道明寺楓からつくし宛に連絡があったのは、司が海外出張の最中だった。
突然で申し訳ないが時間を作って欲しいと言われ、迎えの車を差し向けるので来て欲しいと向かった先は世田谷にある道明寺邸だった。
都内有数の高級住宅地におよそ15万1千坪の広さを持つ邸は、入口の門から建物までどのくらいあるのか。邸の中を車で移動しなければならないほどの広大な敷地がつくしの目の前にあった。つくしの頭に過ったのは、この広大な敷地の管理はさぞかし大変だろうという思いだ。視線の先には美しい花々が咲き乱れる花壇があり、庭師と思われる男達が手入れをしている様子が見て取れた。美しい庭だと感心していたが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
この場所に呼ばれた理由はわかっていた。
「おかけになって」
つくしは楓の正面にある革張りのソファに腰をかけ、女性がティーカップに手を伸ばすのを見ていた。真っ黒な髪をシニヨンに結ってグレーのスーツに身を包み、女王のような佇まいの女性は背筋をぴんと伸ばし、優雅な手つきでお茶を口にしていた。その表情は何を考えているのか窺い知ることなど出来なかった。
そもそもつくしがこの女性の考えていることなどわかるはずがない。
道明寺楓の名は決して軽々しく言える名前ではなかった。
日本、いや世界でも有数の企業である道明寺ホールディングスを率いる女傑。
本来なら、そんな女性とつくしがこうして同じ部屋の中にいること自体が信じられないことなのだから。
しんと静まり返った部屋の中、つくしは司の母親と顔を合わせていた。
「今日はあなたと共通の知り合いの話をしたいと思って呼んだの」
息子のことを共通の知り合いという母親。
アイアンレディと呼ばれる女性は噂どおりの女性なのか。
口振りはまるで仕事の延長であるかのようだ。
「あなたは司とおつき合いをしているのよね?」
口振りとは違い、つくしを見つめる楓の目は母親の目だ。
その目に嘘をつくことは出来ない。つくしは「はい」と返事を返した。
これから何を聞かれるのか、そして道明寺司との付き合いを反対されるのではないか。
そんな思いが頭の中を過っていた。
「司はわたくしのことを何と言ったのかしら?」
口振りは相変わらずビジネスモードのように感じられた。
そんな口振りで話しをする女性に母親として欠陥があるなどと言えるはずがない。
つくしは司の言葉を口にすることを躊躇った。
「あの子はわたくしのことをどう言っていました?牧野さん、遠慮せずに言ってちょうだい」
だがつくしは言わなかった。
「まあいいわ。どうせわたくしを貶めるような言い方をしたのでしょうから。確かにわたくしと司の関係は一時期いいとはいえない関係だったわ。それは紛れもない事実だから否定はしないわ」
つくしは頷きもせず黙って話しを聞いていた。
「牧野さん。人はある一面だけで判断すべきじゃないと思うの。何事も多方面から見ることが必要なの。それを幼いあの子に理解させることは無理だとわかっていても、わたくしは母親でいることよりも仕事を優先したことは否定できないわ。あの頃のわたくしには母親としての顔と道明寺という会社を守るための二つの顔があったわ」
楓はつくしが親子関係について聞いていることを前提として話していた。
「確かにわたくしはあの子が幼い頃から仕事で邸を離れることが多かったわ。でもそれはそうせざるを得なかったからなの。わかってるわ。あの子は、司は恐らくこう言ったんでしょうね。母親として欠陥があると。そうでしょ?牧野さん?」
つくしは躊躇ったが答えることにした。
だがそれは司が口にした言葉をそのまま伝えるということは、しなかった。
「あの、道明寺・・いえ、司さんはそんなことは言いませんでした。具体的な親子関係がどうだという話は一切ありませんでした。でも子供の頃、傍にいなかった母親には、いくつか理由があったということだけは知っていたそうです。それに母親の周りには高い壁が張り巡らされていて、なかなか傍に行くことが出来ないということも話していました。だからその壁を壊すような行動に出た・・それが生意気盛りの自分だったという話でした。あの、あたしがこんな話をするのは、おかしいかもしれませんが、今の司さんはお母さんのことを尊敬しています。あたしは司さんがどんな高校生だったのか知りませんが、過去は過去ですから」
どうしようもない高校生だったとしても、過去は過去だ。
「あの、過去に何があろうと親子です。司さんもいつまでも子供でいたわけではなかったはずです。それに今の司さんはその頃の親子関係なんて気にしていませんから」
すると、それまで硬かった表情が緩んだような気がした。
「ねえ、牧野さん。わたくしたちは最初からきちんとやりましょう」
急に話しのトーンが変わったのはなぜか?
それもいきなり本音を漏らされたような気がしていた。
「最初からですか?」
つくしは驚くしかなかった。
いったい何を最初からすると言うのか。
「そうよ?だってわたくしとあなたは親子になるんでしょ?あなたあの子と結婚するんでしょ?そのつもりならあなたはわたくしの娘になるわよね?」
楓は言葉を切ると、つくしの顔を確認するようにしていた。
娘になるなら関係の構築は最初からきちんとしましょう。
つくしがこの邸に呼ばれたのは、そんな話しのためだとは思ってもいなかったはずだ。
いつかのパーティーほどではないが、骨董品のように値踏みされるものだと思っていた。
「それから、あの子と結婚をするということは、戸惑うことも多いと思うわ。あなたが経験したことがないようなことも沢山起きると思うの。色々なことが。それでもあなたは司と一緒にいてくれるのかしら?」
そこで再び言葉が切れた。
「聞いてるわ。水長ジュンのことも。確かに司は女性関係が華やかだったこともあったわ。
それからあなたが司を殴ったこともね。あなたあの司に見事なパンチをお見舞いしたそうね?あの事は世間に広まることはなかったけど、わたくしの耳には届いていました。パーティーで黒いドレスの女が司に見事なパンチを放ったと」
「あ、あのあれは人違いなんです」
と答え、すぐに言い添えた。
「あれは本当に間違いなんです。司さんには本当にご迷惑をかけたと思います」
道明寺財閥の次期総帥が殴られた。
それも我が息子が女性に殴られたなんてことは母親からすればいい恥だろう。
「あら、いいのよ?あの子は殴られるくらいが丁度いいのよ。あの子には姉がいるんだけど、子供の頃、躾と称してよく殴られていたそうよ?」
非難の言葉を浴びせられると思っていたところに、それどころか肯定の言葉が飛び出すとは、つくしは思っていなかった。
「わたくしの見たところ、あなたは根性がありそうね?それに曲がったことが嫌い。そうよね?それからわたくしは、あなたがどういう人間なのかもっと知りたいと思ってるわ。それにこれから先あなたがどういう人間になるのか。それが楽しみだわ。その先であなたと司がどんな人間になるかがもっと楽しみだわ」
つくしは司の母親が何を言いたいのか、理解しようとした。
それは、未来は自分たちで切り開きなさいと言うことだろう。
「ところで、つくしさん。企業の合併なんて興味ないわよね?もしあなたさえその気なら、
今の会社を辞めて道明寺で働いてもいいのよ?」
その言葉は本気なのか、それとも冗談なのか。
道明寺楓の口振りからは真剣さが窺え、顔には意味深な笑みが浮かんでいた。
そんな顔を見つめるつくしに楓はひと言、言った。
「あなたみたいにパンチの効いた女性が司には丁度いいのよ」

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都内有数の高級住宅地におよそ15万1千坪の広さを持つ邸は、入口の門から建物までどのくらいあるのか。邸の中を車で移動しなければならないほどの広大な敷地がつくしの目の前にあった。つくしの頭に過ったのは、この広大な敷地の管理はさぞかし大変だろうという思いだ。視線の先には美しい花々が咲き乱れる花壇があり、庭師と思われる男達が手入れをしている様子が見て取れた。美しい庭だと感心していたが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
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「おかけになって」
つくしは楓の正面にある革張りのソファに腰をかけ、女性がティーカップに手を伸ばすのを見ていた。真っ黒な髪をシニヨンに結ってグレーのスーツに身を包み、女王のような佇まいの女性は背筋をぴんと伸ばし、優雅な手つきでお茶を口にしていた。その表情は何を考えているのか窺い知ることなど出来なかった。
そもそもつくしがこの女性の考えていることなどわかるはずがない。
道明寺楓の名は決して軽々しく言える名前ではなかった。
日本、いや世界でも有数の企業である道明寺ホールディングスを率いる女傑。
本来なら、そんな女性とつくしがこうして同じ部屋の中にいること自体が信じられないことなのだから。
しんと静まり返った部屋の中、つくしは司の母親と顔を合わせていた。
「今日はあなたと共通の知り合いの話をしたいと思って呼んだの」
息子のことを共通の知り合いという母親。
アイアンレディと呼ばれる女性は噂どおりの女性なのか。
口振りはまるで仕事の延長であるかのようだ。
「あなたは司とおつき合いをしているのよね?」
口振りとは違い、つくしを見つめる楓の目は母親の目だ。
その目に嘘をつくことは出来ない。つくしは「はい」と返事を返した。
これから何を聞かれるのか、そして道明寺司との付き合いを反対されるのではないか。
そんな思いが頭の中を過っていた。
「司はわたくしのことを何と言ったのかしら?」
口振りは相変わらずビジネスモードのように感じられた。
そんな口振りで話しをする女性に母親として欠陥があるなどと言えるはずがない。
つくしは司の言葉を口にすることを躊躇った。
「あの子はわたくしのことをどう言っていました?牧野さん、遠慮せずに言ってちょうだい」
だがつくしは言わなかった。
「まあいいわ。どうせわたくしを貶めるような言い方をしたのでしょうから。確かにわたくしと司の関係は一時期いいとはいえない関係だったわ。それは紛れもない事実だから否定はしないわ」
つくしは頷きもせず黙って話しを聞いていた。
「牧野さん。人はある一面だけで判断すべきじゃないと思うの。何事も多方面から見ることが必要なの。それを幼いあの子に理解させることは無理だとわかっていても、わたくしは母親でいることよりも仕事を優先したことは否定できないわ。あの頃のわたくしには母親としての顔と道明寺という会社を守るための二つの顔があったわ」
楓はつくしが親子関係について聞いていることを前提として話していた。
「確かにわたくしはあの子が幼い頃から仕事で邸を離れることが多かったわ。でもそれはそうせざるを得なかったからなの。わかってるわ。あの子は、司は恐らくこう言ったんでしょうね。母親として欠陥があると。そうでしょ?牧野さん?」
つくしは躊躇ったが答えることにした。
だがそれは司が口にした言葉をそのまま伝えるということは、しなかった。
「あの、道明寺・・いえ、司さんはそんなことは言いませんでした。具体的な親子関係がどうだという話は一切ありませんでした。でも子供の頃、傍にいなかった母親には、いくつか理由があったということだけは知っていたそうです。それに母親の周りには高い壁が張り巡らされていて、なかなか傍に行くことが出来ないということも話していました。だからその壁を壊すような行動に出た・・それが生意気盛りの自分だったという話でした。あの、あたしがこんな話をするのは、おかしいかもしれませんが、今の司さんはお母さんのことを尊敬しています。あたしは司さんがどんな高校生だったのか知りませんが、過去は過去ですから」
どうしようもない高校生だったとしても、過去は過去だ。
「あの、過去に何があろうと親子です。司さんもいつまでも子供でいたわけではなかったはずです。それに今の司さんはその頃の親子関係なんて気にしていませんから」
すると、それまで硬かった表情が緩んだような気がした。
「ねえ、牧野さん。わたくしたちは最初からきちんとやりましょう」
急に話しのトーンが変わったのはなぜか?
それもいきなり本音を漏らされたような気がしていた。
「最初からですか?」
つくしは驚くしかなかった。
いったい何を最初からすると言うのか。
「そうよ?だってわたくしとあなたは親子になるんでしょ?あなたあの子と結婚するんでしょ?そのつもりならあなたはわたくしの娘になるわよね?」
楓は言葉を切ると、つくしの顔を確認するようにしていた。
娘になるなら関係の構築は最初からきちんとしましょう。
つくしがこの邸に呼ばれたのは、そんな話しのためだとは思ってもいなかったはずだ。
いつかのパーティーほどではないが、骨董品のように値踏みされるものだと思っていた。
「それから、あの子と結婚をするということは、戸惑うことも多いと思うわ。あなたが経験したことがないようなことも沢山起きると思うの。色々なことが。それでもあなたは司と一緒にいてくれるのかしら?」
そこで再び言葉が切れた。
「聞いてるわ。水長ジュンのことも。確かに司は女性関係が華やかだったこともあったわ。
それからあなたが司を殴ったこともね。あなたあの司に見事なパンチをお見舞いしたそうね?あの事は世間に広まることはなかったけど、わたくしの耳には届いていました。パーティーで黒いドレスの女が司に見事なパンチを放ったと」
「あ、あのあれは人違いなんです」
と答え、すぐに言い添えた。
「あれは本当に間違いなんです。司さんには本当にご迷惑をかけたと思います」
道明寺財閥の次期総帥が殴られた。
それも我が息子が女性に殴られたなんてことは母親からすればいい恥だろう。
「あら、いいのよ?あの子は殴られるくらいが丁度いいのよ。あの子には姉がいるんだけど、子供の頃、躾と称してよく殴られていたそうよ?」
非難の言葉を浴びせられると思っていたところに、それどころか肯定の言葉が飛び出すとは、つくしは思っていなかった。
「わたくしの見たところ、あなたは根性がありそうね?それに曲がったことが嫌い。そうよね?それからわたくしは、あなたがどういう人間なのかもっと知りたいと思ってるわ。それにこれから先あなたがどういう人間になるのか。それが楽しみだわ。その先であなたと司がどんな人間になるかがもっと楽しみだわ」
つくしは司の母親が何を言いたいのか、理解しようとした。
それは、未来は自分たちで切り開きなさいと言うことだろう。
「ところで、つくしさん。企業の合併なんて興味ないわよね?もしあなたさえその気なら、
今の会社を辞めて道明寺で働いてもいいのよ?」
その言葉は本気なのか、それとも冗談なのか。
道明寺楓の口振りからは真剣さが窺え、顔には意味深な笑みが浮かんでいた。
そんな顔を見つめるつくしに楓はひと言、言った。
「あなたみたいにパンチの効いた女性が司には丁度いいのよ」

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Comment:4
コメント
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司×**OVE様
こんばんは^^
楓さんは反対などするつもりはありません。
逆にいつまでも独身の息子を心配していたかもしれません。
楓さん、つくしちゃんに道明寺で仕事をしてみない?とスカウトしたようですね。
司にしてみれば一緒に仕事が出来るのは嬉しいでしょうねぇ。
結婚はある程度勢いも必要ですから、楓さんと会ってつくしちゃん勢いがついたかもしれませんねぇ。
コメント有難うございました^^
こんばんは^^
楓さんは反対などするつもりはありません。
逆にいつまでも独身の息子を心配していたかもしれません。
楓さん、つくしちゃんに道明寺で仕事をしてみない?とスカウトしたようですね。
司にしてみれば一緒に仕事が出来るのは嬉しいでしょうねぇ。
結婚はある程度勢いも必要ですから、楓さんと会ってつくしちゃん勢いがついたかもしれませんねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.26 21:41 | 編集

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ち*様
はじめまして^^こんばんは。
いつもお読み頂きありがとうございます。
楓さん出てきましたが、こちらのお話の司もつくしも30代。いい大人です。
今さら楓さんが何を言っても司がこうと決めたら負けません。
なにしろ無力な高校生のころと違い、経営の一翼を担っている男ですので(笑)
勿体ない言葉をいただき、恐縮しております。どうもありがとうございます(低頭)
コメント有難うございました^^
はじめまして^^こんばんは。
いつもお読み頂きありがとうございます。
楓さん出てきましたが、こちらのお話の司もつくしも30代。いい大人です。
今さら楓さんが何を言っても司がこうと決めたら負けません。
なにしろ無力な高校生のころと違い、経営の一翼を担っている男ですので(笑)
勿体ない言葉をいただき、恐縮しております。どうもありがとうございます(低頭)
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.26 23:36 | 編集
