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2016
10.19

恋人までのディスタンス 51

結局ことは簡単に解決した。
レンジャー部隊にいた男達は電動カッターを作動させると、キーンという高い金属音を響かせながらボイラー室のドアの解体に取り掛かっていた。

ドアが蝶番から全て外されたとき、ボイラー室にいたのは水長ジュンと牧野つくしだ。
ひとりは椅子から立ち上った姿勢で、もうひとりはコンクリートの床に座った状態だった。

「牧野っ!」

水長ジュンが何をしたかは一目瞭然だ。
つくしの口にはガムテープが貼られ、手には手錠がはめられ、濃紺のスーツは床の埃にまみれ白く汚れていた。そして顔には殴られたと思われる手の跡が赤く残っていた。

「てめぇ!」

司の動きは早かった。
女に飛びかかり、パーンと強い音がして頬をひっぱたくと、頭を大きく後ろにのけぞらせていた。そして片手で女の首を締めあげた。

「ウッ・・」

「おまえ何やったかわかってんのか!」

ギリギリと締めあげる手は女の細い首に食い込んでいた。

「何やったかわかってるのかって聞いてんだよ!このクソ女っ!」

司の手に力が加わったのか、喉の奥からは呻きとも喘ぎともいえない音がした。
女の爪先は床から持ち上がり、手は喉の圧迫を引き離そうと司の腕にかかっているが、やがて力がはいらなくなったのか、だらりと垂れ下がった。
先ほどまで赤みを帯びていた顔は蒼白に色を変えていた。

「支社長、もうおやめください。それ以上そのままでいると脳に酸素が送られなくなります」

「そうか。脳に酸素が行かなきゃ死んじまうか?」

その声には過去の司の残酷な一面が現れていた。面白がるようで、いたぶるようで、聞いているだけで身震いがするような声だ。まさに無軌道だった少年時代を思い出させた。

「いえ。すぐには死亡しませんが、その状態が長ければ長いほど、低酸素脳症で脳に障害が残る恐れがあります」

「どんなんだ?」

「はい。後遺症として判断力は低下し、運動機能の低下も見られますし、注意力が散漫になりますので日常の生活に支障が出るようになります。簡単なことも自分ひとりでは出来なくなる恐れもあるかと」

かつて陸上自衛隊の衛生科にいた男の言葉は事実だけを伝えていた。

「そうか。あと何分でそうなる?」

「もうそろそろ限界ですので、おやめ下さい」

だが司の手は女の首を締め付けるばかりで、止めようとはしなかった。
その光景は彼の荒んだ少年時代を彷彿とさせた。喧嘩を繰り返し、何人かの人間を平気で病院送りにしていた英徳学園のリーダー、道明寺司の姿だ。

「司、もういいだろ?止めろ。手を放せ!」

「そうだぞ。いくら何をしても構わねぇってお墨付きを貰ってるからって、おまえはもう高校生じゃねぇんだから、そのへんで止めとけ!司、冷静になれ!それにおまえが今気にしなきゃいけねぇのは牧野つくしだろ?」

司の背後にいる二人の男は諭すように言った。
この部屋はボイラー装置の運転音以外はせず、その場にいる人間は息を殺して司を見ていた。

司がようやく手を緩めると、水長ジュンの体がゆっくりと下に沈み込んだ。

「おっと・・」

その体を慌てて支えたのはあきらだ。意識を失った女の体は重かったが、頭が床に叩きつけられることだけは防いだようだ。司はそんな女を一瞥するとつくしの傍にしゃがみ込んだ。
が、手首には銀色の手枷がされている。

「クソッ!手錠の鍵はどこだ!」
誰に言うでもなく言った。
「おい、司!これだ!」

あきらが水長の上着のポケットから取り出した鍵を渡すと、すぐに解錠した。そして口に貼られていたガムテープをゆっくりと剥がしていた。

「牧野、痛いかもしれねぇが我慢しろよ?」
目でわかったと合図があった。

「・・っはぁ・・」
ガムテープを剝がすと、喉の奥から小さく息が吐き出された。

「深呼吸しろ。牧野ゆっくりだ。ゆっくりしろ」

傍らに膝をついたまま背中を優しくさすった。その行為に安心したのか、体は司の手にもたれかかって来た。まさに緊張の糸が切れたといった感じだ。

「牧野様。大丈夫です。大きく息を吸ってゆっくりと吐いて下さい」

医療鞄を手にした男は司の傍に来ると、ミネラルウォーターのボトルを差し出した。

「ここは湿度が高いですから、水分不足になっている可能性があります。飲ませてあげて下さい」

つくしは口を大きく開け呼吸が出来るようになると、肩を上下しながらリズムを整えていた。

「牧野?大丈夫か?俺だ。道明寺司だ」

ウンウンと首を縦にふるつくしは、水を目にすると飲みたいとばかりに手を伸ばしていた。 
だが力が入らないのか、掴み損ねていた。すると目で何かを訴えるように司を見た。

「俺が飲ませてやるよ」

片手はつくしの背中にまわしたまま、歯を立てボトルの蓋をねじ廻すと吐き捨てた。
司はボトルを傾けるとつくしの口元に沿わせたが、力の入らないつくしの手はボトルを持つことが出来ず苦労していた。
すると司は、自らの口にボトルを運び、水を満たすとつくしの口へと近づけた。

ゴクリ。

と、嚥下した。

初めは躊躇していたつくしだが、死ぬほど喉が渇いていたらしく、司の口によって何度も運ばれてくる水を飲み尽くしていた。

「ど、どうみょうじっ・・あ、ありがとう」

潤いを取り戻した喉から発せられた言葉は、心の底からの感謝の声だ。
ついさっきまで水長ジュンを見ていた男の冷たい目は、今では温かみが溢れる目へと変わっていた。




「おいおい。どうなってんだこいつら?ひと前で堂々とキスしてるぞ!」

総二郎の声に我にかえったつくしは司の腕の中でもがきだした。

「牧野ちゃん、今頃我に返ったのか?俺らさっきから二人のラブシーン見せつけられっぱなしだけどな?」

「なんだ?おまえらまだいたのか?」

「まだいたのかじゃねえよ!司、どうすんだよ?この女は!」

あきらは水長ジュンを抱えたままでその場にいた。

「そんな女いらねぇよ。東京湾に沈めたって構わねぇくれぇだ」

「司、おまえマジで言ってんのか?もうガキじゃねぇんだからもっと他の方法考えろよ?」
「そうだぞ。おまえが言うと洒落にならねぇから止めろ」

生まれながらに富と美貌を備えた男はかつて他人の命はどうでもいいという男だった。

「おい。岸田。おまえが責任を持ってこの女を国外へ連れて行け。話しは付けてある」

岸田と呼ばれた男はあきらの腕から水長ジュンを受け取ると、他の男達とボイラー室を後にした。

「で、牧野ちゃんはこれからどうすんだよ?」
「ああ。これからうちへ連れて帰る」
「え?で、でもあの・・」
「でもも、あのもねぇ」
司はつくしの言葉を遮った。
「俺はおまえの男だろ?悪いが今夜はおまえの意見は聞けねぇからな」

司はつくし体を軽々と抱き上げると言った。
「あきら、総二郎付き合わせて悪かったな。おまえらがいなかったらあの女、絞め殺してたかもしれねぇ」

と笑う男の顔はつくしが無事だったことにホッとしていた。

司は顔を近づけ、再びキスをするとその体をきつく抱きしめていた。






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コメント
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dot 2016.10.19 13:20 | 編集
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dot 2016.10.19 16:58 | 編集
子持**マ様
司、つくしへの思いがこんなに強かったなんて!
水長ジュンを絞めながらも、状態を理解する余裕があるところが高校時代とは違うようです(笑)
しかし、寸前で止めることが出来るとは、なんて恐ろしい男でしょう・・
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.19 21:41 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
水長ジュンは司とは一言も話す事ができませんでした。
恐ろしいことに司は高校時代の凶暴さを隠し持っていたようです。
つくしちゃんに対する水長ジュンの行為がきっかけとなって再び・・のようです。
手加減無かったですねぇ^^寸前まで行きましたが、そこはなんとか踏みとどまりました。
総二郎とあきらがいなかったら大変なことになっていたかもしれませんね。
今夜は・・どうでしょうか?頬が腫れて痛々しいと思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.19 21:52 | 編集
サ*ラ様
こんにちは^^
つくしちゃんご無事で何よりです。
水長ジュンは父親のいる国に送還?されようとしています。
スウェーデンの王子と釣り友の司。交友関係は広い彼です。
金持ちネットワークは我々の知らぬところで繋がっています。
ひと前で口移しで水を飲ませる司。(/ω\)
つくしも水欲しさに夢中だったかもしれませんね?
今度こそ、添い寝?!お風呂?
さて坊っちゃん、どうするのでしょうか・・
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.19 22:01 | 編集
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