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2016
08.14

乾いた風 中編 

Category: 乾いた風 (完)
地中海の香りを運んでくる風は遠くアフリカ大陸からの熱い南風。
この国ではシロッコと呼ばれ、北アフリカでは乾燥した風も海を渡ると高温湿潤の風となって時に運ばれて来た砂が嵐を起こす。

碧い空と碧い海。 
つくしは今この国にひとりで暮らしている。


そこは世界で最も美しいと言われるアマルフィ海岸。
長靴の形をしたイタリア半島西側の丁度足首の部分にあたり、地中海の海域のひとつであるティレニア海とソレント湾を望むことが出来る入り組んだ海岸線は30キロにもおよぶ。
ギリシャ神話の英雄ヘラクレスが生涯にわたって愛した妖精の死を悼み、その亡骸を世界で一番美しいと言われるこの場所へと葬った。
その名を永遠にとどめておくために名づけたと伝説が残るこの場所。

イタリア屈指のリゾートは、美しい街並みが切り立った断崖絶壁に張り付くようにして点在している。
断崖を飾るパステルカラーで彩られた家々は、まるで海に落ちないようにと踏ん張っているようで、温暖な気候にカラフルな街並みは見ているだけで楽しい気持ちにさせてくれる。

だがここは山が海に直接落ち込む典型的なリアス式海岸だ。
風光明媚な景色とは裏腹に道は狭く、急カーブが続く海岸線。運転を誤ると真っ逆さまに海へと転落して行きそうだ。
そんな険しい岩陰の続く地形だが、それでも人々の暮らしは成り立っていた。狭い土地を段々畑として利用し、レモンやオレンジ、ぶどうの栽培や放牧などで生計を立てている。




司のニューヨークから東京への旅はこの街へと行き先を変えていた。
彼は月に一度はイタリアを訪れていた。
それは愛しい女が待っているからだ。

昨夜はひと月ぶりに抱き合った司とつくし。
時計はまだ午前5時を少しだけ回ったところだ。
美しい男は女に髪を触られてもまだ目を覚まさなかった。

つくしは動かない唇に自らそっと唇を押し当てた。
ついさっきまで触れられていた胸の先がちくちくと痛んだ。

司の瞼が薄く開かれた。

「どうした?」

「・・ん・・あんたを見てた」

今までもいつも見ていた。
だが決して傍には近寄れず、遠くから崇めることしか出来ない。
ひと前では赤の他人を見る目でしか見ることが出来ず、返されるのはよそよそしく、冷たい視線。それでもつくしはいつも彼の愛を信じていたから決して心を痛めることはなかった。
今ここで返される言葉は短くても温かみがあり、やさしさが感じられ、慈しみが感じられる。

この国なら司もあたしも人の目を気にせずに自由でいられる。

「つくし、あんなんでよかったのか?」

男の手はつくしの髪を優しく撫でていた。

夜が運んでくるもの・・・

それは男の体と長い指。
その指を飾るのはつい最近まで嵌められていたプラチナのリングではなかった。
偽りの指輪はもうその指には無い。

「うん、あたしはあんたとこうして一緒にいられるだけで・・それだけでいいから」

「そうか・・つくしがいいんなら・・」

司は彼女の人生で一番輝いていた時を奪った。
濡れて重くなった制服を脱ぎ捨て愛し合った南の島のコテージ。
あの時から二人は生涯を共にすることを誓っていた。
だがそれは叶わぬ夢だった。
偽りの結婚生活。
そこに重ねられた道ならぬ二人の関係は誰の目にも触れてはならなかった。
いや、触れられたくなかった。

体はここにいることは出来なくても、心だけはと彼女のために用意したものがあった。
それはつくしの誕生月である12月の誕生石であるラピスラズリの指輪。

指輪の色は二人が目にするアマルフィの海の色と同じ紺碧。

「結婚したかった・・・」

つくしの口から初めて聞かされたその言葉。
今まで決して口にしなかったその言葉に司の胸は刺されたように、激しく痛んだ。
生涯を共にしようと誓ったあの日からもう何年が過ぎ去っていたのだろうか。過ぎ去った日々を思えば、口の中には言葉に出来ない思いが苦い薬のように残っていた。

司がそっと指先で彼女の頬を撫でた。柔らかい頬は触れた指先を優しく包みこんでくれる。
だが頬は濡れていた。
涙をこらえほほ笑んでみせようとしたが、零れ落ちる涙を止めることは出来なかったのか彼女は泣いていた。司はその涙を指先で受け止めた。

「もうしてるじゃねぇか」

花が沢山飾られた教会を一緒に歩くのは彼女と決めていた。
だからこの場所で、古い教会を見つけて二人だけの結婚式を挙げた。
カトリックの教会は二人の愚行を認めはしないが、いまさら神の祝福など必要はなかった。
いかばかりかの金を積んでの善行を神父は不承不承受け入れた。
悪意のある神によって二人は一緒にはなれなかったが、形だけとはいえ結婚式を挙げさせてやりたかった。自分の精神と感情はすべてつくしだけのためにある。それに彼女以外は必要がない。祭壇で彼女を待つ間、もう二度と失いたくないと脚が震えていた。

「俺はもうどこへも行かねぇし、おまえの傍を離れるつもりはねぇ」

その言葉に嘘はないだろう。

花嫁は美しかった。
本当なら大勢の人間に祝福されて式を挙げさせてやりたかった。
だがそれは出来ない。
二人の結婚は法には縛られることはない。
司には既に戸籍上の妻がいる。

「これからはおまえの傍にずっといる」

10年前に結婚し最初の半年で司が邸を出たとはいえ、正式な妻はアメリカ人の女だ。
司は所有欲の強い妻とはあれから顔を合わせることはなかった。単なる法律に縛られただけの関係の女だ。正直どうでもよかった。
だがつくしと再会した今、司は離婚訴訟を起こした。

自分の全てを投げうってでも構わない。
金で全てが解決するならそれで構わない。今までその金を手に入れるために働いて来たようなものなのだから。自分の体以外なら全てをあの女にくれてやる。

アメリカでは州により法律が異なるが、弁護士に言わせれば簡単だと言う。だが女は離婚に応じない。それは自尊心や世間体を気にする以前の問題だろう。
もう10年近く一緒に暮らしていないのだから、世間はとっくの昔に道明寺夫妻の結婚生活が破たんしていることは知っている。
別れない理由はただひとつ。他の女に取られるくらいなら意地でも離婚などするものかと言うことだろう。


「どうしたの?」

「いや。なんでもねぇ」

男の手は優しくつくしの髪の毛を撫で続けていた。
指に絡ませてもするすると零れ落ちる黒い髪は昔から変わらなかった。


義務感に駆られ妻を抱こうとしたこともあった。だが抱けなかった。
司はもはやつくしの体以外には反応することがないのだから。
嘘ではない。
戸籍上の妻を抱けない。半年間で妻と暮らした邸を出たのもそのためだ。
そのことに対して後ろめたいという気は一切なかった。

これは不倫ではない。

刹那的な火遊びでもない。

不倫が背徳というのなら己の生殖器は永遠の愛を誓った相手以外には反応をしないはずだ。
だから司はつくし以外には反応しない。世間の倫理観なんて自分には関係ない。自分の善悪の全てはつくしの中にしかない。永遠の愛はつくしのためだけにある。
倫理に反するというのならあの女の顔を見て言えばいい。妻とは名ばかりの女の顔を。

よくある政略結婚。
司の後ろ盾となった女の父親は司の人生を買ったつもりでいる。
だが司は自分が飼い慣らされているとは思っていなかった。
あの結婚以降すぐ、義理の父親となった男の力を必要としなくていいだけの実力をつけた。
それは自分の人生に口出しをさせないためでもあった。

これからずっとつくしといるためにニューヨークでの仕事はすべて譲渡してきた。
働くことが無意味に思えたからだ。司が出社しなくても会社はきちんと成長を続けている。
司は自分が生きていくためにどれだけつくしが必要で、どれだけ愛しているのかと言うことに今さらながら気づかされた。つくしと再会してもうこれ以上離れていることが耐えられなくなっていた。
そのことに気づいたとき、今までの自分の人生がどれだけ薄っぺらいものかと気づかされた。




もうこれ以上離れていたくない・・

これからはずっとおまえの傍にいるから・・

「つくし、これから先は何があろうとおまえと一緒だからな」
司は断言した。

「いいか、俺を信じてついて来てくれ。なにも心配なんかすることはない」

「心配?」つくしは聞いた。

「あたしは、あんたを信じてるし何も心配なんてしてない」
つくしはさらりと言った。

周りから何を言われても、そんなことに耳を傾けることはとっくに止めていた。
人がなんと言おうがこの恋が二人にとって生涯をかけた恋であることは紛れもない事実。
こうして二人横たわって互いの鼓動を耳にすれば、同じリズムを奏でている。
同じ時を刻んで行きたい・・ただ、それだけの思いしかない。
もしまた二人が離れてしまうことになるのなら、いっそのこと刺し違えればいいという思い。

「俺たちはもう二度と離れねぇからな」

司は確信をこめた声ではっきりと伝えた。

黒い瞳は欲望の色を増すと、つくしの瞳の中にある何かを探した。
それは今の自分の思いと同じ官能の調べと不滅の愛。

多くの偽りの微笑みはもう必要がない。
今この腕の中にいるのは二度と離したくない女。
司が握るつくしの手は長い間失っていた彼の一部。
またいつか必ず自分の腕の中に欲しいと思っていたこの体。
そして何よりも触れ合いたいと思った彼女の心。

二人は一緒に生きるべきで、互いがいないと倒れてしまう。
ひとりの男とひとりの女がこれから生きて行く世界が例え嘘だとしても、二人の足元には同じ世界があるのだからそれで構わない。同じ時を生きていけるなら嘘でもいい。


司は自分の前で開かれた肉体へ自分自身を埋めたとき、はっきりと感じたのは絶望的なほどのこの女を愛している、もう二度と離れることは出来ないという思い。
動くたびに、言葉にしなくても感じられるのは女も同じだと言う思い。

「教えてくれ」

司は二人が結びついた部分に手を這わせた。濡れそぼったそこは司をきつく咥え込んだ。

「ああっ!つ・・つかさ!」

司の指が動き出すと女の頭はのけぞった。
彼の背中にしっかりと回された腕はもう二度と離したくないと、二人でいられるなら、どんなことでもあきらめられる、どんな些細なこともあきらめられるから、わたしを離さないでと伝えてきた。

「どうして欲しいか教えてくれ・・」

司が激しく突き上げるなか、息も絶え絶えに答えようとする愛しい女。

「つ、つかさが・・欲しい・・もう・・二度と・・おねがい・・」

「ああ・・わかってる。どうして欲しいんだ、つくし?」

もう二度と離れたくないという思いと離したくないという思い。

「もっと・・ねぇ・・おねがい・・つかさ・・」

「・・っつ・・くそっ・・」

司は腰を振ってつくしを求めた。
求めずにはいられなかった。
深く激しく愛すれば愛するほど止めることなど出来なかった。

「もっと欲しいか・・なあ・・つくし・・俺が欲しいのか?」

「はぁ・・あぁ・・おねがい・・」

ついて来いと命じる腰の動きは、突くごとに激しさを増していた。
心も体も全てを俺に預けてついて来い。
おまえのすべてが欲しい。
司はつくしの全てを望んでいた。

「なにが・・お願いなんだ?」

「つ・・つかさ・・もっと・・」

つくしは司の体の下で激しく突き上げられながらももっと欲しがった。

「おねがい・・もっと・・あっ・・あっ・・ああ・・」

「そうだ、もっとだ・・もっと俺を欲しがれ・・」

激しいリズムはつくしの体を前後に揺り動かしながら快感を煽った。
つくしの口から溢れ出すのは、愛しい男を二度と離したくはないという思い。
苦悶の表情を浮かべむせび泣くような喘ぎ声。
そんな渇望の叫び声は、やがて司の唇に塞がれていた。



二人の関係は過ちなんかじゃないはずだ。

どこまで行っても終わりが見えなかったトンネルに一筋の光りが見えた。
二人で向かう先はそのトンネルの出口。
どこかに二人だけの場所がある。
二人を待っている場所が・・

「これからはずっとおまえと一緒だ」

一分一秒でも長くこのままでいたい。

この思いだけは二人が初めて愛し合ってから変わることのない気持ち。



優しい男の声は真実だけを伝えてくれていた。







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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.08.14 00:23 | 編集
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dot 2016.08.14 10:23 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.08.14 13:56 | 編集
司×**OVE様
中編。心から深く繋がる二人です。
そうなんです。テーマが「愛人」なので・・どうしても心情は切ないんです。
3話公開済なので今さらですが、離婚は・・う~ん難しかったようです。
司もつくしも自分たちの愛は不滅だと感じていますので後編の話しがあのような形になりました。
ではまた後程、後編で・・(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.17 00:41 | 編集
mi**iu様
はじめまして^^
こちらこそ、この度はお世話になりました。
ひと足早く任務完了でございます。肩の荷が下りました(笑)
拙宅の司は原作の司よりも数倍カッコいいですか?(笑)ありがとうございます。
大人びた彼になっているようです。おそらく書き手の好みの問題です。
類君にチャレンジなのですね?素晴らしいではないですか!アカシアは無理です(笑)
是非とも有終の美を飾って下さいね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.17 00:47 | 編集
サ*ラ様
>凄く切ないお話・・
愛人がテーマですのでアカシアの脳内では日陰の身ということと結ばれない寂しさでしょうか。
心情は切ないばかりです。
離婚に応じない妻。妻は妻で言い分があるのでしょうがいい加減諦めてくれたらと思いますよね?
死ぬまで一生縛り付けてやる。あるんですよね、このようなお話も・・。
全3話公開済ですので結末はあんな感じです。もう今さらですね(笑)
どうでしょうか?夢がある終わり方でしたでしょうか?永遠を生きる二人のはずです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.08.17 00:58 | 編集
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