fc2ブログ
2016
10.15

恋人までのディスタンス 48

雨の金曜日。
つくしは一組の夫婦をマンションに案内した帰りだった。
地方都市から上京して来た年配の夫婦の妻は、目を輝かせ楽しそうに見学していた。
定年退職をした夫と共に、娘夫婦が住むこの地への転居を決めたのは、自分たちの老後のことを考えた末に決めたとのことだった。マンション購入費用は、今まで暮らしていた家の売却金と退職金を充てるという話だ。


ひとり娘が住むという街で第二の人生を過ごすことを早々に決断したのは、娘の為でもあり、自分たちの為でもあった。もしこの先介護を受けるようなことになれば、娘が度々帰省してくることにかかる手間と費用を考えたからだと話しを聞いた。

「牧野さん。どうもありがとう。あのマンションなら娘の家にも近いし、病院もスーパーも近くにあるから助かるわ」
「そうだな。足腰が悪くなってもあの距離なら歩いてでも買い物に行けるぞ」
「あなた。足腰が悪くならないように運動しないとダメよ。大体あなたは運動不足なのよ?それから糖尿病にならないように気を付けなきゃね?予備軍だって言われてるんだから」

近い未来を想像している夫婦は、案内したマンションを気に入ったと思われた。
年を重ねた仲の良い夫婦の姿は見ていて微笑ましいものがある。

「ねえ、それより牧野さん?この辺りでお勧めのお菓子屋さんはないかしら?娘のところに行くのに何か買って行こうと思うの。あの子、昔から甘いものには目がなくてね?」
夫人は微笑むと夫に話しかけた。
「やっぱりケーキがいいわよね?」

ああ。それがいい、と同意をする夫は恐らく妻の言うことに反対をしたことがないだろう。
つくしの接客経験から言わせれば、財布の紐を握っている方が強いという訳ではなかった。
恐らくこの夫婦の場合は夫の権限の方が大きく、財布を管理しているのは夫だ。だが敢えて妻に権限を持たせるという形をとっている。心の広い夫は自分の手のひらの上なら妻が好きなようにすればいい、そんな考えの持ち主なのだろう。
そんな夫だから妻がひと言、気に入ったわ。と口にすればあのマンションの部屋は売れるはずだ。

この夫婦は恋愛結婚だろうか。
何十年という年月を重ねた二人には阿吽の呼吸というものがあるのか、それとも互いに感じられるものがあるのか、すべてを口にすることなく意思の疎通が図られることがあるように感じられた。
そんな夫婦の会話を耳にしながら、つくしは自分がこの夫婦の年齢になった時のことを思い浮かべていた。

そのとき、果たして一緒にいるのは誰なのか・・
若い頃はそんなことは考えなかったが、年を重ねるごとに現実というものが見えてくるものだ。



緩やかな坂道があるここは、ケヤキ並木の景観を壊すことなく美しい街並みが続いていた。
近くに大きな病院もあり商業施設もある人気の地区だ。そんな街に傘をさした多くの人が行き交うのは当然と言えば当然なのかもしれない。
平日でもこの人出だ。土日、祝日ともなればもっと大勢の人間で賑わうことだろう。
すれ違うたび、傘の端が触れ合うのも仕方がないことで、その度に雨がつくしの肩を濡らしていた。

そんな坂道を上りながら左側のショーウィンドーに写る歩く自分の姿に目を移した。
地味な傘にビジネススーツの30過ぎた女。
髪は黒く真っ直ぐで、だが今は仕事用にひとつに束ねられている。
手にしたビジネスバッグには案内したマンションについての資料が入っていた。
つくしはある店の前で立ち止まると、ウィンドー越しに中を眺めた。自分の姿を写すガラス窓は近づけば、その姿を写すことはなかった。

ショーウィンドーの店は宝飾店。
路面店らしく、通行人にも見てもらえるように窓際に並べられたネックレスに目が行った。
それはあのパーティーで身に付けたものとは違ってごく一般的な価格のものだ。
そうだ。この店はつくしの年頃のボーナスでも買えるような価格の宝飾品が数多く飾られている。
あの日身に付けた物と比べるなんてことは出来ないが、そこに並んでいる物の方が彼女には似合うはずだ。

あの宝石は当然だが道明寺に返した。なにしろ管理ができないことが第一にあげられる。
ニューヨークの高級宝飾店の箱に収められていたのだから、どちらにしても高価なものに違いはない。いくら保険が掛けてあるとはいえ、あんな物を一日中留守にしている自宅になど置いておくことは出来ないからだ。
あの時はただ借り物として身に付けていただけだと、受け取ることを拒否したつくしにムッとした顔の男がいたことだけは確かだ。

好きな女にプレゼントをして何が悪い。
そんな言葉がしょっちゅう口をついているが、受け取るにも限度がある。贈り物は金額の問題ではなく、どれだけ気持ちが込められているかによる。さっきの夫婦のように娘にケーキでも買って行こうかという程度でいいものを、恐らく道明寺はそれと同じような感覚でダイヤモンドのネックレスをプレゼントするのだろう。やはりあの男の感覚はつくしとはかけ離れていた。

あの夫婦の間に流れる空気は決して夫からの一方通行の流れではなかった。
彼らの年代から言えば、夫唱婦随と言う言葉が当てはまるのかもしれないが、あの夫婦はその逆なのかもしれない。と、なると、妻が唱えて夫が従う。となるが。
いや、違う。あの夫婦はそんな言葉など関係なく立場は対等なはずだ。何故かそう感じていた。

もし、あたしと道明寺が結婚したらどうなるのだろう?
つくしにしてみれば、あくまでも立場は対等でいたい。そう考えるのは無理なのだろうか?
それに与えられるだけの関係でも、与えるだけの関係でもいたくない。

そんなつくしが司にプレゼント出来るものは決まっていたが、あの日は受け取ってもらえなかった。

つくしは覗き込むようにしてウィンドーの中を見ていたが、後ろから声をかけて来た人物の顔をガラス越しに認めると振り返っていた。








***










司が3回目の呼び出し音で携帯電話を掴んで出た相手は西門総二郎だ。これからまた暫く海外だからと言って司を訪ねて来たのは夕方5時を回ってからだった。
男は執務室に入ってくると、応接ソファにドカッと腰を下ろしていた。


「なあ、司。あの女と会ったんだよな?」
いきなり切り出されたのは、水長ジュンのことだ。

「ああ。俺は会うつもりはなかったが、あきらの所で会う羽目になっちまった」
「そうか・・」
総二郎は大きく息をついた。
「なんだよ?なんかあるのか?」
「いや。実はあの水長ジュンって女だけどな、おまえが言ってた例の演出家って男、どうやら逃げたらしいぞ?」
「どういう意味だ?」
「水長ジュンの主演だった舞台だが、その演出家が舞台の資金を持って逃げたって話しだ」

司は無言で総二郎を見返した。


司には気になった。
どうも嫌な気分だ。
まさかとは思うが、あの女が何かするのではないかという気がした。
それも牧野つくしに対して。
そう思うともうじっとはしていられない。

「総二郎、あの女の今について他に知ってることがあるなら教えてくれ」

総二郎は聞かれることは承知の上だったらしく、話を始めた。

「ああ。水長ジュンはおまえも知ってるとおり、父親は北欧出身だが今は向うで暮らしている。国はスウェーデンだ」

「おい。いったい何が言いたいんだ?」

「まあ、落ち着け。いいか?水長ジュンは演出家が金持って逃げたせいで自分が主演するはずの舞台が中止になったが、本人もいなくなった。つまり、姿をくらましたらしいってことだ。父親の元に現れてないことは確認出来ているらしい。出国したかどうかまでは、流石に調べられねぇから定かじゃねぇけどな。まあ、おまえなら調べることは出来ると思うぞ?」

確かに道明寺財閥の力を持ってすれば、外務省関係筋から情報を手に入れることは簡単だ。
それに行方を突き止めることも出来るはずだ。

「それからこのことはまだマスコミには漏れてない。情報の出所はうちに稽古に来ている芸能人相手のヘアメークをしてる人間だ。なんでも主演舞台が潰れちまって相当なショックだったんじゃねぇかって話しで、表向きは自宅で臥せってるってことらしいが、どうやらそれは違うらしい。何しろマネージャーすら連絡が取れねぇって話しだからな。とにかく水長ジュンもいなくなったってことで、演出家と金持って失踪かって話しになってるらしい」

「総二郎、ちょっと待ってくれ」

司は話しを制すると、携帯電話に登録されているつくしの番号をコールした。だが牧野つくしの声を聞く事は出来ず、切電されているか、電波が届かない場所にいるとアナウンスが流れていた。
するとデスクの上の受話器を取っていた。

「俺だ。至急牧野つくしの居場所を確認しろ。オフィスにいるのか、それとも外にいるのか調べろ・・ああ・・大至急だ」

「なんだよ?司?好きな女に警護は付けてなかったのか?」

司にしてみれば、本当は付けたかった。
いつもなら冷静な計算のうえに成り立つはずの日常だが、牧野つくしと出会ってからは、そんな日常はとっくに消えていた。
彼とつき合うということは、身辺警護の必要があるということが理解してもらえず、すげなく拒否されていた。それを受け入れてしまった自分に否があることは否めなかった。

「嫌がるんだよ。あの女。クライアント相手の仕事で物件案内してるときに人相が悪い男にウロウロされるのが嫌なんだと」

「何だよ?司はもう牧野つくしの言いなりか?」

「ああ。そうだ。好きな女だけど、どうもあいつのあのデカい瞳で見つめられると言うがままになっちまうし、手ぇ出すには迷っちまう始末だ」

司は椅子にもたれかかり、ため息をついた。
あきらにもだが、総二郎にも進んで打ち明けることが出来るというのは、司が心の底から好きだと思っているからだろう。

「おまえ、それ相当惚れてるな。まさか司のそんな態度を目にすることになるとは思わなかったぞ」
「あきらにも似た様なことを言われた。俺はあいつの慎重な態度っていうのか、それを目の当たりにすると、どうも調子が出ねぇ」

「慎重な態度ってなんだよ、それ?」
総二郎はコーヒーがテーブルに運ばれて来ると、ひと息ついていた。

「なあ、司。それよりおまえあの女と会ったとき、金出してくれとか言われたんじゃねぇのか?あきらから聞いたが、水長ジュンはおまえに会いたがっていたが、どっか切羽詰まってたらしいって言ってたぞ?」

「ああ。舞台の資金だろ?あの女が俺に会いたがったのもそのせいだ。けど、なんで俺があの女のために金を出す必要がある?」

「まあ、それはもっともな話だよな。おまえとあの女の関係はもうとっくに切れてるんだからな。それにしても司。遊び相手ならもう少しまともな女を選んだ方が良かったんじゃねぇのか?」

そのとき、デスクの電話が鳴った。
二人の男は一瞬、顔を見合わせると頷き合っていた。この電話の内容如何によっては、これから取るべき行動が違うからだ。

司は真剣に耳を傾けていた。
「・・ああ。・・わかった」
「どうした?牧野つくしになんかあったのか?」
総二郎は身を乗り出していた。

司は受話器を置くと、総二郎に鋭い視線を向けた。

「クライアントの夫婦を案内したあと、まだ帰って来てない」







にほんブログ村

人気ブログランキングへ

応援有難うございます。
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.10.15 12:16 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.10.15 19:06 | 編集
子持**マ様
雨の金曜日。
ちょっと雲行きが怪しくなってきましたね・・
早くなんとかしなければ・・
つくしちゃん、どこに消えたんでしょうか心配です。
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.10.15 22:40 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
水長ジュン。しぶといですねぇ。
つくし、ピンチです!司、早くなんとかして下さい!
本当ですね、遊び相手もちゃんと選らばないからこんなことになるんです(笑)
でも、これからはつくしちゃんだけです。過去の女は・・もう出て来ないはずです。
これからは、ボディーガードが付くことは間違いないと思います^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.15 22:47 | 編集
ち*こ様
つくしちゃんの身に何か起きたのでしょうか・・
これから坊ちゃんに活躍してもらいたいですね。
坊っちゃんの腕の見せ所です!
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.15 22:51 | 編集
co**y様
こんばんは^^
年配夫婦を案内して結婚について考えてしまったつくしちゃん。
坊っちゃんと結婚を考えているのでしょうか・・
ですが、雲行きが怪しくなって来ました!
つくしちゃんピンチ!!坊ちゃん、早くなんとかして下さい!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.15 22:55 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top