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2016
07.29

情景 前編

Category: 情景(完)
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お読みになる皆様へ
こちらのお話はある病についての記述があります。
そう言ったお話がお嫌いな方はお控え下さい。
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ごめんね、急な話しだけど旅に出ることにしたの。
また帰ったら連絡するからね。

親友宛てに届いたのはあまりにもそっけない文面の手紙。
そんな短い手紙が届いたのはある夏の晴れた日だった。




つくしが長年の夢だった船旅に出ると決めたのは半年前。
駅前の旅行代理店の店頭に並ぶクルーズ船が表紙となったパンフレットを手に取ったことは今までに何度もあった。憧れていた船旅。
船旅と言っても4カ月ほどで世界一周をするものから、短いもので言えば隣国の街へのものまで色々ある。
その中でつくしが選んだのは4カ月かけて世界一周をする船旅だった。
いくら有給休暇が残っているとはいえ4カ月も休めるはずもなく、つくしは会社を辞めた。

どうしても今行きたかった。

初めての船旅は、イギリスのサウサンプトン港を出航するイギリスが誇る世界で最も有名な豪華客船での船旅だ。
日本からイギリスまで移動し、そこから乗船する。
この船は出航から3ヶ月目には日本の港にも寄港する。豪華客船の一部区間のチケットを購入し日本から次の寄港地となる東南アジアの国までの旅も出来るが、つくしはそうはしなかった。4ヶ月かけて世界一周をしたいと願っていた。

費用は最低クラスの船室で約250万円。最高クラスともなると1000万円近くになる。
こういった船の乗客は夫がリタイアした年配の夫婦が多い。もしくは一部区間だけの利用をする若いカップルだ。
つくしはどちらにも属さないひとり旅。
独身の彼女が自由になるお金と言えば知れているが、最高クラスの船室のチケットを購入していた。

船では客室のグレードによって食事を取るレストランが決まっている。
最高クラスの客室に泊まるつくしは当然ならが最高グレードのレストランでの食事になる。
豪華客船の中の最高グレードのレストラン。当然だがドレスコードがある。
つくしはこの船旅のために衣装を全部新しくそろえた。今までたいしてお金を使うこともなく、地味な生活だったのだからこの船旅で奮発したと言ってもいいのかもしれない。

全財産を使い切ってしまっても構わない。
今のつくしはそう考えていた。
楽しめるときに楽しめばいい。
人生は一度きりだ。

つくしにとっての人生とは。

長い間待ちわびる人がいた。
だがその人はつくしの元に戻ってくることはなかった。
あれからもう何年が経ったのだろう。
いい加減に二人の関係はおしまいになったんだと納得するしかなかった。



本当にこれでおしまいなんだと分かったのは、半年前のことだ。
会社で受けた健康診断の結果、再検査を受けなさいとの文面が届いたとき、何かの間違いだと思っていた。最近なんとなく感じていたのは、眼が疲れやすく頭痛がするということだ。
単なる仕事のし過ぎで、パソコンの画面を長く見過ぎたせいだろうと思っていた。
再検査を受けなさいと言われたという話しはよく聞くが、検査を受け何も問題がないとわかることもよくある話しだ。

会社は再検査の結果までは知りたがらない。
つくしひとりにもたらされた再検査の結果はあまり芳しいものではなかった。
家族は弟がひとり。それも海外に暮らしていて連絡を取ることはなかった。
この結果を伝えていいものかどうかを考えたが、結局伝えないことにした。もう長い間弟には会っていないし、海外で仕事をしている弟にいらぬ心配をかけたくはない。
彼女は昔から自立心が旺盛な子供だった。人に頼ることが苦手な子供。人に迷惑をかけることに心苦しさを覚える子供。そんな彼女が選択したのは、誰にも真実を伝えることはしないということだ。

人生は短い。そう感じていても不思議はない。どうして自分がこんな運命をたどらなくてはならないのか。今まで何度考えただろう。
人は人生の途中で幾度か過去を振り返ることがある。彼女は数少ない思い出を頭の中に思い描くことで幸せだった時を噛みしめていた。



7年前に一度だけあの人に会った。
ホテルのロビーですれ違いざまに視線を交わしただけで、口を利く事はなかった。
視線を交わしたというよりも、何の興味も映していない瞳が向けられただけだった。
男の記憶は戻ることがなく、つくしのことは忘却の彼方へと捨て去られてしまったようで、あの日を境に彼の口から二度と彼女の名前が出ることはなかった。

もういい。
それでもいい。

今さら思い出されても、もうどうにもならないとわかってしまったのだから。
人生とはどうしてこんなに苛酷なのかと考えずにはいられなかった。


「 脳に腫瘍があります 」


医師から告げられた言葉につくしは息を呑んだ。
最近頭痛が激しくなっていたのはそのせいだったのかと納得していた。
手術すれば助かるはずです。医師からはそう言われた。
ただ・・・
大変難しい場所に腫瘍が出来ていますがその道の専門医に見てもらうことをお勧めします。
紹介状を書きますので、ぜひそちらを受診して下さい。医師はその場で紹介状を作成すると
なるべく早く行って下さいの言葉とともに彼女に手渡してきた。
普段ならどのくらい待たされるのか知らないが、彼女が受診することが出来たのは紹介状が出てすぐのことだ。
ああ・・。そんなに急ぐということは、自分の病気は相当悪いんだなと気づかされた。

診断結果は脳腫瘍。
再検査を受けた時と同じことを言われた。
聞かなければならないことはただひとつだけだ。

「長くてもあと1年の命でしょう。大変難しい場所に出来ています。手術をするとなれば、かなり高度な技術を必要とします。アメリカにこうした分野を得意とする医師がいますが・・・」

耳に入る言葉は頭の中から消えていった。

1年の命・・・

その言葉をどう受け取ればいいのだろうか。
あと1年なのか、まだ1年なのか。
どちらにしても彼女の命は期限がつけられてしまっていた。
1年の間に何が出来る?

神様はどうしてこんな運命を彼女にお与えになられたのだろうか。

彼女が過去に何かしたことへの報いを受けているというのだろうか。

期限があるというのだから仕方がない。
迷い考える時間は残されてはいないはずだ。
自分の残りの人生をいかに有意義に過ごすのかということが彼女の課題となっていた。
思い立ったつくしはすぐに行動に移していた。

全ての財産を処分して現金に換えた。その中には住んでいたマンションも含まれていた。
そのお金で自分に出来ることを選択した。その選択はまちがってはいないはずだ。
数ヶ月かけて船の旅に出る。その旅の途中で命が尽きるならそれでよかった。
船旅では船長の権限で水葬にされることがあると聞いていた。長い船旅で遺体の搬送が困難な場合に限られるがつくしもそうして欲しいと望んでいた。
もしそれが駄目なら遠い異国の地で荼毘に付してくれたらいい。その遺灰を海へと撒いて欲しい。そうすれば誰も自分を忍んで泣くことはないはずだから。
帰る場所のないあたしにはそうして貰えるほうが有難かった。

船旅が人生の最後の場となっても構わなかった。







***








司はいつの頃からか激しい頭痛に見舞われるようになっていた。
医者に見せても何も問題はないという。おそらくストレスによるものだろうとしか返されなかった。だが不意にパニックに襲われそうになることがある。ぐっしょりと汗をかき、目覚めることが幾度となくあった。眠れない夜が続き、体中の神経がぴりぴりとして心が休まることがない。いったい俺はどうしたというのか。
このままでは頭がどうかしてしまうのではないだろうか。

だがその疑問はある日突然解けることになった。

記憶が回復するということは、ある日突然起きるものだとは聞いてはいたが、司にとってはどうして今なのかということだけだった。

執務室で柔らかなレザーの椅子に腰かけ書類に目を通していた。その時、突然頭を過ったのはにこやかな笑顔で自分を見つめる少女の姿。
意識しなくても口をついて出た言葉は記憶の中に埋め込まれていた名前。
牧野つくしの名前だった。

呻き声を抑えることは出来なかった。人が見れば何らかのショックに見舞われたということがはっきりと分かる面持ちだったはずだ。万年筆を持つ右手が小刻みに震えていたが、やがてその手はペンを持つ力さえ失ったようだ。
司の手を離れた万年筆は床に転がった。瞬間、彼はデスクに両肘をつくと両手で顔を覆っていた。


俺には今とは別の人生があったはずだ。

まきの・・


司は目を閉じた。

心のどこかに常にあったはずの名前を口にすれば瞼の裏に甦るのは黒髪の少女の姿。
頭の痛みは去ったが心の痛みだけはそれ以上の痛みとなって司の心を苛んだ。
未来永劫一緒にいようと誓ったはずの女性を忘れ去っていたと罪の意識に苛まれた。

まきの・・どうしてあいつはここにいない?

どうして・・それは自分が残忍なやり方であいつを排除したせいだ。あんな女なんて知らないと蹴り出したのは自分だった。

だが苦悩している時間があるのなら、あいつの身を探すことがまず先だ。
司はぱっと目を見開くと、デスクのうえの受話器を掴んだ。
アメリカ大陸の東から太平洋を挟んだ向うにある国へと向かう準備を整えようとしていた。



ニューヨークからすぐに帰国した司はつくしの行方を捜した。
だが、誰も牧野のことを知らなかった。勤務先はすぐにわかったが、すでに退職していた。
退職理由は自己都合と書いてあったということだった。
かつて彼が知っていたつくしの親友も行先は分からないが旅に出るとだけ連絡があったと伝えてきた。
また帰ったら連絡するから、としか聞いてないというつくしの親友。
自宅を調べれば、売却されていたことがわかった。
不動産屋によれば売主から出来るだけ早く売って欲しいと頼まれていたそうだ。
買い手との値段が折り合わない場合は、値引きにも応じるので出来るだけ早くと言われたと言っていた。それが意味することは現金が欲しいということだろう。
あいつの家族は弟しかいないということと何か関係があるのかと訝ったが、海外で働く弟も姉がマンションを売り払い、旅に出たことは知らずにいた。
誰にも行先を告げることなく忽然と姿を消した牧野。
だが、不動産屋のひと言が彼の疑問を解決した。

「牧野さんは船旅が夢だといっていましたよ」


世界の海にどのくらいクルージングを楽しめる客船が就航しているのか。
調べるのに手間はかからなかった。
その中から牧野つくしという名前を探すことも司にしてみれば容易いことだった。








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コメント
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dot 2016.07.29 10:49 | 編集
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dot 2016.07.29 10:50 | 編集
ち*こ様
ドキドキが続くといいのですが・・(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.29 23:33 | 編集
m様
ドキドキが続くかどうか・・(笑)
とにかく、司はつくしを確保しなければと思っていますので頑張ってくれるはずです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.29 23:41 | 編集
こ*子様
こちらこそ、いつも楽しく拝読させて頂いております。^^
この暑さで若干ぐったりしております(笑)課題をこなすことに必死でした!
え!そんなにお読み頂いたんですか?ありがとうございましたm(__)m
山あり谷ありでして(笑)アゲアゲなんか無理ですよ(笑)
それにしても100話を終了されたばかりでの3周年記念ですから、素晴らしい気力です。
ですが、体調だけはお気をつけて下さい(笑)
来週はアカシアは読み手として楽しみにお待ちしております。
シリアス司くん。楽しみです!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.29 23:57 | 編集
co**y様
切ないお話になりまして・・
はい。私も一番に思い浮かんだのはF島先生です。
F島先生ならなんとか!と思います。神の手を持つ男ですからね。
その前に坊ちゃん、つくしちゃんを捕まえに行かなくてはいけません。
坊ちゃんの手もある意味神の手ではないかと思います(笑)
頑張れ、坊ちゃん!はい、つくしちゃんに神のご加護をと思っております。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.30 00:04 | 編集
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dot 2016.07.30 00:22 | 編集
マ**チ様
すみません・・ちょっと悲し気な話しになってしまいました。
年令は特に設定してないのですが、7年前に一度会っているというか見かけたという話しを入れました。
ただ、今のところその7年前が何歳なのかとは決めていません。アバウトですね(笑)
エロからロマンスからシリアスまで?何でもありですね(笑)坊ちゃんが幸せになればそれでいいのです(*^^)v
そんなにドキドキしないで下さい。何故か皆様ドキドキと書かれるので困ってしまいました。
え~っ!御曹司が勝手に脳内に?それは危険ですね。エロ坊ちゃんこのお話だとどんな感じになるのでしょうね(笑)
また是非お聞かせ下さい!マ**チ様、私にも笑を下さい!
そしてこの時間です。金曜日ですからね、まあ、いいか。と言う感じです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.30 00:47 | 編集
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dot 2016.07.30 03:18 | 編集
chi***himu様
切ない始まりとなりまして・・ですが短編ですので話しは早いです。
司くんが救世主となることには・・すでにお話が公開されているのでこんな感じです。
「恋の予感~」あのつくしちゃん滅茶苦茶ですよね?司相手に子どもだけ欲しいだなんて言うとは(笑)
ありえない二人のありえない関係が多い拙宅です(笑)
夏休みですねぇ。母さまは色々と大変だと思いますがやはり家族の中の柱となるのは「お母さん」です。
chi***himu様も体調を崩されませんように、お気を付け下さいませ。食当たりには気をつけましょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.30 05:58 | 編集
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