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2016
11.11

エンドロールはあなたと 5

つくしを医務室まで運んでくれた男は彼女をベッドの上に降ろすと、後ろへ下がった。
まさか横たわるわけにはいかないつくしは、ベッドの上に足を乗せたまま両腕を後ろにつき、上半身を起こした状態でいた。

「西田。医者はどこだ?」
「はい。社内の別の場所にいるとのことで、只今こちらに向かっております」

男はベッドの側へ椅子を置くと、腰を下ろした。

「看護婦も一緒か?」
「どうやらそのようですね。いかがいたしましょう?医師はすぐこちらに戻るとは言っておりましたが、こちらの方を一人残していくわけにはいかないでしょう」

眼鏡をかけた男は言うとつくしを見やった。

「あの。わたしなら大丈夫です。お、お手数をお掛けしました。ほ、本当にご迷惑をお掛けして申し訳ございません。あのお医者さんにわざわざ見て頂かなくても大丈夫です。ただの捻挫だと思いますので、本当にあのもう大丈夫ですから」

つくしはここまでされると本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。医務室までこうして運んでくれただけでも、もう十分だというのに医師が戻るまでここにいるということに申し訳なさを感じていた。だがどうしてここまで親切にしてくれるのかが不思議だった。

「そうは仰っても社内での怪我ですから、我社の責任になります。社内での怪我は場合によっては労災の申請にもかかわりますから」

「西田。こんなことで労災申請するのか?」

「はい。ケースバイケースですが、考えられないこともありません。フロアの配線が一部露出していたために、そこに足を取られて転倒したというケースがありますので」

「でもこいつは配線に引っかかったわけじゃねぇぞ?」

二人が交わす会話から、モデルかと思った男はどうやらこの会社の社員だということがわかった。そしてその態度から、眼鏡をかけた中年の男性は、この男の秘書だということが推測される。秘書がつく待遇と言えば、役員クラスということになる。と、なるとつくしの目の前で椅子に腰かけ、こちらを見ている男はまだ30代半ば程だと思われるが、間違いなく上級クラスの役員だ。つくしが前方不注意でぶつかった相手がクライアントになるかもしれない企業の役員だなんてことになると、これからの契約にも影響が出るのではないだろうか。何しろ印象は大切だ。それなのにつくしは、思わずどこ見て歩いているのよ!なんて言ってしまった。
それにまさか訪問先の企業の医務室にお世話になるなんて。とつくしは焦っていた。


簡素な椅子に腰かけ、両肘を膝につき、指先を組み合わせ前屈みになった姿勢で何かを見透かそうとするように、じっとこちらを見る男。
つくしはそんな男に視線を向けることが出来ず、秘書と思われる男性に向かって話をしていた。

「あの。本当に大丈夫ですから。ご心配をいただくようなことにはなりませんし、ご迷惑をおかけするような事態にはなりませんから」

相手がクライアントになる予定の会社の役員なら、これ以上手を煩わせるなんて出来ない。
つくしは必死だった。もうこの場から逃げ出したい思いだった。
それに目を向けることが出来ない男からの強烈な視線だけは感じられていた。いったい何なのよ!あたしに言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!その言葉が出かかったが、グッと呑み込んだ。相手がクライアントじゃなければ、言ってやるのに!

「失礼ですが、こちらのビルにはどういったご用件でお見えになられたのでしょうか?」

秘書の男からの落ち着いた言葉につくしは我に返った。
男二人の視線はつくしの首からぶら下げられた入館証に目が行っていることはわかった。
そうよ!新商品の広告のオリエンテーションに来たのに、こんなところで呑気に話し込んでる場合じゃないわ!

「あ、はい。先ほどのフロアでの会議に参加するためなんです」
「会議?」
「は、はいあの・・」
「おい。西田。今日あのフロアである会議ってなんだ?」

問われた男は手元のタブレット端末を確認すると答えた。

「あちらのフロアである本日の会議は新商品の広告のオリエンテーションですね。各代理店から担当者がお見えになられていると思います」
「そうか。西田、氷とタオルを持って来てくれ」
「氷でございますか?医務室に氷は置いてないと思いますが」
「ならなんか冷やすものでも探してくれ。こいつの足首、腫れてるから冷やしてやんねぇとな」

男が指摘したとおり足首は誰が見ても腫れているとわかるほどで、既に熱をもってジンジンとしていた。
言われた男は医務室の中にあるとすれば、と冷蔵設備から医療用のコールドパック(保冷剤)を取り出して来た。

「こちらでいかがでしょうか」
「ああ。悪いな」

男は受け取るとつくしの足首に視線を向け、上着のポケットからハンカチを出すとコールドパックをつくしの足首に当て、ハンカチで縛っていた。
男の意外な行動につくしは戸惑った。
まさかこの男がどうしてそこまでという思いがあった。
一瞬ひんやりとした感覚に体がぴくりと反応したが、熱を持った足首が徐々に冷やされていくのが感じられ気持ちよかった。そしてその手際の良さに思わず見入っていたつくしは、慌てて礼をいった。

「あ、あの、ありがとうございます」

元はと言えば、つくしが自らぶつかっておいての怪我だと言うのに、この男性にここまでしてもらえるとは思いもしなかったはずだ。

「あの。本当にありがとうございます。ここまでして頂ける理由なんてないのに、どうして・・」

実際、この男は他人にここまでするような男には見えなかった。どちらかといえば、やっかいなことは秘書に任せるのがいいと考えるタイプだと思った。

「さあな・・。西田。時間もねぇことだしそろそろ行くか?」

男は言うと立ち上がり、踵を返してさっさと出て行った。
そしてその後を眼鏡の中年男性がつくしに向かって一礼をし、扉の向うへと姿を消そうとした。瞬間、つくしはその男性を呼び止めていた。

「あの。あの人はこちらの会社の・・その、偉い方なんですよね?に、西田さんとおっしゃいましたよね?西田さん。わたし、ご迷惑をおかけしたと思うんです。あの方はいったい_」

誰なんですか?という言葉は最後まで言えなかった。何故か聞くのが怖くなっていた。
それに何か嫌な予感がしていた。
だが現状からすれば迷惑をかけたことは明らかだ。ここまで親切にしてくれた相手の名前を聞かない失礼な女ではいたくない。
医務室まで運んで来てもらい、自ら足首にコールドパックをあて、それを自分のハンカチで巻いてくれるなんて男性がいるなんてこと自体も驚きだ。それなのに、きちんと礼を言うことも出来ないなんて、いい年をした社会人としては失格だ。

「こちらはわたくしの名刺です」
「ありがとうございます。ではわたしの名刺も・・」

つくしは慌てて上着のポケットから名刺入れを取り出すと、一枚抜いて差し出した。
恭しく受け取ると、すぐに並んだ文字を目で追っていた。

「では、もしお怪我が酷くて何かあれば、わたくしまでご連絡をお願いいたします。十分な対応はさせて頂きます」

ぱっと顔を上げた時には、すでに西田の姿は扉の向うへと消えていた。
そして、入れ替わるように白衣を着た医師と看護婦が戻って来た。


縦書きの名刺に書かれていたのは、道明寺ホールディングス 道明寺株式会社日本支社
秘書課 秘書室 秘書室長の肩書。

と、いうことは、恐らく西田という人物は日本支社長の秘書だということだ。
そしてその結果導き出された答えは_

つくしがぶつかった相手は日本支社長。

名前は・・道明寺・・司・・

この名前は確か、滋さんが言っていた名前。
もしかして滋さんが紹介しようとしてる道明寺の役員って・・
あの男のこと?! 







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コメント
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dot 2016.11.11 12:31 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
つくし、やっと司を認識した様です。モデルさんではありませんでした(笑)
面倒なことは自分でやらずに秘書に任せそうと思ったつくし。
本当ですよね?忙しい支社長がどうしてつくしの手当をしたんでしょうねぇ。
単なる気まぐれなのでしょうか・・(笑)
そうですね、司に対しての印象はいいと思います。
しかし、このつくしちゃんは激務に追われるキャリアウーマンです。
道明寺HDでの仕事を奪い取りに行くはずです。
そんな状況でどこまで司のことを気にしているのでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.11 23:45 | 編集
ち*こ様
えっ?(笑)身悶えするんですか?
そんなに面白いところがあったでしょうか?(笑)
こんなお話でも楽しんで頂けて嬉しいです。
力の入ったご感想を有難うございます。
なるべく更新が滞らないように頑張りたいと思います^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.11 23:53 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.11.12 00:51 | 編集
マ**チ様
やってきましたね、金曜の夜はフィーバー!(笑)←えっ?古い?
つくしは司が誰であるか気づきましたが、えっ?そうなの?あの人が道明寺司なの?的ですね。
捻挫をしてしまい、これから先の仕事が心配です。キャリアウーマンです。仕事一筋頑張って来ました。
まだお互いにちゃんとわかってない二人です。これから先どうなるのか・・・
週末は別のお話になりますので、あ!もう日付けが!やはり同盟は健在ですね!
マ**チ様も素敵な週末をお過ごしくださいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.12 01:05 | 編集
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