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2016
11.10

エンドロールはあなたと 4

「これは、これは。博創堂さんの牧野さんではありませんか?」

声をかけて来たのはつくしの会社のライバル、業界第一位と言われるシェアを誇る光永企画の営業担当だ。
この男は過去つくしに向かって″歳食ってる女″といい放ったことがあった。
それはつくしがある企業の最終プレゼンでこの男に勝って仕事を手に入れたからだ。
つくしはそれ以来この男を心の中で″マヌケ男″と呼んでいた。

「博創堂さんも牧野さんを送り込んで来るところを見ると、力を入れていらっしゃいますね?だが実績から言えば道明寺さんの仕事はうちが殆どの広告を手掛けてきましたので、今回もそうなると思いますが、お互いに頑張りましょうか」

「ええ。お互いに、いいプレゼンが出来るといいですね。楽しみにしています」

嫌味ったらしい言い方の男に警戒心を見せることがないよう、何気を装った。

「では、プレゼンでお会い出来るのを楽しみにしていますよ」

マヌケ男はそう言うと受付のテーブルへと向かっていた。
確かに光永企画は今までも道明寺ホールディングス日本支社の仕事を数多く手掛けていた。
だからと言って、あの会社が道明寺のハウスエージェンシー(専属の広告代理店)ということではない。だからこうして代理店を集め、オリエンテーションを開き、プレゼンを行ってから選ぶというのだから、チャンスはあるはずだ。

それに今の仕事を続けるなら、道明寺ホールディングスの仕事を取りたいという思いがある。
この会社は今までも決して一社だけに広告を任せるということはなかった。各社を競わせ、その中でベストなものを選ぶということをしてきた。だがつくしの会社は過去のプレゼンで勝ち残ることが出来なかった。
だからそこ、今度こそはという思いがあった。そうすれば自分のキャリアにも自信がつく。


「いやな男」

つくしは隣に立つ若い男性にだけ聞こえるような声で言った。

「牧野主任、あの人は光永企画の浜野さんですよね?」
「知ってるの?」
「ええ。一応。だってあの人の営業力って凄いんですよね?今まで道明寺での仕事の殆どがあの人に持っていかれてるんですよね?でもどうしてうちの会社はあの人に勝てないんでしょうね?」
「それは、うちの企画に魅力がないからでしょ?」

つくしは言うと息を吐いていた。
実際問題どうしてあの会社に勝てないのかといつも思っていた。

「紺野君、悪いけどあなたが受付を済ませてくれる?終わったら中に入っていいからね。わたしはちょっと電話してくるから」

会議室で行われるオリエンテーションにはすでに何社かの代理店が集まっており、今までも何度か顔を合わせたことがある営業の人間もいた。
つくしは会場に背を向けると、上着のポケットから携帯電話を取り出した。
だが、この場所で電話は出来ないと、廊下を端に向かって歩き出していた。

「お疲れ様です。牧野です。あの道明寺さんの件ですが、光永企画は浜野さんが担当のようです」

「_はい」

「_そうですね_はい」

「_ええ・・わかりました」

そのとき、″おいっ″という男性の低い声が聞えた。
下を見ながら歩いていたつくしは何事かと顔を上げた瞬間、何かにぶつかって倒れそうになっていた。だがなんとか踏ん張ったが、ハイヒールを履いた足は踏ん張り切れなかったようで、後ろによろめくと、ドスンと床に尻もちをついていた。その途端、携帯電話は手から離れて床に転がり、反対側の手で持っていた鞄も床に投げ出されていた。

一瞬、何が起きたのかわからなかったが、我に返るのは早かった。そして、慌てて立ち上がろうとしたが立ち上がれなかった。

「痛っ・・・」

足を挫く可能性があるとは思いもしない高さのヒール。それなのにつくしは足首に激痛が走っていた。足を痛めたということは簡単にわかった。

信じられない。一体なんなのよ!
誰よ?人の前にボケっと立たないでくれる?
つくしは心の中で悪態をついていた。

「おい。大丈夫か?」
頭上から低い声がした。
「い、痛っ・・だ、大丈夫じゃないわよ・・一体どこ見て歩いて・・」

顔を上げると、そこには背の高い男がつくしを見下ろす姿があった。
床に座り込んだつくしから見れば、かなり背が高い男性だ。少なくとも180センチはありそうで、すらりとした体は均整がとれていた。そして人を見下ろす態度は何故か堂に入っていた。

特別ハンサムで圧倒的な迫力の男性。
まるで外国人モデルのように彫が深くてきれいな顔立ちだ。
もしかして・・今回の広告のイメージキャラクターとして道明寺ホールディングスが用意したモデル?今度の広告にはこの人物を使えという条件なのだろうか?

だが、そのことは驚くほどのことではなかった。
指定する人物を使っての広告はよくある話しだ。
この男性はもしかしたら道明寺家と近しい間柄の人間なのか、それとも道明寺ホールディングスが後援者となって売り出す俳優とか?

どちらにしても、それにもしそうだとしてもつくしには自信があった。
どんなコンセプトで商品を売り出すのか、ましてやなんの商品かわからなかったが、この男性をイメージキャラクターとして使えというなら、女性に対してのマーケティングを強化すべきだ。対象年齢は10代後半から40代。それから可処分所得が多い独身女性がいいかもしれない。
それから_

「どうされましたか?」
「えっ?」

思わず返事をしたが、呆然と見上げていたつくしに声をかけて来たのは眼鏡をかけた中年の男性。気付けばつくしはその男性からも見下ろされていた。

「ああ。この女がぶつかってきた」
男性の隣のモデル男からの思わぬ言葉につくしはムッとして言い返していた。
「あ、あなたがぶつかって来たんでしょ?」
「おまえが下を向いて電話しながら歩いてたのが悪いんじゃねぇのか?俺がエレベーターから降りたら前を見てないおまえが突進して来たんだろ?」

つくしは黙ってしまった。
非難めいた口調で言われたが、確かにこの男の言う通りだ。
電話に気を取られ、前をよく見ずに歩いていたのはつくしの方だった。
そして気付けばエレベーターの前まで来ていて、この男性にぶつかっていた。

つくしはきまり悪そうに咳をすると、両手を床について立ち上がろうとした。
だが、立ち上がることが出来ず、思わず痛いと口にしていた。

「立てねぇのか?」
見下ろす男からの言葉に体を動かそうとして痛みに顔が歪んだが、何とか返事をすることが出来た。
「ど、どうぞご心配なく」
そうは言ったが、痛みのせいなのか顔が歪んでいた。
「もしかして骨が折れていらっしゃるのではないでしょうか?」
そう言ったのは眼鏡をかけた中年男性の方だ。
「医務室に行きましょう。すぐに人を呼びます」
「だ、大丈夫ですから。ほ、本当に大丈夫ですから・・」

これから仕事だと言うのに医務室なんかに行っている場合じゃないとつくしは断った。
だが痛みを堪えての言葉が伝わったのか、モデル男はつくしの前にしゃがみ込んだ。

「立てねぇんだろ?」

つくしの青ざめた顔を見た男は怪我をしたと思われる足首に目をやると、腫れ上がって来たことを確認した。
すると、足から靴を脱がせると腫れ上がった足首に触れ、骨が折れていないか確かめ始めた。
つくしは男の突然の行動に驚いたが足を動かすことが出来ず、大人しく足首を触られていた。次に大きな手は足の甲を掴むと、くるぶしのあたりに慎重に手を這わせていた。

「いっ・・痛っ・・」
「心配するな。骨は折れてねぇようだ」

自信たっぷりな口調にこの男は医者なのかと訝ったが、こんな横柄な物言いをする男が医者であるはずがないと思った。

「西田。医務室に連絡入れとけ。俺がこれから連れて行く」
「はい。すぐに」
「だ、大丈夫です!大丈夫だから・・た、多分捻挫だから・・・そうよね?あなた今調べてくれたのよね?大丈夫よね?」
「だからなんだよ?立ち上がることも出来ねぇのにどうすんだよ?」

男がそう答えた次の瞬間、つくしの体は浮き上がっていた。








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コメント
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dot 2016.11.10 15:14 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
つくしちゃん世界的にいい男を知りませんでしたね(笑)
どこの世界でもそうですが、自分が興味のないことは、情報をシャットアウトする方もいらっしゃいますので、つくしちゃんもNYで暮らしていた世界的いい男には興味がなかったということかもしれません。
ぶつかってきた女性に優しいですね。NY帰りの男としては、当然かもしれませんねぇ。
果たしてその優しさはつくしだけのものなのか・・
想像を拝読して、なるほど。そう言った考え方も出来るんですね?と参考にさせていただいています。
いつもありがとうございます(低頭)
コメント有難うございました^^


アカシアdot 2016.11.10 23:13 | 編集
m様
続きを楽しみと思って頂き、ありがとうございます。
ご期待に添えるかどうか・・(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.10 23:19 | 編集
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dot 2016.11.11 00:32 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
大丈夫です。アカシアも今夜は午前様です。
そうです。お姫様抱っこです!甘い予感はまだちょっと・・(笑)
あのお城ですね!実はアカシアもあのお城のジグソーパズルを持っていました!
憧れですよね?近隣の国、音楽の都には行ったことがあるのですが、まだ訪れていません。
狂王と言われた王様の物語が残るお城!いつか行きたいですね・・死ぬまでに(笑)
ただ、年を取るとロングフライトに耐えられるかどうか・・(笑)
つくしちゃん厳しい業界なのでお仕事は大変なんです。過労でダウンさせないようにします!
本当に寒さが増してきましたね。マ**チ様もお体にお気を付けて下さいね。
コメント有難うございました^^ 同盟ばんざーい!
アカシアdot 2016.11.11 01:08 | 編集
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