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2016
10.13

恋人までのディスタンス 46

あれからの司の振る舞いは、先ほどとは違って紳士的だった。

水長ジュンの登場に道明寺司の前の女と今の女との対決かと一触即発を期待した客も多かったはずだろう。だが司の振る舞いは至って普通だった。
女が騒ぎ立てることを期待していた客たちは、その光景に肩透かしを食らっていた。

なぜ水長ジュンをあのまま帰したのか。
誰もがそう思っただろう。何しろ道明寺司に対してかなり挑戦的な態度だったからだ。
だが、それは彼なりに理由があったはずだ。
それは、つくしとの恋をスキャンダルにまみれたものにしたくなかったからだ。
何しろ相手は女優だ。司は世間の反応には慣れているが、牧野つくしはそうではない。
彼が別れた女の相手をする必要がない、気にかける必要がないとしても、はっきりと言っておく必要があった。だが、大勢の人間の前で女を侮辱することによって牧野つくしに要らぬ火の粉が降りかかることは避けたかったはずだ。




司はつくしの背後に回ると腰に両腕をまわしそのまま自分の方に引き寄せた。
あたしにも一杯ちょうだいと言っていたつくしは、緊張のためか、その一杯だけで酔いが回っていた。やがて足もとがおぼつかなくなり、司はふらりとした体を支えていた。
そんなつくしをいつまでもパーティー会場に引き留めておく気は司には無く、総二郎に断りを入れるとつくしを自宅まで送ることにした。

だがその去り際、酒に酔ったひとりの男が二人の前に立ちはだかった。

「あんた、さっき出てった女の方があんたには似合いだぞ?あんなセクシーな女とやれるなんて最高だろ?」

次の瞬間、司はそれまで漂わせていた威圧感そのままに、男の顔に拳を見舞った。
遠慮のない酔っ払いにはまさに目玉が飛び出るほどの強烈なパンチだったはずだ。
殴られた男は、勢い余って後ろのテーブルまで体が吹き飛んでいた。

「俺に似合いの女はこの女だ。あんな雌猫なんかじゃねぇよ」

男に向かって吐き捨てると、意識的につくしの手をギュッと握りしめた。
司の言葉は、牧野つくしを自分の女だと宣言したようなもので、その言葉を耳にした連中は、間違いなく彼の言葉を他の人間に伝えるはずだ。そして司の行動の意味はここにいる人間には充分伝わったはずだ。
そして殴られた酔っ払いの男は、後で誰かから殴られた理由を聞かされ青くなるはずだ。
何しろ道明寺司の女を侮辱したのだから。


牧野つくしの顔には驚きの表情しか浮かんではいなかったが、心無い言葉に動揺したのは間違いない。この場所にいれば自ずと人の視線を浴びることは間違いなく、部屋の反対側にいる人間でさえ司たちの方を見ている始末だ。いつまでもそんな状況に牧野を置いておくのは決していいとは言えないはずだ。ゴシップ好きな連中の中にいることは司にとってはどうでもいいことだが、牧野つくしにとっては違うはずだ。


司はつくしが水長ジュンの訪問を自分に話さなかった理由を尋ねはしなかった。
だがもしあの女の口から告げられなければ、知ることもなく、それっきりになっていたかもしれない。
確かに水長ジュンのことは過去の話で、今は関係のないことだ。
そのことを牧野も口にはしない。過去の出来事を聞いたとしても変わるわけでもない。それに牧野にしてもプライドというものがあり、自分の男が過去にどんな女とつき合っていたかなど、聞きたくもないだろう。

決して恋愛をゲームだと考えているわけではなかったが、司の今までの女性遍歴の中で真剣につき合った女はいなかった。だがおまえはそんな女じゃない。それだけははっきりと伝えるつもりだ。

パーティー会場ではあきらが出て行ったあと、総二郎と三人での会話となったが、牧野は男二人の会話に耳を傾けながら、時折笑顔を向けるが頷いていることの方が多かったはずだ。
そしてそのまま会話のない状態で車に乗り込んだが、司はつくしと話しをしたかった。
他の女が隣にいたとすれば、沈黙を歓迎したはずだが、彼はつくしの喋る姿が好きだった。
背の低い女が彼の前で一生懸命に話す姿を目にする度に、可愛らしいと思う気持ちが湧き上がって来ていたからだ。

いい加減、沈黙にもうんざりしてくると司は聞いた。

「パーティーはどうだ?楽しめたか?いや。あの女のせいで楽しめるわけねぇよな」
つくしの沈黙は彼の言葉に同意したものだと理解した。
「悪かったな。あの女が来たせいであんなことになっちまって」

あんなこと_

酔っ払いを殴り倒したことだろうか?いや。そうではない。司が言いたいのはつくしに嫌な思いをさせたことだ。
司は隣に座るつくしの手を握った。

「あの水長ジュンは俺が以前つき合ってた女だ。嘘でも何でもねぇ本当の話だ」
司はこの状況を利用して、つくしに水長ジュンのことを話すことにした。

「男ってのは人間としての好き嫌いは別にして、相手が自分にとってたいした意味を持つ人間じゃなくても欲しい時がある。言い変えれば都合のいい人間だ。まあおまえも分かってると思うが、男には男の生理がある。恋だの愛だの関係なく欲しい時もあるからな」
司は肩を軽くすくめた。
「俺があの女と付き合ったのも、そんな理由があったからだ。お互いに都合のいい男と女の関係でいればいいなんてことで、関係を持った。別にあの女の見てくれがいいからつき合った訳じゃねぇし、愛してる訳でもなかった。俺にとってはどうでもいい女だったが、そうだな。はっきり言わせてもらえば都合のいい女以外の立場にはなかった女だ」

20秒ほどの沈黙を挟んでつくしは口を開いた。

「・・ど、どうして別れたの?」
「ああ・・。あの女、段々と図々しい女になってきた。俺の怒りを買うようなことをするまでは、傍に置いておいたが・・」
「怒りって?」
「あの女、言うに事を欠いて結婚しろなんて話しを持ち出して来た」

つくしは内心怯んでいた。
自分が知りたいと思っていたことをずばり言われたからだ。30を過ぎた男と女がつき合うということは、当然だが結婚というものを視野に入れてつき合い始めるものだ。
だが、相手は道明寺司だ。望めばいつでも結婚することも出来るはずだ。例え愛がなくてもそれは可能なはずだろう。今の世の中でも戦略的な婚姻関係を結ぶ大企業は多い。
それは相手が政治家の娘であったり、銀行家の娘であったり、企業家の娘でもあるはずだ。
それに対してつくしはただの会社員の娘で、自分も平凡な会社員だ。特筆すべきことなど何もない。

つくしはそんなことをぼんやりと考え始めると、会話はそこで途切れてしまった。
パーティーでは、水長ジュンに与えられた強烈な印象に戸惑ったが、あの時の道明寺はあたしは彼のものだと言わんばかりにしっかりと手を繋がれていた。そのことに深い意味があるのだろうか?

二人が乗った車が信号で停止したとき、急ブレーキの音と共に後続車が彼らの車に追突した。
瞬間、つくしは体が投げ出され、額を前方、運転手との仕切りであるガラス窓にぶつけて短い悲鳴をあげた。後部座席もシートベルト義務化ではあるが、二人は装着していなかった。そんな無防備な状態での追突ではあったが、幸いにも相手の車のスピードは大して出ていなかったようだ。だがいくら二人が乗った車の性能がよく、衝撃に耐えられるとはいえ停車中の車への追突はかなりの衝撃があったはずだ。


「おい牧野!大丈夫か?」

幸い司は一瞬の判断でガラスに手をつき頭をぶつけることはなかったが、隣に座っていたつくしは思いっきり頭をぶつけたようだ。
ぶつけたとき、「ゴン」という鈍い音がしていた。強化ガラスだったから良かったものの、そうでなければ頭でガラス窓を割っていたかもしれない。

すでに運転手は車の外に出て追突してきた車の運転手と話しをしていた。
そして当然だが、助手席から降りて来たボディーガードと思われる人間が車のドアをノックすると開いた。

「支社長。お怪我はございませんか?」
「ああ。俺は問題ない」
司は言うと再びつくしに問いかけた。

「牧野?おい?大丈夫か?」
「えっ?」
呼びかけに反応したがつくしの視線は定まらなかった。
「おまえ、思いっきり頭をぶつけたみてぇだけど大丈夫か? 」
聞かれたつくしは反応が鈍かった。
「頭がくらくらする・・それに・・」
頭がずきずきと痛んでいた。それに眩暈もしてきた。
つくしは弱々しく答えた。
「頭がぼんやりしてる・・」
つくしは思ったよりも、したたかに打ちつけた額を手で触った。
「いっ・・たっ・・」

恐らくそこにはたんこぶが出来るはずだ。すでにその兆候は見え始めていた。

「大丈夫か?顔が青いな。牧野いいか?すぐに病院に行くぞ」

司は痛そうに額を触るつくしの姿を心配していた。
そんな彼の姿は今まで目にしたことがなかったはずだ。
救急車を呼ぶと言ったが、つくしはそこまでする必要はない。大丈夫だと断ると小さな声で呟いていた。

「・・の。」
「なんだ?」
声が小さくてよく聞こえなかった。
「だから、西門さんに言われたの。君は自分を過小評価しているって・・」
司は言葉が出るまで一瞬の間があいた。
「総二郎が?そんなこと言ったんか?」
「う・・ん。道明寺司という男は女に対して残酷な面もある男だが、あたしには違うって。だからあんな女のことは気にすることないって言われたの」

司はつくしの手を取り、手のひらにキスをした。

「あたり前だろう?俺はおまえが好きなんだから」

つくしは取られた手を取り戻そうとはしなかった。

「でも、道明寺は一生自由でいたいんでしょ?・・でも違うわよね」
つくしは軽く首を振ったが、ぶつけた頭が痛んだ。
「結婚なんて考えてもないんじゃなくて、相手の女性を選ぶのよね?あたしとつき合い始めたのは・・こんな女がただ珍しかっただけなんじゃないの?あたしさっきのパーティーでなんて間抜けなんだろうって思った。水長さんじゃなくても素敵な女性が沢山いた。それにこのドレスだって、今まで着ていた黒のドレスの方がよっぽど落ち着けると思った」

黒いドレス。
それはつくしが司に近づこうとしていたパーティーでいつも着ていたドレスのことだ。

司はつくしの言いたいことは分かっていた。
それはドレスの事なんかじゃない。飾り立てられた自分の立場に不安を覚えたからだ。
いつもの自分じゃない自分に戸惑いを隠せなかったからだ。
牧野つくしは、牧野つくしらしさというものがあるからだ。それは決して表面的な美しさでも、人工的な美しさでもない。自分というものを持った人間だけが持つ内なる美しさというものだ。それは信念でもあり、心根の優しさでもあるはずだ。

「俺は群がって来る女どもには興味がない。いかに自分を美しく見せるかを競うような女にも興味がない。地に足を着けて生活しているおまえが好きだからな。俺の頭には俺のプランがある。それをいちいち他人に説明するつもりはないが、俺はおまえとのつき合いの先には未来が見える気がする。だから余計なことは考えるな。それより病院に行くぞ」

どんな未来が見えているというのだろうか。
つくしは気になったが聞けなかった。

「あの・・大丈夫だから・・酷くなるなら自分で病院に行くから・・」
「おまえが自分の足で病院に行くとは思えねぇ。いいから黙って俺と病院に行くぞ」
尊大な態度だが、そこには優しさが感じられた。
「ご、ごめんね・・」
「おまえが謝ることじゃねぇだろ?何を謝ってるんだか知らねぇけど、追突して来た車が悪いんだから心配するな。事故の処理は運転手がやるんだし俺たちは別の車で病院に行けばいい。それまで横になってろ」

司は隣に座るつくしの両脚を座席にひょいと乗せると、彼女の頭を自分の膝の上に乗せた。
額にはすでにうっすらだが、打撲とも言える小さなたんこぶが出来ているのがわかった。

「目、つぶれよ。そんなに俺の顔をじろじろ見てたらここで襲っちまうぞ?」

気づけばつくしは司の顔をじっと見上げたままでいた。車の中で襲うぞと言われ、驚いたつくしは、慌てて目を閉じていた。








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コメント
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dot 2016.10.13 14:24 | 編集
子持**マ様
水長ジュンは・・プライドが傷付き女優としての面目を潰された感じがします。まだ彼女は何かを考えているような気がします。さて、司はどうするのでしょうか・・^^
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.10.13 22:40 | 編集
ち*こ様
車の追突事故。何かのきっかけになるといいのですが。
まだ色々とありそうな気がします。ですが、二人の距離は随分と近づいて来たような気がします。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.13 22:43 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
司はつくしことになると容赦ない男になるようです。
大人の司は、色気がある男に育ったようで(笑)女性関係もそれなりですが、この女だ。と思うとそこからは一直線なのでしょうね(笑)
見えてる未来を話すべきでしょうか・・。男は得てしてなかなか言葉にしないこともあるので、どうなんでしょうねぇ。
つくしちゃんすぐ、ぐるぐる考えちゃうので困りますが、二人の間は確実に近くなって来ているはずです(笑)なかなかサッサと行かないのは、彼女の性格です。
つくしの頭の打ち所は、恐らく問題ないと思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.13 22:53 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.10.14 00:40 | 編集
マ**チ様
今晩は^^ご無沙汰しております。お元気で良かったです!ご体調が優れないのではと心配しておりました。
そうでしたか・・壊れてしまったのですね?キーボードが使用出来ないということは、パスワード付は読めなかったということですね?大人坊ちゃんの「Night of~」や「御曹司」などいかがでしたでしょうか?(´艸`*)色々と突っ込んで頂けたら・・など思っておりました。アカシアも先月修理に出しました。すると、故障の原因はメーカーの部品の不具合を起因とするもので、修理費用無料で最新のOSに生まれ変わってしまいました!ラッキーでした^^
水長ジュンにイライラ(笑)美人女優とおつき合いしていた司のあと始末が悪かったのでしょうか・・
そうなんです。マ**チ様がご無沙汰されている間に二人の心の距離は縮まりましたが、まだ大人の関係には至っておりません(笑)
ええ。マ**チ様のお越しをお待ちしながら・・もうひと山ありそうです(笑)
本日は金曜日ですね。夜更かし同盟健在ですね!こちらこそ、また楽しいお話を楽しみにしております!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.14 21:57 | 編集
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