部下の紺野も同席させて頂きたいのですが」

従順な態度を見せながらも言いたいことは言った。

「いや。俺は君と話しがしたい。″博創堂の牧野さん″」

ことさら会社名を強調する男の態度につくしは神経質になっていた。会社の名前を強調して立場をわからせようとしているのか。それならばと、つくしは隣に立つ若い男性を盾にすることにした。

「どうして紺野が来たらダメなんですか?仕事ならここにいる紺野も同席させて下さい」
つくしは切り返すと紺野を見た。
「あ、あの、しゅ、主任?」
自分に話しを振られた紺野は、つくしと司の間に交わされていた視線が自分に向けられたことに動揺していた。

司は自分の容貌が便利なことがあることも知っている。
どの年代の女性にも言えることだが、彼がその黒い瞳を向けるだけで上の空状態になってしまうのを見て来た。だから秘書は男に限ると決めていたし、自分の周りにも男を置く方が多かった。だが今のこの状態で男の紺野が必要かと言えば、まったくない。
そんな司は同性からは羨望の眼差しを向けられているということも理解していた。
司の視線はつくしから隣に立つ若い男性に向けられた。

「君、紺野君と言ったね?悪いが牧野主任と話しがある。君は来ないでくれ」

司の命令口調に素直に頷く紺野。

「ちょっと!か、勝手に決めないで下さい!紺野君!なに勝手に頷いてるのよ!」
「だ、だって道明寺支社長が・・」
「あなたあたしの部下でしょう?」
「は、はい。勿論そうですが、クライアントの命令は絶対ですよね?主任は僕が入社したばかりのとき、そう言いましたよね?」

つくしは言葉に詰まっていた。
確かに入社したばかりの紺野にそう言ったことは確かだ。だからと言って今この男の前でそんなことを口にしなくてもよさそうなものを!だがその思いを遮るかのように男の口から放たれた言葉につくしは耳を疑った。

「おい、脱げ」

脱げの言葉と共にいきなり腕を掴まれたつくしは驚くと同時に後ろに一歩下がろうとした。 だが腕を掴んだ男の手はそのままで放そうとはしなかった。

「な、なんですか!いきなり!は、放してよ!」

放すどころか、逆に引き寄せようとしていた。
この男、頭がおかしいんじゃない!いきなり脱げって何考えてるのよ!
やっぱりそういうことなの?体と引き換えに契約をやるとか、そういうことなの?
出来る男だとか、カリスマだなんて言ってるけど、実はお飾り支社長なんじゃないの?

いったい何をされるのかという思いばかりが頭を過る。
だがここは会議室だ。それに紺野もいる。何か出来るはずがない!
でも紺野は既にこの男の下僕に成り下がっている!
なにが僕道明寺さんに憧れてますよ!こんな男に憧れてる場合じゃないでしょう?
それにしても道明寺という男には道徳観念というものが無いの?
これほど一発殴りたいという気持ちになった相手は初めてだ。でももし殴ったら今回の仕事は無くなるだろう。
だが仕事よりも自分の身の安全の方が大切だ。

「な、なにかしたら大声を上げるわよ!」
既に十分大きな声だ。
「うるせぇ。耳もとで叫ぶな!」

男の声も大きかったが、眉をひそめ、つくしを見る男は視線を下に落とした。
すると軽く咳払いをした男は、普通の声を出そうとしたのかもしれないが、かなり険悪な声で言った。

「そんなんじゃねぇよ。おまえ、なんか勘違いしてねぇか?おまえのその靴だ。なんでまたそんな踵の高い靴を履いてる?」
「えっ?」
「そんな靴履いて、またうちのビルで転んで労災で訴えるなんてことになったら困るからな」

まるで迷惑だと言わんばかりの態度で見下ろされているつくしの靴の踵は確かに高かった。
途端、それまで何かされるのではないかと恐怖に引きつっていたつくしの顔は、ムッとした表情に変わると共に冷静さを取り戻していた。

「あのね、自分で転んでおいて訴えるなんてことはしませんから」

「そうか。そうだったよな。あんときもおまえが下見て電話なんかしてるから自分で俺にぶつかっといて、勝手にひっくり返ったんだったよな」

「そ、そうよ。だから認めてるじゃない。あたしが自分で転んだってね!」

「随分と威勢がいい女だな。おまえ自分の立場を忘れてるんじゃねぇのか?」

「な、なにがよ?」

「その態度だよ。それが倒れて歩けないおまえを抱きあげて医務室まで運んだ人間に対しての態度か?」


つくしは言葉に詰まっていた。確かにこの男の言う通りだ。転んで足を捻ったつくしは立ち上がることが出来なかった。でもそんな言い方しなくてもいいでしょう?
つくしはあの時のことには感謝していた。わざわざ医務室まで運んでくれて、自ら手当までしてくれた男だ。だから感謝の言葉を伝えたと言うのに、男のこの態度。
それにしてもつくしは、さっきから言葉に詰まるばかりしていた。なんだかわけのわからないうちに、男のペースに乗せられているような気がしていた。

「それも大人しく俺の腕に抱えらえて気持ちよさそうに運ばれてたじゃねぇかよ?」

「ち、ちがうわよ!あれは、突然のことで言葉が出なかっただけで、気持ちよさそうとかそんなこと思ってません!」

「それは結構。あれは俺の思い違いか?」

その声はどこか笑いが含まれているように聞こえるのはつくしの気のせいなのか。
だがどうして自分が、からかわれなければならないのか、わからなかった。
それに、どうしてこんな言い合いになっているのかと自問していた。
広告を任せてくれると言った話しからどこをどうすれば、こんな話に変わってしまうのか。
そもそもどうしてあたしがこの男と食事に行かなきゃいけないのか、それさえも疑問だ。
ちゃんとお礼は言ったはずなのに、どうしてこうも絡むようなことを言ってくるのか理由がわからなかった。

それにしても滋さんから紹介されるのがあたしだってことに、この男は気づいていないのだろうか?いったい滋さんはこの男になんて話しをしているのか。滋は海外出張中でなかなか連絡を取ることが出来ないのだから仕方がない。
それに二人とも大人で、学生時代のように頻繁に連絡を取り合っているわけではなかった。
だから、この男に紹介されるのはまだ先の話だろう。

つくしはため息をつくと、すぐ傍で言い争う二人を見ていた紺野に目が向いた。すると紺野は何か言いたげにつくしを見た。その態度から紺野が何か誤解をしているという雰囲気がつくしには感じられた。

「こ、紺野君?これは誤解だからね。この人の腕に・・抱えられていたなんてことは・・」
なかったと言いたかったが言えなかった。

「主任・・僕知りませんでした。お二人がそういった関係だったなんて・・」
「ちょっと!!なによそのそういった関係って。それに勘違いしないでよ。あたしは、この人とどんな関係もないわよ!」

つくしは言うと司に同意を求めるように視線を向けた。
この人があたしのことを、そんな対象に思っているわけないじゃない。
何故かわからないけど、この人はあたしのことを嫌っているような気がする。
あたしを見る目が厳しくて、まるでバカな女を見ているような目だ。

「そうだ。俺たちはなんの関係もない」

ほらみなさいよ?
あたしとこの人がそんな関係になるはずないじゃない。

「だがこれからその関係を深めていくつもりだ」

つくしにとって意外な言葉が返ってきた。
そしてそのとき、傍にいた紺野が思わず「う、嘘っ・・」と呟いていた。







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コメント
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dot 2016.11.18 15:35 | 編集
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dot 2016.11.18 19:39 | 編集
さと**ん様
紺野君に色々と反応して頂きありがとうございます。
「おい、脱げ」と言われて紺野が脱いだら司はどう反応したのでしょうか?(笑)
「えっ!そんな‥こ、こんなところで脱ぐんですかっ?」
紺野君は司に憧れているので、何でも言うことを聞いてくれそうですね(笑)
これから関係を深めていくと宣言した司。
どうやって関係を深めて行くのでしょうねぇ。牧野主任は手強そうです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.18 22:51 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
司は牧野主任が気になります。プレゼンの内容を聞きつつも、その立ち振る舞いの方が気になっていたのも確かです。
そうは言っても仕事に対する姿勢はシビアな男です。決して公私混同はしていません。いつかその話もしてくれるはずです。
そうですね、司はつくしをからかって楽しんでいるようです。自分の前で必死になる女を見るのが楽しいのかもしれません。
紺野君(笑)つくしの部下ですのでこれからも出番はあるはずです。
あちらは大盛況だったようですね。待ち時間もそんなに!お疲れさまでした。
そうですか、全て購入。さすがですね!今夜はいい夢が見れそうですか?(≧▽≦)
明日からなんですね?大丈夫です。きっと全身全霊で頑張るはずです!
コメント有難うございました^^


アカシアdot 2016.11.18 23:16 | 編集
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dot 2016.11.19 00:52 | 編集
マ**チ様
週末の夜ですね♪今夜は大丈夫です。花金ですから!(笑)
司とつくしは勝手にお近づきになってますので、滋は驚くと思います(笑)
紺野君!そうですよね、憧れの司から「脱げ」と言われ喜んで~脱いでしまいますね。
司は自分の美貌の使い方を心得ている男でしたね。男にも羨望の目で見られていることを知っていました!
NYではそういった目でも見られていたはずですから、恐らく紺野君の瞳の中に♡マークを見たのではないでしょうか・・
いえいえ、こちらこそいつもコメントを有難うございます^^
楽しませて頂いています!色々ありますがまた来週も頑張りましょう!
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.11.19 01:08 | 編集
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