『 ご、ごめん。やっぱりシャワーを浴びたいの 』
バスルームへ消える姿を見送った司はつくしの願いを尊重した。
緊張しているのは勿論わかっているが、彼が結婚を申し込んだことへの動揺もあってのことだとわかっていた。イエスと言ったが未来への不安を感じていることは想像ができた。
今夜は目まぐるしい一夜で、どこかで気持ちを落ち着かせたいという思いがあるのだということは、わかった。
そして、その中に司と結婚するということが、身分不相応ではないかと考えてしまったのではないかという思いだ。
牧野つくしが住んでいる世界と司が住む世界は、単に違うどころか全く違う世界だということは、わかっているとはいえ、これからその世界に自分が身を置くことに戸惑いがあるはずだ。そのことを考えるなという方が無理な話だろう。
だが、司はその心配は無用だと言いたかった。
どの世界もそうだが、信念を持つ人間は何事にも流されることはない。牧野つくしには牧野つくしの信念がある。何事にも強い意志を持って、前向きに生きるという信念が感じられる。そんな人間はどんな世界でも生きていけるはずだ。
寝室のドアが開き、バスローブ姿で入口に立つ姿に、口にしようと思っていた言葉がすべて舌先から消えていた。
目に映るのは、司が愛してると伝えた女。
髪は乾かしたのだろうが、まだ少しだけ濡れていた。
殴られた頬はまだ腫れているが、その姿は彼を刺激した。
司は入口に佇んだまま部屋の中へ入って来ることを躊躇うような姿に、心に感じるものがあった。
時間を与えたばかりに、また余計なことを考えている。
そう感じられた。
だが二人の間には、間違いなく生まれたものがある。
それは信頼の二文字と愛だ。
「つくし・・まだ痛むのか?」
司は佇むつくしに近づくと、今夜初めて呼んだ名前とともに頬に手を添えた。
「どうみょうじ・・」
言いかけたつくしは耳まで真っ赤になりながら首を振ったが、反射的に表情が強張ったのがわかった。
「どうした?やっぱりまだ痛いのか?」
司は頬の腫れを気遣った。
「ち、違うの。あ、あたし、どうしたら・・いいのか・・」
やはり司の考えは当たっていた。
それはこれから二人が愛し合うことではない。彼が口にした結婚に対しての思いだということは容易に想像できた。
「つくし。おまえが考えてることはわかってる。俺と結婚するって言ったけどおまえ、早速悩んでるだろ?」
打ち明けられなくても見ればわかる。それは牧野つくしだからだ。
考えることが顔に表れるのは、本人にとっていいのか悪いのかわからないが、ある意味分かりやすい人間だ。
「おまえは俺とおまえの格差を気にしてるかもしれねぇが、裕福さってのは俺にとってはどうでもいいことだ。金があるのはたまたまで、おまえが気にするようなことじゃない。それに金があることが長所だと思う奴らは金に使われている人間だ。本物の金持ちは金があることを自慢するなんてことはしない」
司はつくしの不安が手に取るようにわかった。
誰でも新しい世界に足を踏み入れるときは、不安があり迷いがある。それは司とて同じことだ。だが彼には選択肢がなかった。司の人生は、彼が生まれたときにはすでに決められていた。
その世界は彼にとっては逃げることが出来るものではなかったが、成長するにつれ、自分の運命を受け入れた。
しかし今の牧野には選択肢がある。が、自分から離れて欲しくはない。
「おまえが引き返したいと思うことがあったとしても、俺がおまえを守ってやる。だから俺との未来を悩むのは止めてくれ」
心の中にある不安を払拭出来たかどうか、わからないが、愛し合うことに対しての不安だけは感じさせたくはなかった。
「これから俺たちは愛し合う。そのことについて何かあるなら言ってくれ。例え馬鹿げた質問でも答えてやる」
だが質問はなかった。
もどかしいくらい黙ったままのつくしに対し、司は口を開いた。
「いいか?俺はおまえが聞きたいと思うことはなんでも答えてやる。だから俺と一緒にいることを迷うな。どんなことでもいい。聞きたいことがあればなんでも聞け。まあ、過去の女のことについてはあれ以上のことはないはずだが?」
今、司はつくしが自分を信頼してくれて、寄り添ってくれることだけを望んでいた。
自分の過去は変えることが出来ないが、未来なら二人で作っていくことが出来る。
「道明寺・・あの・・あたしが聞きたいのは・・」
「なんだ?」
「あの、だから・・あたし経験がないから・・」
頬を染め、恥ずかしそうに聞く姿はまるで少女のようで、司にとって守りたいと思える存在以外なにものでもない。将来についての不安より、これから二人が経験することの方に不安があるとは。案外牧野つくしは大物だと、思わず口角が上がって不謹慎なほほ笑みが浮かびそうになるのを抑えた。
司は親指と人差し指でつくしの顎をつまむと唇を唇に重ねた。
「俺を感じてくれればそれでいい」
間をおき、それから瞳を見つめていた。
「おまえ、俺を信頼してるよな?それなら何にも考えなくていい。ただ、俺の体を抱きしめてくれたらそれでいい。おまえのすることはそれだけだ」
抱きしめて、愛を感じて、愛を返してくれればそれでいい。
そして、彼女が持つ慈しみの心を与えてもらえるなら、それは至上の喜びとなって司の心に降り注ぐはずだ。
セクシーな微笑みを浮かべた男はまだ服を着ていたが、シャツを脱ぎ捨て、次にスラックスを脱ぎ捨てると黒い下着が現れた。そして、欲望の証があらわになると、つくしを抱き上げベッドへと運んだ。
間接照明の暗さは、互いの表情を見るには充分だ。
薄明りは、初めてを経験する女の恥じらいを優しく照らしていた。
誰も開くことがなかった包みを開く。
まさにそれは司に与えられた贈り物。
自分のような男がその贈り物を手にしてもいいのかと自問したが、彼女がそれを許してくれたことを神に感謝した。
バスローブの前を開くと現れたのは白い膨らみ。
細い体は女性としての魅力に溢れていた。
まだ、だれも触れたことのない柔らかな肌。
そして、誰も聞いたことのないその声。
愛させてくれたらそれでいい。
その声で、その細い体で、思いを受け止めてくれ。
彼以上に彼女を求める男はいない。
司はこれまでの自分の信条を捨てた。
セックスは所詮男女の肉体の交わりに過ぎないという思い。
適齢期の男女なら、誰もが求める欲求のひとつとしてしか考えていなかった行為。
心を交わすことは重要ではなく、汗と嬌声と欲望にまみれた数時間を過ごすにすぎなかった。そして、頭の中にはいつも冷静な自分がいた。
だが、今夜の彼は違う。
欲しかったものがようやく手に入るという悦びを感じていた。
男の本能は、早く奪ってしまいたいと叫んでいるが、心はそうは言わなかった。
思いもよらぬ事に巻き込まれ心労もあるだろう。
その心をこの体で癒してやりたい。
真綿で包むように愛したい。
そんな思いが溢れるのは、彼女が大切だからだ。
自分の手で全ての災難から守ってやりたい。
大切なものを手に入れれば、誰にも見せることなく仕舞い込みたいと思う男達の気持ちが初めてわかった。
そんなことを考えてしまうのだから、まるで保護者のようだとひとりごちた。
「・・綺麗だ」
その言葉に、うっすらとほほ笑みが浮かんだのがわかる。
細い腕は背中に回され、硬い体を掴もうとしている指先は縋るようで、初めての戸惑いを隠しはしない。
そうだろう。
過去に経験がないのだから戸惑うのはあたり前だ。
だが、その戸惑いもいつかは悦びへと変わるはずだ。
いや。変えてみせる。
「・・・あ・・っ・・」
聞えるのは、まだ知らない世界への入口へ立った戸惑いの声。
司の手は微かに震える体を上からゆっくりと、撫で下ろしていく。
首を、肩を、胸を。
そして脚のあいだの泉へと。
両手で掴めば左右の指が届くほどの細いウエストに、これから行う行為に躊躇いを覚えるほどだ。だが、止めることは出来ない。
欲しかったものを手に入れる男の心境はと聞かれれば、嘘偽りなく答えることが出来る。
手に入れたら決して離しはしない。
それは彼にとってそれは確かな事実。
欲しいものは金で買えると考えていたあの頃の自分に教えてやりたい。
愛があれば、生きて行く上で支えとなると言うことを。
もっと早く愛を知れば、人生が変わっていたかもしれないということを。
もっと早くつくしと知り合うことが出来れば、人生を変えることが出来たかもしれないということを。
「・・つくし・・」
「・・はっ・・あっ!」
太ももの内側を撫でればびくりと震える体はこれ以上ないほど敏感で、その細さを気遣ったウエストを引き寄せずにはいられない。
脚のあいだに手をいれ、指で泉の奥をまさぐれば、声にならない声が上がり、体は天を突くかのように大きく弧を描いて反り返った。
その頂きにある赤い小さな蕾が、食べてくれと言わんばかりに硬く実を結んでいる。
感覚という感覚を目覚めさせてやりたい。
この体の熱を使って。
肩に爪を立てられ、血が滲んでも絶対に離さない。
脚のあいだに下半身を置き、身を乗り出し、細い体に決して重みを与えることなく、口づけを交わす。唇から己の唾液を送る行為に、どこか倒錯じみたことを思い浮かべるのはまだ早いかとそんなことが頭を過る。
喉に鼻を押し付け、舌で味わい、吸い付きながら己の烙印を押すが如く口づけをする。
互いの体の大きさと、触れている太ももの柔らかさを意識しながら、体を下にずらして赤い小さな蕾を舌で味わう。司の頭の上で左右に揺れる女の頭と、己の頭を抱える小さな手は、もっと、と引き寄せようとしているのか、それとも引き離したいのか。
「つくし・・俺が欲しいか?」
欲しいだなんて言えるわけないか。
だが、互いに恋人として受け入れた今、欲しいと言って欲しい。
その口から俺が欲しいと言ってくれ。
ためらいと恥ずかしさとが重なりあった行為だが、互いの鼓動を重ね、心を重ねたい。
「なあ?欲しい?」
「どうみょじが・・欲しい・・の・・」
この手に馴染む黒髪の重さと美しさも、この白い肌も、全てが自分のものだと思えば、決して傷つけることは出来ないと心に誓った。
そしてもちろん、心も決して傷つけないと。
だが、この一瞬だけは、傷つけない訳にはいかない。
俺のものになってくれ、つくし。
小さな体をベッドに縫い付け、熱く濡れた泉の最奥へと己の体を突き入れた。
初めての抵抗を感じたが、鉾先を引き抜くことは決して出来ない。
すがり付き、声を上げ、求めて欲しい。
ただ俺だけを。
「思いっきり抱きつくんだ」
血が滲むほどきつく抱きついてくれ。
小さな爪あとは、奪う純潔の痛みの代償だから。
やがて恍惚の表情を浮かべ、体を硬直させた瞬間、司はこらえていたものを愛する人の体へと一気に注ぎ込んだ。
司は暫く身じろぎが出来なかったが、やがて体を起こすと、つくしの顔を見下ろした。
汗で濡れた髪を顔から払いのけてやると、大きな目を見開いて司を見つめていた。
「つくし。ありがとう。俺は最高の女から最高の贈り物をもらった」
愛する人がいて、愛することが出来る幸せに気付いた男は今、一番幸せだった。

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牧野つくしが住んでいる世界と司が住む世界は、単に違うどころか全く違う世界だということは、わかっているとはいえ、これからその世界に自分が身を置くことに戸惑いがあるはずだ。そのことを考えるなという方が無理な話だろう。
だが、司はその心配は無用だと言いたかった。
どの世界もそうだが、信念を持つ人間は何事にも流されることはない。牧野つくしには牧野つくしの信念がある。何事にも強い意志を持って、前向きに生きるという信念が感じられる。そんな人間はどんな世界でも生きていけるはずだ。
寝室のドアが開き、バスローブ姿で入口に立つ姿に、口にしようと思っていた言葉がすべて舌先から消えていた。
目に映るのは、司が愛してると伝えた女。
髪は乾かしたのだろうが、まだ少しだけ濡れていた。
殴られた頬はまだ腫れているが、その姿は彼を刺激した。
司は入口に佇んだまま部屋の中へ入って来ることを躊躇うような姿に、心に感じるものがあった。
時間を与えたばかりに、また余計なことを考えている。
そう感じられた。
だが二人の間には、間違いなく生まれたものがある。
それは信頼の二文字と愛だ。
「つくし・・まだ痛むのか?」
司は佇むつくしに近づくと、今夜初めて呼んだ名前とともに頬に手を添えた。
「どうみょうじ・・」
言いかけたつくしは耳まで真っ赤になりながら首を振ったが、反射的に表情が強張ったのがわかった。
「どうした?やっぱりまだ痛いのか?」
司は頬の腫れを気遣った。
「ち、違うの。あ、あたし、どうしたら・・いいのか・・」
やはり司の考えは当たっていた。
それはこれから二人が愛し合うことではない。彼が口にした結婚に対しての思いだということは容易に想像できた。
「つくし。おまえが考えてることはわかってる。俺と結婚するって言ったけどおまえ、早速悩んでるだろ?」
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「おまえは俺とおまえの格差を気にしてるかもしれねぇが、裕福さってのは俺にとってはどうでもいいことだ。金があるのはたまたまで、おまえが気にするようなことじゃない。それに金があることが長所だと思う奴らは金に使われている人間だ。本物の金持ちは金があることを自慢するなんてことはしない」
司はつくしの不安が手に取るようにわかった。
誰でも新しい世界に足を踏み入れるときは、不安があり迷いがある。それは司とて同じことだ。だが彼には選択肢がなかった。司の人生は、彼が生まれたときにはすでに決められていた。
その世界は彼にとっては逃げることが出来るものではなかったが、成長するにつれ、自分の運命を受け入れた。
しかし今の牧野には選択肢がある。が、自分から離れて欲しくはない。
「おまえが引き返したいと思うことがあったとしても、俺がおまえを守ってやる。だから俺との未来を悩むのは止めてくれ」
心の中にある不安を払拭出来たかどうか、わからないが、愛し合うことに対しての不安だけは感じさせたくはなかった。
「これから俺たちは愛し合う。そのことについて何かあるなら言ってくれ。例え馬鹿げた質問でも答えてやる」
だが質問はなかった。
もどかしいくらい黙ったままのつくしに対し、司は口を開いた。
「いいか?俺はおまえが聞きたいと思うことはなんでも答えてやる。だから俺と一緒にいることを迷うな。どんなことでもいい。聞きたいことがあればなんでも聞け。まあ、過去の女のことについてはあれ以上のことはないはずだが?」
今、司はつくしが自分を信頼してくれて、寄り添ってくれることだけを望んでいた。
自分の過去は変えることが出来ないが、未来なら二人で作っていくことが出来る。
「道明寺・・あの・・あたしが聞きたいのは・・」
「なんだ?」
「あの、だから・・あたし経験がないから・・」
頬を染め、恥ずかしそうに聞く姿はまるで少女のようで、司にとって守りたいと思える存在以外なにものでもない。将来についての不安より、これから二人が経験することの方に不安があるとは。案外牧野つくしは大物だと、思わず口角が上がって不謹慎なほほ笑みが浮かびそうになるのを抑えた。
司は親指と人差し指でつくしの顎をつまむと唇を唇に重ねた。
「俺を感じてくれればそれでいい」
間をおき、それから瞳を見つめていた。
「おまえ、俺を信頼してるよな?それなら何にも考えなくていい。ただ、俺の体を抱きしめてくれたらそれでいい。おまえのすることはそれだけだ」
抱きしめて、愛を感じて、愛を返してくれればそれでいい。
そして、彼女が持つ慈しみの心を与えてもらえるなら、それは至上の喜びとなって司の心に降り注ぐはずだ。
セクシーな微笑みを浮かべた男はまだ服を着ていたが、シャツを脱ぎ捨て、次にスラックスを脱ぎ捨てると黒い下着が現れた。そして、欲望の証があらわになると、つくしを抱き上げベッドへと運んだ。
間接照明の暗さは、互いの表情を見るには充分だ。
薄明りは、初めてを経験する女の恥じらいを優しく照らしていた。
誰も開くことがなかった包みを開く。
まさにそれは司に与えられた贈り物。
自分のような男がその贈り物を手にしてもいいのかと自問したが、彼女がそれを許してくれたことを神に感謝した。
バスローブの前を開くと現れたのは白い膨らみ。
細い体は女性としての魅力に溢れていた。
まだ、だれも触れたことのない柔らかな肌。
そして、誰も聞いたことのないその声。
愛させてくれたらそれでいい。
その声で、その細い体で、思いを受け止めてくれ。
彼以上に彼女を求める男はいない。
司はこれまでの自分の信条を捨てた。
セックスは所詮男女の肉体の交わりに過ぎないという思い。
適齢期の男女なら、誰もが求める欲求のひとつとしてしか考えていなかった行為。
心を交わすことは重要ではなく、汗と嬌声と欲望にまみれた数時間を過ごすにすぎなかった。そして、頭の中にはいつも冷静な自分がいた。
だが、今夜の彼は違う。
欲しかったものがようやく手に入るという悦びを感じていた。
男の本能は、早く奪ってしまいたいと叫んでいるが、心はそうは言わなかった。
思いもよらぬ事に巻き込まれ心労もあるだろう。
その心をこの体で癒してやりたい。
真綿で包むように愛したい。
そんな思いが溢れるのは、彼女が大切だからだ。
自分の手で全ての災難から守ってやりたい。
大切なものを手に入れれば、誰にも見せることなく仕舞い込みたいと思う男達の気持ちが初めてわかった。
そんなことを考えてしまうのだから、まるで保護者のようだとひとりごちた。
「・・綺麗だ」
その言葉に、うっすらとほほ笑みが浮かんだのがわかる。
細い腕は背中に回され、硬い体を掴もうとしている指先は縋るようで、初めての戸惑いを隠しはしない。
そうだろう。
過去に経験がないのだから戸惑うのはあたり前だ。
だが、その戸惑いもいつかは悦びへと変わるはずだ。
いや。変えてみせる。
「・・・あ・・っ・・」
聞えるのは、まだ知らない世界への入口へ立った戸惑いの声。
司の手は微かに震える体を上からゆっくりと、撫で下ろしていく。
首を、肩を、胸を。
そして脚のあいだの泉へと。
両手で掴めば左右の指が届くほどの細いウエストに、これから行う行為に躊躇いを覚えるほどだ。だが、止めることは出来ない。
欲しかったものを手に入れる男の心境はと聞かれれば、嘘偽りなく答えることが出来る。
手に入れたら決して離しはしない。
それは彼にとってそれは確かな事実。
欲しいものは金で買えると考えていたあの頃の自分に教えてやりたい。
愛があれば、生きて行く上で支えとなると言うことを。
もっと早く愛を知れば、人生が変わっていたかもしれないということを。
もっと早くつくしと知り合うことが出来れば、人生を変えることが出来たかもしれないということを。
「・・つくし・・」
「・・はっ・・あっ!」
太ももの内側を撫でればびくりと震える体はこれ以上ないほど敏感で、その細さを気遣ったウエストを引き寄せずにはいられない。
脚のあいだに手をいれ、指で泉の奥をまさぐれば、声にならない声が上がり、体は天を突くかのように大きく弧を描いて反り返った。
その頂きにある赤い小さな蕾が、食べてくれと言わんばかりに硬く実を結んでいる。
感覚という感覚を目覚めさせてやりたい。
この体の熱を使って。
肩に爪を立てられ、血が滲んでも絶対に離さない。
脚のあいだに下半身を置き、身を乗り出し、細い体に決して重みを与えることなく、口づけを交わす。唇から己の唾液を送る行為に、どこか倒錯じみたことを思い浮かべるのはまだ早いかとそんなことが頭を過る。
喉に鼻を押し付け、舌で味わい、吸い付きながら己の烙印を押すが如く口づけをする。
互いの体の大きさと、触れている太ももの柔らかさを意識しながら、体を下にずらして赤い小さな蕾を舌で味わう。司の頭の上で左右に揺れる女の頭と、己の頭を抱える小さな手は、もっと、と引き寄せようとしているのか、それとも引き離したいのか。
「つくし・・俺が欲しいか?」
欲しいだなんて言えるわけないか。
だが、互いに恋人として受け入れた今、欲しいと言って欲しい。
その口から俺が欲しいと言ってくれ。
ためらいと恥ずかしさとが重なりあった行為だが、互いの鼓動を重ね、心を重ねたい。
「なあ?欲しい?」
「どうみょじが・・欲しい・・の・・」
この手に馴染む黒髪の重さと美しさも、この白い肌も、全てが自分のものだと思えば、決して傷つけることは出来ないと心に誓った。
そしてもちろん、心も決して傷つけないと。
だが、この一瞬だけは、傷つけない訳にはいかない。
俺のものになってくれ、つくし。
小さな体をベッドに縫い付け、熱く濡れた泉の最奥へと己の体を突き入れた。
初めての抵抗を感じたが、鉾先を引き抜くことは決して出来ない。
すがり付き、声を上げ、求めて欲しい。
ただ俺だけを。
「思いっきり抱きつくんだ」
血が滲むほどきつく抱きついてくれ。
小さな爪あとは、奪う純潔の痛みの代償だから。
やがて恍惚の表情を浮かべ、体を硬直させた瞬間、司はこらえていたものを愛する人の体へと一気に注ぎ込んだ。
司は暫く身じろぎが出来なかったが、やがて体を起こすと、つくしの顔を見下ろした。
汗で濡れた髪を顔から払いのけてやると、大きな目を見開いて司を見つめていた。
「つくし。ありがとう。俺は最高の女から最高の贈り物をもらった」
愛する人がいて、愛することが出来る幸せに気付いた男は今、一番幸せだった。

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ち*こ様
二人やっと結ばれましたね。
大人の司ですので、初めてのつくしちゃんをスマートに導いてくれたのではないかと思います^^
拍手コメント有難うございました^^
二人やっと結ばれましたね。
大人の司ですので、初めてのつくしちゃんをスマートに導いてくれたのではないかと思います^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.23 20:07 | 編集

co**y様
庇護欲を掻き立てられた坊ちゃん。
幸せな瞬間でしょうねぇ(笑)もちろん優しく奪ったに決まってます。
色々と技巧もあると思いますが、初めてですので優しく、優しくです。
羨ましいですね~つくしちゃん^^
コメント有難うございました^^
庇護欲を掻き立てられた坊ちゃん。
幸せな瞬間でしょうねぇ(笑)もちろん優しく奪ったに決まってます。
色々と技巧もあると思いますが、初めてですので優しく、優しくです。
羨ましいですね~つくしちゃん^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.23 20:13 | 編集

司×**OVE様
こんにちは^^
脱処*。おめでとう!
司もつくしともっと早く出会っていたら、水長ジュンなんかとつき合わずに愛に目覚めていたはずです(笑)
二人でどんな朝を迎えたのでしょうね!今まで女性と朝を迎えたことのない司。
抱きしめて眠ったに違いありません。羨ましい限りです。
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
脱処*。おめでとう!
司もつくしともっと早く出会っていたら、水長ジュンなんかとつき合わずに愛に目覚めていたはずです(笑)
二人でどんな朝を迎えたのでしょうね!今まで女性と朝を迎えたことのない司。
抱きしめて眠ったに違いありません。羨ましい限りです。
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.23 20:18 | 編集

サ*ラ様
こんにちは^^
遂に結ばれた二人。長い道のりでしたね。二人の距離はこれでゼロですね?
経験豊富な大人の司。手ほどきはこれからでしょうねぇ(笑)
「金持ちの御曹司」の二人のお初?そうですね・・書いていませんでしたね。
4年間妄想と右手で耐えた坊ちゃん(笑)!
初めてのとき、さて。坊ちゃん語ってくれるでしょうか・・(笑)
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
遂に結ばれた二人。長い道のりでしたね。二人の距離はこれでゼロですね?
経験豊富な大人の司。手ほどきはこれからでしょうねぇ(笑)
「金持ちの御曹司」の二人のお初?そうですね・・書いていませんでしたね。
4年間妄想と右手で耐えた坊ちゃん(笑)!
初めてのとき、さて。坊ちゃん語ってくれるでしょうか・・(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.23 20:24 | 編集
