昨日はなかなか眠りにつくことが出来ず、今日は今日で一日中、自分の気持ちを確かめていた。それは自分と道明寺司とのことだ。
そんなことを思ったのは、道明寺がニューヨークへ出張しているということもあるが、水長ジュンの訪問を受けたということもあったからだ。
まるで宣戦布告をされたような言い方に、落ち着かない気持ちにさせられていた。
仕事を終え、家へ帰ることにしたとき、考えたくもない思いが心の中で成長していくのが感じられた。地下鉄の駅のホームに着いたとき、ちょうど乗る電車が出てしまい、そのせいで時間が出来てしまったつくしは小さなため息をついていた。走ってでも乗り込んで、大勢の人の中に身を置けば、余計なことは考えずに済んでいたかもしれない。
ほんの少しの待ち時間だというのに、避けていた思いが頭を過っていた。
道明寺はあたしの髪を黒くてストレートで美しい髪だと褒めてくれた。
対して水長ジュンの髪は栗色のウェーブがかかった髪の毛だ。
道明寺が口にした誉め言葉によって、それまで平凡だと思っていた黒髪が彼にとっては魅力的に映るということを知った。
ただ単に髪の毛を褒めてもらっただけだというのに、思い出すだけで顔が赤くなった。
今まで男性に注目をされることがなかっただけに困惑をしたが、もし、道明寺が関係を深めたいと望んだらどうすればいいのか。その答えはとっくに出ていて、つくしの心はすでに決まっていた。
だが、来週帰国するから会おうと言われ、それが単純なデートではないと言う話になったとき、困惑が隠せなかった。
パーティーに誘われたのだ。当然ながら金持ち向けのパーティーだ。それまでのつくしは、確かに何度かそんなパーティーへ顔を出していた。だがそれは道明寺司に会うため、友人から招待状を手に入れて参加していたパーティーで、決して自分が目立つ為のパーティーではなかった。
しかし今度は違う。道明寺のパートナーとして彼の傍に立つということが求められるからだ。
一流のホテル、一流のレストラン。そんなところで開かれるパーティーはつくしには縁のない話しだった。
水長ジュンならそういった場所での立ち振る舞いにも慣れていることだろう。
つくしはあの時の水長ジュンの自信に満ちた態度が忘れられなかった。
道明寺司と一緒にいるということは人々の視線に晒され、骨董品のように大勢の見知らぬ人々の前で値踏みをされるということだ。そしてあの女性は誰だという目で、あれこれと推測されることは簡単に予想出来た。そんな視線を難なく受け止めることが出来るのは水長ジュンだろう。あの女性なら道明寺の隣に、堂々とした振る舞いで立つことが出来るはずだ。
それに道明寺の隣に立つということは、つくし自身のことが彼の世界に知れ渡るということだ。いや。彼の世界だけではなく、広く世間に知られることにもなるはずだ。
そのとき、大勢の乗客を乗せた電車がホームに入ってきた。つくしはなんとか乗り込むと、つり革につかまった。電車の揺れに身を任せ、体を落ち着かせたが、頭の中には先ほどまでの思いがそのまま残っていた。それに水長ジュンが放ったあの言葉。
『 わたしは彼を諦めるつもりはないから、あなたもそのつもりでいてね 』
その言葉が意味することは、いったいなんなのか。彼女はどうしたいというのだろう?
だがあの女性は道明寺にとって過去の女性であってつくしには、関係がない。つくしが気にするべき人間ではないはずだ。それにもし、あの女性について何か聞きたいのであれば、つくしが司に直接聞けばいいだけの話だ。
***
やはり当然のようにパーティーが開催されたのは、道明寺グループのひとつであるホテルメープルだ。
今夜のパーティーはビジネスではなく、純然たる社交の為の集まりだ。
そんなパーティーに集まる人間は、人脈を広げる必要のない人々であることは間違いないはずだ。彼らの世界にも繋がりというものがあるが、誰もこの集まりをキャリアアップに繋げようとは思わないはずだ。中にはそういった輩も紛れ込んでいるかもしれないが、そんな輩を圧倒するだけの男が参加するのだから、滅多なことは出来ないだろう。
社交の為に集まるということは、上流の人々の間では情報交換の場所として認識されている。情報交換と言えば聞こえがいいが、要はゴシップについてと言った方がいいかもしれなかった。あそこの家のお嬢様がどこそこの誰々と婚約をした。あの会社の御曹司の恋人は誰だ、などという話で誰も世界経済について活発な意見を交わそうなどとは考えてもいないはずだ。
そんなパーティーに道明寺司が来る。それも彼には新しくパートナーとなった女性がいるというのだから、それが最新のゴシップと言えるのかもしれないと誰もが考えているはずだ。
つくしは自分がそんなゴシップのトップに君臨出来るだけの男とつき合うことに決めたのだから、腹を括るしかなかった。
タキシード姿のウェイターが捧げ持つトレーには、高級なシャンパンが注がれたグラスがいくつも乗せられていた。泡立つ金色の液体はひと口あたりの値段を考えると、空恐ろしい金額のものかもしれない。
見た事もないようなドレスも、光り輝く宝石を身に付けた人々も、30人編成のオーケストラまであるのは、贅沢の極みとしか言えなかった。
名だたる大勢の人物を尻目に、社交界の花形を気取るということは、いかにつくしの根性が座っていたとしても無理だろう。
ただ、司に言われたことは、あくまでも堂々としていればいい。それだけだった。
だが容姿端麗な男の傍にいるのが、格別な美人という訳でもなければ、特段の家柄を持つ女でもない。そんな人物のことがパーティーの招待客の口にのぼるのは当然のことだろう。
あの女性はどこの誰?
以前おつき合いをしていた女優とは完全に切れたのかしらね。
そんな会話が聞こえてきそうな会場を、司の腕に導かれて進んでいた。
目の覚めるようなブルーのドレスに、銀色のサンダルは司が用意したものだ。
カクテルドレスではなく、格調高いイブニングドレス。肩紐はないオフショルダー。裾は床に届き、見事なドレープを生み出していた。何色が好きかと聞かれたとき、青色だと答えていた。好きな色が似合うとは限らないが、つくしの場合は肌の色によく似合っていた。
頭頂部で纏められた黒髪は、顔の両側を少しだけ残していた。胸元に飾られたネックレスとイヤリングはお揃いで、その輝きは見紛うことなきダイヤの輝きだ。当然だが受け取りつもりはない。今はただ借りているだけとつくしは理解していた。お金のある男は好きな女にプレゼントをすることなど躊躇しないとばかり、高いものを買おうとする。このダイヤもニューヨークの超一流と言われる宝飾店の箱に収められていたものだった。
今まで司が見たつくしのドレス姿はいつも黒で、まるで未亡人のような装いだったが、今回のこのドレスは彼にとっては嬉しい驚きだった。
男達の視線が向けられることがあったが、司が隣にいるとなるとじろじろと見る訳にもいかず、スッと視線がそらされていた。
今夜のパーティーには司の友人達も招かれていた。
一番奥のスペースで二人の男性が話しをしている。背中を見せている彼らに司は近づくと声をかけた。
「あきら。総二郎。随分と早かったじゃねぇかよ?」
「よお!司。久しぶりだな!」
総二郎とは実際久しぶりの再会だ。彼は海外での茶道の普及のため、西門流宗家の直轄団体とも言える西交会の会員共々暫くヨーロッパを巡っていた。西交会は西門流の作法を広く伝える為の組織で、国内外問わず幅広いネットワークを持っていた。
海外でも茶の湯は有名だが、実際に習うとなると、敷居が高く感じられるらしく、それなら国際文化親善という名のもとに、時期家元である総二郎自らが出向いて作法を広めるという手段に出ていた。総二郎いわく、インターナショナルな茶人を目指すということらしいが、果たして目的は本当にそれだけなのかと疑いたくなる面もあった。船乗りではないが、訪れる街々に女がいる・・そんな噂もあるからだ。
「司、あきらから聞いたけど、おまえハリネズミ女とつき合い始めたらしいな?それにその女と空から飛び降りたらしいじゃねぇかよ?まさかハリネズミが空を飛ぶとは思わねぇけど、空飛ぶハリネズミ女だなんて相当刺々しい女なんだろ?」
総二郎は司の隣に立つ女がまさかそのハリネズミ女だとは気づいていないようだ。
「おまえの両手見せて見ろよ?血だらけになってんじゃねぇのか?」
「総二郎、本人が目の前にいるのにその言い方はやめろ」
その言葉が合図となったかのように、つくしは司の横でほほ笑んだ。
「総二郎、こいつが牧野つくし。おまえの言うハリネズミ女だ」
「えっ?君が?」
総二郎はつくしの前に屈み込むような姿勢で顔を覗き込んでいた。
「なんだかあきらから聞いてた話しと違うんだが」
どんな話しを聞かされたのか知らないが、じろじろとつくしを見ながらあきらに視線を向けた。
あきらは総二郎から視線を向けられ怪訝な顔をしてみせた。
「総二郎、俺がどんな話しをしたって言うんだよ?俺だって今日初めて会うのに、妙なこと言うのは止めてくれ!」
夜の帝王と呼ばれる男と常識はあるがマダムキラーと呼ばれる男は、司の新しい女に興味津々だった。
「だけどな。あきらから聞いた話によれば、司の新しい女は生意気でえらく棘のある女だなんて聞いてたらから、もっとツンツンとした女だと思っていたんだ」
その声は明らかにからかいを含んだ声であり、総二郎が本気で言っているようには思えない。
「でも君を見る限りはそうでもないような気がする。司の女の好みが変わったのかもしれねぇけど、俺の間違いか?なあ司?」
総二郎は司を見やった。
「いいや。総二郎、おまえの考えてることは分かってる。あの女と比べてるんなら止めてくれ。あきらにも話したが、俺がこいつを気に入ったんだ。俺の方がこいつを好きになったんだ。だからあの女と一緒にするのは止めてくれ」
司は軽く肩をすくめてみせた。
「そりゃ大変なことになったな。司が女に惚れるなんてことは今までなかったことだからな。何しろ女と寝ても朝まで同じベッドで眠ることをしない男だからな」
総二郎はずけずけとそんな話しをすると、つくしに向かってウィンクをしてみせた。
「牧野さんだっけ?自己紹介が遅れたけど、俺、西門総二郎。司とはガキの頃からのつき合いで隣にいる男と、あともうひとり三年寝太郎って呼ばれてた男がいるんだが俺たち4人でF4って呼ばれたガキの頃からの仲間なんだ」
今度は白い歯を見せて笑った。
「で、牧野さん何か飲む?」
「あ、ありがとう。でもあたしお酒に弱いので」
と、つくしは隣に立つ司を見た。
「俺、美作あきら。昔はそんな俺たちはいつもつるんで行動していて楽しかったんだが、今じゃそれぞれ忙しい身の上でなかなか会う機会もないんだ。けど、俺と司はこの前ニューヨークで会って飲んだんだ。そこで君の話を聞かされた。それで今夜のパーティーで是非会いたいと思って司に連れて来いって話しになった訳なんだ」
あきらは総二郎に視線を向けると同意を求めた。
「そうなんだよ。俺もあきらから話しを聞いて司の新しい女は今までにないタイプだって聞いて是非会いたいと思ってた。こいつ昔っからつき合う女にも冷たい男なんだけど、どうやら今度は違うぞって話しをあきらから聞いてから会いたくて仕方がなかった。司を虜にするような女なんだから、どんな美人かと・・」
親しげに話しを始めた3人の間に、司は口を挟んだ。
総二郎の軽々しい口調にも、あきらの親しげな態度にも司は気に入らないと言った態度を示した。
「おまえらがどう思おうと構わねぇけど、こいつは俺にとっては美人な女だと思うが?
言っとくけどな。牧野は外見の女じゃねぇんだよ」
「外見じゃない女?」
「そうだ。こいつは・・」
だが、そのときパーティー会場の入り口が騒がしくなった。
「おい。司、あの女だぞ?」
司はあきらの視線を追った。騒がしくなった理由はこちらを見つめる女の姿だった。
他の客の注意はすべてがその女の方に向いていた。
だが、注意を向けられている女が見つめるのは司、ただ一人だけだった。

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ほんの少しの待ち時間だというのに、避けていた思いが頭を過っていた。
道明寺はあたしの髪を黒くてストレートで美しい髪だと褒めてくれた。
対して水長ジュンの髪は栗色のウェーブがかかった髪の毛だ。
道明寺が口にした誉め言葉によって、それまで平凡だと思っていた黒髪が彼にとっては魅力的に映るということを知った。
ただ単に髪の毛を褒めてもらっただけだというのに、思い出すだけで顔が赤くなった。
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だが、来週帰国するから会おうと言われ、それが単純なデートではないと言う話になったとき、困惑が隠せなかった。
パーティーに誘われたのだ。当然ながら金持ち向けのパーティーだ。それまでのつくしは、確かに何度かそんなパーティーへ顔を出していた。だがそれは道明寺司に会うため、友人から招待状を手に入れて参加していたパーティーで、決して自分が目立つ為のパーティーではなかった。
しかし今度は違う。道明寺のパートナーとして彼の傍に立つということが求められるからだ。
一流のホテル、一流のレストラン。そんなところで開かれるパーティーはつくしには縁のない話しだった。
水長ジュンならそういった場所での立ち振る舞いにも慣れていることだろう。
つくしはあの時の水長ジュンの自信に満ちた態度が忘れられなかった。
道明寺司と一緒にいるということは人々の視線に晒され、骨董品のように大勢の見知らぬ人々の前で値踏みをされるということだ。そしてあの女性は誰だという目で、あれこれと推測されることは簡単に予想出来た。そんな視線を難なく受け止めることが出来るのは水長ジュンだろう。あの女性なら道明寺の隣に、堂々とした振る舞いで立つことが出来るはずだ。
それに道明寺の隣に立つということは、つくし自身のことが彼の世界に知れ渡るということだ。いや。彼の世界だけではなく、広く世間に知られることにもなるはずだ。
そのとき、大勢の乗客を乗せた電車がホームに入ってきた。つくしはなんとか乗り込むと、つり革につかまった。電車の揺れに身を任せ、体を落ち着かせたが、頭の中には先ほどまでの思いがそのまま残っていた。それに水長ジュンが放ったあの言葉。
『 わたしは彼を諦めるつもりはないから、あなたもそのつもりでいてね 』
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やはり当然のようにパーティーが開催されたのは、道明寺グループのひとつであるホテルメープルだ。
今夜のパーティーはビジネスではなく、純然たる社交の為の集まりだ。
そんなパーティーに集まる人間は、人脈を広げる必要のない人々であることは間違いないはずだ。彼らの世界にも繋がりというものがあるが、誰もこの集まりをキャリアアップに繋げようとは思わないはずだ。中にはそういった輩も紛れ込んでいるかもしれないが、そんな輩を圧倒するだけの男が参加するのだから、滅多なことは出来ないだろう。
社交の為に集まるということは、上流の人々の間では情報交換の場所として認識されている。情報交換と言えば聞こえがいいが、要はゴシップについてと言った方がいいかもしれなかった。あそこの家のお嬢様がどこそこの誰々と婚約をした。あの会社の御曹司の恋人は誰だ、などという話で誰も世界経済について活発な意見を交わそうなどとは考えてもいないはずだ。
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名だたる大勢の人物を尻目に、社交界の花形を気取るということは、いかにつくしの根性が座っていたとしても無理だろう。
ただ、司に言われたことは、あくまでも堂々としていればいい。それだけだった。
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今まで司が見たつくしのドレス姿はいつも黒で、まるで未亡人のような装いだったが、今回のこのドレスは彼にとっては嬉しい驚きだった。
男達の視線が向けられることがあったが、司が隣にいるとなるとじろじろと見る訳にもいかず、スッと視線がそらされていた。
今夜のパーティーには司の友人達も招かれていた。
一番奥のスペースで二人の男性が話しをしている。背中を見せている彼らに司は近づくと声をかけた。
「あきら。総二郎。随分と早かったじゃねぇかよ?」
「よお!司。久しぶりだな!」
総二郎とは実際久しぶりの再会だ。彼は海外での茶道の普及のため、西門流宗家の直轄団体とも言える西交会の会員共々暫くヨーロッパを巡っていた。西交会は西門流の作法を広く伝える為の組織で、国内外問わず幅広いネットワークを持っていた。
海外でも茶の湯は有名だが、実際に習うとなると、敷居が高く感じられるらしく、それなら国際文化親善という名のもとに、時期家元である総二郎自らが出向いて作法を広めるという手段に出ていた。総二郎いわく、インターナショナルな茶人を目指すということらしいが、果たして目的は本当にそれだけなのかと疑いたくなる面もあった。船乗りではないが、訪れる街々に女がいる・・そんな噂もあるからだ。
「司、あきらから聞いたけど、おまえハリネズミ女とつき合い始めたらしいな?それにその女と空から飛び降りたらしいじゃねぇかよ?まさかハリネズミが空を飛ぶとは思わねぇけど、空飛ぶハリネズミ女だなんて相当刺々しい女なんだろ?」
総二郎は司の隣に立つ女がまさかそのハリネズミ女だとは気づいていないようだ。
「おまえの両手見せて見ろよ?血だらけになってんじゃねぇのか?」
「総二郎、本人が目の前にいるのにその言い方はやめろ」
その言葉が合図となったかのように、つくしは司の横でほほ笑んだ。
「総二郎、こいつが牧野つくし。おまえの言うハリネズミ女だ」
「えっ?君が?」
総二郎はつくしの前に屈み込むような姿勢で顔を覗き込んでいた。
「なんだかあきらから聞いてた話しと違うんだが」
どんな話しを聞かされたのか知らないが、じろじろとつくしを見ながらあきらに視線を向けた。
あきらは総二郎から視線を向けられ怪訝な顔をしてみせた。
「総二郎、俺がどんな話しをしたって言うんだよ?俺だって今日初めて会うのに、妙なこと言うのは止めてくれ!」
夜の帝王と呼ばれる男と常識はあるがマダムキラーと呼ばれる男は、司の新しい女に興味津々だった。
「だけどな。あきらから聞いた話によれば、司の新しい女は生意気でえらく棘のある女だなんて聞いてたらから、もっとツンツンとした女だと思っていたんだ」
その声は明らかにからかいを含んだ声であり、総二郎が本気で言っているようには思えない。
「でも君を見る限りはそうでもないような気がする。司の女の好みが変わったのかもしれねぇけど、俺の間違いか?なあ司?」
総二郎は司を見やった。
「いいや。総二郎、おまえの考えてることは分かってる。あの女と比べてるんなら止めてくれ。あきらにも話したが、俺がこいつを気に入ったんだ。俺の方がこいつを好きになったんだ。だからあの女と一緒にするのは止めてくれ」
司は軽く肩をすくめてみせた。
「そりゃ大変なことになったな。司が女に惚れるなんてことは今までなかったことだからな。何しろ女と寝ても朝まで同じベッドで眠ることをしない男だからな」
総二郎はずけずけとそんな話しをすると、つくしに向かってウィンクをしてみせた。
「牧野さんだっけ?自己紹介が遅れたけど、俺、西門総二郎。司とはガキの頃からのつき合いで隣にいる男と、あともうひとり三年寝太郎って呼ばれてた男がいるんだが俺たち4人でF4って呼ばれたガキの頃からの仲間なんだ」
今度は白い歯を見せて笑った。
「で、牧野さん何か飲む?」
「あ、ありがとう。でもあたしお酒に弱いので」
と、つくしは隣に立つ司を見た。
「俺、美作あきら。昔はそんな俺たちはいつもつるんで行動していて楽しかったんだが、今じゃそれぞれ忙しい身の上でなかなか会う機会もないんだ。けど、俺と司はこの前ニューヨークで会って飲んだんだ。そこで君の話を聞かされた。それで今夜のパーティーで是非会いたいと思って司に連れて来いって話しになった訳なんだ」
あきらは総二郎に視線を向けると同意を求めた。
「そうなんだよ。俺もあきらから話しを聞いて司の新しい女は今までにないタイプだって聞いて是非会いたいと思ってた。こいつ昔っからつき合う女にも冷たい男なんだけど、どうやら今度は違うぞって話しをあきらから聞いてから会いたくて仕方がなかった。司を虜にするような女なんだから、どんな美人かと・・」
親しげに話しを始めた3人の間に、司は口を挟んだ。
総二郎の軽々しい口調にも、あきらの親しげな態度にも司は気に入らないと言った態度を示した。
「おまえらがどう思おうと構わねぇけど、こいつは俺にとっては美人な女だと思うが?
言っとくけどな。牧野は外見の女じゃねぇんだよ」
「外見じゃない女?」
「そうだ。こいつは・・」
だが、そのときパーティー会場の入り口が騒がしくなった。
「おい。司、あの女だぞ?」
司はあきらの視線を追った。騒がしくなった理由はこちらを見つめる女の姿だった。
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子持**マ様
水長ジュンをバッサリ切り落とす・・
司は出来るのでしょうか・・
ですが、つくしの為にもそうして欲しいですね。
拍手コメント有難うございました^^
水長ジュンをバッサリ切り落とす・・
司は出来るのでしょうか・・
ですが、つくしの為にもそうして欲しいですね。
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.11 21:53 | 編集

ち*こ様
あきらと総二郎はどんな役割をしてくれるのでしょうか。
活躍を期待したいのですが、何しろこんな二人ですから(笑)
拍手コメント有難うございました^^
あきらと総二郎はどんな役割をしてくれるのでしょうか。
活躍を期待したいのですが、何しろこんな二人ですから(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.11 21:59 | 編集

司×**OVE様
こんにちは^^
久々のデートがパーティーとなったつくし。
腹を括って参加しましたが、落ち着かないと思います。
司が女性に本気になったことがないということは、二人が切々と語ったと思います。
大人司もつき合い始めた女性の前では、過去の恋人遍歴のことが気になるようです。
恐らく誤解を受けたくないという気持ちが働いているのか(笑)おまえにはそんなことはないぞ。と言いたいのでしょうか?(笑)
司の責任で後始末はつけて欲しいですね^^
そうですね。一気に秋が深まりましたねぇ。おお、そうでしたか。それは大変でしたね。
アカシアは元気に過ごしておりましたが、少し歩き回り過ぎて足腰が痛いです。
この寒さに体の芯がキュッと締まったような気がします。
お体、早く治りますように。司×**OVE様もお体ご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
久々のデートがパーティーとなったつくし。
腹を括って参加しましたが、落ち着かないと思います。
司が女性に本気になったことがないということは、二人が切々と語ったと思います。
大人司もつき合い始めた女性の前では、過去の恋人遍歴のことが気になるようです。
恐らく誤解を受けたくないという気持ちが働いているのか(笑)おまえにはそんなことはないぞ。と言いたいのでしょうか?(笑)
司の責任で後始末はつけて欲しいですね^^
そうですね。一気に秋が深まりましたねぇ。おお、そうでしたか。それは大変でしたね。
アカシアは元気に過ごしておりましたが、少し歩き回り過ぎて足腰が痛いです。
この寒さに体の芯がキュッと締まったような気がします。
お体、早く治りますように。司×**OVE様もお体ご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.11 22:09 | 編集
