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2016
09.14

いつか晴れた日に 後編 1/2

今では一分の隙もないほどの人生を歩んでいると言われる男だが、他人の人生を生きているような感覚があった。
まるで傍観者のようにも感じられる。
多くの人間に囲まれてはいても感じられる孤独感はいったい何なのか。
最近そんな思いがますます強くなっていた。
それは久しぶりに生まれ育った国へと戻って来たからなのか。
あの事件以前の俺は人の姿をしていても心がないと言われていた。そんな俺を知る人間は今の俺を見てどう思ってるんだ?
虚無感を抱え生きている俺はまるで誰かに遠隔操作されているかのような人間か?
ふと、そんなことが心を過ることがあった。

それにあの少年が気になっていた。
空港で目にした自分によく似た姿の少年。
今まで心の声に従って動いたことは無かったが、何故か司の心は突き動かされていた。

探してみるか・・

だがそんなことをすれば、周りの人間が興味を示すだろう。
もしかしたらあの少年は想像の産物で目の錯覚なのかもしれない。そう思おうとしたがどうしても気になっていた。


だがやがて忙しさに時は流され、あの少年のことは記憶の片隅へと追いやられていた。


そんなある日。
それは予想外の出来事として司の前に現れた。
運命のいたずらとはこういうことを言うのだろうか。
その日は邸を出るときから頭痛がしていた。いつもよりも痛みが鋭く、頭の中では誰かがさび付いた箱を無理矢理開けようとして金属が軋んでいる、そんな音がしていた。
おまけに目の焦点まで合わない。
執務室で書類の向きが変えられ渡されようとしたとき、司は何かの拍子に紙で指先を切ってしまった。
小さな痛みが走り切った箇所からうっすらと血が滲むのがわかった。
書類に血を付けるわけにはいかない。
司は受け取った書類をデスクの上に置くと息を吐いた。


司の署名が求められる書類。毎日数えきれないほどの書類が回されてくる。
その全てに目を通していた。
頭の痛みに気を取られ集中力が失われているのだろうか。
だがこれから会議に臨まなければならない。
頭が痛むからと言って会議を欠席することは出来ない。彼がいない会議なら開く必要などないと言われている。月に一度必ず行われる経営戦略会議は企業としての方向性を決める大切な会議だ。母親から経営を引き継いだ今、日本で立ち遅れている事業を前進させることが彼の使命だ。司は手渡された頭痛薬を飲み込むと立ち上がっていた。





類が予告なしで司を訪ねて来たのは何年ぶりのことだろうか。
ちょうど会議を終え、最上階の執務室へ戻った司を待っていた。
ニューヨークにいた頃、何度かそんなことがあったが、目の前に立つ男に会うのは随分久しぶりだ。花沢類は昔と変わらない態度でそこにいた。

「司、突然来て悪いけど俺と一緒に行って欲しいところがある。」

何年かぶりに会うというのに挨拶もなく、このあとの予定は全てキャンセルしろと言う顔はあらゆる感情を排除したように見えた。
印象的な瞳は影を落としたように暗く、話す口調は重苦しく感じられた。
そんな口調を耳にすると頭の痛みがますます激しくなっていくのがわかった。

「司に会って欲しい人間がいるんだ。若い男性なんだけど背が高くて髪は癖がある。目は鋭いんだけど視線は優しいよ。司の知り合いのなかに誰か心あたりはない?」

「そんな人間なら世の中にいくらでもいるだろ?」

司は類の余りにも真剣な表情に低い声で笑っていた。
なんの前ぶれもなく訪ねて来ることに不満はないが、このあとの予定を全てキャンセルしろということは受け入れられるはずがない。だが会わなければこの先後悔することになる。
おまえの一生にかかわる問題だと強く言われ、今までの類とは違った何かを感じていた。


一緒に行って欲しいところがあると口にはしたが、場所も理由も言わなかった。
類の行動は時間を無駄にしたくないとばかりせわしなかった。
何かあるのか。何かが起こっているのか?それが自分に関係あることなのか?
それを確かめなくてはいけないというのだろうか。


司が連れてこられたのは都内の病院の集中治療室の前。

「牧野。ごめん。余計なことだとわかってる。でも今はこうすることが一番いいと思うんだ。航君の為にも。」

つくしが腰かけた状態で顔を上げたとき、目に映ったのは類の顔。
そしてその後ろに見えるのはいつも見ている顔によく似た顔。
似ているわね。と言われたことは過去に何度かあったが他人の空似だと笑っていた。
だが今は言葉を失ったままその顔を見つめることしか出来ずにいた。

『 似て非なるもの 』

そんな言葉もあるがつくしの息子は父親である道明寺に似ていた。
外見だけと言うのではなく、心の奥底にある人としての優しさの本質が似ていた。
道明寺の優しさに触れ合えた時間は限られたものでしかなかったが、与えてくれたものはつくしの手元に残されたのだからそれで良かった。
たとえつくしのことを忘れてしまっていたとしても、手元に残されたものが彼女の生きる道を照らしてくれたのだから。

一緒に暮らしたことがあるわけでもないのに、親子というのは仕草までも似てくるものなのだろうか。まだ息子が幼い頃、そう漠然と思ったこともあった。勿論仕草だけではない。髪の毛、目、鼻筋、そして口元もそっくりだ。そんなことに目の前にいる男が息子の父親であるという事実を改めて思い出させていた。

つくしはかつて恋人だった男と17年ぶりに対面していた。

恋人であり、運命の人。

あの頃はそう思っていた。





航が交通事故にあったと連絡を受けたのは早朝、まだ日が昇っていない暗い時間で雨が降っていた。いつものように近くの新聞販売所から新聞を配達するために出かけた息子が車にはねられた。そのときつくしは配達を終えて戻ってくる息子のために朝食の支度をしていた。
夜間早朝に鳴る電話にろくなことはないと言うが、まさにその通りだと思った。
受話器をあげた瞬間、耳に飛び込んで来た言葉にそこから先のことはよく覚えていなかった。

運ばれたのは自宅からほど近い病院。
つくしは進に連絡を入れたがあいにく弟夫妻は旅先にいた。つくしの両親はすでに他界しており唯一の身内は弟夫妻だけとなっていたがすぐには戻ることは出来ないようだった。
そんな弟は花沢類に連絡を入れたらしい。そうでなければ今こうして目の前に類がいるはずがないからだ。


類__ 

昔と変わらない友情を今でも与えてくれる大切な友人だ。
つくしが高校を中退した後、何年か経って偶然出会ったのが類だった。
小さな子どもの手を引くつくしを見た類は事情を察してくれ、何かあればいつでも力になると言ってくれていたが、頼ることはしなかった。会えばどうしても道明寺を思い出してしまうから。


あのとき、道明寺が刺され昏睡状態に陥ったときの状況が思い出された。
まるであの日を再現しているような状況に、これは何かの間違いだと思いたかった。
あの日と同じように、これは真実ではない、悪い夢を見ているんだと思いたかった。




でもどうして?

どうして道明寺がここにいるの?

道明寺はいま、あたしの向う、ガラス窓の奥で目を閉じたままでいるはずだ。
沢山の器械に繋がれ、顔色は無くその体をベッドに横たえているはずだ。

そうでしょ?

あそこの寝ているのは・・

あれは道明寺でしょ?



違う。

あれはあたしの息子だ。

道明寺じゃない。

でもどうして・・


つくしは類を見た。

類なら今の自分が何を考えているのかわかるはずだ。そんな思いで顔を上げていた。

「牧野、司は航君の父親だからね・・たとえ今の司に記憶がなくてもこの状況で会わせておくことが司のためにもなるんだ。もしもの・・ことがあったとき、後悔しないためにも。わかるよね?牧野?」




ゆっくりと重なっていく光景。

時間が戻ることは決してないが、あのときのひとりの少女とふたりの少年の姿がそこに見えていた。

ひとりはベッドの上に横たわり、ひとりは涙が枯れて無くなるほど泣き続け、もうひとりの少年は泣き崩れる少女の傍にいてやることしか出来なかった。
そんなあの日の光景は大人になった少女の心の奥底に今でも焼き付いていた。



司はICUの前でガラスの向うにいる少年の姿を見ていた。
まるで自分がそこに横たわっているようだ。
そしてそこに横たわっている少年はあのとき、空港で見かけた少年だと気づいた。
少年が目を閉じていてもわかった。何か感じるものがあるというのはこういうことなのだろうか。

頭が割れるように痛んだ。


司は目の前にあるこの状況を自分が過去に体験したことがあるということを思い出していた。
あそこに寝ているのは自分で、ガラス窓のこちら側に立つ人間を遠い意識の中ではわかっていたということを。自分の名前を泣き叫ぶ声が耳に届いていなかったとしても、精神だけはガラス窓の向う側にいる誰かと繋がっていると感じていたはずだ。




「・・あの少年は・・」

「牧野の子どもだよ、司。」

類は司の隣に立つと、静かに事情を説明した。

「信号無視の車にはねられたんだ。雨の中、新聞配達の途中にね。」



司は足を一歩前に踏み出した。
歩みは遅くゆっくりと一歩ずつ前に進んでいた。
やがてICUとこちらを隔てるガラス窓の側まで近づくと両手をガラス窓についた。

「・・どう・・なんだ?あの子の容態は?」

自分によく似た少年は・・

若い頃の自分によく似た少年・・

彼はいったい誰なんだ?


すると突然、我が子の墓の前では泣きたくない。

そんな思いが彼の頭の中を過ると涙が目から溢れ、鼻を伝ってこぼれはじめた。


わかったのだ_



司は今、過去を旅していた。
これまでの人生が走馬灯のように頭の中を巡っていった。
思い出がじわじわと甦ってくる。なにもかもが違う・・違っている。
今まで真実だと思っていたことは違っていた。

そうだ_

ある女と出会い、その女が欲しくて欲しくてたまらなかった10代の頃の自分。
その女と一度だけ愛し合うチャンスに恵まれたこと。
そのとき幸せの頂きに立ったはずだったが一瞬でその幸せが奪われてしまったこと。
あれは船が埠頭に着き、降り立ってすぐの出来事だった。
刺されて横たわる自分に駆け寄ってきた女がいた。
あれから何年がたった?

17年_

そう自覚した途端、司の世界は足元から崩れ始めた。
心をかき乱されるような思い出が、17年間の記憶の重みが彼の心を苛んでいた。
どんな表情をしていいのか?笑っていいのか泣いていいのかわからなかった。
だが彼の目からは既に涙が溢れていた。
自分が置かれた状況に胸を突きさされたような痛みを感じていた。
それはあの日の痛みとはまったく違う心の痛み。

不意に言葉が口をついて出た。

「なんで・・こんなことになっちまったんだ?」

虚無感を抱え、生きることに大した価値を見出せずにいた男が呟いたひとこと。

「まきの・・俺は・・」

振り返った男の顔と、途切れた言葉。



失われていた記憶が戻った瞬間だった。








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コメント
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dot 2016.09.14 07:33 | 編集
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dot 2016.09.14 14:53 | 編集
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dot 2016.09.14 18:33 | 編集
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dot 2016.09.14 23:38 | 編集
子持**マ様
記憶が戻るに17年もかかりました。確かに遅いですよね^^
ふたり共独身ですのであとはつくし次第でしょうか?
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.15 00:01 | 編集
ホワ**スター様
記憶が戻りました。これでひと安心。
つくしと航君と司の親子の絆は・・・。
航くんどうなるんでしょう・・。
つくしちゃん次第ではないでしょうか(笑)
コメント有難うございました^^


アカシアdot 2016.09.15 00:06 | 編集
ち*こ様
司の記憶が戻りましたね。
あとは航君が・・
明日で終わりのこちらのお話です。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.15 00:10 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
後編が別れていたんです。長くなりすぎまして、どこかで切らなくては・・ということでこうなりました。
崩壊寸前で止まったんですね?では明日は安心ですか?(笑)親子三人の幸せを祈りつつお読み頂ければと思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.15 00:14 | 編集
さと**ん様
すみません・・( ノД`)シクシク…
泣かせるつもりはなかったんですが・・
明日でラストです(*^_^*)大丈夫です。←なにが?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.15 00:18 | 編集
ぴ*様
電車の中で読んで下さっているのですね?明日は・・どうでしょうか?大丈夫だと思うのですが・・^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.15 00:21 | 編集
マ**チ様
すみません!長くなりすぎて司の17年目の想起だけを一話に収めました。
明日は後編2/2です(笑)つくしちゃん、怒ってる?(笑)また面白いお話を下さるから笑いが止まりません(≧▽≦)
息子に起きた悲劇!!どうするんですかっ!(笑)このお話の息子さんも大変なのに!そっちの息子さんどころではありません!
もうリアルはグダグダです(笑)そして帰ってみたらパソコンのテンプレートのレイアウトがおかしなことになっているんです!コメント返信しながらも、新たなテンプレートを探す元気はありません(笑)もうこのお話はこのまま行きます(笑)
明日のラスト、またご感想などありましたらお待ちしています。でもあまり期待はしないで下さいね(*^_^*)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.15 00:35 | 編集
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