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2016
11.14

エンドロールはあなたと 6

道明寺司はあの会社の支社長だった。


つくしはあの時の様子を思い出していた。
どうしてあのとき、何かおかしいと気づかなかったのか。
男の腕に抱きかかえられてエレベーターに乗り込むと、既に中に乗っていた人間が慌てて降りて行った。
頭を下げる姿を見て何事かと思ったが、そんなことよりも男の腕に抱えられているということの恥ずかしさの方が勝っていたから気が回らなかった。

つくしは昔からひと前で恥ずかしい思いをしたとき、顔が真っ赤になる癖があった。
そして必要以上に恥ずかしさには敏感だった。いつだったか、牧野の恥ずかしさは伝染すると言われたことがあった。確かに恥ずかしい思いは沢山して来た。だからあのとき、見ず知らずの男に抱きかかえられていること自体に死にたくなるくらい恥ずかしい思いをしていた。
幸い人が下りたエレベーターの中には眼鏡の中年男性と、モデル男、いや道明寺支社長とつくし以外誰もいないのだから、恥ずかしさはつくしひとりのものだったはずだ。

そんな中でも恥をかいて死ぬことはないからと自分に言い聞かせていた。
実際、立ち上がって歩くことが出来ないのだからどうしようも無かった。
電話で部下の紺野を呼ぶことも出来たが、オリエンテーションが始まる時間で、会社としてはそのオリエンテーションに誰も参加しないということは避けなければならない。参加しなければ、プレゼンに参加する権利は無くなる。それだけはどうしても避けたい思いがあった。

自信たっぷりで、まるで全ての権力を手中に収めているかのような態度でエレベーターに乗り込んだ男。今思えば支社長だと言うのだから当然だろう。
エレベーターが目的の階に着くまでどのくらいの時間がかかったのか、わからなかったが3人とも黙ったままだった。気まずい沈黙とでも言えばいいのか、思い出せばその場に漂う空気は今さらのように礼儀正しかったはずだ。

つくしにしてみればあの状況で口を開くことは躊躇われた。何しろ、すぐ近くに男の口があったのだから。口を開けば、男の息を吸い込んでしまいそうだと思っていた。

それに男の黒い瞳がつくしの顔に注がれているのは感じていた。だからこそ、黙っていることが最善のように思えていた。

あのときはただひたすら時間が早く過ぎればいい。早く目的地の医務室に着けばいいのにとそればかりを願っていた。

抱きかかえられた瞬間、男からいい香が漂ってきて、その香りに思わずクラリときそうになっていた。セクシーで、スパイシーで、どこか深みのあるその香り。もしこの男が香水の広告に出ていたとしたら、どんなCMになったかと考えてしまっていた。



裸で、一糸纏わぬ姿でベッドに横たわって・・腰から下だけをシーツで隠して・・カメラはその男を上から写している・・・。目線は挑戦的なアングルで下からカメラを見上げる感じがいいかもしれない。
いや、もっと別のスタイルがいいかもしれない。あの長身を生かしたい。やはり上半身は裸で少しだけボクサーブリーフの淵が見えるくらいスラックスを下ろして、片手はスラックスのウエスト部分に添えられていて、今にも脱ぎそうな雰囲気で・・・


「牧野主任!!なにボケっとしてるんですかっ!心配したんですよ?電話をかけて来るなんて言ってそれっきり戻ってこないんですから!オリエンテーションは始まっちゃうし・・」

道明寺ビルの医務室にいると連絡をしたのはオリエンテーションが終わってからだった。電話を受けた紺野は慌てて医務室まで来ると、帰りはタクシーですね。と言って腫れた足首を庇うようにゆっくりと歩くつくしの荷物を持っていた。

診察してくれた医師からは、足首の腫れは3日もすれば治りますよと言われ、胸を撫で下ろしていた。そして暫くは踵の高い靴は履かないようにと念を押されたが、勿論だと頷いていた。


「悪かったわね。エレベーターの前で転んじゃったのよ」
事実だけを淡々と話していた。
「主任。また無理して高いヒールの靴を履いたからじゃないですか?いくら男が多い環境だからといって無理して背を高く見せる必要はないんですからね!それとも、もう足腰が弱くなったとか?」

新入社員で入ってまだ2年しかたってない部下にからかわれるのは、いつものことだった。
それに最近の若い子はずけずけと物を言う。口の利き方がなってないというのか、礼儀を知らないというのか、どちらにしてもそんな若い後輩を育てていく立場でもあるのだから仕方がなかった。

「うるさいわね。あたしの歳で足腰が弱くなったら困るでしょ?」
「そうですよね?主任はまだ33でしたよね?今からそんなことになったら男を追っかけて行くなんてことが出来ないですよね?あ、それとも男から逃げるんでしたっけ?主任は足が速いって有名ですものね?それにいつだったかタクシーに荷物忘れて、走って追っかけたって話し知ってますよ?あの話、有名ですからねぇ」

有名だというつくしの逸話。
ちょうど今隣にいる若い男性と同じ位の年の話だ。クライアントからの帰りに利用したタクシーに大切な資料を置き忘れるという失態を犯してしまった。その事に気づいたのは、手にしていたはずの鞄のひとつがその手に無かったからだ。

タクシーはつくしを降ろすとすでにはるか前方に走り去っていた。間近に見えると思っても、いざ追いかけるとなると遠いものだが、つくしは赤信号で止まっているタクシーを捕まえるべく追いかけた。が、信号の色が変わればタクシーは動きだす。それまでのあいだ、一か八かと猛ダッシュで走った女。

そのとき、一緒にいた先輩社員に何故か思いっきり褒められた。なりふり構わずの態度がうちの社にあっていると言われ、そこから可愛がってもらえるようになっていた。
仕事に対しての姿勢というものが認められた瞬間だったのだろう。
広告のコピーやデザインを考えるクリエイティブ部門と違って営業は体力が勝負だ。
それだけに、つくしの健脚には期待される部分があったのかもしれない。

それにしても最近の新入社員は自ら仕事を奪いに行くという気力がない。
つくしが入社した頃はクライアント確保のための営業活動と称して、受話器と左手を紐で括り付けられ一日に何十本もの電話をかけさせられたこともあった。あの当時それがあたり前の世界だったのだから今とは大違いだ。

ただ、そのスパルタのおかげで、つくしは営業活動に対しての度胸を身に付けることが出来たのは確かだった。それに若い頃は無我夢中でなんでもやれると頑張っていた。今思えばあの体力はどこから来たのかと思ったが、高校時代から日々アルバイトに明け暮れていたせいなのかもしれなかった。

ただ、さすがに33ともなると、どこか体の変化も見られてくるようになっていた。
いつまでも自前の体力だけで乗り切るには、体が悲鳴をあげることもあった。
つくしは息を吐くと、タクシーのシートに背中を預けた。

「それよりオリエンテーションの内容は?」
「あ、はい。これです」

紺野はいくつかの資料を差し出してきた。
受け取ると早速中身の確認を始めていた。素早く目を通しながらも、要点だけは頭の中に叩き込んでいた。

「ねえ紺野君。扱う商品はワインなの?」
「はい。今度から道明寺で扱うワインです。テレビCMはこれから半年後の予定です」

今回のオリエンテーションで説明を受けたのは、道明寺ホールディングスが買収した総合飲料メーカーが扱うワインのマスメディア広告。
テレビでのCM放送開始はこれから半年後と決まっていた。
そしてプレゼンは今から1ヶ月後。

次の瞬間、つくしの頭からは道明寺司のことはすっかり消え仕事モードに切り替わっていた。







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コメント
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dot 2016.11.14 15:41 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
キャリアウーマンのつくしですが、どこか抜けてるところ(笑)恐らくあるはずです。
司が香水のCMに出たらいいですよね。つくしは奥手ですが、仕事に関しては想像が働くようです。
企画しなければいけませんので、想像力だけはあるようです。(笑)
司があの方の顔にですね?ニヤニヤ、うっとり・・いいですねぇ。
つくしちゃんそのCM作って下さいとお願いしなければいけませんねぇ?
ところで、司×**OVE様は催し物には参加されるのですか?(←あえての表現です)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.14 22:52 | 編集
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dot 2016.11.14 23:51 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
そうだったんですね。とても長い歴史をお持ちなんですね。
彼への情熱が感じられます。そして成長を見守ってきたということですね?
人気者ですから、これから先制約がありそうですね?
しかし彼も大人の男性になりましたね。
今の彼ならあの香水のCMのアングル、いいかもしれません(笑)
再びのコメントを有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.15 00:36 | 編集
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dot 2016.11.15 01:22 | 編集
マ**チ様
すっかり仕事の虜のつくしです(笑)
お姫様抱っこしてもらっているのに、香水のCMモデルを想像しているというボケっぷりです(笑)
あり得ませんよねぇ。そして部下からの報告に、司のことは頭から消えるという大ボケっぷりです(笑)
はい。司目線のお話ですが、まるでマ**チ様の声が聞えたように始まってしまいました。
NYでも大変モテた男です。色香をまき散らしながら・・となるでしょうか・・(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.15 21:36 | 編集
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