fc2ブログ
2016
08.20

恋人までのディスタンス 13

「それで?いつ俺がおまえの親友を傷つけたっていうんだよ?」

それはつくしが道明寺司に言った共通の友人の話しに繋がっていた。
ふたりの間には共通の友人がいるはずだと言ったのは松岡優紀のことだ。
だが、どうやらつくしが考えていたことと話しの方向が異なって来ていることは分かっていた。

この男は優紀を傷つけてなんてなかった。

話しは実に簡単だ。
目の前に座る男は松岡優紀のことを全く知らなかった。当然だが優紀もそうだ。
この男は優紀の恋人でもなんでもない、正真正銘の道明寺司だ。
そう。優紀がつき合っていた男は道明寺司本人ではなかったということだ。

だが優紀がつき合っていたという相手は道明寺司の名前を語っていたと言うことに間違いはなかった。でもどうして優紀が自分の恋人だった道明寺と名乗った男を本物の道明寺司だと思ってしまったのか。
それは顔が似ていたからだ。世の中には自分に似た顔の人間が最低でも3人いると言われるが、優紀がつき合ったのはその中の一人なのかもしれない。
ドッペルゲンガーと呼ばれる現象がこの東京であったということだ。自分と同じ姿の自分を見るなんてことは気持ち悪いとしか言えないが、第三者が見かけた場合、その相手が自分のよく知っている人物の名前を名乗ればそうだと信じるはずだ。だから優紀がつき合った相手は自分よりも有名な男の名前を名乗って優紀を信じさせたということだろう。
確かにこの男は有名人で名前も顔も知られているが、今まで本物を見たことがない人間ならよく似た風貌の男が目の前に現れれば信じてしまうかもしれない。
ましてや自分が道明寺だと名乗った相手にまさか身分を証明しろとは言えなかったはずだ。



本当なら今のつくしが思い浮かべていたのは、優紀が自分の気持にケリをつけて前を向いて歩いて行く姿だったはずだ。

だがそれは目の前の道明寺が優紀の恋人でなかったことで泡と消えていた。

「それで?」司は聞いた。
「あんた誰だ?」
「ま、松岡優紀です・・」
「で、あんたがつき合ってた相手は俺の名前を名乗ってたってわけだよな?」
「そ、そうです。彼は自分の名前を道明寺司と名乗っていました。あ、あたし・・まさかあの有名な道明寺さんがあたしとつき合うことになるなんて・・」

優紀は言葉に詰まった。恋人だと思っていた相手は嘘の名前を名乗っていたうえに消えてしまったのだから自分が騙されて捨てられた女のように感じていたはずだ。

「で、どこで声をかけられたって?」
「ここです。メープルのラウンジでコーヒーを飲んでいる時に声をかけられたんです」
道明寺財閥が経営するホテルで道明寺司に似た男の大胆な行動には三人とも驚いたはずだ。

マンションでの一件からあの場所ではゆっくり話しも出来ないと道明寺司に連れてこられたのがメープルだ。
優紀は本物の道明寺司に事の成行きを話していた。
語られた話しはとてもではないが恋人同士の関係とは思えないような内容だ。

ふたりがつき合うにあたっては自分の立場もあるので秘密にして欲しい。週刊誌で色々と噂されることもあるがそんなことは信じないで欲しい。会う時は自分から連絡するので優紀からは連絡しないで欲しい。と、まあ言い方は悪いが日陰の女のような扱いだ。

つくしは目の前に出されていた料理を口にすることが出来ずにいた。
マンションを後にしたのは午後9時を回っていて夕食を食べ損ねたつくしは道明寺司の前で盛大に腹の虫を鳴らしていた。
テーブルに着いたとき、コーヒーだけで結構ですと言ったがそんなつくしの前に出された料理は道明寺司が用意させたものだ。余程食べ物に飢えていると思われたのだろうか。
普段ならよく知らない人間に食事をご馳走になることなどなかったが、今回の事で動揺を隠せないつくしは今の状況を黙って受け入れていた。

黙る以外なかった。
つくしの取った行動は間違いだったのだから何も言えなかった。
どうしてこんなことになっているのか、どういうわけだが知らないが要は他人の空似なのか、全く関係のない男に因縁をつけたようなものだった。

椅子に深く座りこんで下を向き道明寺司の顔を見ることが出来なかった。
優紀がマンションの部屋から出て来て中にいるのは自分の恋人だった道明寺司じゃないと言ったとき、自分の思いがどこに向かっているのかわからなかった。
それは心のどこかで道明寺司とのキスが忘れられない経験になることはわかっていたからだ。
親友を蔑ろにした男だと思っていたときは、そんなことなんて考えもしなかったのに優紀の話しを聞いた途端、心が揺れたのがわかった。

「あの、道明寺さん・・つくしが、つくしがあなたに・・あたしを会わせるために色々と手を尽くしてくれたんです」
優紀は悲しそうにほほ笑んだ。
「だから・・もしつくしがご迷惑をかけたとしたらあたしのせいなんです」

司はウェイトレスが運んで来たコーヒーを口にすると黙ってつくしの顔を見つめていた。
マンションでは上着を脱いでいたが、ここに来てまた着ていた。外してあったワイシャツの二番目のボタンもはめていた。

目の前でうつむき加減で皿を見つめている女が自分に近づいて来た理由は親友のためだったと聞かされたとき、心のどこかでこの女も他の女と変わらないと思っていた考えはなくなっていた。友人たちに仕掛けられたゲームの駒だと思っていたがそうではなかった。
それにしても酷く落ち込んだ様子でいるのは何故か。
腹を空かせているはずだが目の前の皿を見つめるばかりで手をつけようとはしない。

「牧野つくし。おまえは親友の望みを叶えたいのか?」
不意に話しかけられたつくしは視線を上げた。
「えっ?」
優紀と道明寺司の会話は頭の片隅で聞いてはいたが内容は頭に残ってはいなかった。
「聞いてねぇのか?おまえはこの松岡が昔の男に会うために手助けをするつもりなのかって聞いたんだ」
つくしが目にした光景は目の前の男のまつ毛がうらやましいほど長いということだ。
なぜそんなことに気を取られたのかわからないが、つくしは男の目をじっと見つめていた。
「そ・・・」
そうだと言いたかったが躊躇していた。
どうやったら優紀の恋人だった男を探し出すことが出来るのか考えつかなかったからだ。
それよりも自分がしでかした失態・・あのとき・・パーティーでこの男にパンチを食らわせてしまったことに対しての後悔が津波のようにつくしに襲いかかっていた。
責任感の強い人間というのは失敗に対しての罪の償いに重きを置く。その償い方も色々とあるが全く関係のなかった男を殴ったことに対しどう責任をとればいいのかそればかりが頭の中を過っていた。

「俺が手伝ってやろうか」
つくしは自分の耳を疑った。

司は自分がどこかおかしいのではないかと自問した。
今まで女といて自らが何かしてやろうという気になったことはなかったからだ。
そうだ。そんなことをした記憶はなかったしこんな経験は初めてだ。
だが、ここで大切なのは司には目論見があるという点だ。

「そ、そんなことしてもらう理由は・・」つくしはごくりと唾を飲んだ。
「俺の名前を語って女を喰い物にしてるなんて許せるわけねぇだろ?」
司は口の端をあげてにやりと笑った。
「これは俺の名誉にかかわる問題だ。そうだろ?それともおまえは俺がおまえに理由もなく殴られたことを黙って受け入れろって言うのか?」咎めるような目で見つめられた。
「俺を殴った理由ってのは松岡のことがあったからだろ?その原因を作ったのは俺の偽者だってことだろ?」


「いえ・・あの・・」
つくしは殴ったことを持ちだされると恥ずかしさにいたたまれなくなった。
あのときは侮辱されるようなことを言われカッとしてしまったこともあったし優紀のこともあったということで殴ったことを正当化しようとしていた。だが真実は別にあるとわかった今は何もなかったような顔は出来なかった。

友情に厚く、責任感の強い女は司の言葉に返す言葉が見つからないようだ。
司の目論みとは。ずばりこの状況を作り出すことだった。
自分の犯した罪・・とまで言わないがその行動に責任を取らせることを思い付いたからだ。
「牧野、おまえも俺の偽者を探すのを手伝え。それが俺を殴ったことに対しての責任の取り方だ」
つくしはそう言われた以上手伝わないなんてことは言えなかった。









にほんブログ村

人気ブログランキングへ

応援有難うございます。
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.08.20 06:42 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.08.20 11:37 | 編集
椿お**ん☆様
誤解は解けたのですが・・
司はつくしをどうするのでしょうねぇ(笑)
続きを気にして頂けるように・・と思っていますがご期待に沿えることが出来るか不安です(笑)
まだまだ暑そうですね!秋の気配はまだ遠いと感じております(^^)
いつもお心遣いを頂きありがとうございますm(__)m椿お**ん☆様もお体にはお気を付けてお過ごし下さいね。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.20 23:34 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
偽者司と言えばあの人ですよね(笑)
さて、この先司とつくしはどう動いて行くのか・・
司はつくしのことが気に入っているようですよ?
欲しい半分面白い女だな・・と言う感じなのかもしれません。
明日は日曜ですね。御曹司・・書きました(笑)
さて坊ちゃんどんなことを致すのでしょうか(笑)
楽しんで頂けるといいのですが・・
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.20 23:40 | 編集
L**A様
坊ちゃんが優紀ちゃんを騙すわけないですよね?
偽者がそんなことをしたようです。偽者と言えばあの人!
でも同じ顔でも坊ちゃんの方がいいですよね!!
L**A様は坊ちゃん独占中でしたね(笑)羨ましいです!
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.20 23:47 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.08.20 23:52 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
本当にいつも楽しい御曹司を有難うございます!!明日の御曹司も少し長いのですが先ほど仕上げました。
あれですね?例の行為を致した為に浮気の疑いがあるつくしちゃん・・明日のお話で何か解決の糸口でもあればいいのですが・・・難しいかもしれません。でもそこはマ**チ様の想像力でなんとかお願いします。マ**チ様の御曹司は愉快です!特に西田さんの突っ込みがなんとも言えません!!
「恋人までの~」はもちろん司にはつくしの初めてを差し上げたいと思っています。だって坊ちゃんが嬉しがるところが見たいのでこればかりは譲れません(笑)ただ司がどうつくしを攻めるのかが問題ですよね・・
ところで陸上男子400Mリレー!!凄いですね!感動モノです。オリンピックも終盤ですが夜更かし同盟はいつものように健在です!コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.21 00:14 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top