つくしの心臓は異常な程の早さで鼓動していた。
唇が押し付けられているせいで声はくぐもっていたがつくしは懸命に何かを言おうとしていた。それは紛れもなく「離してよ」と聞こえるはずだ。
こんなふうにキスされるのは、はじめてだ。男の欲望が感じられるようなキス。
逃げようにも逃げられず当然だがマンションのこの部屋に逃げる場所はないし隠れる場所もない。いったいこれから何が起きるというのだろう。つくしはどうすればいいのかわからなかった。
そのとき、突然離れていった唇。
ようやく息が出来るようになったと安堵した。
「いっ・・たい・・・どういうつもりなのよ!」
つくしはあはあと息を切らして男を睨んだ。
とてもではないが軽いキスではなかった。初めてキスをされた時は暗がりで襲われたような気分にさせられたが、二度目のキスは驚くほど甘いキスで唇から漏れたのは甘い吐息。
それはまさに本能的な反応だった。
おまえの負けで俺の勝ち。
そんな言葉を囁かれた。
つくしは眩暈がしそうになっていた。
この男を警戒していたのにまたキスをされるなんて信じられなかった。
道明寺司はつくしの客でもあるが、親友の前からいなくなった男を探すため渋々手を組んだパートナーだ。それだけにこれ以上ふたりの関係に何か起こるようなことだけはどうしても避けなければならなかった。それなのに今の自分は道明寺司の腕に抱かれているではないか。 つくしは男の腕の中で体をひねって離れようとした。
「こ、このままじっとしてるつもりなの?いい加減離してくれない?」
司は自分の腕の中にいる女を離した。その瞬間つくしの体はぐらりと傾いたがなんとか体勢を整えた。いつもよりヒールが低く歩きやすい靴を履いていて正解だったはずだ。
「ど、道明寺さん。これだけははっきりさせておきたいんです。いいですか?あたしとあなたはあくまでも・・し、知り合いというだけでキ、キスするような間柄ではないんですからこんなことをするのは・・」
「おまえが言いたいのは客とのつき合いに個人的感情を持ち込むのはよくねぇってことだろ?」
わかっていてなぜそれに反するようなことをするのか?
「そ、そうです。だ、だからあたしに個人的関心を持つことはしないで下さい」
多くの人間が道明寺司について言っていることは、ただしそれはあくまでも雑誌や週刊誌から手に入れた情報でしかないが、仕事に対しては決断力とビジネスセンスがずば抜けているということだ。そして恋愛に関しては永続的な関係を求めない男。次々に相手を変えるというわけではないが、長く続いた女性はいなかった。そんな男に興味を持たれても困る。
つくしは恋愛には奥手かもしれないが決して何も知らないというわけではない。
「どうかな」司の片方の口角がわずかにあがった。
「なにが・・」
「さっきから聞いてりゃおまえは俺を否定ばかりするけどその言葉のにはふらつきが感じられる。客だからとか、知り合いだとか言ってるけどさっきのキスはどうだよ?」
司はにやりとした。
「それにおまえが頭の固い女で保守的な人間だってことはわかるけど、もう少し女としての人生を楽しむ余裕ってのがあってもいいんじゃねぇのか?」
まるでつくしの人生がかわいそうだと言わんばかりの発言。
「う、うるさいわね!いちいちあなたにあたしのことをとやかく言われる筋合いなんてありません!頭が固いって言うけどちっともそんなことなんてありません!それに女としての人生なら楽しんでますからご心配なく」
余計なお世話よという気持ちで言い返した。
「ふーん。そうか?」
「そうよ!」
「何を根拠にそんなことが言えるんだ?」
「な、何をって何がよ?それに何についてそんなこと言ってるのよ!とにかく、そんなことあなたに関係ないでしょ?」
つくしは頬を染めて司を睨んだ。
「それに・・あなたがそこまで言うなら言わせてもらいますけどね、女としての人生を楽しむなんて、人によって楽しむ基準が違うのよ?ど、どうせあなたは女性と断続的なおつき合いしかしない人でしょ?ひとりの人を愛して永続的なつき合いをするつもりなんてないんでしょ?」
「へぇ。おまえは俺のことよっく知ってんな。けどな、がっかりさせてわりぃけど永続的なつき合いが出来るとか出来ねぇとかそんなもん頭の固い女にわかるのか?」
問い詰められるように言われ、つくしはこれ以上この男と自分との価値観について話し合うつもりはなかった。だから返事はしなかった。
それにこの部屋に連れて来られた目的なんてどうせあたしのことをからかうつもりだったんでしょ?そうとしか考えられない。
「ここにこれ以上いる意味があるんですか?いったいこの部屋で何がしたかったのかわかったものじゃないわ」
つくしにしてみればいつまたキスされるかと思うと落ち着かなかった。
これ以上この男とふたりっきりでいるわけにはい。
つくしは部屋を出ることにした。
「逃げるのか?」
司の目の前でカンカンに怒っていた女はドアの方へと向かっていたがくるりと踵を返し戻って来た。
「逃げるですって?」
つくしは眉間に皺を寄せて司に詰め寄った。
「あたしが何から逃げてるって言うのよ!」
すると司の上着の襟を掴むと自分の方へとグッと引き寄せた。
さっきとはまったく逆の状態でのふたりの立場がそこにあった。
司の顔が女の目の前に近付くと、いきなり唇を奪われていた。
つくしの方から奪った男の唇。
「どうよ!これでもまだあたしが頭の固い保守的な女だって言うつもりなの?キスのひとつやふたつなんてどうってことなんてないんだから!」
常日頃から何事にも前向きに取り組んでいると自負しているつくしは司の「逃げるのか」のひと言に腹がたった。そんな状況で思わずとった自分の行動に気づくまで数秒かかった。
奇妙な空気がそこに流れていた。
すぐ目の前にあるのは、綺麗に整った眉と三白眼の切れ長の瞳。すっと筋の通った高い鼻梁と形のよい口もと。それを呆然と見つめていた。
つくしは今しがた自分がしでかした出来事を頭の中で整理しようとしていた。
今あたしは何をしたの?
男の顔がにやりとほほ笑むとまっ白な歯が見えた。
つくしは掴んだままでいた男の上着の襟から慌てて手を離した。
この男に、道明寺司に自分からキスをしたの?
違う・・いつもの自分じゃなかったはずだ。
気持ちを落ち着けようとしていたがすぐ目の前でほほ笑む男の白い歯が眩しく感じられた。
道明寺という男は自分がどうすれば魅力的に見えるかということを知っているように思えた。だが普段ひと前で歯を見せて笑うなんてことはないはずだ。
その男がつくしの前で笑っていた。
逆につくしの口元はひきつっていた。
刺激的な対決の様相を呈してきたようだ。
そのことを楽しむ余裕があるのは司の方だろう。
男は手に入らないものに意欲をかき立てられるが牧野つくしがまさにそうだ。
司の前にいるのは大冒険をするというわけでもないだろうに、まるで前人未踏のジャングルの入口に立っているような佇まいの女。
どんな獣が出て来るのかと森の奥を窺っているようだ。
まさか俺のことを撃ち殺すつもりか?
もしそうなったとしても撃ち殺される前におまえを喰ってやるつもりだけどな。
冷静さを失った女はまっすぐ司を見ていたが、やがて視線を外すとさっきまでとは打って変わったような静かな声で言った。
「あの・・道明寺・・さん。さっきのことはなんでもありませんから、気にしないで下さい」
「おまえがそう言うなら」
司はとりあえず女の言葉にそう返していた。
「そ、そうです。気にしないで下さい」
だがふたりともそれが本当はそうでないことはわかっているはずだ。
あれだけ派手に言い合っていたふたり。
そんなふたりの間には奇妙な沈黙が流れていた。

にほんブログ村

人気ブログランキングへ

応援有難うございます。
唇が押し付けられているせいで声はくぐもっていたがつくしは懸命に何かを言おうとしていた。それは紛れもなく「離してよ」と聞こえるはずだ。
こんなふうにキスされるのは、はじめてだ。男の欲望が感じられるようなキス。
逃げようにも逃げられず当然だがマンションのこの部屋に逃げる場所はないし隠れる場所もない。いったいこれから何が起きるというのだろう。つくしはどうすればいいのかわからなかった。
そのとき、突然離れていった唇。
ようやく息が出来るようになったと安堵した。
「いっ・・たい・・・どういうつもりなのよ!」
つくしはあはあと息を切らして男を睨んだ。
とてもではないが軽いキスではなかった。初めてキスをされた時は暗がりで襲われたような気分にさせられたが、二度目のキスは驚くほど甘いキスで唇から漏れたのは甘い吐息。
それはまさに本能的な反応だった。
おまえの負けで俺の勝ち。
そんな言葉を囁かれた。
つくしは眩暈がしそうになっていた。
この男を警戒していたのにまたキスをされるなんて信じられなかった。
道明寺司はつくしの客でもあるが、親友の前からいなくなった男を探すため渋々手を組んだパートナーだ。それだけにこれ以上ふたりの関係に何か起こるようなことだけはどうしても避けなければならなかった。それなのに今の自分は道明寺司の腕に抱かれているではないか。 つくしは男の腕の中で体をひねって離れようとした。
「こ、このままじっとしてるつもりなの?いい加減離してくれない?」
司は自分の腕の中にいる女を離した。その瞬間つくしの体はぐらりと傾いたがなんとか体勢を整えた。いつもよりヒールが低く歩きやすい靴を履いていて正解だったはずだ。
「ど、道明寺さん。これだけははっきりさせておきたいんです。いいですか?あたしとあなたはあくまでも・・し、知り合いというだけでキ、キスするような間柄ではないんですからこんなことをするのは・・」
「おまえが言いたいのは客とのつき合いに個人的感情を持ち込むのはよくねぇってことだろ?」
わかっていてなぜそれに反するようなことをするのか?
「そ、そうです。だ、だからあたしに個人的関心を持つことはしないで下さい」
多くの人間が道明寺司について言っていることは、ただしそれはあくまでも雑誌や週刊誌から手に入れた情報でしかないが、仕事に対しては決断力とビジネスセンスがずば抜けているということだ。そして恋愛に関しては永続的な関係を求めない男。次々に相手を変えるというわけではないが、長く続いた女性はいなかった。そんな男に興味を持たれても困る。
つくしは恋愛には奥手かもしれないが決して何も知らないというわけではない。
「どうかな」司の片方の口角がわずかにあがった。
「なにが・・」
「さっきから聞いてりゃおまえは俺を否定ばかりするけどその言葉のにはふらつきが感じられる。客だからとか、知り合いだとか言ってるけどさっきのキスはどうだよ?」
司はにやりとした。
「それにおまえが頭の固い女で保守的な人間だってことはわかるけど、もう少し女としての人生を楽しむ余裕ってのがあってもいいんじゃねぇのか?」
まるでつくしの人生がかわいそうだと言わんばかりの発言。
「う、うるさいわね!いちいちあなたにあたしのことをとやかく言われる筋合いなんてありません!頭が固いって言うけどちっともそんなことなんてありません!それに女としての人生なら楽しんでますからご心配なく」
余計なお世話よという気持ちで言い返した。
「ふーん。そうか?」
「そうよ!」
「何を根拠にそんなことが言えるんだ?」
「な、何をって何がよ?それに何についてそんなこと言ってるのよ!とにかく、そんなことあなたに関係ないでしょ?」
つくしは頬を染めて司を睨んだ。
「それに・・あなたがそこまで言うなら言わせてもらいますけどね、女としての人生を楽しむなんて、人によって楽しむ基準が違うのよ?ど、どうせあなたは女性と断続的なおつき合いしかしない人でしょ?ひとりの人を愛して永続的なつき合いをするつもりなんてないんでしょ?」
「へぇ。おまえは俺のことよっく知ってんな。けどな、がっかりさせてわりぃけど永続的なつき合いが出来るとか出来ねぇとかそんなもん頭の固い女にわかるのか?」
問い詰められるように言われ、つくしはこれ以上この男と自分との価値観について話し合うつもりはなかった。だから返事はしなかった。
それにこの部屋に連れて来られた目的なんてどうせあたしのことをからかうつもりだったんでしょ?そうとしか考えられない。
「ここにこれ以上いる意味があるんですか?いったいこの部屋で何がしたかったのかわかったものじゃないわ」
つくしにしてみればいつまたキスされるかと思うと落ち着かなかった。
これ以上この男とふたりっきりでいるわけにはい。
つくしは部屋を出ることにした。
「逃げるのか?」
司の目の前でカンカンに怒っていた女はドアの方へと向かっていたがくるりと踵を返し戻って来た。
「逃げるですって?」
つくしは眉間に皺を寄せて司に詰め寄った。
「あたしが何から逃げてるって言うのよ!」
すると司の上着の襟を掴むと自分の方へとグッと引き寄せた。
さっきとはまったく逆の状態でのふたりの立場がそこにあった。
司の顔が女の目の前に近付くと、いきなり唇を奪われていた。
つくしの方から奪った男の唇。
「どうよ!これでもまだあたしが頭の固い保守的な女だって言うつもりなの?キスのひとつやふたつなんてどうってことなんてないんだから!」
常日頃から何事にも前向きに取り組んでいると自負しているつくしは司の「逃げるのか」のひと言に腹がたった。そんな状況で思わずとった自分の行動に気づくまで数秒かかった。
奇妙な空気がそこに流れていた。
すぐ目の前にあるのは、綺麗に整った眉と三白眼の切れ長の瞳。すっと筋の通った高い鼻梁と形のよい口もと。それを呆然と見つめていた。
つくしは今しがた自分がしでかした出来事を頭の中で整理しようとしていた。
今あたしは何をしたの?
男の顔がにやりとほほ笑むとまっ白な歯が見えた。
つくしは掴んだままでいた男の上着の襟から慌てて手を離した。
この男に、道明寺司に自分からキスをしたの?
違う・・いつもの自分じゃなかったはずだ。
気持ちを落ち着けようとしていたがすぐ目の前でほほ笑む男の白い歯が眩しく感じられた。
道明寺という男は自分がどうすれば魅力的に見えるかということを知っているように思えた。だが普段ひと前で歯を見せて笑うなんてことはないはずだ。
その男がつくしの前で笑っていた。
逆につくしの口元はひきつっていた。
刺激的な対決の様相を呈してきたようだ。
そのことを楽しむ余裕があるのは司の方だろう。
男は手に入らないものに意欲をかき立てられるが牧野つくしがまさにそうだ。
司の前にいるのは大冒険をするというわけでもないだろうに、まるで前人未踏のジャングルの入口に立っているような佇まいの女。
どんな獣が出て来るのかと森の奥を窺っているようだ。
まさか俺のことを撃ち殺すつもりか?
もしそうなったとしても撃ち殺される前におまえを喰ってやるつもりだけどな。
冷静さを失った女はまっすぐ司を見ていたが、やがて視線を外すとさっきまでとは打って変わったような静かな声で言った。
「あの・・道明寺・・さん。さっきのことはなんでもありませんから、気にしないで下さい」
「おまえがそう言うなら」
司はとりあえず女の言葉にそう返していた。
「そ、そうです。気にしないで下さい」
だがふたりともそれが本当はそうでないことはわかっているはずだ。
あれだけ派手に言い合っていたふたり。
そんなふたりの間には奇妙な沈黙が流れていた。

にほんブログ村

人気ブログランキングへ

応援有難うございます。
- 関連記事
-
- 恋人までのディスタンス 20
- 恋人までのディスタンス 19
- 恋人までのディスタンス 18
スポンサーサイト
Comment:5
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

子持**マ様
君たちが会う目的はなんなんだ!本当にそう言いたいですよね(笑)目的はそっちのけになりそうですよね?
偽者は司が本気で探そうと思えばすぐにでも・・
ハイスペックな男の恋愛物語。頑固者つくしちゃん相手にどうするのでしょうねぇ^^
拍手コメント有難うございました^^
君たちが会う目的はなんなんだ!本当にそう言いたいですよね(笑)目的はそっちのけになりそうですよね?
偽者は司が本気で探そうと思えばすぐにでも・・
ハイスペックな男の恋愛物語。頑固者つくしちゃん相手にどうするのでしょうねぇ^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2016.08.29 23:11 | 編集

チ**ム様
お名前了解しました^^
司くん、つくしちゃんからキスされて嬉しい?と、聞いてみたいですね(笑)
拙宅の司は若干プレーボーイが入っているようです(笑)
つくしちゃんはこんな司をどうあしらうのでしょうか?二人の距離が早く縮まるといいのですが・・
キスばかりして本当に困った司ですね!(笑)
チ**ム様もご無理はなさらないようにして下さいね。
コメント有難うございました^^
お名前了解しました^^
司くん、つくしちゃんからキスされて嬉しい?と、聞いてみたいですね(笑)
拙宅の司は若干プレーボーイが入っているようです(笑)
つくしちゃんはこんな司をどうあしらうのでしょうか?二人の距離が早く縮まるといいのですが・・
キスばかりして本当に困った司ですね!(笑)
チ**ム様もご無理はなさらないようにして下さいね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.08.29 23:21 | 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます

さと**ん様
このつくしちゃん、興奮すると手が出る口もでる。(笑)
司の態度にムカっとしたのでしょうか。
キスのひとつやふたつ・・なんて言ってますが本当はどうなんでしょうね(笑)
ジャングルの入口で佇むつくし。
深いジャングルの暗闇の中で司が待っている。←?あれ?なんだか別のお話ですね?(笑)
猛獣司の猛獣を喰うお話はエロ曹司の方で・・^^
コメント有難うございました^^
このつくしちゃん、興奮すると手が出る口もでる。(笑)
司の態度にムカっとしたのでしょうか。
キスのひとつやふたつ・・なんて言ってますが本当はどうなんでしょうね(笑)
ジャングルの入口で佇むつくし。
深いジャングルの暗闇の中で司が待っている。←?あれ?なんだか別のお話ですね?(笑)
猛獣司の猛獣を喰うお話はエロ曹司の方で・・^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.08.30 22:20 | 編集
