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2016
10.12

恋人までのディスタンス 45

つくしはその場所で身動きが出来なかった。
パーティー会場の入り口に立っていたのは水長ジュン、その人だ。

この瞬間、つくしは水長ジュンとの違いを痛いほど感じることが出来た。相手は舞台で活躍する女優で華がある人物。一方のつくしは平凡な会社員だ。いくら着飾ってみても、普段着なれていないようなドレスがそう簡単につくしに馴染むとは思えなかった。なにしろこのパーティーの参加者の殆どは、週末はいつもこんなふうに着飾って過ごしていますと言う人間ばかりのはずだ。そんな中で身の丈に合わない分不相応なドレスでいることは、つくしにとって、いつもの自分でいる方が難しい状況を作り出していた。何しろ行儀作法に気を使いながら過ごさなければならないという意識が大きく働いていたからだ。

それに対して水長ジュンのドレスは、まるで第二の皮膚のように彼女の体にぴったりと張り付き曲線のすべてをさらけ出していた。
道明寺司と目が合ったのだろう。
わざと、ひと目を引くように人々の間をぬってこちらへと近づいて来る姿は艶やかだ。

彼女のロングドレスはまるで自身を表しているかのような赤い色のドレスだ。
情熱を感じさせる赤いドレスは、つくしと同じくオフショルダーだが、胸のあたりに切れ込みがあり、谷間を強調するような作りになっていた。栗色のウェーブがかかった髪は、やはりつくしと同じように頭頂部で纏められてはいるが、うなじや耳許にウェーブがかかった髪がこぼれていた。それはまるで意図していないようで、意図された演出のようにも感じられた。おくれ毛が感じさせる色気というのだろう。男性にとってある意味想像をかき立てるものがある。触れてみたい、その髪を自分の手でもっと乱してみたい。そんな気にさせられるはずだ。

それに彼女を見ればすぐにわかった。
彼女もこの世界の住人だということだ。つくしのように借りて来た猫ではなく、大勢の雄猫を惹き付けることの出来る成熟しきったメス猫だ。

ドレスと同じ真っ赤な口紅に同じく真っ赤なマニキュア。多くの女性が持つようなパーティー用の小さなバッグも持たず、まさに彼女の独り舞台ようにこちらに近づいてくる姿に、西門総二郎がゴクリと唾を飲んだのが感じられた。

おそらくこの会場の男性の視線はこの女性に注がれていることだろう。
そして誰もが皆この女性について考えていることは、ただひとつ。
道明寺司の昔の女。そして今、道明寺司と一緒にいるのは新しい女。
そんな女達がこの場所で顔を合わすなんて一見の価値がある。
もしかしたら凄い舞台を見ることが出来るかもしれない。そう思っているはずだ。

オーケストラの奏でる曲はヴィヴァルディの春だが、その曲が一気にショパンの革命に変わるのではないか。そんな気がするのは気のせいだろうか。まさに革命を思わせるような赤いドレスを着た女とブルーのドレスの女との対決なのだから。

「おい。司・・どうするんだよ?あの女」
「そうだぞ。おまえの前の女だぞ。なんでこのパーティーに来るんだよ?」

総二郎もあきらも他の客の視線が自分たちの方へ向いていることは気にしていなかったが、
つくしのことを思ってか、非難めいた口調で司に言った。
だが司はそんな二人を無視した。
その目は自分たちの方へ近づいてくる女に向けられていた。

あと数歩というところで、水長ジュンは立ち止まると笑顔を作った。
10センチ近くあるハイヒールを履き、目線は司の目線の高さに対峙するのにちょうど良い高さになっていた。

「司。久しぶりね。元気そうでなによりだわ」

司は表情を変えることはなかったが、その目は冷たく氷のようだ。
見る者を熱くさせるような視線のときもあるが、今の彼の目は見る者の姿を石に変えてしまうメデューサのようだ。

水長ジュンの狙いは道明寺司以外にないはずだが、つくしのことも忘れるはずがない。
彼女の視線はつくしを頭の先から爪先まで見下ろすように動いていた。その目は完全につくしを見下している。だがドレスの質を見極め、自分が身に付けている宝石との値段を推し量ろうとするかのようにつくしの胸元を眺めていた。

「牧野さんでしたわね。あの時はごめんなさいね。無駄な時間を使わせてしまったようで悪かったわ」

司はその言葉に反応を示すと、水長を睨んだ。

「いったいどういう意味だ?」

司は昔の女がどうしてこのパーティーに現れたのかという思いに駆られていたが、どうやら何か目的があってこの場所に現れたということに気づいた。

「あら。聞いてなかったの?実はわたし新しいマンションに移ろうかと思って不動産屋さんにお邪魔したの。だってあの部屋はあなたとの思い出が沢山あって辛いから。そこでそちらの方と知り合ったの。でもまさか牧野さんが司の知り合いだとは知らなかったわ」

「おまえ何言ってんだ?俺がいつおまえの部屋まで行ったって言うんだ?言っとくが俺はどの女の部屋にも足を踏み入れたことはねぇからな」

つくしは緊迫した雰囲気で会話を交わす二人の傍から離れようとした。だが、司はそんなつくしの肩に手を回すと自分の体にぴたりと沿わせていた。やがて片手はつくしの手を握り、もう片方の手は黒いスラックスのポケットの中に入れられていた。その態度は明らかに目の前にいる相手に対しての拒絶の姿勢だ。

つくしは司の顔に目をやった。
「それから言っておくが、俺はおまえとは別れたはずだ。今夜なんの用があってここに来たのかしらねぇけど、俺に何か用があるならさっさと言ってくれ」

「あら。随分冷たい言い方ね?」
「冷たいも何もないと思うが?」

司は片眉を上げ、離れようとしているつくしの手を力強く握って己の傍に留めた。
彼が日本いない間に水長ジュンが牧野つくしに会いに行ったということがわかったからだ。

牧野が水長ジュンに会ったことを言わなかったのには理由があったに違いない。
どんな理由があったか知らないが、これからはこの女には近づくなと警告しておかなければならない。まさかとは思うが、別れた女が自分の前まえでやって来て、牧野に何かするとは思えないがそれでも用心に越したことはないはずだ。


水長ジュン_


『 あなたが欲しがってるタイプの女はわたしみたいな女だと思うわ 』

そう言って魅力的なほほ笑みを浮かべた女。
司にとっての女は性的欲求を吐き出すためにいたようなもので、相手が美人と言われる女優であっても、そのことに重きを置いていたわけではなかった。
ただ単に都合がよかったからつき合っただけで、相手も同じような割り切り方をしていると思っていた。単なるセックスの相手としての互いの存在。それを世間ではつき合っているというなら、総二郎やあきらはどうなるというのか?

水長ジュンは再び笑顔を作った。

「わたしたち、もう一度つき合わない?」
「どういう意味だ?」
「文字通りよ。わたしたち、もう一度おつき合いしましょうよ?」
「なんでまたおまえとつき合わなきゃなんねぇんだよ?俺には今つき合ってる女がいる。それなのにおまえとつき合う理由があるなら教えてくれ。俺になんかメリットでもあるのか?」
「あら、理由なんて簡単よ?だってそんな子供みたいな人じゃ司には似合わないわ。口紅の色だって、ドレスの色だって司は赤い色が好きでしょ?」

水長ジュンは肩をすくめた。

「それに司はまだこの人と寝てないんでしょ?そんな女なんてあなたの傍にいる価値があるかしら?」
傍らのつくしの体が強張った。
その瞬間司はしっかりとつくしの手を握った。

「言葉に気をつけろ」
司は水長ジュンをじっと見つめた。
「おまえ誰に向かって口利いてるのかわかってるのか?女だからって甘くみてもらえると思ったら大きな間違いだ」

「あら。随分乱暴な口の利き方をするのね。でもそうじゃない?あたしとつき合ってた頃、女の価値は体だなんて言ってたじゃない?」

「そんな質問に答える義務はない」

司の声の厳しさに水長ジュンは黙った。

「俺は自分が大切にしたいと思ったものは、女でもそうだがむやみやたらに乗り回すことはしねぇんだ」

その言葉に水長ジュンが顔を真っ赤にしはじめた。流石の女優も司の当てこすりに感情を抑えることが難しくなってきたようだ。
それをなだめようと総二郎が彼女の傍に近寄ると肩に手を置いた。だが水長ジュンはそれを振り払った。

「水長さん。あなたは充分素敵な女性だ。何も司だけが男じゃないだろうし、俺だってあなたの大ファンですよ」

その言葉に少し気を良くしたのか、水長は総二郎を見た。

「総二郎、止めとけそんな女。その女、今は演出家と関係してる。自分の役に立ちそうな男じゃねぇとつき合うつもりはねぇんじゃねぇのか?ベッドの上で演技指導してもらって次の舞台で役立てようとでも思ってるのか知らねぇけど、そんな女だ。まあ、総二郎が気にならねぇって言うならつき合えよ。その女と」
司はニヤリとほほ笑んだ。

「いや・・やっぱ止めとくわ。俺、また暫く海外だし」
総二郎は両手を上げて後ろに下がった。
「つ、司・・わたしに恥を・・かかせたいの?」
水長ジュンは言葉を詰まらせながら言った。

確かにこの会場にいる大勢の人間の目は司たちの方を見ていた。そんな中で水長ジュンは自分がバカにされたと感じているはずだ。

「おまえ、いつまでもここにいたら恥以上に失うものが増えるんじゃねぇのか?」
司は誰かに聞かれまいとするように低い声で言った。

「演出家もそうだが、相手役の男優とも寝てるんだろ?ま、俺と関係を持ちながら、他の男とも寝てたって訳じゃねぇだろ?そこだけは褒めてやるよ」

そこまで言われた水長ジュンは、さすがにいつまでもこの場所に居るのは分が悪いと感じたはずだ。そこからは、いかに自分のプライドを高く持ってこの場所から去るかということに重点が移ったようだ。

「俺、水長さんと少し話しでもしてみたいんだがいいかな?」
そう切り出したのはあきらだ。
「ねえ。水長さん。俺と外の新鮮な空気でも吸いながら舞台の話でもしない?俺、美作あきらって言うんだ」

あきらは3人にウィンクをすると、水長の腰に手をあて、エスコートをしていた。
恐らく水長ジュンの頭の中は、かっかとしているだろうが、あきらに付き添われることで、プライドを保つことが出来たはずだ。来た時と同じように堂々とした態度で胸を張って会場から出て行った。

「しかし、司は別れた女についてもよく調べてるよな?」
総二郎の関心したような問いかけに、司は自慢げに応えていた。

「あたり前だろ?俺は自己管理能力の高さだけはおまえらに自慢できる。別れても後からごちゃごちゃうるせえ女だっているだろうが。そんなことになんねぇように念には念を入れてだ・・・」

司はそこまで言うとつくしの何か言いたげな視線に口を閉じた。そして暫く黙ったままで、つくしの目を覗き込むように見た。

つくしは司を見つめていたが、何も言わなかった。
一度口を開いたが、また閉じてしまっていた。
二人の間に重い沈黙が流れていたが、やがてつくしの口から語られたのは、

あたしにも一杯ちょうだい。

そのひと言だけだった。








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コメント
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dot 2016.10.12 19:31 | 編集
子持**マ様
司はなぜズバッと行かなかったのでしょうね。
本気でおつき合いをしたいと思っているはずですし、その先も・・だと思います^^アカシアもいい年したおばちゃんでございます(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.12 22:35 | 編集
ち*こ様
一杯飲んでどうするつもりなのでしょうねぇ。
彼女の気持ちは揺れているのかもしれませんね。
ガツンと行くのか、それとも・・
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.12 22:39 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
水長ジュンさんは今後はどうなんでしょうか・・
これで今後は何事もなければいいと思いますが・・
つくしは、彼女の性格上考えずにはいられない人間だと思います。
常に何かを考えて過ごしているような気がします。
大人ですから考えない訳にはいかないことも沢山あると思います。
そうですね、自分に自信を持って欲しいのですが、恋には臆病な彼女。
対して女性には百戦錬磨の男(笑)気持ちのすれ違いもあるかもしれませんねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.12 22:50 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.10.13 02:34 | 編集
チ**ム様
こんばんは^^
こちらこそ、いつもお読みいただき有難うございます。
女優さんとの対決となりました。さすが相手は役者だけあって自分の見せ方を知っているようです。
総二郎とあきらはフォローしてくれましたが、司は・・(笑)あきらはこの後どうしたのでしょうねぇ・・。
最近、朝晩が寒くなりましたね。気温差があり、体がついていくのが大変です。季節の変わり目は辛いです(笑)
チ**ム様もお体ご自愛なさって下さいね。 母様、ファイト!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.13 22:34 | 編集
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