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2016
08.31

恋人までのディスタンス 21

「なんだよ?ムカついてるのか?」
「ムカついてなんていません。ただ腹を立てているだけです!」
「腹が減り過ぎて腹が立ってるってのか?」
「違います!」
「じゃあなんで腹が立ってるんだよ?」

そう言われても困る。
何故かこの男といるといつもの自分ではなくなってしまうからだ。
つくしは道明寺司とホテルの最上階のフレンチレストランで向かい合っていた。

この男とは一度食事をした。いや厳密に言えばあれは優紀を交えての事情説明だ。
あの日はじめて道明寺司と優紀は全く関係がないことがわかった。
関係ない男を殴ったことに対し、反省と後悔で酷く落ち込んでいた。そんな状況で出された食事に手をつけるどころかこの男と目を合わすことさえ躊躇われていた。だからあの時は何を食べたか、それとも食べてないのか記憶になかった。


だが今はあの時の反省も後悔も取り消したい気分だ。
何故だかこの男にいいように振り回されている気がしてならなかったからだ。

つくしは向かいの男が美しい所作で食べ物を口に運ぶのを見ていた。
ふたりで激しく言い合いをしていた時には想像も出来なかったほどの優雅さが感じられた。
食事をすればその人の育ちがわかると言われるが、まさにその通りだと思った。
背筋が伸びた美しい姿勢。袖口から覗くワイシャツのカフスにも目が止まったが上品だった。

長くきれいな指を持つ手が優雅な仕草でカラトリーを持っているのは美しい。
目線は下を向いていてカールした前髪が少しだけ目にかかっていたがそれを邪魔くさそうに振り払うことはしなかった。食事中に髪の毛に触ることはマナー違反だからだ。
束の間ではあるが見惚れてしまっていた。この男は黙っていればまさに上流社会のプリンスだ。

「なんだよ?人の口元ばっか見てねぇでおまえも食え」
ちらりと視線をつくしに向けた。
さっきまで感じていた優雅さはどこへやら、口を開けばつくしを挑発して来る元の男に戻っていた。
「おまえまさか俺が食ってるモンが欲しいだなんて言うんじゃねよな?」
「バ、バカな事言わないでくれる?なんであたしがあなたの料理を欲しがらなきゃならないのよ?」
「なら、なんでおまえはさっきから俺のことそんなに見つめてるんだ?」
「べ、別に見つめてなんて・・」
そんなに長く見つめていたのだろうか。慌てて否定した。
「おまえ、自分から俺にキスしといて何も無かったふりなんか出来ねぇからな?」
「あ、あれはあなたが・・」
「俺がなんだよ?おまえに逃げるのかって聞いただけだぞ?」


あのとき逃げるのかという言葉を聞いて思わずこの男にキスをしてしまった。
逃げるという言葉には臆病者という意味合いが込められていたのがわかったからだ。
何故だかこの男に臆病者だなんて、そんなふうに思われたくはなかった。
だからそれを打ち消すためにあんなことをしてしまった。
逃げるのか・・
でもいったいあたしは何から逃げているというのか・・
確かに個人的関心を持たれることが嫌で、そのことに対して逃げようとしていた。
あたしを気に入ったと言って来る道明寺司が本気のはずがないじゃないという思いの方が強かったからだ。それに女性と永続的な関係を築くことを望まない男とつき合うなんてことはつくしには考えられなかった。

「なあ、言いたいことがあるなら言えよ?心の中で何がわだかまってるのか知らねぇけど俺に言いたいことがあれば言えばいい」

その口ぶりは先ほどまでとは打って変わって落ち着いていた。
つくしはためらったが自分を見つめてくる男の視線を受け止めた。
経営者然とし、堂々とした態度はこの男のビジネス上の姿なのかもしれないがある意味で真剣さが感じられた。

だがすぐには言えなかった。
こうして二人でこの男の偽者探しをすることになったが、あたしのことをからかいの対象として見ているのではないかと思っていた。
つくしは手にしていたナイフとフォークを静かに皿に置いた。

「あたしは・・あなたの・・道明寺さんの態度がよくわかりません。い、いったいあたしに何を・・求めているんですか?あたしと遊びたいと思っているならそれは無理ですから・・。 それから・・あたしのあなたに対する態度が・・その、誤解させるようなことだったとしたら申し訳ないんですが・・とにかく、あたしは男性と遊びでつき合うなんてことは出来ない女です。だからゲームをしたいなら他の女性として下さい」

つくしは言うと男の反応を待った。
もうこれ以上何を話していいのかわからなかった。

「なんだそんなことか」
司はそういうとグラスに手を伸ばしている。
「ちょっとそれあたしの水よ?」

つくしは自分の水が見る見る飲み干されていくのを見ていた。
こともあろうに人の飲みかけの水を飲むなんてことが信じられない。

「別に今さらだろ?互いの細菌を共有した仲なんだからな」
「た、互いの細菌って・・」
「そうだろ?キスしたら口ん中の細菌が移るに決まってるだろうが」

つくしは真剣に話しをしたというのに道明寺司は質問に答えるつもりもないし、話しをするつもりはないというのか。
それどころか細菌だとか訳のわからない話しを始めていた。
つくしの眉間に皺が寄った。

「なんだよ?その顔は?俺の細菌がおまえの口の中にうじゃうじゃいるかと思ったら耐えられないってことか?」
この男の細菌があたしの口の中にうじゃうじゃいる。
思わずその状況を想像してしまっていた。

「言っとくが、おまえの細菌も俺の口んなかで増殖してるかもな。おまえの細菌はおまえと同じでうるせんだろうな。それにどうすんだよ?細菌と一緒に腹の虫まで俺んとこ来てたら。」
と言って笑った。

「な、なによそれ!人が真面目に話しているって言うのにそんな話しなんてどうでもいいでしょ!」

つくしは自分の体が熱を持って来ているのを感じていた。
それは怒りなのか恥ずかしさなのかわからなかったがとにかく、人が真面目に話しているのに男の態度に腹が立っていた。

「もう・・いい・・」
足元に置いた鞄を取って立ち上がろうとした。
「座わってろ」
低い声で言われたがその声は無視しようとした。
「悪かった」
その言葉ににつくしは男の顔を見た。
「おまえの反応を楽しんでたことはあやまる。」
司はつくしをじっと見つめていた。
ふたりの目が合った。

「や、やっぱりあたしのこと・・からかうとか遊びの対象だとかそんなふうに見てたんでしょ!」
「おまえを遊びの対象だなんて考えてねぇよ。俺の目的は別にあった」

目的と聞かされてよからぬことが頭を過ったが慌てて打ち消したが聞かないわけにはいかなかった。

「も、目的?」
「なんだと思う?」
「な、なによ?そんなこと分かるわけないじゃない・・やっぱり・・」

からかわれている・・そう思った。

「またなんか余計なこと考えてるんだろ?おまえは・・。まあいい。俺の目的はおまえとのチャンスを作るためだ」
「チャンス?な、なによそれ・・」
「チャンスか?決まってだろ?親しくなるためのチャンスだ」
「ど、どこが親しくなるチャンスなのよ!」
「あ?だからキスしたり、マンション買っただろ?だけどな。キスはキスしたかったからであれは男としての純粋な欲望だ」
「い、いい加減にしてよ・・冗談はやめて・・」

つくしはこれ以上からかわれるのが我慢出来なくなり、司に食ってかかった。

「どうしてあたしなんかに欲望を感じるんですか!あたしだってそこまで初心じゃないわ・・欲望なんて言うけどそれは単なる・・?ちょっと話しが見えないんだけど・・」
「おまえは・・どこまで鈍感なんだ?だから頭が固すぎるって言ってんだ」
司は溜息をついた。
「男が欲望感じるって言ったら好きだからに決まってるだろうが!」
「だ、誰が誰を好きなのよ?」
「俺がおまえを好きだって言ってるんだ」









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コメント
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dot 2016.08.31 15:02 | 編集
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dot 2016.08.31 16:00 | 編集
子持**マ様
偽者探しなんてどうでもいいとばかりにつくしに迫る司。
鈍感な女はパニックになっています(笑)
「偽者探しはどうすんだよ?」と言っておきながらそんなことそっちのけの司です。恐らくそのあたりは抜かりなくだと思いますが、つくしの手前放ったらかしには出来ないでしょうねぇ^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.31 23:01 | 編集
ち*こ様
告白しましたが、何しろ相手は筋金入り鈍感なつくしちゃん。
社会人になって何年ですか!と、言いたいとことですが恋愛経験値が低いので男女関係に対しては初心なんです(笑)
こんな女性を相手にする司もある意味大変です^^
でも気に入ったんです、好きになったんだから頑張るしかないのでしょうね(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.31 23:07 | 編集
司×**OVE様
告白も・・ちょっとからかいながら・・つくしの反応を楽しみながらです。
でもあまりにもからかうと怒るのでほどほどで止めました。
大人の司くんの手練手管にかかるのかつくしちゃん。それとも逃げるのか。
さて、司はどうするのでしょうか。つくしちゃんはグルグル考える人ですが考え過ぎるのも良くないということでズバッと行くという手もあるのではないかと思いますが・・どうでしょうか(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.31 23:20 | 編集
さと**ん様
そうなんです。細菌を共有する仲になりました(笑)
うるさい細菌と俺様細菌が合わさると・・あばれはっちゃく細菌!(笑)
強力そうですね!(笑)
腹の虫が司のところに行っていたら面白いかもしれませんね。
いつもお腹を空かせているのはつくしですのでお腹が鳴る司はレアかもしれません。
こうなったら何でも共有して頂けることを願うばかりです。
的確に獲物を狙う司。目的意識が高いのはいいことですね!
さすがビジネスセンスがいいと言われるだけのことはあります。
大人坊ちゃんの恋愛戦略はいかに・・
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.31 23:42 | 編集
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dot 2016.09.01 00:35 | 編集
マ**チ様
月またぎの夜更かしですね(笑)
本日から9月ですね。しかし今年の夏は本当に暑かったですね。ですが司には暑さも寒さも関係ないように思われます。
つくしに対しては松岡修造並に熱い男かもしれません。口腔内での細菌交換(笑)何を考えてその発言?
本当に御曹司が入ってますよね(笑)え?次はDNA攻撃?(笑)そ、それは・・(´艸`*)
えーアカシアの若さはもう殆ど残っておりません(笑)
コメント有難うございました^^


アカシアdot 2016.09.01 22:35 | 編集
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