恋人までのディスタンス 8

次の日つくしはマンションの前で田中様の到着を待っていた。
既に日は落ちていて薄暗いがマンションの敷地内には明かりが灯っている。
アメリカ帰りの田中様。
いったいどんな女性なんだろうかと考えていた。
中村課長が言った若くないと言う言葉につくしが想像したのは、６０代前半で品の良さそうな女性だ。つくしの頭の中で出来上がっているイメージは、アメリカでの事業に成功し、老後は日本で過ごしたいと帰国を決意したということしか思い浮かばなかった。
と、いうことは向うで培ってきた全てを処分しての帰国なのだろうか？
それはそれで大きな決断だと感心していた。

このマンションはとにかく値段が高い。
それなのに即完売するということに驚きを隠せなかったが世間には思った以上にお金持ちが多いということだと実感していた。
つくしはひと足早くマンションに到着すると中を見て回っていた。広々とした部屋には当然ながら何もなかったが、もし自分が買い手ならという思いで部屋を見ればここにこんな家具を置いて、こんなカーテンをかけてと夢を描くことが出来た。

立地条件もさる事ながら外観も内装もすばらしい。
だが内装は好きな様に変えることが出来るのだから現状が気に入らなければ変えてもらえばいい。それにしてもこのマンションからの眺めは最高だ。夜景は見たことがなかったがそれもこれから目にするはずだ。
一通り見て回ったつくしは待ち合わせの１９時が近くなると部屋を出てマンションの１階へと向かった。


つくしは腕時計を見た。約束の時間から既に４０分が過ぎていた。
待ち合わせは１９時にマンションの前だ。この時間の都内は交通量も多い。田中様はここまでお車なのだろうか？もしかしたら道が混んでいるのだろうか？それとも都合が悪くなったのだろうか？携帯電話を確認してみたが会社からの着信は無かった。

どうしよう・・

もうすぐ１時間になる。
お客様の連絡先はわからないから電話をかけて状況を確認することも出来ない。
もう少しだけ待ってみようか？
それとも紹介を受けた中村課長に連絡をしてみようか・・

そのとき、マンション前に黒いリムジンがゆっくりと横づけされた。
つくしは安堵した。この車が田中様の乗った車ではないかと思った。このマンションの最上階を購入できる現金があり、アメリカ暮らしが長かった女性。となるとこの車のイメージにぴったりではないかと感じた。
まず車から降りて来たのは運転手だ。
さすがだ。リムジンで現れるような人間は自分でドアを開けたりしないらしい。
それに年配の女性だとすれば介添えが必要なのかもしれない。
もしかして車椅子を必要としているとか？

つくしは気を引き締めた。もし手伝いがいるなら進んでするつもりだ。
幸いこのマンションは全てにおいてフラットな設計になっている。マンションの門から正面玄関に続く道も段差がないのは勿論だが、その先のエントランスロビーまでも段差のない造りになっていて、ここなら例え車椅子だとしても問題がないはずだ。




司は贅沢な車内から牧野つくしの姿を見ていた。

いい気分だった。あの女が車の外にいてかしこまった顔でこちらを見ている姿がなぜか滑稽だった。少なくとも車の中の人物に対して歓迎の意を示しているのだろうが、その表情は対お客様用といった顔をしていた。濃紺のスーツに黒い髪は後ろでひとつにまとめられていて、この姿が本来の牧野つくしの姿だと知った。
あのパーティーの姿も良かったが今の姿の方が本人らしさを現していると思っていた。

だがこのドアが開かれた瞬間、今の牧野つくしが示している歓迎の態度はどう変わるのか？　それが楽しみでならなかった。
こいつが大歓迎して迎えてくれるとは思わないが、司の方は大歓迎だった。
早く驚く顔が見たいと思っていた。
知る必要があることは、とりあえずは後でいい。


横づけされたリムジンのドアが運転手によって開けられた。
そこからまず目にしたのは長い脚とぴかぴかに磨かれた黒い革靴。
そして高級スーツに身を包んだ背の高い男だった。

「あ、あなた！ど、どうみょうじ・・」

つくしは目を大きく見開いていた。
その顔はまさに驚愕の表情と言っていいだろう。
運転手をうしろに現れたのは、あろうことか道明寺司だった。
あの衝撃的な二人の出会いから２週間。
司は降り立った歩道の上でつくしを見ていた。








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