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2016
09.08

恋人までのディスタンス 28

司はずぶ濡れになったが平然としていた。
髪も服もずぶ濡れになりながらも唇の端を上げて苦笑しているだけで怒りはしなかった。
水深は1メートルほどの池だ。
ふたりの体は水に沈んだがすぐに浮かび上がることが出来た。
万が一牧野が泳げなかった場合を考えたがこのハリネズミはどうやら水には強いようだ。

「おまえ、泳げるのか?」

つくしは顔にかかる濡れた髪の毛を払っていた。
池に落ちたショックで暫く呆然としていたが我に返ると喚きだした。

「いったいどういうつもりなのよ!道明寺は頭がおかしいんじゃないの?ど、どうしてあたしを・・池に突き落とすのよ!」

「アホか。誰がおまえを突き落としたって言うんだ。俺はおまえが落ちるのを助けようとしたんだ」

「た、助けようとするならどうしてあ、足なんか触るのよ!」

「おまえが急に立ち上がったりするからだ。それに触ろうとしたんじゃねぇ。足を掴んで座らせようとしたんだ。だいたいこんなボートで急に立ち上がるアホがどこにいるんだよ?この池は浅いからいいようなもののセントラルパークなんかじゃ足立たねぇからな。言っとくがあそこは水深が7メートル以上はあるからな」

「そんな問題じゃないでしょ?どうするのよ?あたし達こんなところで・・」

喚いていた声は周りに気づくとトーンを下げた。
池の中央でいい大人が喚いている姿は実に滑稽だ。
周りに浮かんでいるボートはいったい何が起きたのかとふたりを見ていた。

「心配するな。助けが来た」
その声の通りボート乗り場からふたりの所へ向かってボートが何隻かやって来ていた。

「支社長!大丈夫ですか?お怪我はございませんか?」
「ああ。問題ない。ちょっと水遊びが過ぎただけだ」
司は助けに来たボートにつくしを乗せるため、彼女の腰に手を回した。

「ちょっと・・な、なんなのよ!ど、どこ触ってるのよ!」
「おまえをボートに乗せんだよ。だから暴れるのはやめろ」
「じ、自分で乗れるわよ!」
腰に回された手から逃れようと、ボートの上から伸ばされた手を掴んだ。
「這い上がる気か?それじゃおまえパンツ丸見えになるぞ?」

つくしはスカートを履いていた。
今こうして水の中にいると布がふわふわと浮き上がって来ているのを感じていた。
自分の手でなんとか抑えてもボートの上へと引きずり上げられるなら確かにそうなる可能性があった。
周りに何隻ものボートが浮かび、注目を浴びるなかで下着まで注目をされるなんてことは避けたいはずだ。そんな状況が頭に浮かんだのか慌てて掴んでいた手を離していた。


唇を引き結んだまま何やら考えている女はどうやっても自分だけの力で池の中からボートに乗ることは出来ないはずだ。
「手を貸してやるよ」
そう言う司の口元には笑みが浮かんでいた。
「牧野、腕を俺の首にかけろ。動くんじゃねぇぞ?ちゃんと見えねぇように持ち上げてやる」

つくしは自分の体を見てから、司に視線を戻した。

いつまでも水の中でこうしているわけにはいかないと思ったのだろう。
険悪な顔で司を見たがもうこれ以上の醜態は避けたいと思っているようだ。
大人しく司の腕の中に収まると、水の中からボートの上へと降ろされていた。

司は大笑いしたくなっていた。
特別な美人というわけでもないのに牧野つくしが欲しくてたまらなくなっていた。
もっと揺さぶってやりたい。こんな気持ちになったことは今までなかった。
いい年した大人がふたりして池に落ちてそこで言い合っている。
牧野つくしといるとこんなことでも楽しく感じてしまう自分がいることに驚いていた。
そんなことを思いながら池に落ちる前に乗っていたボートからバックを取り上げると牧野に手渡していた。

「あ、ありがとう。ど、道明寺もは、早く上がりなさいよ?い、いつまでそこにいるつもりなの?」
「言われなくてもわかってる」
司はボートに這い上がると、靴を脱ぎ、なかの水を捨てた。

「それよりいつまでもそんな恰好じゃあ風邪をひく。早いとこ着替えた方がいい」
つくしと向き合った司は微笑みかけた。
「おまえのブラウス透けて下着まで丸見えになってるぞ?」

言われた本人は目を大きく見開いた。
その言葉に何か言い返してくるかとおもったが余程恥ずかしかったのだろう。
一度下を向いて自分の格好を確かめると司に視線を戻して来た。
何も言ってはこなかったが顔を真っ赤にしながら司を睨んでいた。


牧野つくしを興奮させるのは実に楽しかった。
今まで自分に対して率直にものを言う女がいるはずもなく、ましてや反論して来る女などいなかった。
だが今司の目の前にいる女は反論どころか手まで出て来るような女。
そのうえ言いたい放題の女。その言い方もどこか堅っ苦しくて、トゲトゲしい。

そんな態度が俺を煽っているなんてことに気づくわけないか・・この鈍感女は。
司は自分の前で神経質そうにしている女に目をやりながらこれからどうすればこの女からトゲトゲしさを抜くことが出来るかと考えていた。





髪も洋服もびしょ濡れになったつくしはこのままの格好で帰ることも出来ず公園の外で待っていた車に乗っていた。そこへたどり着くまで周囲の視線を集めていたが気にしている場合ではなかった。ブラウスは水に濡れて透けているし、靴は水を含んで歩くのにも一苦労で濡れた髪もそうだが体も冷えて来ていた。
自宅に送って欲しいと頼んだが道明寺のマンションの方が近いからという理由だけで行先は決まってしまった。

つくしは目まぐるしく思考をめぐらせた。
いくらこの男のマンションの方が近いからといって行けるわけないじゃない。
あたしはつき合ってもいない男のマンションへ軽々しく行けるような女じゃないわ。

「あの、道明寺・・さん・・あたしの家まで送ってもらえ・・」
彼は何か文句があるのかと言いげにつくしを見た。
「それは感心しねぇな。おまえの家はここからだと1時間以上かかるし遠すぎる。おまえのその格好で1時間もかけて帰って風邪でもひいたらどうするんだよ?困るのはおまえだろ?」
司はつくしをじろじろ見た。
「俺に何かされるとでも思ってんのか?前にも言ったが女を無理矢理どうこうしようなんて思ってねぇよ」
司はそれだけ言うと前を向いた。



車内は空調が効いているが、水に浸かった体が冷えない温度に設定されているようだ。
濡れた体を包むためのタオルも用意され、そのタオルで髪の毛を拭いていた。
つくしは司の頭をしげしげと見つめた。
髪はすでに乾き始めていた。不思議に思ったのは癖のある髪なのに池に落ちたときはまっ直ぐになっていた。だがそれも乾くといつものように癖のある巻き毛に戻っていた。

そのとき感じたのは憎たらしい巻き毛。

そんなふうに思っていた。







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コメント
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dot 2016.09.08 13:00 | 編集
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dot 2016.09.08 18:15 | 編集
子持**マ様
司は楽しんでいますねぇ(笑)
つくしをいじって遊んでいるようですね。
頭をフル回転させていますがどうも司には勝てません。
坊っちゃんあまりつくしをイジメないでね(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.08 22:10 | 編集
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dot 2016.09.08 22:19 | 編集
さと**ん様
張り込みをする「俺様とハリネズミ」(笑)「噂の刑事トミーとマツ」では『ト・ミ・コ!!』とマツが叫んでいたのが印象的でした。俺様とハリネズミの情事はどこで起きるのでしょうねぇ?(笑)現場を探さなくては(笑)そちらはいずれまた・・^^
こちらの司、大人の司ですので水に落ちても笑って済ませる余裕がありました。
今は憎たらしい巻き毛なんですねぇ(笑)油断するとハリネズミにむしり取られてしまうかもしれません。
いつか「愛しいクルクル」に変わるはずです!
コメント有難うございました^^ 


アカシアdot 2016.09.08 22:41 | 編集
イ*ン様
くるくる巻き毛に憎しみを持つつくし(笑)
なに気に気にしてますねぇ。
司はつくしをからかって遊んでいますので、つくしにしてみれば「ムカッ!」としていると思います(笑)
そんなつくしを見てますます楽しんでいる司。大人の余裕でいじっている感がありますねぇ(笑)
司はつくしが面白くて・・愛おしさを感じて来ていることでしょう^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.08 22:54 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
そうです。司はつくしが何をしても楽しい、面白い。一方でこの男っ!と思うつくし。両極にあるから惹かれるんだ。なんてことを言う司ですがふたりの距離は近づくのでしょうか?司の次の行動は・・大人の男、どうするんでしょうねぇ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.09.08 23:04 | 編集
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