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2016
10.25

恋人までのディスタンス 56

今思えば二人で始めたのは甘い冒険だな。

道明寺司は唇の片側を上げて笑っていた。
つくしは思い返せば、まさに冒険とも言える経験をしたと感じていた。
確かにスカイダイビングは冒険だったが、水長ジュンのこともそう言って笑い飛ばせる男の保護本能と独占欲というのは果たして同じものだろうか?


「引っ越す?それどういう意味なの?」

つくしのマンションで朝食を済ませた二人は食後のコーヒーを飲んでいた。
淹れ立てのコーヒーからは湯気がのぼり、いい香りが部屋中に漂っている。そんな中で司がリラックスした服装でいるのは、恋人のマンションに着替えを用意しているからだ。
いつもは知性を感じさせるようなスーツを着こなす男も、つくしの前では自然な姿で過ごすようになっていた。

すべてが完璧と言われる容姿を持つ男は、つくしの前ではその体を惜しげもなく披露する。
恥ずかしいくらいラフな格好でいるため目のやり場に困ることが多く、何か着て欲しいと頼んだことがあったが一蹴された。
つくしの前では必要以上にセクシーでいたがるのはなぜか?
今もってその理由は不明だった。

あの事件以降、警護の人間がつけられるのは仕方がないとしても、今住んでいるこのマンションから引っ越して欲しいと言われ、つくしは困惑していた。

「ねえ、警備上のことで何か問題があるの?」

もし何か問題があるというのなら、理由を聞きたいと思うのは当然だろう。
確かに道明寺司とつき合うということは、広い意味で標的にされやすいということは理解していた。

「いや、別に問題があるってわけじゃねぇが、問題があるのは俺の方だな」

「道明寺に?何かあったの?」

恋人に何か問題があると聞かされれば心配するのはあたり前だ。特に相手が日本の、いや世界の経済活動を牽引するような男なのだからなおさらだろう。

「俺に問題があるというより、やっぱおまえか?」

「あ、あたし?」

つくしは思わず自らを指差していた。
知らないうちに何か迷惑をかけてしまったのかと訝った。

「ごめん。あたし道明寺に何か迷惑かけてる?」

「迷惑じゃねぇけど、おまえが俺の傍にいてくれたら助かることは助かるな。つまり一緒に暮らさないかってことだ」

司は押し黙ってしまったつくしに言った。

「嫌か?まだ結婚もしてねぇのに俺と一緒に暮らすのは?なあつくし。俺はおまえのことが心配だ。そりゃ警護の人間をつけてはいるが、またいつ変な奴らがおまえに手を出すかわかんねぇからな。それにおまえと俺の休みは同じになる日は少ないだろ?俺は海外への出張も多いし生活が不規則になることもある。何しろ普通の会社員と違って勤務形態なんてのはない立場だ。それに帰って来たときおまえの顔が、おまえの笑顔が見たい」

コーヒーカップ越につくしを見る男はいたく真剣な表情をしていた。
恋人に笑顔で出迎えてもらいたい。
心の安らぎになって欲しい。
恐らくそう言ったことが言いたいのだということは理解できた。

確かにつくしの休日は平日が多い。そして現在の二人はこうして訪ねて来る司と一夜を過ごす日もあれば、長らく会えない日も多い。
ましてや司は海外への出張も多い。となると、二人が会える時間はおのずと少なくなる。
そんな状況の打開策として、道明寺司から一緒に暮らさないかと言われれば、まともな女なら大喜びのはずだ。

だがつくしは迷った。いくら結婚の約束をしたとしても正式なものではない。
一緒に暮らすということは、俗に言う同棲ということだ。
結婚もしていない男女が同じ屋根の下に住むということに、抵抗がないと言えば嘘になるからだ。

「なあ。牧野?俺はおまえと結婚したい。だがおまえは多分俺と結婚することにまだ迷いがあるんだろ?だけど俺たちは結婚するんだ。俺はお試しだなんて言葉は嫌いだが、俺と暮らして俺の全てを知って欲しい。結婚するってことは女にとっては一生の問題だろ?相手の男に人生を委ねるって言ったらおまえは怒るかもしれねぇけど、俺としてはおまえに頼ってもらいてぇってのが本音だ。俺に言わせりゃ、女から頼られねぇ男なんて男じゃねぇからな」

司はひと息おくと、つくしの反応を見ながら言葉を継いだ。

「で、俺たちはこれから一緒に住むが、俺とおまえのスタートはやっぱりあのマンションだ」

あのマンション。
それは司がつくしから買い求めたペントハウスのことだ。

「あの部屋は俺とおまえの新居だ」

引っ越し先が、つくしから買い求めたマンションのペントハウス。
鍵を渡され、まだ何もない部屋を好きな様にコーディネートしていいと言われ、結婚したらあの部屋で暮らそうと言われ思わず涙ぐんでいた。

「本当にあたしでいいの?」

「ああ。おまえじゃなきゃだめだ」

そんな会話が交わされ、最新型のキッチンに一瞬、何を揃えればいいのか。
そんなことがつくしの頭を過ったが、いくら大人の二人とはいえ、人間の結婚は犬や猫のようにはいかない。物事には順序があり、決まりがある。
常識に囚われる女は司の母親のことが気に掛かっていた。

「ねえ、道明寺のお母さん・・ってあの人よね?」

あの人。
言わずと知れた道明寺ホールディングスの代表。
日本の経済を、いや世界の経済を動かすとまで言われる女。
その貴族的ともいえるような顔立ちは多くの経済誌の表紙を飾ってきた。
通称アイアンレディと呼ばれ、写真は人間性を表すかのようにいつも厳しい表情で写っていた。もしもつくしが道明寺司と恋をしなければ、間違ってもその女性と人生が交わることはないはずだ。

「ああ。俺の母親はあの女。おまえも知ってると思うが、俺の母親はかなり癖がある」


そんな女性は息子の恋人のことをどう思っているのだろうか?
恐らく知っているはずだ。息子がごく一般的な女性とつき合っているということを。
だが息子は30代のいい年をした大人の男だ。いちいち口出しをしてくるとも思えないが、何しろ相手はあの道明寺家だ。

最近も新聞記事で道明寺楓の写真を目にすることがあった。アジアのどこかの国の首相とのツーショット写真。企業家として世界のトップと言われる程の活躍だが、社交界でも当然のようにファーストレディだ。彼女が出席するパーティーは超一流と言われ、各界の名士、紳士淑女が集まると言われている。
写真で見る限り面立ちは親子らしくどこか似ているところがある。が、その姿を見たことがないのだからどんな人物なのかは、判断できなかった。

息子である道明寺に言わせれば、″母親として欠陥″があったそうだ。
道明寺が若い頃、問題があったとは聞いていたが、それが親子の対立によるものなのか、単なる若気の至りと言えるものなのか、それとも思春期の暴走だったのか。

どちらにしても、つくしは過去にはこだわらない。
自分も言えた義理ではないからだ。それに前を向いて歩くことが彼女の信条。
道明寺とつき合うと決めた時点で心は決まっていた。
この人と一緒にいたい。そう願っていた。
それについての迷いはない。



だから道明寺楓から連絡があったことに気持の乱れはなかった。
愛する人の母親なのだから、自分もその女性のことを母親と呼べるようになりたい。
そう考えていた。

ただその女性が許してくれるなら。という話だが。

電話の向うから聞こえてきた声は威厳があった。
それはまさにこうあるべきだという声。
その名前を直接耳にする機会がこんなにも早いとは思いもしなかったが、居場所が知られている以上、逃げも隠れもするつもりはなかった。電話がかかってきた理由はわかっているのだから、きちんと話をするべきだ。

「牧野さんね?道明寺楓です」








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コメント
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dot 2016.10.25 11:01 | 編集
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dot 2016.10.25 23:40 | 編集
司×**OVE様
司の肉体美。いいですね。つくしちゃんが恥ずかしいと言うのなら、えっ?代わりに?(笑)
そのときはアカシアもぜひお誘い下さい。一緒に暮らそう・・そして結婚しよう・・
なんと羨ましい!坊ちゃん、幸せになって下さいね。
楓さんとのご対面。どんな楓さんでしょうねぇ・・
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.26 21:29 | 編集
チ**ム様
楓さん。やはり楓さん。
楓さんを攻略すればなんとかなる・・仰るとおりです(笑)
楓さんさえ味方にすれば・・なんとかなります。
何を語ってくれるのでしょうか・・つくしちゃんも司も大人ですからねぇ。
そんな大人に何を?という感じでしょうか(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.26 21:34 | 編集
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