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2016
11.17

エンドロールはあなたと 9

プロジェクターを使っての説明に落とされていた照明だったが、今はまた戻されていた。
司は牧野つくしを見ていた。
博創堂のプレゼンが始まってすでに20分が経過していた。
そんな中で女は落ち着いた声のトーンで話しをしていた。ぶつかって来た時は小型犬がキャンキャン吠える寸前だったが、さすがに今はあの時と顔つきが違う。顔を下げ資料を見ることなく、常に顔をこちらに向けるようにして話をする。そして話すスピードは恐らく普段よりゆっくりと話しているはずだ。そうしながらも説明の間に時々「間」を置いて傍聴者に問いかける姿勢を取る。相手に「うん」と頷く時間を与えることは、間の使い方を心得ているようだ。


牧野つくしはごく平均的な顔で、背は彼の肩にも届かないほど小さい。
それは彼に体当たりして来た時にわかった。
年は33歳だと西田から聞いていたが、他のこともすでに調べてあった。
仕事でもそうだが、相手の環境を知ることは大切だと言われている。
大学を卒業後、博創堂に入社して営業一筋。そして営業成績はいい。
つまりそれは努力家だと言うことだ。
3年前に世田谷に中古のマンションを購入。そのローンの支払いが月10万。
なんで西田はそんなことまで調べたんだ?
まあ年収が700万程と書いてあったからそれで充分払えるだろうが、その生活態度は堅実だということだ。趣味は仕事。そんな女に恋人はいない。そして仕事が忙しいほど燃える女と言われている。それはまるで自分と同じだなと、司は思った。


司は牧野つくしが傍聴者ひとりひとりに視線を合わせ、話をする様を見ていた。
プレゼンの手段では必ず用いられるこの方法。
聞き手は自分に向かって話をしていると感じ、話し手は熱意を伝えることが出来き、自分の考えをより直接的に伝えることが出来るはずだ。


当然だが自分とのアイコンタクトもあるはずだ。司は今回のプレゼンを傍聴するにあたって、少し離れた後ろの席を用意させた。そうすれば、最後に視線を合わせることになるのは、自分だとわかっているからだ。あのとき医務室まで運んだ女は、決して司とは視線を合わせようとはしなかった。だから彼は自分と視線を合わせた時の女の反応が知りたかった。

司は正直自分の気持ちに戸惑っていた。
牧野つくしとぶつかってからの数分間。大きな瞳が自分を見つめて声をあげた瞬間、どういうわけか心臓が激しく鼓動した。
次の瞬間には足を怪我した女を抱え上げていたのだから、西田が驚くのも当然だろう。

司がこのプレゼンに出席することを決めた段階で、社内はちょっとした騒ぎがあった。
たかが新製品のワインの広告のプレゼンごときに、支社長自らが出ることに誰もが理由を知りたがった。だが返って来た答えは、現場の動きを知るためだ、と言われただけで本当のことはわからなかった。
社のグループの商品にかかるCMは多いが、今まで支社長自らプレゼンに参加した商品はなかったのだから、当然だが担当部長は慌てた。いったいどういう理由があるのか。
その理由は一体何なのか。だが結局理由は思いつかないまま、支社長の席が設けられることになった。

彼は牧野つくしの話に説得力があると感じていた。
手元の資料など見る事なく、牧野つくしをじっと見つめていた。
プレゼンで何が重要かと言えば、わりやすさだ。何を置いてもこれが第一だ。
極端な話、子供や年寄りまでもわかる内容が一番優秀だと言われている。
そして求められる企画は派手な企画ではなく、確実に売り上げが上がる企画だ。
販促予算は充分にある。CMの出来によって商品にイメージがつく。だからこそ第一印象は大切だ。それは人間にも言えることだ。


やがて牧野つくしがひとりひとりにアイコンタクトを取りながらの話は、司のこところまで来た。あの黒い大きな瞳は真剣だった。
自分を見ている牧野つくしの視線は真っ直ぐな視線。
それは揺るぎのない、自分の仕事に自信を持った人間の視線だ。資料を読むことなく、自分の言葉で説明することが出来る女は、確かに仕事が出来る女だ。
司は思わず口の端だけをあげてほほ笑んでしまいそうになっていた。

あの時もそうだったはずだ。
牧野つくしは自分が女であることを意識していなかった。女というのは、仕事でも私生活でも計算ずくで女であることを強調したがるが、あの時の牧野つくしはまったくそれが感じられなかった。司にはそれが新鮮に感じられた。今までいつも自分の周りに近寄って来る女は、女であることを武器にするような浅はかな女ばかりだったからだ。
それにあの時、床に転がった女は気づいてなかったかもしれないが、立ち上ろうと試みるまで、スカートは太腿までめくれ上がって下着が覗いていた。
それを言いもせず見ていた俺も俺で、頬が緩むのを堪えるため、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
司は今までこんな衝動に駆られたことはなかったが、自らのスケジュールを変えてまで牧野つくしに近づきたかったのが正直な気持ちだった。

やがて牧野の持ち時間終了が近づいたのか、質問はないかという声が聞えた。

「ある」

会議室後方から聞こえた低い声に他の傍聴者は息を呑んだ。
他の代理店に対しては一切無言を通していた男が、ここにきて初めて声を上げたのだから、この部屋にいる全ての人間が一体何が聞きたいのかと耳をそばだてた。

司の低い声に女も背筋がぴんと伸びたようだ。今まで沈黙していた男が一体何を聞きたいのかと緊張したのがわかった。
司は革張りの椅子に腰かけたままで口を開いた。

「博創堂さん。牧野さんでしたね。あなたはこのワインの販売を30代、40代の女性をターゲットにと仰いました。失礼ですが、それはあなたの年代ですよね?大変個人的な質問で申し訳ないんだが、あなたはワインがお好きですか?」

その質問はまさに個人的な質問だったが、そのことについて正直に答えるべきかどうか迷っていた。つくしはお酒に弱い。全く飲めないわけではないし、ワインも飲めないわけではないが、グラスに1杯で充分だった。そんな状態なのにワインが好きだと言えるのだろうか?だが、ここで嫌いだと言えば、これからこの商品を販売する広告を担当する営業としては、失格なのだろうか。
だからと言って無理矢理好きになる必要もないし、これから先、もし日本酒の広告を手掛けることになれば、日本酒を好きにならなければいけないのだろうか?
どちらでもないなんて答えたらどうなるの?
いったいどんな返事を求められているのかと、つくしは頭をフル回転させていた。


言葉が見つからないこともあるものだと思っていた。
それは質問してきたのが、道明寺司だからだろうか?
つくしも意識していないわけではなかった。あのとき、わざわざ医務室まで運んでくれた人で、このプレゼンが終わったらあの時のことに対して礼を述べるとともに、足に巻いてくれたハンカチを返さなければと持参していた。

だが、今は仕事中だ。個人的なことを考えている場合ではなかった。
もしかして、この答え如何によっては業者の選択に影響が出るのだろうか?

「あの。お酒の席は楽しむ場だと思います。ですので、その場が楽しめるならどんなお酒でも楽しく飲めると思います」





***






「主任!お疲れ様でした。良かったですよ!でも最後の質問はちょっと困りましたね。何しろ主任はお酒が苦手ですものね」

プレゼンを済ませたつくしと紺野は、まだ残っている人間とありきたりの挨拶を交わすと会議室を出ようとしていた。

「うん。まあね。こればっかりはどうしようもないのよね」

つくしは自分の返事が的を射てなかったと反省していた。ワインが好きかと聞かれたのに、とんちんかんな返事をしたような気がしていた。

「でもどうして道明寺支社長は牧野主任だけにあんな質問をしたんでしょうね?」
「さあ・・。まあ、他の代理店はみんな男性が担当だったでしょ?男の人は大体何でも飲めるでしょ?だから聞かなかったんじゃないの?それに女はあたしだけだったから聞いてみたかったんじゃないの?」
「そうなんですか?でも質問するなら平等にすれば・・しゅ、主任っ!」
紺野はつくしの後ろに目を向けていた。

「博創堂の牧野さん」
「は、はい!」
つくしは聞き覚えのある声に一瞬緊張したが、慌てて振り返った。
「足の怪我は?」
そこに現れたのは道明寺司だった。
「あ、はい。先日は大変ご迷惑をおかけいたしました。またわざわざ医務室までおつき合いを頂きありがとうございました。本当ならもっと早くお礼のご挨拶をしなければいけなかったんですが、その・・あっ!・・これ、お借りしていたハンカチです」

つくしは手にした鞄の中から袋に入れられたハンカチを慌てて取り出したが、いきなり現れた男にしどろもどろになっていた。

「ええつ!牧野主任!道明寺支社長からハンカチをお借りしてたんですか?いつそんなこと・・」
「ちょっと!紺野、黙って・・」

つくしは言うと道明寺司の顔にさりげなく視線を走らせるとゴクリと唾を呑んだ。
一体なんの用があって声をかけてきたのかと気になったが、それでも相手の顔を観察してしまうのは、営業の癖なのだろうか?



癖のある髪の毛と漆黒の瞳はまるで月のない夜のようだ。
女性の感覚を惑わす危険な香りがする男。
最初の印象よりも背が高く感じられるのは何故?
それは恐らくつくしが床に尻もちをついた姿勢で見上げたことに関係があるはずだ。
そこから医務室に運ばれてベッドの上に降ろされるまで、一度もこの男と立った姿勢で対峙していないからだ。
あのとき、この男の腕に抱え上げられ運ばれたとき、優雅で滑らかなと言ってもいいほどの脚の運び方で安心感があった。そして男は肩幅が広かった。抱きかかえられたとき、妙な安心感があったのもそのせいなのか。

「おい?」
「主任!牧野主任!道明寺支社長が呼んでますってば!」

つくしはつい、いつもの癖で想像力を働かせていた。

「えっ?あっ?大変申し訳ございません。これ、お借りしていたハンカチです。あの時は本当にありがとうございました」
頭を下げると両手で袋を差し出していた。
「おまえ妄想する癖があるのか?」
「はあ?」
下げた頭を上に戻した。
「まあいい。そんなことより食事につき合え」
「な、なんなんですか?いきなり?」
「だから食事だよ。食事」
「ど、どうしてわ、わたしが・・」
「おまえの業界はクライアントの呼び出しは絶対だろ?」
「クライアントもなにも、さっきプレゼンが終わったところなんですけど?」
いったいこの男は何を言っているんだかの視線を向けた。
「さっきのプレゼンで決定した。広告はおまえの会社に任せることにした」






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コメント
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dot 2016.11.17 14:24 | 編集
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dot 2016.11.17 20:38 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
牧野主任、プレゼン頑張りました。
もちろん、気合い入れまくりでした。でも相当緊張していたはずです。
司は支社長権限でどんな会議もOKですから、つくしちゃんに会いたいとばかりに傍聴者となりました。
滋から紹介される女性がまさかつくしだとは知りません。どうするんでしょうね、あちらは(笑)
紺野君(笑)若い彼は明け透けに物を言いますね。でも、いい子だと思います。
明日!そうなんですね!それは楽しみですね(≧▽≦)状況は存じております。また教えて下さいね。
コメント有難うございました^^


アカシアdot 2016.11.17 22:56 | 編集
サ*ラ様
こんばんは^^
坊っちゃん公私混同は朝飯前でしょうね。ただ、仕事を見極める目は確かだと思います。
牧野主任のプレゼンが良かったのでしょう・・(笑)
でもただ見つめていただけのような気もします。
坊っちゃん、つくしちゃんのおパンツを見ていました(笑)そうですね。傍に西田さんがいたので、西田さんも見ていますね!
このつくしちゃんは「金持ちの御曹司」のつくしちゃんとは違い、セクシーランジェリーではありません(笑)
冷えは大敵、お腹すっぽりタイプだと思います^^
さ、牧野主任。お仕事ですよ~(笑)そうです、クライアント様様の世界ですからねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.17 23:08 | 編集
ぴ*様
滋に紹介されなくても、二人は巡り逢ってしまいました(笑)
やはり運命の赤い糸は他人に繋いでもらう必要はないということですねぇ。
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.11.17 23:16 | 編集
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dot 2016.11.17 23:59 | 編集
マ**チ様
私情を挟む司(笑)
それはもちろん、つくしが気になるからです。プレゼンは素晴らしい出来です‼
ただお腹が痛くなるほど、緊張したはずです(笑)←え?
紺野君はつくしの部下ですから切り離せません。恐らくこれからも活躍してくれるはずです。
一筋縄ではいかない厄年の女です(笑)それに色々考える女です(笑)
マ**チ様の劇場では紺野君が勘違いして大暴走(笑)何しろ「抱かれてもいい」と言ったくらいですものね^^
金曜日ですね~昨日は早々にダウンしました(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.18 22:37 | 編集
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