つくしこと牧野つくしはシンデレラストーリーには興味が無かった。
今この会場にいるのは別にお金持ちの夫が欲しいわけではない。
それにハンサムでお金持ちの男性がやって来て自分をさらって行くだなんて考えたこともなかった。何か問題があれば全て自分の力で解決してきた。昔から独立心が旺盛で面倒見がいいと言われていたつくしは親友の姿を見るに見かねてこの場所に来ていた。
つくしは道明寺司について知ってはいたが、それはあくまでも一般的な知識としてで、個人的な興味は全く無かった。
知識と言っても仕事の成功者としての功績とか、どこかの女優とつき合っていて別れたとかそんなものだ。だが新聞や週刊誌に載ることを嫌う男だ。その姿が多くの人の目に触れることは必ずしもあるとは言えなかった。
洗練された優雅さを好む男と言われているだけに醜態を晒すことは好まないはずだ。
だからパーティーのように人が大勢いるところでならつくしの話しにも耳を傾けてくれるのではないかと踏んでいた。そうだ。それに人目が多いから安全だと思っていた。
ただ、どうしたら道明寺司の傍に近寄ることが出来るのか・・それだけが課題だった。
だが今日のパーティーでは道明寺司本人がつくしのところまでやって来たのだからこうして話をするチャンスを得た。
つくしが自分の名前を告げようとしないのは、決してわざとでは無かった。
興味があれば相手の方から聞いてくるだろうと思っていたからだ。
だが聞いてこないところを見るとつくしに対して興味がないのかもしれない。
やっぱりあたしの女としての魅力なんてこんなものなんだ・・
この男がどんな女に惹かれるかなんて興味がないけど今回ばかりは自分に関心を持って欲しいとつくしは望んだ。
つくしのことをじっと見ている男の顔には傲慢さが浮かんでいた。
何も言わないつくしに対し、目の前の男も何も言わなかった。
だけどここで尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
つくしは女としての魅力には欠けるかもしれないがそれは仕方がないと思った。
だが何か言わなくてはと考えた。それに今は自分が女としての魅力に欠けるとかそんなことを考えてる場合ではなかった。
「嘘でしょ?」
つくしは勇気を出して言った。
「このパーティーがいいパーティーだなんてこと全然思ってないくせに。道明寺さん、退屈そうだもの」
退屈なパーティー。
司に向かって放たれた言葉は彼の気持の核心に触れていた。
繰り返されるパーティーは退屈で気づけばいつも他のことを考えていた。
「退屈か?」
「そうよ。道明寺さんはいつも退屈そうだったもの」
つくしは二人を興味深そうに窺う客たちを尻目に会話を続けていた。
「へぇ」司の片眉が上がった。
「いつもか?俺のことそんなに見てたって?」
司の低音の声の響きにつくしの背筋はぞくりとした。
女に見られることなど当然だと思っている男が今さら何を言っているのか。
「ええ。きっとどんなパーティーに出てもいつも退屈な顔をしているはずよ?」
「随分と俺のこと分かったような口を利くけど、そういうおまえはいったい誰なんだ?」
問いただすような口調で視線は鋭かった。
女が言ったことは嘘ではない。まさにそのとおりだ。
だが興味を持った女の口から出て来る言葉はなかなか辛辣で、今まで司の周りにいた女とはどこか違っていた。司がどんな立場の人間か知っていてのこの態度。それに挑戦的な口ぶりで話す様子は余程自分に自信があるのだろうかと思わずにはいられなかった。
それに司に対して生意気な口を利く女だった。
司はこの女がいったい何を言いたいのかわからなかった。
女は司の質問に答えるつもりはないのか名前を言おうとはしない。
「俺に名前を教えたくない理由でもあるのか?それとも俺に名前を思い出して欲しいとでも?」
自分の問いかけを無視する女に司は苛立ちを抑えながらも聞いた。
過去につき合った女の中にこんな女はいなかったはずだと考えた。
チビで真っ黒な髪に大きな瞳。だが髪の毛の色は変えることが出来る。どこかで出会ったことがあるかと考えたが見覚えが無かった。
「おまえ、若く見えるけど30は越えてるな?」
司は外見から言い当てられることをズバリと言った。
「それにパーティーに参加するのは好きじゃない。いつも黒のドレスだが未亡人でもない。
ああ。それから派手な装飾品がないのは、わざと目立つ為か?それとも・・男に貢がせる為か?」
口元には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。
女が押し黙ったことで司は自分の言ったことが正しいと確信していた。
「金持ちの男を見つけるために貧乏な女が潜り込んだってことか?」
挑戦的な態度をとるこの女も所詮金目当ての女かと思った。だが司はそれでもいいと思った。今まで自分の周りには居そうにない毛色の変わった猫が迷い込んで来たくらいに思っていた。
そうだ。まるで背中の毛を逆立てて今にも飛びかかって来そうなくらいの勢いのある猫だ。
その猫を飼い慣らすのも面白いと考えた。
だが女は司の目をまっすぐに見つめてきた。
「道明寺さん。何か勘違いをしているようですね?あたしはお金持ちの男性を探しに来たわけじゃありません。それに男の人から何かを貰おうだなんてことは考えたこともありません。それよりもむしろ差し上げたいくらいですから」
「差し上げたいって?いったい何を差し上げたいって?」
司は好奇心をあらわにしてつくしを見た。
「まさかおまえのその体か?おまえのその貧弱な体で男を釣ろうなんて所詮・・」
司は甘く見ていたのかもしれない。
自分よりもチビの女がボクサーのごとくファイティングポーズを取った瞬間を。
つくしは手にしていた小さなバッグを床に落とすと、体をひねって右腕を突き出していた。
渾身の力を込めての一発は、それは見事なアッパーカットで司は握り拳が自分の顎めがけて突き出されてときにはすでに避ける余裕はなかったはずだ。
その瞬間パーティー会場にいる誰もが息を呑んで固まった。それと同時に女性の甲高い悲鳴が上がっていた。
司は天を仰ぐと、後ろへとよろめいた。バランスを崩した体は後ろにある大きな丸テーブルへぶつかった。テーブルの上に並べられていたグラスや食器は音を立ててテーブルの上に散乱し、床の上へと落ちたものは割れていた。
さすがに司は倒れはしなかったが殴られた顎を右手で撫でていた。
あたりがしんと静まり返ったなか、つくしは我に返っていた。
あたし、道明寺司を殴ったの?
そう思った瞬間、つくしの右手はずきずきと痛みを訴え始めていた。
で、でもそれはこの男が・・道明寺司が・・
だ、だって・・あたしの体が貧弱だなんて、あまりにも失礼なことを言うから・・
そうは言っても日本を代表する、いや世界的に有名な企業の後継者を殴るとは幾らなんでもやり過ぎた。
つくしは自分がしでかしたことにパニックになっていた。
一瞬の後、パーティーの主催者と思われるタキシード姿の男性と司のボディーガードと思われる人間が彼の元へと駆け寄っていた。他にも幾人かの男性が彼を心配して駆け寄って来た。会場は静まり返ったままだが司の周りだけは騒乱状態だ。
つくしは自分がしでかしたことに呆然としていたが、やがて我に返ると足元に落としていたバックを拾い上げようとしゃがみ込んだ。バッグの口は落とした衝撃で勝手に開いていた。つくしは床に転がり出ていた口紅を拾うと立ち上がった。
が、次の瞬間力強い手で腕を掴まれて強引に振り向かされた。
「てめぇ、いったいどういうつもりだ!」
つくしは腕を掴まれたまま司を見上げていた。
「な、なんの・・こと?」
つくしは口を開いたが、言葉はしどろもどろの上、意味をなしてない。目の前の男を殴っておいて何のことだとは司には信じられない発言のはずだ。
すでに殴られた司の顎は腫れの兆候が見えていた。きっと明日には青く変色していることだろう。それに恐らく殴られた衝撃で唇の端が切れたのか、血が滲んでいるのが見えた。
これではクールな風貌が台無しだ。
「おまえ、しらばっくれるつもりか?」
現実逃れも甚だしいとはこのことだろう。
つくしは恐ろしい顔で睨みつける司が怖かった。だが司の顔が怒りに満ちているのは当然だ。
司にしてみれば、意味も分からずいきなり殴り掛かかられたのだから優しい顔で話しかけるなど出来るはずがない。この女はイカレてる女なのかと思い始めていたところだ。
「なにがなんのことだ!おまえはいったいなにが・・っつ・・」
いったい何が起こったと言うのだろう。
「ご、ごめん・・なさい・・」
目の前の女は泣いていた。
自分から人を殴っておいて泣くとはいったいどういう女なのか。
だが司は何故か女の涙が美しいと感じていた。いきなり殴られておいて、殴りつけて来た女の大きな黒い瞳から零れ落ちる涙が美しいと思うとはいったい自分はどうしてしまったんだと自問していた。
司はさっきまでの怒りはどこへ消えてしまったのかというように泣く女を優しく抱きしめていた。司の取った行動に会場全体は水を打ったようになっていた。まるでこの会場の人間すべてが沈黙しているかのようだ。
司が腕の中に抱いている女は小さく柔らかかった。
だが次の瞬間つくしは我に返ると司の胸を押しのけた。
「ほ、本当に・・ご、ごめんなさい・・・」
一瞬だけ交わされた視線。
つくしはそれだけ言うと司に背を向けてパーティー会場から走り去った。
司はそんなつくしの後ろ姿を見送っていた。
「し、支社長っ!追いかけますか?」
黙って成行を見ていた男たちが聞いた。
「いや。いい。放っておけ」
「よろしいんですか?」
ボディーガードの男は司が女を抱きしめていたところを見ている手前、二人の関係性がいったいどんなものかわからなかった為に言葉を選んでいた。もし二人がいわゆる男女の仲で、先ほど見た光景はそんな二人の単なるケンカなのかもしれないと訝っていたからだ。
「ああ。いいんだ」
司は床に転がっていた携帯電話を取り上げた。
これはあの女のバックの中から口紅と一緒に飛び出していたもので、女が拾いそこねたものだ。要するに忘れ物というわけだ。これであの女の素性はすぐにでも分かるはずだ。
司は自分がこれほど生き生きとした気分でいるのは何年ぶりだろうかと考えた。
いや。恐らくこんな思いは今までしたことがないはずだ。
そんなことを考えている司の手には、彼には全く似合わないピンク色の小さな機械が握られていた。

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それにハンサムでお金持ちの男性がやって来て自分をさらって行くだなんて考えたこともなかった。何か問題があれば全て自分の力で解決してきた。昔から独立心が旺盛で面倒見がいいと言われていたつくしは親友の姿を見るに見かねてこの場所に来ていた。
つくしは道明寺司について知ってはいたが、それはあくまでも一般的な知識としてで、個人的な興味は全く無かった。
知識と言っても仕事の成功者としての功績とか、どこかの女優とつき合っていて別れたとかそんなものだ。だが新聞や週刊誌に載ることを嫌う男だ。その姿が多くの人の目に触れることは必ずしもあるとは言えなかった。
洗練された優雅さを好む男と言われているだけに醜態を晒すことは好まないはずだ。
だからパーティーのように人が大勢いるところでならつくしの話しにも耳を傾けてくれるのではないかと踏んでいた。そうだ。それに人目が多いから安全だと思っていた。
ただ、どうしたら道明寺司の傍に近寄ることが出来るのか・・それだけが課題だった。
だが今日のパーティーでは道明寺司本人がつくしのところまでやって来たのだからこうして話をするチャンスを得た。
つくしが自分の名前を告げようとしないのは、決してわざとでは無かった。
興味があれば相手の方から聞いてくるだろうと思っていたからだ。
だが聞いてこないところを見るとつくしに対して興味がないのかもしれない。
やっぱりあたしの女としての魅力なんてこんなものなんだ・・
この男がどんな女に惹かれるかなんて興味がないけど今回ばかりは自分に関心を持って欲しいとつくしは望んだ。
つくしのことをじっと見ている男の顔には傲慢さが浮かんでいた。
何も言わないつくしに対し、目の前の男も何も言わなかった。
だけどここで尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
つくしは女としての魅力には欠けるかもしれないがそれは仕方がないと思った。
だが何か言わなくてはと考えた。それに今は自分が女としての魅力に欠けるとかそんなことを考えてる場合ではなかった。
「嘘でしょ?」
つくしは勇気を出して言った。
「このパーティーがいいパーティーだなんてこと全然思ってないくせに。道明寺さん、退屈そうだもの」
退屈なパーティー。
司に向かって放たれた言葉は彼の気持の核心に触れていた。
繰り返されるパーティーは退屈で気づけばいつも他のことを考えていた。
「退屈か?」
「そうよ。道明寺さんはいつも退屈そうだったもの」
つくしは二人を興味深そうに窺う客たちを尻目に会話を続けていた。
「へぇ」司の片眉が上がった。
「いつもか?俺のことそんなに見てたって?」
司の低音の声の響きにつくしの背筋はぞくりとした。
女に見られることなど当然だと思っている男が今さら何を言っているのか。
「ええ。きっとどんなパーティーに出てもいつも退屈な顔をしているはずよ?」
「随分と俺のこと分かったような口を利くけど、そういうおまえはいったい誰なんだ?」
問いただすような口調で視線は鋭かった。
女が言ったことは嘘ではない。まさにそのとおりだ。
だが興味を持った女の口から出て来る言葉はなかなか辛辣で、今まで司の周りにいた女とはどこか違っていた。司がどんな立場の人間か知っていてのこの態度。それに挑戦的な口ぶりで話す様子は余程自分に自信があるのだろうかと思わずにはいられなかった。
それに司に対して生意気な口を利く女だった。
司はこの女がいったい何を言いたいのかわからなかった。
女は司の質問に答えるつもりはないのか名前を言おうとはしない。
「俺に名前を教えたくない理由でもあるのか?それとも俺に名前を思い出して欲しいとでも?」
自分の問いかけを無視する女に司は苛立ちを抑えながらも聞いた。
過去につき合った女の中にこんな女はいなかったはずだと考えた。
チビで真っ黒な髪に大きな瞳。だが髪の毛の色は変えることが出来る。どこかで出会ったことがあるかと考えたが見覚えが無かった。
「おまえ、若く見えるけど30は越えてるな?」
司は外見から言い当てられることをズバリと言った。
「それにパーティーに参加するのは好きじゃない。いつも黒のドレスだが未亡人でもない。
ああ。それから派手な装飾品がないのは、わざと目立つ為か?それとも・・男に貢がせる為か?」
口元には皮肉めいた笑みが浮かんでいた。
女が押し黙ったことで司は自分の言ったことが正しいと確信していた。
「金持ちの男を見つけるために貧乏な女が潜り込んだってことか?」
挑戦的な態度をとるこの女も所詮金目当ての女かと思った。だが司はそれでもいいと思った。今まで自分の周りには居そうにない毛色の変わった猫が迷い込んで来たくらいに思っていた。
そうだ。まるで背中の毛を逆立てて今にも飛びかかって来そうなくらいの勢いのある猫だ。
その猫を飼い慣らすのも面白いと考えた。
だが女は司の目をまっすぐに見つめてきた。
「道明寺さん。何か勘違いをしているようですね?あたしはお金持ちの男性を探しに来たわけじゃありません。それに男の人から何かを貰おうだなんてことは考えたこともありません。それよりもむしろ差し上げたいくらいですから」
「差し上げたいって?いったい何を差し上げたいって?」
司は好奇心をあらわにしてつくしを見た。
「まさかおまえのその体か?おまえのその貧弱な体で男を釣ろうなんて所詮・・」
司は甘く見ていたのかもしれない。
自分よりもチビの女がボクサーのごとくファイティングポーズを取った瞬間を。
つくしは手にしていた小さなバッグを床に落とすと、体をひねって右腕を突き出していた。
渾身の力を込めての一発は、それは見事なアッパーカットで司は握り拳が自分の顎めがけて突き出されてときにはすでに避ける余裕はなかったはずだ。
その瞬間パーティー会場にいる誰もが息を呑んで固まった。それと同時に女性の甲高い悲鳴が上がっていた。
司は天を仰ぐと、後ろへとよろめいた。バランスを崩した体は後ろにある大きな丸テーブルへぶつかった。テーブルの上に並べられていたグラスや食器は音を立ててテーブルの上に散乱し、床の上へと落ちたものは割れていた。
さすがに司は倒れはしなかったが殴られた顎を右手で撫でていた。
あたりがしんと静まり返ったなか、つくしは我に返っていた。
あたし、道明寺司を殴ったの?
そう思った瞬間、つくしの右手はずきずきと痛みを訴え始めていた。
で、でもそれはこの男が・・道明寺司が・・
だ、だって・・あたしの体が貧弱だなんて、あまりにも失礼なことを言うから・・
そうは言っても日本を代表する、いや世界的に有名な企業の後継者を殴るとは幾らなんでもやり過ぎた。
つくしは自分がしでかしたことにパニックになっていた。
一瞬の後、パーティーの主催者と思われるタキシード姿の男性と司のボディーガードと思われる人間が彼の元へと駆け寄っていた。他にも幾人かの男性が彼を心配して駆け寄って来た。会場は静まり返ったままだが司の周りだけは騒乱状態だ。
つくしは自分がしでかしたことに呆然としていたが、やがて我に返ると足元に落としていたバックを拾い上げようとしゃがみ込んだ。バッグの口は落とした衝撃で勝手に開いていた。つくしは床に転がり出ていた口紅を拾うと立ち上がった。
が、次の瞬間力強い手で腕を掴まれて強引に振り向かされた。
「てめぇ、いったいどういうつもりだ!」
つくしは腕を掴まれたまま司を見上げていた。
「な、なんの・・こと?」
つくしは口を開いたが、言葉はしどろもどろの上、意味をなしてない。目の前の男を殴っておいて何のことだとは司には信じられない発言のはずだ。
すでに殴られた司の顎は腫れの兆候が見えていた。きっと明日には青く変色していることだろう。それに恐らく殴られた衝撃で唇の端が切れたのか、血が滲んでいるのが見えた。
これではクールな風貌が台無しだ。
「おまえ、しらばっくれるつもりか?」
現実逃れも甚だしいとはこのことだろう。
つくしは恐ろしい顔で睨みつける司が怖かった。だが司の顔が怒りに満ちているのは当然だ。
司にしてみれば、意味も分からずいきなり殴り掛かかられたのだから優しい顔で話しかけるなど出来るはずがない。この女はイカレてる女なのかと思い始めていたところだ。
「なにがなんのことだ!おまえはいったいなにが・・っつ・・」
いったい何が起こったと言うのだろう。
「ご、ごめん・・なさい・・」
目の前の女は泣いていた。
自分から人を殴っておいて泣くとはいったいどういう女なのか。
だが司は何故か女の涙が美しいと感じていた。いきなり殴られておいて、殴りつけて来た女の大きな黒い瞳から零れ落ちる涙が美しいと思うとはいったい自分はどうしてしまったんだと自問していた。
司はさっきまでの怒りはどこへ消えてしまったのかというように泣く女を優しく抱きしめていた。司の取った行動に会場全体は水を打ったようになっていた。まるでこの会場の人間すべてが沈黙しているかのようだ。
司が腕の中に抱いている女は小さく柔らかかった。
だが次の瞬間つくしは我に返ると司の胸を押しのけた。
「ほ、本当に・・ご、ごめんなさい・・・」
一瞬だけ交わされた視線。
つくしはそれだけ言うと司に背を向けてパーティー会場から走り去った。
司はそんなつくしの後ろ姿を見送っていた。
「し、支社長っ!追いかけますか?」
黙って成行を見ていた男たちが聞いた。
「いや。いい。放っておけ」
「よろしいんですか?」
ボディーガードの男は司が女を抱きしめていたところを見ている手前、二人の関係性がいったいどんなものかわからなかった為に言葉を選んでいた。もし二人がいわゆる男女の仲で、先ほど見た光景はそんな二人の単なるケンカなのかもしれないと訝っていたからだ。
「ああ。いいんだ」
司は床に転がっていた携帯電話を取り上げた。
これはあの女のバックの中から口紅と一緒に飛び出していたもので、女が拾いそこねたものだ。要するに忘れ物というわけだ。これであの女の素性はすぐにでも分かるはずだ。
司は自分がこれほど生き生きとした気分でいるのは何年ぶりだろうかと考えた。
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司×**OVE様
こんにちは^^
謎の女つくしちゃん(笑)
司はそろそろ恋する頃だと思います。原作で蹴りを入れられてから恋心が芽生えたというMの気質をお持ちの方ですので(笑)
明日のお話で色々と見えて来るはずです。
え!御曹司ですね?(笑)皆様週末の御曹司を定番と思って下さってるんですね!ありがとうございます。
ご期待に沿えるように書きたいと思います。が、沿えなかったらごめんなさい。
妄想エロ坊ちゃんは24作品もありました(笑)どの坊ちゃんがお好きですか?お気に入り坊ちゃんがいらっしゃいましたら是非こっそりと教えて下さいませm(__)m
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
謎の女つくしちゃん(笑)
司はそろそろ恋する頃だと思います。原作で蹴りを入れられてから恋心が芽生えたというMの気質をお持ちの方ですので(笑)
明日のお話で色々と見えて来るはずです。
え!御曹司ですね?(笑)皆様週末の御曹司を定番と思って下さってるんですね!ありがとうございます。
ご期待に沿えるように書きたいと思います。が、沿えなかったらごめんなさい。
妄想エロ坊ちゃんは24作品もありました(笑)どの坊ちゃんがお好きですか?お気に入り坊ちゃんがいらっしゃいましたら是非こっそりと教えて下さいませm(__)m
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.08.05 21:40 | 編集

マ**チ様
司を殴るつくし!!それもアッパー!!背が低いから下から入って丁度いいかなと思ったんですが(笑)
はい。相変らず見ただけで女の年を見抜く人はどれだけの経験を積んでいるのでしょうね?
待っていました。御曹司!(≧▽≦)なんと、アカシアブログを読んで指輪と婚姻届を用意しての夜・・その前に片膝ついてのプロポーズもしたんですね!が、独身最後の夜を楽しむ前に区役所夜間窓口へ行って下さい!近江愛・・(笑)
もうねぇ・・読んでひとり苦し気にお腹を押さえました。ええ。西田さん、殴り殺されること間違いないですね!神も許してくれるはずです。いつも走って逃げるつくしちゃん、今日はさっさとご退室してましたね。このあとの坊ちゃんはいかにしてつくしちゃんと取り戻したのでしょうか?
マ**チ様のラブコールにお応え出来るような御曹司を書きたいと思っております!
本当ですね?昼間のコメント、レアですね!(笑)オリンピックはいよいよですが夜更かし同盟は解散でしょうか?(笑)
楽しい時間をありがとうございましたm(__)m
コメント有難うございました^^
司を殴るつくし!!それもアッパー!!背が低いから下から入って丁度いいかなと思ったんですが(笑)
はい。相変らず見ただけで女の年を見抜く人はどれだけの経験を積んでいるのでしょうね?
待っていました。御曹司!(≧▽≦)なんと、アカシアブログを読んで指輪と婚姻届を用意しての夜・・その前に片膝ついてのプロポーズもしたんですね!が、独身最後の夜を楽しむ前に区役所夜間窓口へ行って下さい!近江愛・・(笑)
もうねぇ・・読んでひとり苦し気にお腹を押さえました。ええ。西田さん、殴り殺されること間違いないですね!神も許してくれるはずです。いつも走って逃げるつくしちゃん、今日はさっさとご退室してましたね。このあとの坊ちゃんはいかにしてつくしちゃんと取り戻したのでしょうか?
マ**チ様のラブコールにお応え出来るような御曹司を書きたいと思っております!
本当ですね?昼間のコメント、レアですね!(笑)オリンピックはいよいよですが夜更かし同盟は解散でしょうか?(笑)
楽しい時間をありがとうございましたm(__)m
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.08.05 22:06 | 編集

さと**ん様
アッパーでガツンと決めました。
つくしに殴られる司、久しぶりですか?(笑)
つくしも自分で殴っておいてハッとしたようです。
無意識に手が出ちゃったんでしょうか。泣いてしまいました。そんな女を抱く男。
痴話喧嘩だとしたらダイナミックですが、周りはどうしたいいのかオロオロしていたのかもしれませんね。
携帯から素性はバレますねぇ。司はこれからどうするのでしょうね。
つくしはシンデレラストーリーは望んでいないようですが、王子様、いえ御曹司様はきとっいると思います。
コメント有難うございました^^
アッパーでガツンと決めました。
つくしに殴られる司、久しぶりですか?(笑)
つくしも自分で殴っておいてハッとしたようです。
無意識に手が出ちゃったんでしょうか。泣いてしまいました。そんな女を抱く男。
痴話喧嘩だとしたらダイナミックですが、周りはどうしたいいのかオロオロしていたのかもしれませんね。
携帯から素性はバレますねぇ。司はこれからどうするのでしょうね。
つくしはシンデレラストーリーは望んでいないようですが、王子様、いえ御曹司様はきとっいると思います。
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.08.05 22:31 | 編集

co**y様
こんばんは。
つくしちゃん手が出ちゃいました!
いったい何があったんでしょうね?←他人事(笑)
坊ちゃん、そこでグッと堪えたといいますか、思わず目にした涙にまさかの抱擁(笑)
周囲の人間は固まってます。激しい人間の生き方なのかもしれませんね(笑)
つくしちゃんが坊ちゃんに会いにいった理由は・・。
コメント有難うございました^^
こんばんは。
つくしちゃん手が出ちゃいました!
いったい何があったんでしょうね?←他人事(笑)
坊ちゃん、そこでグッと堪えたといいますか、思わず目にした涙にまさかの抱擁(笑)
周囲の人間は固まってます。激しい人間の生き方なのかもしれませんね(笑)
つくしちゃんが坊ちゃんに会いにいった理由は・・。
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.08.05 22:40 | 編集

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マ**チ様
ふふふ・・金曜の夜ですので、夜更かし同盟起きておりました。
御曹司ぜひお願いします!アカシア蜂蜜OKです!(≧▽≦)坊ちゃんが言いたいように言わせてあげて下さい。
あの御曹司の後日談ぜひお願いします。もちろんアンダンテでOKです(笑)
コメント有難うございました^^
ふふふ・・金曜の夜ですので、夜更かし同盟起きておりました。
御曹司ぜひお願いします!アカシア蜂蜜OKです!(≧▽≦)坊ちゃんが言いたいように言わせてあげて下さい。
あの御曹司の後日談ぜひお願いします。もちろんアンダンテでOKです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.08.06 01:21 | 編集
