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2016
09.24

恋人までのディスタンス 36

優紀との待ち合わせ場所に到着したつくしは腕時計を見た。
待ち合わせの時間よりも40分も早かったが遅れるよりはいい。
メープルの1階にあるラウンジには大勢の客がいたが、窓辺の席に案内された。

つくしはコーヒーを頼むと何をするでもなく、ただぼんやりと外の景色を眺めていた。
眺めは瞳に映るだけで頭の中では認識されてはいなかった。本来なら見える景色に何かを感じるはずだが、今のつくしにとっては、あの日の出来事から気持ちをそらす助けにはならなかった。

スカイダイビングをしてから物の見方が変わったような気がしていた。
大きな冒険をして、心が大きく開かれたような気持になったことは確かだ。
それと同時に心の内面に沸き起こった感情を無視することは出来なくなっていた。

つくしは運ばれてきたコーヒーをひと口飲んだ。

道明寺は背が高くて当然だけがつくしよりも体が大きい。それに力も強い。
だからと言って、今まで何度か抱きしめられたことがあったが暴力的な力強さはなかった。
あの日、固い胸に抱きしめられ、両手で頭を挟まれると何も言えないうちにキスをされた。
動悸がしていたが、胸に近い耳は道明寺の心臓の音を聞いていた。力強い鼓動が道明寺の揺るぐことのない意志の強さを感じさせた。

つくしは息を吐いた。

思い起こせばあの日のキスはふたりにとって三度目のキスだった。
一度目はマンション前の暗がりであいつからだった。
二度目は逃げるのかと言われ、その挑発に乗った形で自分からした。
そして三度目は・・ありがとうと言ったあと、唇を重ねていた。

あの時からふたりの関係は大きく変わりつつあると感じていた。
今までとはあの男を見る目が変わってしまっていた。何気ない仕草や眼差しなど気にも留めなかったというのに、意識が変わるとこうも態度に出てしまうものなのかと思わずにはいられなかった。

あの男を好きになり始めている。
道明寺を本気で好きになる。
まさかとは思ったが自分があの男を好きになるなんて。
つくしの思いはさまよった。

これは普通の恋愛なんだろうか。
普通の恋愛につきものの色んなことってなに?
この先どうなるのか全くわからないし予想もつかない。
でも決意表明が必要になるわけじゃあるまいし、好きになったからと言って・・

わからない。

それにあの男は道明寺司よ?つき合ったからといって一生の伴侶を探しているなんて思えないし、だからと言ってあたしは遊びで男性とつき合えるタイプじゃないことくらい、自分でもわかっている。

つくしは再び時計を見た。

そろそろ時間だ。
優紀がここに来る。
それに道明寺の偽者と本物も一緒にこの場所に来る。

優紀には全てを話してあった。
つき合っていた男は川森健一という男でK製薬に勤める元MR。
そして優紀に近づいた目的は優紀の会社が研究しているインフルエンザ治療薬の情報を盗むためだということも伝えていた。
莫大な研究開発費をかけている新薬の情報を盗み取ろうとしていた。それを知った優紀はショックのあまり数日間は食事も喉を通らなくなってしまったらしい。

優紀の頼みに応じて人探しをすることにしたのは友情の為だったが、結末までは予想していなかった。それに男を探し出したのは道明寺だ。
つくしにしても単に相手はプレーボーイの男で別の女に乗り換えた程度と考えていたら、スパイ行為を働くために優紀に近づいたなんて思いもしなかった。自分がつき合っていた男は、好きでもない相手と寝ることが出来る男だった。そんな現実を突きつけられた優紀は、それでも最後に川森と会うと言って来た。


「つくし!ごめんね。待った?」

ぼんやりと考え込んでいたつくしは優紀が傍に来るまで気がつかなかった。

「うんうん。大丈夫。あたしが少し早く来ただけだから」
「そう。・・・あのね、つくし・・今回の件では色々とお世話になっちゃって・・申し訳なかったっていうのか・・」

優紀にしてみれば何も関係のない道明寺司とつくしに迷惑をかけたと感じていた。

「なに言ってるのよ!気にしないでいいから。本当に・・それよりも、座って。ほら早く」
「ありがとう、つくし」
「それで、あの男に会う気持ちは変わってないの?」
優紀は腰を下ろすと頷いた。
「うん、変わってないわ。もう今さらって思うんだけど・・最後にきちんとお別れだけは言いたいから・・」

優紀の声は落ち着いていて、これから起こることを受け止めたいという気持ちが感じられた。もしかしたら緊迫した状況になるかもしれないと言ったが、それでも構わないと言っていた。
もちろんつくし達には道明寺司の警護にあたる人間がいるわけで、危険なことが起こるとは考えてもいなかったが、それでも口から出る言葉だけは止めることは出来ない。
女性として傷つけられるような言葉を耳にするかもしれないと思っていた。

「優紀、優紀はひとりじゃないからね。あたしも・・それから道明寺もついているし、警護の人間だっているから言いたいことを思い切って言えばいいのよ?なにかあったら・・あたし達が助けるから」

優紀は頷くと視線をつくしの後ろに据えた。

「つくし・・」
「なに?」
「眼鏡をかけた真面目そうな男性がまっすぐこっちに向かって来るんだけど、つくしの知り合い?」
「えっ?」

つくしが振り向くとそこには司の秘書が立っていた。

「牧野様。申し訳ございませんが、この場所では色々と問題がありますので別室をご用意しております。松岡様でいらっしゃいますね?ご足労をおかけいたしますがどうぞこちらへ」

と言って案内されたのはホテルの中にあるバンケットルームの前だった。

「どうぞ、中へ。こちらでお待ちになられております」

優紀を騙した男が中にいる。
でも道明寺司は?

「あの。西田さん。道明寺・・道明寺さんは?」
「支社長は中にいらっしゃいます」

つくしに緊張が走った。
あの男の顔に数発お見舞いするだなんてことを聞いていただけに、まさかとは思うがこの中で繰り広げられているのは・・

「ご心配はいりません。間違っても今の支社長は床に血が飛び散るようなことは致しません。ではどうぞこちらへ」

秘書はつくしの思考を読んでいたようだ。
ためらうことなくノックをすると扉を開けた。
中にいたのは道明寺司と川森健一。
そして屈強な6人の男達だ。

あの男が偽者?
道明寺司にそっくりだって言う男?
ただ立っているだけだが、本物の道明寺司とはまったく違う。
確かに目鼻立ちは似ているけど、どことなく貧弱で、それになんとなく背中が曲がっている。
第一本物のような存在感が全く感じられない。
着ている洋服だって皺だらけのスーツだ。それに見るからに疲れ切った表情をしている。
髪型だって憎ったらしいほどにくるくるしている髪とは_
全然違う。
川森健一の髪の毛はまっすぐだ。





司は怒りとも苛立ちとも取れるような表情で、川森の頭から爪先まで眺めていた。

「松岡、この男に言いたいことがあるんだろ?言ってやれよ?」
部屋の中に緊張感が走った。
「あの、わたし・・」
優紀はためらいがちに話しはじめた。

「本当の名前はか、川森さんっておっしゃるんですね?あたしと会っているときは道明寺さんだなんて呼ばれて嫌だったでしょ?」
川森は道明寺司の名前を語っていた。

だが返事はない。

「急に連絡が取れなくなったから心配したんですよ?」

やはり返事はない。

「別れたいなら別れたいって言ってもらえたら、あたしはきちんとお別れ出来たはずです。 どうしてひと言、言ってくれなかったんですか?突然連絡が取れなくなってあたし、心配したんですよ?」

返事はなかった。

「答えろよ?川森。おまえは俺の名前を語ってたんだろ?道明寺司だってな。俺の名前を語るんならそんなんじゃ困るんだよ?もっと堂々としてもらわねぇとな」

司は腕組みをすると値踏みするような視線を向けて男を嘲った。
だがそうしながらも怒りが喉でつかえていた。

「おまえのしたことは立派な犯罪だ。人の名前を語って女を弄んで捨てた。それに松岡の会社の情報を盗もうとしたな?なんとか言ったらどうなんだ?今さらしらばっくれてもわかってるんだ。インフルエンザの新薬騒動だっておまえの会社がわざと仕組んだんだろ?」

「い、いったいなんのことですか?」
川森ははじめて口を開いた。

「やっと口を開く気になったのか?新しいインフルエンザ治療薬をおまえのところの会社が開発しただなんてインサイダー情報を流して株価操作をしようとしたってことだ。新薬が開発されたとなれば、おまえの会社の株価は上がる。だが実際にはそんな新薬は開発されてなかったんだろ?だが数か月間は株価が高値で推移していた。丁度その頃だったんだろ?松岡の会社から情報を盗み取ろうとしていたのは?上手くいけばその情報を使って自分のところで本当に新薬を開発しようと思ったんだろうが、松岡は思ったほど重要な情報は握ってなかったってことだ。だからおまえは松岡の前から姿を消した。そうだよな?」

川森は立ったまま、口を開くどころか、身じろぎひとつしなくなった。というより、この場で真実を暴露され固まってしまっているようだ。

「結局新薬開発はされてなかったってことを発表するはめになったよな?それから株価は一気に値を下げた。残念だったよな。おまえの会社もおまえも」

司の口調は超然としていて落ち着きがあった。今までつくしが見ていた道明寺司とまったく違う。そう感じていた。まさに大企業の経営者でビジネスには手を抜かない、容赦しないといった態度だ。必要とあればどんな手を使ってもやり遂げるという男に見えた。
まさに仕事に対しては容赦ないと言われる男の顔がそこにはある。
司は優紀に視線を向けた。

「松岡?どうする?まだ何か言いたいことはあるのか?これ以上この男に話しかけても何も答えはしないはずだ。どうせこんな男は三流のMRだ。相手にするだけ損だぞ?」

優紀に対する気遣いに、つくしの心に何か温かいものが広がっていくのが感じられた。

優紀は暫く何も言えずに黙っていたが、静かに言った。

「もういいです。わたしはこんな人とは知り合いでもなんでもありません。川森だなんて人は知らない人ですから」
「へぇーそうか?」
「はい。こんな人より道明寺さんの方がよほど素敵です。もちろん、本物の道明寺さんですよ?」

優紀の話す声は心なしか弾んで聞えた。

「そうか。やっぱ俺の方がいい男だろ?こんな偽者なんて使い物になんてなんねぇよ。ろく
に情報を集めることも出来ねぇようじゃ企業スパイだなんて呆れる話だ」

「ちょっと、道明寺、そんな言い方したら優紀が・・」

大した情報も持っていない価値のない女のような言い方に、つくしは司を咎めた。

「ああ?わりぃ。別に変な意味はねぇからな。松岡。おまえは充分いい女だから心配するな。こんな男なんかより、もっといい男を紹介してやろうか?」

優紀に対して冗談を言う司だったが、次の瞬間には態度が変わっていた。

「川森。おまえの会社もおまえもインサイダー関連の罪に問われることだけは覚悟しろ。そのうち内部告発があるはずだ。今後はこの業界から足を洗うんだな。同業他社への転職も無理だと思え。いや。それ以外の業種でもおまえを雇う会社があるかどうか疑問だな」

司は声を低めて尋ねた。

「この男にはもう用はねぇよな?」
優紀が頷くと川森は司の警護の男達によって部屋の外へと連れて行かれた。

「牧野、松岡と話しがあるんだろ?俺は外に出てる。終わったら送ってってやるよ。松岡と一緒にな」



バタン。と部屋の扉が閉じられると優紀がつくしの両手を掴んだ。

「つくし。道明寺さんはつくしに恋してるんじゃないかと思うの」
「ば、ばかのこと言わないで!どうして道明寺があたしに恋をするのよ?そんなの馬鹿げてるわよ!」
「つくし、あたしに遠慮なんかしないで。いい?逃げちゃだめ。つくしは昔から男の人に苦手意識があったけど好きならちゃんと向かい合わなきゃダメよ?」

優紀はなにやら興奮した様子で話しをしていた。
とても昔の男との別れを済ませたばかりの女性には見えない。だがそれは優紀なりのつくしへの気遣いでもあり気持ちの切り替えでもあったはずだ。過ぎたことをいつまでもくよくよと悩んでいたのが嘘のようだった。また再び会ってみればどうして自分はこんな人間を好きになってしまったのかと自問していた。もう一度会いたい、話しをしたいと思ってはいたが、結局ひと言も言葉を交わすことなく終っていた。
一方のつくしは優紀がこんなに楽しそうにはしゃぐ様子は見た事がなかったはずだ。

「それにね。道明寺さんって、命令的でしょ?そんなところがつくしを引っ張って行ってくれると思うの。そこがつくしにぴったりなのよ!さっきだってつくしのこと見る目が違ってた。なんだかつくしのことを心配そうに見つめてた。ちょっと羨ましかったな」
と、優紀は小さくため息をついた。

「ど、道明寺があたしのことを心配そうになんか見つめてるわけがないじゃない!」

「いいのよつくし。あたしに遠慮なんかしないで。あたしもあんな偽者なんか早く忘れて新しい恋をしなきゃね?ほら、つくし。もういいから行って。あたしのことは心配しなくていいから。それに・・少しひとりになりたいの」

恐らく最後の言葉が一番言いたかったことなんだとわかった。

「帰りのことは心配しなくても大丈夫だから。あの秘書さんにお願いして送ってもらうから。ね?」

「優紀・・」

優紀は笑いながらつくしの手を引いて扉の外へ押し出した。
するとそこにはエレベーターに乗り込もうとする司の後ろ姿があった。

「道明寺さん!待って下さい!つ、つくしのこと。よろしくお願いします!」
「ちょっと!優紀なに言ってるのよ!」

優紀はつくしの手を掴んだままどんどん歩いて行くと司の前で止まった。

「つくしは男の人とのつき合いが苦手で、素直じゃありません。だけど一途で浮気なんてしません。それに他人に対しての優しさは、人一倍持ってます。だからつくしのこと、よろしくお願いします」

優紀はつくしの背中を押すとたった今到着したエレベーターの中に押し込んだ。

「つくし、道明寺さんと喧嘩しちゃだめよ!素直になりなさいよ!」
と、ドアが閉まる寸前にそんな声がかかった。



ふたりを乗せたエレベーターは奇妙な沈黙を乗せ、ゆっくりと降下して行った。

「牧野。いいのか?松岡をひとりにしておいて?」
「うん。少しひとりになりたいって・・それに帰りは西田さんにお願いするからって・・」

つくしは息を深く吸い込むと言葉を継いだ。

「あのね・・道明寺。優紀のこと、色々ありがとう・・」
「ああ。気にすんな・・おまえのダチだしな。適当なことなんて出来ねぇよ」

ふたりは互いの顔を見ることなく、点滅する階数表示を静かに見ていた。
そっと伸ばされたのはつくしの右手。その手は右隣に立つ男の指に触れた。
次の瞬間、大きな手が彼女の小さな手をそっと握りしめた。
司はその一瞬に紛れもなくほほ笑んでいた。








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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.09.24 14:23 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.09.24 23:20 | 編集
子持**マ様
修羅場はありませんでしたね^^
これで当初の目的は果たされたようです。
これからは二人の今後ですね?
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.25 02:31 | 編集
司**LOVE様
司の理論責め。さすが坊っちゃん。仕事はきっちりの人ですから、そのあたりは抜かりなくといった感じでしょうか。
司はつくし以外に興味はないと思いますが、優紀ちゃんはつくしの友達なので愛想よく(笑)でしょうか?
そうですね。頭でばかり考えずに心の思うままに行動してみるつくしちゃんになって欲しいですね。
運動会。お天気がいいといいですね^^コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.25 02:38 | 編集
マ**チ様
一件落着しました!優紀ちゃんはいい人過ぎて騙されてしまったのかもしれませんね(笑)
これからやっと二人のお話です。距離は少し縮まったようですね。手を差し出したつくし。その心は?
ただ、相手は道明寺財閥の金持ちの御曹司!永遠が望めるかどうかが問題ですよね?
つくしの鉄パンと不安を司がどうするのか・・金持ちの坊っちゃんに聞いてみます^^
え?忙しいです(笑)わかりますか?今夜はこんな時間です。夜更かしし過ぎて夜が明けます(笑)
ご心配いただき、ありがとうございます。m(__)mこんな時はマ**チ様御曹司を読んで笑うに限ります!!
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.09.25 02:47 | 編集
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