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2016
07.21

大人の恋には嘘がある 51

司はつくしと一緒にセントラルパークを訪れた。
ペントハウスの目と鼻の先にある公園は、ニューヨークの観光地としても有名な場所のひとつだ。ここは都市公園だが世界中からの観光客も多い。
マンハッタンで生活をする人間なら一度は訪れたことのあるこの公園はまさに都会の中のオアシスだ。

あの頃のように、いきいきとした様子で散歩を楽しむ彼女は楽しそうだ。
つくしにとっては3年ぶりに訪れた公園はあの頃のままの姿だ。この公園は何年経とうが季節の移ろいを映し出すだけで、他に何も変わることはないはずだ。
遊歩道を歩く二人の傍を駆け抜けて行く男、犬の散歩に連れだって来ている老夫婦、木陰のベンチで本を読む青年。皆それぞれにこの公園を楽しんでいるのが感じられた。
サイクリングの自転車が前方からやって来たとき、手を差し伸べて注意を促すと微笑みを浮かべて礼を言う。それさえも悦びに感じられた。

「つくし、手」
つくしの前には手が差し伸べられたままだ。
「え?」
「ほら。手ぇ出せ。おまえはいい年してきょときょとし過ぎだ」
「な、なによそのきょときょとって?」つくしは戸惑った。
「あ?なんかそんな感じなんだよ」
「つ、つかさの日本語っておかしいって・・・」

笑いながらもつくしは差し伸べられた手を掴んだ。
掴んだ手は大きく、つくしの手をすっぽりと包み込んでいた。
この手は今や愛し人の手で、つくしの体を愛でる手だ。
司の手がこれからのつくしを導いてくれるはずだ。いや、共に人生を歩んでゆく手だ。
この手に愛されるということは同時に多くのものを背負うことになることは分かっている。
それでもつくしは司のことが好きなのだから何があろうとついて行くつもりでいた。




こうして公園の中を散歩するだけだというのに嬉しいと思えるのは何故か。
それは隣につくしがいるからだろう。彼女が傍にいればそこがどこであろうと関係はないはずだ。ここに来ると過去の思い出がいっぺんに甦るから不思議だ。
記憶というものは場所に関連付けられて覚えているものなのだろうか?
あの頃、つくしへの思いは大きくなる一方で、3年という時間をかけてさらに大きくなっていた。

この公園に来た目的はただひとつの場所を訪れるためだ。
二人はコーヒースタンドに向かって歩いていた。
二人ともどうしてもあの場所を訪れたいと思っていた。つくしが財布を忘れ、司から10ドルを借りた場所だ。あの出会いがあったから今の二人がいる。

「すぐそこだ」

司は言うとつくしの手をぎゅっと握った。

繋ぎ合わされた手に感じる温もりが心地よい。人と触れ合うことがこんなにも素晴らしことだと気づかされたのは彼女のおかげだ。心が通じ合えたからこその温かさ。

司が誰かと手を繋いでいるなんてことを見ること自体がないだろう。
大の大人がと笑うかもしれないが、二人にとっては遅れて来た恋なのだから他人がなんと言おうが関係ない。

司は今自分のこの瞬間を誰に見られても構わないと思った。写真を撮られようが、記事を書かれようが自分たちの事を噂されても構わない。
いつもなら、他人にプライベートなことをとやかく言われるのは嫌だったが、つくしとこうして手を繋いで公園の中を歩いている姿を写されても構わなかった。
なぜだろう・・だがそう思うのだから説明のしようがない。過去に書かれていた自分の記事に上書き出来るなら、いくらでも写真を撮らせてやる。

そうだ。
世界に向かって叫んでやってもいいくらいだ。
今隣にいる女が司の愛しい女だということを。

二人にとっては懐かしい風景と場所がそこにあった。
3年前の出会いは偶然でしかなく、運命の歯車がかみ合わなければ二人の今はなかったはずだ。人の出会いは偶然の上に成り立っている。二人の出会いに必然性があったなどとは誰も考えはしないはずだ。二人が一緒にいることに必然性が感じられると思うのは彼らだけなのかもしれないが互いがそう感じるならそれでいいはずだ。


二人が訪れた場所。
そこにはあの当時と変わらないまま営業している店があった。
先客が何人かいたが、二人は列に並んだ。
あのとき、司はこの店のコーヒーが飲みたかったわけではなかった。
たまたま通りかかったとき、つくしが困っていたのを見かねて金を渡しただけだ。
口の肥えた司にとって、このスタンドのコーヒーを美味いと感じられるはずもなく、まるで色が付いた水のようなものだったはずだ。

だがつくしと出会ってからここのコーヒーの存在はなくてはならいものになっていた。
人間とはなんと不思議な生き物なのだろう。
好きな人と一緒にいられるなら、どんなことでもしてしまうということだ。
司が他人と一緒に何かの列に並ぶ、そんなことがあるなんてことを信じる友人はいないはずだ。
恋というものは・・まさに人を変えるということだ。
本来なら彼がやらなくてもいいことまでさせてしまう力があるということだ。


二人はコーヒーを買い求めると近くのベンチへと腰を下ろした。
そんな彼らのベンチへひとりの男が近づいて来た。
手には二人と同じテイクアウトのコーヒーを持ち、見ればもう片方の手にはあの店で売っているドーナツを掴んでいた。

「お若いの、あんたは何をして食べてるんだ?」

お若いの。と司に声をかけて来たのはよく見ればかなり年配の男だ。
‘お若いの’は男からみれば確かに若いだろう。
いい年をした若者が仕事もせずにこんなところで何をしているんだとでも言いたかったのかもしれない。この男は高級スーツを身に着けた人物だった。
この街ではある程度、身なりで判断されることが多い。司はこの男をどこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せなかった。

「会社を経営しています」と司が答えたとき、
「どうして世の中こんなに景気が悪いんだい?あんたら経営者が世の中の景気をよくしなきゃだめじゃないか」と言ってきた。

お若いの。と呼ばれた会社経営者はまさにその通りと頷いた。

「ええ。まさにそれがわたしの役目だと思っていますから。ですが、そうする為にはわたしの手助けをしてくれる人が欲しいんです」
「あんたの会社は人材不足なのか?」
「いえ・・そうではないんですが・・私生活の面で支えてくれる人が必要なんです」

司はつくしに向かって言う言葉をまさか目の前の男にまで話すことになるとは考えもしていなかった。
だが、何故か話してしまっていた。それは直接つくしに語りかけたのではなかったが司の隣に座る女の息が弾んだのが感じられた。

「はは・・そうかね・・で、お若いの、そんな人がどこかにいるのかね?」
司は自分の隣に座るつくしを見た。
「ええ。わたしはこれから彼女に結婚を申し込むところなんですよ」
「ほぉ・・そうか!そりゃ素晴らしい!では、わたしがここにいては邪魔だということかね?」
男は大そう喜んだ様子だ。
「ええ・・申し訳ないんですが・・」
「わかってるよ。年をとっても人の恋が実るのは見ていて嬉しいからね」
「お若いの、いい返事がもらえることを祈ってるよ」
男はそんな言葉を残し立ち去った。


つくしに伝えなければならない言葉はひとつだけだ。

世界の中心にいると言われる男は、今ではつくしの世界の中心にいたいと思うようになっていた。

「おまえ、俺に惚れてるだろ?見ればわかるからな」
「ちっとも」

そんなつくしの言葉に司は鼻で笑っていた。
なぜならそれは彼女独特の愛情溢れる言葉だ。

「嘘つけ。おまえは嘘がつけない女だってことは、とっくにわかってる」
「初めて会ったときから俺に惚れてただろ?」

本当は初めて会ったとき惚れたのは司の方だ。
だが傲慢な男はあえて自分の気持に沿うようにとつくしを問い詰めた。

司はニューヨークへつくしを連れて行くと決めたときから心に決めたことがあった。

「俺はこの日を思い描いていた」

司は立ち上がり、片方の脚でひざまずくと、ポケットから四角い宝石箱を取り出した。
セントラルパークの中のベンチ。
そこは出会った頃の二人がよくコーヒーを飲んだ場所だった。

「3年前からずっと渡せずに持っていた」
司はつくしの瞳を見つめた。
「俺はつくしを生涯にわたって愛する。言っとくが浮気なんかぜってぇにしねぇからな。だから俺と結婚してくれ。してくれるよな?」
沈黙が何故か重く感じられた。
「受け取ってくれるよな?俺と結婚するっていったよな?」
つくしの目の前でひざまずいた男が指輪の入った箱を差し出していた。
「つ・・つかさ・・」

つくしは泣いていた。それはうれし泣きと言ってもいいはずだ。
ほほ笑みながらも涙が零れ落ちていた。

「_んだよ?なに泣いてんだ?俺だってこんなときには指輪を用意するくれぇのことは知ってるぞ?」
だからと言って、目の前でひざまずいてプロポーズをされるなんて思ってもいなかったはずだ。
「俺と結婚してくれるよな?これから先ずっと一緒にいてくれるよな?」
「うん・・」小さな声が頷いた。
「_なら受け取れよ?」

司が箱を開けると、つくしは息をのんだ。一粒の大きなダイヤモンドが眩いばかりに輝いていた。
司はつくしの手をとると、彼女の指に指輪を嵌めた。

「いいか?これは約束の指輪だ」
「約束の指輪?」
「ああ。道明寺家の嫁はこれを嵌めることになってるらしい。これを一度嵌めたらぜってぇに逃げられないんだと」
「だからおまえは俺から逃げることなんて出来ねぇんだからな!」
司はつくしに抱きつき、きつく抱きしめていた。

「俺と結婚するよな?」
「うん・・」
「俺死ぬほど幸せだ」
「うん・・」
「つくし、おまえはうんしか言えねぇのかよ?」
「うん・・」

うん、しか言えない女は頬を濡らしながら司の腕に抱きしめられて幸せを感じていた。

ここがセントラルパークの中のベンチで、周囲には司のプロポーズに拍手を贈る人々がいても、今の二人は気に留めもしなかった。








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コメント
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dot 2016.07.21 10:17 | 編集
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dot 2016.07.21 19:13 | 編集
とうとうやりましたね!!
司くんおめでとう。

何気に初コメです、はじめまして。おかと申します。
いつもアカシア様のお話、拝読させてもらっています。毎日楽しいお話を更新してくださってありがとうございます☆


金持ちの御曹司大好きです\(≧▽≦)/(´ω` )/
おかdot 2016.07.22 00:04 | 編集
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dot 2016.07.22 00:07 | 編集
co**y様
おはようございます^^頂きました。ありがとうございますm(__)m
坊ちゃんセントラルパークで王道プロポーズ!
そうなんですよね、自分が愛している人が必ずしも同じ気持ちでいてくれるなんてことは、奇跡的な事ですよね。
でも坊ちゃんのラブロマンス物語ですので好きになって頂かないといけません。
はい。結婚はゴールではありませんよね・・
ケンカしながらも仲良く・・してね?(^^ゞ ケンカもする二人も好きです!←え!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.22 01:24 | 編集
サ*ラ様
こんばんは^^
プロポーズしました。もちろんYESです。
澤田さんの方が帰国が早かったら坊ちゃんダメだった・・いや。でもつくしちゃん忘れられなかったみたいですので澤田さんとはダメだったと思います。意志が固い女ですから、気持がふらつくことはなかったと信じています。
孫は何人いてもいいんです!順番なんてどうでもいいって言うパパさんですからね。
「司!おまえ何やってるんだ!」と怒られるかもしれませんね(笑)
そんな坊ちゃんも見てみたい気がします(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.22 01:30 | 編集
お*様
はじめまして^^
はい。司くんとうとうやりました。膝をついて王道プロポーズ(笑)
周りにいたアメリカ人ヒューヒューと口笛吹いて喜んでいるはずです。
え?金持ちの御曹司大好きですか?ありがとうございます!
何気にそう言って頂ける方が多くて安心してます。
何しろイヤラシイ妄想しかしない坊ちゃんですからねぇ(´艸`*)仕事はどうなってるんだ!と言いたいところですが何故かあんな司になってしまうという状況です。こちらこそ、いつもお読み頂きありがとうございます。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.22 01:38 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
え?そうだったんですか?大丈夫ですか?鉄欠乏ですか?私も若い頃そうでした。レバー食べろと言われましたが嫌いです(笑)
お子様も!それは大変でしたね。お大事になさって下さいね。そんな中でお読み頂けていたとは!ありがとうございます。
御曹司で笑って頂けたでしょうか?え?そんな余裕は無かった?←(殴)
大人の恋~はいクライマックスです。なんだかダラダラとしてきた感が・・(笑)お~御曹司妄想ぜひ聞かせて下さい!!今更なんて言わずに是非お願いします!
そして、今夜もこんな時間になりました(笑)早く寝ないといけませんよねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.22 01:48 | 編集
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dot 2016.07.22 02:29 | 編集
chi***himu様
こんばんは^^
そうですねぇ。季節柄食品の取り扱いには十分注意をと思っていますが・・ご心配をいただきありがとうございます。
腹痛・・差し込むような痛みに襲われては敵いませんよねぇ・・私も気をつけたいと思います。
司くんの愛はつくしちゃんだけに捧げられているようです。
え?憎しみでもいいから?え?それは危険ですね。彼に憎まれたら厄介なことになるような気がします(笑)
ひざまずいてのプロポーズで指輪を渡す。司くんなら出来ます。許されます。
つくしちゃんが羨ましいですよね~。激甘(笑)ラブロマンスですからこんな感じでいかがでしょうか?
大人司くんの魅力でつくしちゃんもうメロメロでしょうね(´艸`*)本当に羨ましい!
はい。そろそろ・・です。二人の行く末はいかに!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.07.23 00:03 | 編集
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