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2016
10.07

恋人までのディスタンス 42

水長ジュンは自分の魅力に自信たっぷりの女性だ。
芝居をすることを職業としているということで、どこまでが本当なのかわからないが、その気になればどんな演技でも出来るのだろう。

興味を持ったマンションがあるから、その部屋を案内してくれと言われ、さっそく出かけることにした。マネージャーの男性が運転する車に乗り込むと、始めの頃は他愛もないおしゃべりで愛想がよかった。

つくしはこの女優の興味が本当にマンションの部屋探しなのか?それともやはり元恋人が新たにつき合い始めたという女に興味があるのか考えたとき、マンションの部屋探しにはないことを十分感じ取ることが出来た。おそらくそれはつくしに会いたいが為の口実であるということは、わかっていた。

「ところで牧野さん。私は以前道明寺司とつき合っていたのよ」

まるで打ち明け話をするように言われたが、別にそれが隠されていたとは感じられなかった。例え道明寺司がそのことを認めなかったとしても、別れたあと、彼女が週刊誌に記事を載せたことで世間に広く知れ渡ってしまったのだから、今となってはそれが事実だったのか、そうではなかったなどどちらでもよかった。

つくしはただ頷いただけだった。
何も言うことはないからだ。
それに気をよくしたのか、水長は勿体をつけて言った。

「私の仕事が忙しくて、彼のスケジュールと合わなくなったの。だから別れることになったの。私がもっと自分を犠牲にすればよかったのかもしれないわ」

水長ジュンは横目でちらりとつくしを見た。
彼女の職業から言えば、自由が効くときは効くはずだが、舞台に出ている時はそうもいかないのだろうということは、容易に想像することが出来た。
つくしは彼女の舞台を見たことはないが、さぞかし華がある舞台なのだろう。そう感じていた。

二人が知り合った経緯は、道明寺ホールディングスの中の一社がスポンサーとなった舞台がきっかけだったと週刊誌には書かれていた。当時20代後半のこの女性は新進気鋭の女優として目覚ましい活躍を始めた頃だ。どちらから近づいたにせよ、男と女の間には何か惹かれるものがあったから、つき合い始めたのだろう。だが破局は思いもよらず早かったようだ。
つくしは彼女の言葉に返す言葉は見つからず、ただ黙って話しを聞いていた。

「だから。私は彼と一緒にいるために、時間に少し余裕を持たせることにしたのよ。パーティーに同伴するにしても、私の時間は限られていたから彼は一人でいることが多かったはずよ。ところで牧野さん?あなたが彼を殴った話しは聞いてるわ。それにしてもあなたって酷いことをする人ね。あの道明寺司を殴るなんて、信じられないわ。でもどういう訳か、あの出来事は騒がれなかったようね?まああの人が女に殴られたなんて話しが世間に広がったら大変なことになっていたはずよ?」

水長ジュンはつくしの目をじっと見つめた。魅力的だと言われる淡褐色の瞳は冷たい表情を浮かべていた。

「あの時も彼はひとりだったでしょ?私が傍にいれば、あんなことにはならなかったはずだったわ。それに彼は人に縛られることが嫌いな人なのよ。でもその気になれば、世界中の美女の中から恋人を選ぶことが出来るわ。それなのにどうして、あなたみたいな・・」

まさかとは思うがこの女性が道明寺司を巡って血みどろの戦いをするなんてことを考えているとは思えなかったが、どう見ても水長の視線にはあからさまな敵意が感じられた。

「彼ってたまに尊大なところがあるから、私もカチンと来てしまって口を利かなかったことがあるの。だから、そんなとき、仲直りをするにはやっぱり愛し合うことだと思うの。だからいままでもそうやって仲直りして来たわ」

あけすけな言葉につくしの頬に赤味が差していた。

「牧野さん、あなたもう彼とは寝たの?」

水長は自分と別れた司が、どこにでもいるような、決して美人でもない女に何故惹かれたのかが不思議でならないと言った感じだ。
つくしは答えなかった。答える義務もないし、例えそうだったとしても他人に言うことではない。

「まあ、いいわ。答えるつもりなんてないでしょうから」
水長はひと息ついた。

この会話の行き先は見えていた。
言いたいことは決まっている。

「あの人には本物の女性が必要なのよ?あなたみたいに子供っぽい女性じゃなくてね」

水長ジュンは今に至っては、遠慮することなく、じろじろとつくしのことを見ている。
車の後部座席は決して広いとは言えないスペースで、つくしは気詰まりな感じがしていた。

「時間もないことだし、単刀直入に言わせてもらうわね。あなたが真剣じゃないなら、彼とはつき合わないで欲しいのよ」
「いったいどういう意味ですか?」

さすがにさっき会ったばかりの他人からつき合うなと言われれば、つくしとて黙って聞いているわけにはいかなかった。

「言ったとおりよ。あの人とは、道明寺司とはつき合わないで欲しいの。私はまだ彼を愛しているし、彼だってそのはずよ?今は、たまたまあなたみたいな人に興味を持っただけで、そのうちに飽きるでしょうから。そんなふうになって捨てられるのは惨めでしょ?あなたもね?」

つくしは自分に言い聞かせた。
そんなことはないはずだと。
クルーザーの中での出来事以来、二人の仲はゆっくりとだが、確実に縮まって来ているはずだ。あの時はなぜか自分の気持に焦りを感じ、抱かれてもいいと思ったが、無理をしていると言われ何も起きなかった。

だがふと思ったのは、もし水長ジュンという女性があの時のつくしと同じ立場にいれば、また違ったことになっていたのではないかという思いだ。

芸能界という華やかな世界に身を置いている人間と、地味な会社員では立場が違い過ぎる。
これまで道明寺司にしても、水長ジュンにしても、他人を引き付ける特別な何かがあるような人間には出会ったことがなかったが、そんな人物に二人も会うと、自分の置かれている状況が不思議に思えてならなかった。

つくしは別に道明寺司の気を引くような特別なことはしなかった。
それに別に追いかけ回すようなこともしなかった。
ましてや出会いは最悪で、好かれたいなんてことは微塵にも思わなかった。むしろ逆に嫌われてもおかしくはないはずだった。何しろ水長ジュンの言うとおり、道明寺司を殴ったのだから。

でも道明寺司は他の男性とは違った。
自分では充実した人生を歩んでいると思っていたが、そこに冒険心を持ち込んで、つくしの周りに張り巡らされていた高い壁を取り払ってくれた男性だ。

「あたしは、水長さんにつき合いを止めろなんて言われる筋合いはありません。それにあたしは真剣に考えています・・道明寺とのことは」

つくしは平静を装いながら水長ジュンと視線を合わせた。
心の中では自分の鼓動が隣に座っている女性に聞こえているのではないかというくらい、緊張していた。
淡褐色の瞳は感情の起伏によって色が濃くなったり薄くなったりするようだが、つくしの黒い瞳は強い光を湛えて相手を見ていた。

車は目的地である高層マンションの前に到着していたが、二人ともドアを開くことはなかった。

水長ジュンの眉がキュッと上がった。

「どうやら目的地に着いたようね?牧野さんはここで降りてちょうだい。もうあなたには用がないわ。わかってると思うけど、マンション見学の話は嘘。私は今のマンションが気に入っていて他に移るつもりはないの。だから街中の不動産屋になんて用はないわ。それにあなたにもこれ以上用はないの」

つくしは無言のまま彼女の話を聞いていた。
途中で口を挟んだりしなかった。それはこの女性が自分なりに判断を下すのを待つことにしたからだ。

「牧野さん。あなた身を引くつもりはないのね?」

水長ジュンは再びつくしに聞いたが答えは同じだ。

「ええ。ありません。あたしも道明寺が好きですから」

つくしの心の中に道明寺司が入り込んでいることに疑いはなかった。だからこそ、今、はっきりと言葉にすることが出来た。

そうだ。
はっきりと言葉にすることが出来た。それも見知らぬ他人に対して。






30分経って電車を乗り継いでオフィスに戻った時、すでに時計は6時を過ぎていた。
今日の午後は宣戦布告を受けたようなものだった。
別れ際、水長ジュンは栗色のウェーブがかかった美しい髪をかき上げながら、つくしに言った。

『 わたしは彼を諦めるつもりはないから、あなたもそのつもりでいてね 』








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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.10.07 18:28 | 編集
子持**マ様
水長ジュン。やはりそう来ました。
つくしに宣戦布告をしに来たようですね。
司は只今ニューヨークです。恐らく今の状況は知らないでしょう。
司が知ったらどうするんでしょうねぇ・・
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.07 23:49 | 編集
ち*こ様
ライバル登場です。女優相手にどう立ち回るのでしょうか。
昔の女ですので、司になんとかしてもらいたいですねぇ。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.07 23:54 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
水長ジュン。つくしに宣戦布告!!
本当につくしの十八番を取られましたねぇ(笑)
つくしの外見だけ見れば、誰がこんな女に・・と思うのは当然だと思いますが、つくしは中身で勝負の女です。
司には人を見る目があるのでしょうね。企業経営者は人を見る目も養われているはずです。この女は!と思った司は優秀ですね。
司、元カノの女をなんとかして下さい。それともつくしがなんとかするのでしょうか・・
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.10.08 00:00 | 編集
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