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2016
09.12

いつか晴れた日に 前編

母さん・・父さんってどんな人なの?

父さんの髪の毛も僕と同じなの?

教えて欲しいんだ。

どんな人なのか。

僕と同じように手は大きいのか。

僕と同じように背が高いのか。

どうしても知りたいんだ。








どうして僕を欲しがらなかったのか。









帰宅したつくしが見つけたのは、台所のテーブルの上に置かれていた手紙。
いつかはこんな日が来るのではないかと思っていた。
だがその日がなぜ今日なのか。

『 母さんへ
 どうしても会いたい人がいるから出かけて来る。
 帰りは遅くなるかもしれないから先に休んでいてもいいよ。
 でも明日の朝はいつもと同じ時間に出かけるから、心配しなくていいよ 』

簡素な文面は伝えたいことだけが書かれていた。
急に思い立ったのか、それとも計画していたことなのか。
前者の方が正解だと言っていいはずだ。

理由はわかっていた。
知ってしまったのだろう。

自分の父親が誰であるかを。



つくしは台所の窓から外を見た。
今日は風の強い一日で雲は早い速度で流れている。風の向きが変わったのか窓ががたついていた。今しがた通過した航空機が残したのか、ひこうき雲が浮かんでいるのが見えた。

青い空に刷毛で線を引いたように、残された雲は西の空へ向かって続いていた。
ぼんやりと眺めていれば、やがてその雲も空の青さにかき消されていった。
かき消されてしまった雲はどこへ行ったのか。そこには何も残ってはいなかった。
それはあの日まで二人の間に流れていた時間が一瞬にして失われたのと同じだと感じていた。

あの日はどうして起きてしまったのか。


あれからもう何年になるのだろうか?

つくしは遠い記憶の扉を開いていた。







あの日、病院の中は冷え冷えと感じられた。

目を閉じればいつも甦るのはあの日の光景だった。







「類、ど、どう・・みょう・・じは、彼は・・助かるの?助かる・・よね?」

つくしの頬には涙が流れたあとがあり、鼻水をすすりながらガラスの窓に両手をついていた。
右腕には採血後のテープがしっかりと貼られている。
輸血用に用意されていたB型の血液が足りず、自らの血液を提供していたが、それでもまだ足りないと言われ、自分の体中の血液全てを使ってくれてもいいと申し出ていた。
こんなとき自分の小さな体が疎ましかった。もっと体が大きかったら、もっと沢山自分の血を使ってもらえるはずだ。採血の間中、涙が止まらなかった。

人の涙というのは枯れることが無いのだろうか。涙を流すことがこんなにも辛いことだとは知らずにいた。それはまだ自分の人生が短いからだろうか。いや違う。人としての経験は短いが、今まで味わった哀しみの数だけは同じ年頃の人間よりも多いはずだ。



不公平だと思った。
やっと互いの気持が通じ合えたと思っていた。
それなのに神様は掴みかけた手を掴ませてはくれなかった。



「牧野・・ほら鼻水拭いて。大丈夫だよ・・司はこんなことで死ぬような男じゃない」

類はそう言ってハンカチでつくしの顔を拭いていた。

「どうみょうじ、お、おねがい・・・おねがいだから・・」

ICU、ガラス窓の向こうの部屋でベッドに横たわる長身な体は、点滅する光を発する沢山の機器に繋がれていた。だがつくしの目に入るのは、ベッドに横たわった男性の姿だけだ。
人工呼吸器に繋がれ、機械が出す断続的なビープ音が聞こえてくるようだ。
愛さずにはいられない男の瞳は閉じられ、顔はまったく生気を感じさせなかった。
その部屋の中で空気の流れが止まった時間があったはずだ。
空気の流れが止まる・・すなわち呼吸が止まるということだ。

「お、おねがいだから・・助かっ・・て・・どうみょうじ・・・」

つくしは両手をガラス窓にあてたままずるずると崩れるように床に座り込んでしまった。
ガラス窓には小さな手の跡ばかりがついていた。広げられた手のひらのあと、おそらく握りしめていただろう拳のあと。涙が飛び散ったのだろうかそんなあともついていた。

当時の二人はこれから新たな一歩を踏み出そうとしていた。
共に手を取って歩む未来を心に描いていたはずだ。

だが現実は違った。
司は暴漢に刺されたあと、生死の境を彷徨いつくしの記憶を失うこととなった。
そしてもう二度と彼女のことを思い出すことは無かった。

意識を取り戻した司は何度かまばたきをし目を覚ました。
そのときの彼にはつくしの事は記憶の欠片にもなかった。
つくしは司が記憶を失ったあの日から記憶が戻ってくれることを願い、邸に何度も顔を出した。
だが受け入れてもらえず、否定をされる日々が続いていた。
そんな日が続くと、やがてつくしも自分を否定され続けることが辛くなってしまい、邸を訪れることを止めてしまっていた。

あたしだけが知っていた道明寺はもういない。
それは別の人が彼の腕の中にいたからだ。
たとえあのときと同じように手を伸ばしたとしても、もう二度と掴んでもらえない。
彼の目を見てそう確信した。


やがて交わす言葉もなくなると、道明寺の心が見えなくなっていた。





妊娠を知ったのはそれから間も無くのことだった。


誰にだって時間は平等に流れていくはずなのに、ふたりの間には同じ時間は流れてはくれなかった。


誰か・・


時間を元に戻して・・


あの日に・・




突然耳に飛び込んで来たのは、救急車のサイレンの音。
つくしは、はっとすると首を軽く振った。
こちらに向かって近づいてくるサイレンの音を耳にすると、いつも緊張が走ってしまうのはあの時の影響なのだろうか。
そう思わずにはいられなかった。

つくしは手紙をテーブルの上に置いた。

台所にから居間へ行き、そこから襖一枚を隔てた自分の部屋へ入ると、押し入れの中に仕舞い込んでいるはずの靴箱を探していた。いつも布団の間に挟み込むように置かれているその箱は、痛んだ姿でそこにあるはずだ。

ない・・
箱がない。
確かここにあったはずだ。

だが小さなアパートの部屋の中、箱の行き場所はわかっていた。
いつかこんな日が来るとは思っていた。

かあさん、僕のとうさんはどうして一緒に暮らしてないの?

なんと答えたらいいのだろう。
答えを探したが自分でも納得できる答えが見つからずにここまで来た。
だが聞かれたのはあのとき一度だけ。
幼いながらも母親がすぐに答えなかったことから何かを感じたのだろう。
あの子は自分の中で勝手に答えを見つけたようだった。



とうさんは僕が欲しくなかったんだ・・・と。



16歳になる息子は中学に上がる頃になると、母親のことは自分が守らなければならないと思うようになっていた。男手が足りないということは不自由も多い。その不自由を感じさせないようにという気遣いさえも感じられるほどだった。
背は随分前に180センチを超え、逞しい体つきとなった息子。少年とはいえ精悍な顔立ちで、切れ長の瞳は澄んだ色をたたえていた。
周りからよく言われるのは、まるで彫刻を思わせるような顔。薄い唇はナイフのようだとも言われた。息子と似た唇から最後に聞いた言葉は冷たい罵りで、かつて優しい言葉を囁いてくれていたとは思えないほどだった。だが息子の口から語られる言葉はいつも母親を気遣うかのように優しかった。


声変りをした息子が、優しい言葉をかけてくれる度に思い出されることがあった。
だがそれも今はもう遠い記憶となっていた。

性格は真面目だが、どこが勝気なところがあり負けん気が強い子ども。
大人になるにつれ自分が誰でどこから来たのかを知りたがるのは当然だろう。
それは自分の命がどこから来たのかということだ。

つくしは息子の部屋へ行くと、思い出が詰まった箱をベッドの上に見つけた。
蓋が開かれた中には、青春時代が垣間見えた。

あのとき、ふたりが会った最後の日の風景が甦った。
返そうとしたが、結局渡すとこが出来ずに持ち帰ってしまったものがその箱には詰まっていた。
目に触れたと同時にふわっと何かが香ったような気がした。
それは感じられるはずのない懐かしい香りなのかもしない。いや。そんなことがあるはずがない。目に見えるものから匂いを感じさせるものはないはずだ。

箱の中身はふたりで野球観戦に出かけたときの半券、そこで手にしたボールや古いうさぎのぬいぐるみだ。このぬいぐるみは息子が小さな頃はいつも彼の傍にいた。

ああ・・

さっき香ったと思ったのは、このぬいぐるみが持つ匂いだったんだと気づいた。
汚れては洗ってを繰り返し、古ぼけてしまっていたぬいぐるみ。
箱から取り出すと懐かしさがこみ上げた。顔に近付け、深く息を吸った。

思い出すのはあの当時のふたり。

自分の年齢で愛せるだけ愛した人・・



両親はつくしが妊娠したことに驚いたが、黙って受け入れてくれた。
今まで頼りないと思っていた親も新しい命が宿った娘の意志を尊重してくれた。

産みたい。と言った娘の意志を。

高校は中退したが、これから先のことを考え卒業程度認定を取得した。
シングルマザーとして働いてきたつくしは、近くに住む義理の妹に息子の面倒を見てもらっていたことがある。息子は彼女のことを叔母さんとは呼ばず、お姉ちゃんと呼んでいた。
それは今でも変わらない呼び名。男の子の思春期特有の問題は弟が相談に乗ってくれていた。
父親がいなくても親子で仲良く暮らしていた。
子育ては決して楽ではなく大変だったが、息子も高校生になると新聞配達のアルバイトを始めていた。朝は早いがそれは苦にならないといって始めてはいたが、学業に支障が出るのではないかと心配した。
そんな気持ちを口にすれば、返される言葉はやはり優しさを感じさせた。

母子家庭にお金がいくらあっても余ることはないだろ?

親の思いをどれだけ汲み取ってくれたのか知らないが、勉強がおろそかになることもなく、成績は優秀だと言われていた。

だがいつも罪悪感に襲われていた。
かけがえのない息子ではあったが、彼の人生はもっと他にあったのではないかと言う思い。
それでもいつも自分に言い聞かせていた。
この子は幸せだ。
あたしはあの人を幸せにしてあげることは出来なかったがこの子は幸せにしてみせる。
とにかくそればかりを考えて生きてきた。

それでも息子は父親のことを気に留めないときはなかったはずだ。
だがあれから一度も聞かれることはなかった。決して興味を無くしたというわけではないのだろうが、聞かれることはなかった。

息子はハンサムになっていった。
ひどく低次元な言い方かもしれないが、周りからそんな目で見られるたび、ハンサムになっていくような気がしていた。父親に似てハンサムになっていくはずだ。
息子を知らない父親に似て。


つくしは靴箱の中からひとつの箱を取り出した。
小さな箱の中に収められているのは、あの子の父親から貰ったネックレスが入っている。永遠の輝きを放つ石が散りばめられたネックレス。もう長い間手に取ってみることはなかった。
そうしなかったのは彼を忘れるためだった。だがいつも自分の眼の前にいる息子がそうはさせてくれるはずもなく、忘れるということは永遠に成功しないということはわかっていた。

もし成功してしまったらどうだろう。
それはそれで悲しいことだとわかっていた。


妊娠を知ってからは動揺もあった。別れてしまったことの悲しみがないとは言えず苦しみもした。だが自分はひとりではないと・・お腹に宿った命と生きると決めたとき、新しい人生を生きると決めた。だからあの子の父親と連絡を取るつもりはなかった。
全てを忘れ去ってしまった男には新しい人生が待っているのだから。

だから息子にも父親のことを話しはしなかった。
だがいつかは知る事になる。
いつかは教えなければいけない。
法律上は関係がないとしても、生物学上では父親であるのだから。

父親が誰であるかを知る日。
それがたまたま今日だったということなのだろう。
自分が配達をしている新聞で、自分とよく似たあの人がこの国に帰ってくるということを知ったのだから。








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コメント
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dot 2016.09.12 07:47 | 編集
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dot 2016.09.12 10:32 | 編集
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dot 2016.09.12 12:09 | 編集
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dot 2016.09.12 19:28 | 編集
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dot 2016.09.12 21:02 | 編集
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dot 2016.09.13 00:10 | 編集
子持**マ様
複雑かつ怖い展開のように感じられましたか?^^大丈夫です短編ですので勝負は早いです。もう少しだけおつき合いを頂けると嬉しいです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.13 22:12 | 編集
ai様
ふたりに幸せを掴んで欲しいですねぇ。短編ですので結末はすぐそこです。もう少々おつき合い頂ければ・・と思っております。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.13 22:14 | 編集
じ**こ様
いつもお読み頂き有難うございます^^
拙宅にはいくつか記憶喪失のお話があります。殆どが短編ですがこちらも短編ですので勝負は早いです。感情移入してしまいましたか・・。月曜の朝からこんなお話ですがあと少しだけおつき合い下さいませ。コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.13 22:17 | 編集
う**ゃん様
大好きなシュチュエーションでした?(笑)
つくしちゃん司の子どもをひそかに産んで育てていました。もうすでに16歳です!
短編なのでスピードアップして行きます。もうすぐ終わりです。
読後スッキリして頂けるといいのですが・・(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.13 22:19 | 編集
司×**OVE様
なるほど。記憶喪失は覚悟を決めて読まれるんですね?
そんなに凄い波乱はないと思いますのでご安心下さい(笑)崩壊しないで下さいね!(ノД`)・゜・。
普段は明るい曲調なのに記憶喪失の時は「運命」のような曲が流れ落ち着かないんですか?(笑)ご安心下さい。短編ですので結末はすぐそこです。
記憶喪失は司とつくしにとっては運命のいたずらですよね?(笑)16~17年という長い運命のいたずらを作ってしまい申し訳ないです。短編が来る事情はお察しの通りです。(笑)コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.09.13 22:23 | 編集
ち*こ様
切ないですか?どんどん進めましょう(笑)
短編ですのですぐに終わります(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.13 22:26 | 編集
ゆ**丸様
司の記憶がなくなっても、忘れ去られてもいいんです。
つくしちゃんは司が好きだから。彼の忘れ形見が欲しい・・
そう思ったんでしょうねぇ。勇気がありますね、つくしちゃんは。
本当に究極の愛ですね!そんなつくしちゃんに幸せを・・
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.09.13 22:28 | 編集
ぴ*様
短編ですのでお話の展開は早いです。拙宅のこの二人とひとり。親子三人の運命はどのようになるのでしょうね?朝夕涼しさが感じられるようになりましたね^^季節の変わり目でしょうか。ぴ*様もお体ご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.13 22:31 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
お察しの通りです。今週は忙しくなりそうな予感がしていたのでこちらを・・(笑)
さすがマ**チ様、アカシア蜂蜜のことをよくご存じです(笑)
このお話を読んだマ**チ様御曹司はどんな態度に出るのでしょう・・(笑)
あっ!まだ卒倒したままでしたね(笑)
金曜までまだ長いですねぇ・・・ハァ・・(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.13 22:34 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.09.17 01:47 | 編集
L**A(坊ちゃん溺愛)様
本当ですね!間違いですね。訂正しました^^誤字脱字を見かけましたらぜひご連絡下さい。よろしくお願い致します(低頭)政略結婚してすぐに離婚していますが坊っちゃん、どうなんでしょうね?好きでもなんでもない相手と・・。してないと思いますよ(笑)恐らく。書いている私がそのつもりで書きましたので。コメント有難うございました^^

アカシアdot 2016.09.17 04:42 | 編集
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