つくしは外出するためエレベーターに乗ると、1階のボタンを押した。
司に強制的に取らされた休みは、つくしにとってよかったのかもしれない。
正直なところ精神的に辛いと感じていたからだ。
一日だけ休みをもらった翌日、司の車で送られて出社した。
もし何かあればいつでも連絡をして来いと言われたが、もう大丈夫だと返事をしていた。
司との互いの信頼はもうこれ以上ないほどで、気づけば何をしていても司のことを考えていた。
昨日は心地よいバリトンに今夜はずっと俺のものでいてくれと囁かれ、優しく愛された。
震える体を抱きしめられ、寄り添うようにベッドに横たえられると、見つめ合う二人の瞳には互いに対する愛情が溢れていた。
いつまでもふさぎ込んでいるのはつくしらしくなかった。あのことは気に病まないようにしよう。そう決心できたのは司のおかげだ。今朝のつくしに訪れたのは、穏やかな気持ちに包まれたゆっくりとした目覚めだった。
つくしはひとり思い出して顔を赤らめていた。
エレベーターは、1階までの途中に何度か停止しては人の乗り降りがあったが皆前を向き、階数表示が点滅している様子を眺めているようで、誰もつくしの顔など見てはいない。
どうしても昨夜のことが思い出されて仕方がなかった。
唇を塞がれたとき、狂おしいほどの欲望が感じられたが、司は優しく抱いてくれた。
好きな人に愛されることがこんなにも幸せだと感じることが出来るなんて、今だに信じられない思いだった。もう大丈夫だ。嫌なことはさっさと忘れてしまうに限る。
立ち直りが早いのがつくしの取りえのはずだ。
そのとき、エレベーターが止まって扉が開き、乗って来たのは澤田だった。
一瞬だけ目が合った。
「まきの・・」と小さく呟いた声が聞えた。
つくしは身を硬くした。
同じ社内にいるのだから、いつかどこかで顔を合わせることは間違いないとわかっていた。
その日が早いか遅いか、ただそれだけのことだろう。それにしてもまさか早々にエレベーターの中で会うことになるとは思いもしなかった。
澤田は一番前で扉に向かって立っており、つくしの方を振り返って見ることはなかった。
エレベーターが1階に到着し、乗っていた人間が外へと吐き出されて行ったが、つくしよりも前に立つ澤田はなかなか降りようとはしない。
つくしは澤田の隣を通り抜けようとした。
「ま、まきの・・この前はすまなかった。昨日は休んだって聞いたからどこか怪我でもしたのかと思って心配したんだ」
「触らないで」
伸びて来た手に恐怖を感じエレベーターの外へ飛び出すと、抑揚のない声で言った。
「それ以上近づいたら大声を上げます」つくしは澤田の視線を受け止めた。
澤田は頷いた。
「もうなにもしないよ・・」
「信用ないんだな、俺は。あの時は別に__ 」
淡々と語られる言葉に信用なんて出来ないはずがない。
つくしはさえぎって言った。
「あの晩、澤田さんが・・どういうつもりだったのか知りませんけど、もういい加減にして下さい。これ以上付き纏うならそれ相応の対応をすることになります」
つくしは大きく息を吸った。
「今まで何度も言いましたけど、澤田さんの気持にはお応え出来ません」
まっすぐな瞳は揺るぎない意思をもって澤田を見ていた。
もしこれ以上何かあるとすればたった今告げたとおり、それ相応の対応をとるつもりでいる。つくしの瞳はそう告げていた。
「牧野つくし・・」
つくしは後ろから名前を呼ばれ振り返った。
「は、花沢さん?」
一昨日の夜、病院で会った司の親友がつくしの会社で何をしているのだろう。
花沢類の特徴は、一見して策略など何も考えていないように見えることだ。
物静かに見えるがなかなかどうして抜け目のない人物だ。
柔和な雰囲気を漂わせ、企みなど何も考えたことがないと思わせることが、どれだけ周りの人間の気持ちを和ませるかということを本人も自覚しているはずだ。自覚しているからこそ、なおさら悪い。いわゆる確信犯というやつだ。
何も考えていないような彼の発言には、実は計算された言葉が含まれている。
類はつくしと澤田の間に割って入った。
「あんたが澤田さん?」
類は澤田を見据えた。
「あなたは・・花沢物産の・・」
澤田は類に心あたりがあるようだ。
「花沢さん。お会いするのは初めてですがご活躍は耳にしております」
と言うとにこやかな表情で名刺を差し出した。
類は差し出された名刺を受け取ろうとはせず、ビー玉のような瞳でじっと澤田を見つめていた。
相手は男とはいえ、美青年と呼ばれるような男だ。そんな男にじっと見つめられ澤田は戸惑った。
「あの、どう言ったご用件でしょうか?」
何も言わない類に澤田は訝しんだ。
「いい加減つくしちゃんのこと諦めたら?」
類の言葉は直球だ。
「どういうことでしょう?」
澤田はちらりとつくしに視線を向けた。
「あんたがつくしちゃんの事が好きなのは仕方がないけど、これ以上司を怒らせない方がいいと思う」
「いったい何を・・」
澤田はいきなり現れた花沢物産の専務の言葉に戸惑いが隠せずにいた。
「迷惑なんだ。これから何かある度に呼び出されるのは。それに司がもし暴力事件でも起こしたらうちの会社も困るんだよ。司のところとは合弁事業もあるし」
わずかだが類の言葉には険が感じられる。
「知ってるよ。俺もあのときホテルにいたから」
澤田が何か言おうとしたが、類は口を挟むのを許さなかった。
「司は昔から頭に血がのぼると何をするかわかんない人間だからね。ま、最近はそんな司も見たことがないけど。今あいつに暴力事件なんか起こされたらうちが迷惑だしね」
類は肩をすくめると、話しを継いだ。
「あんたもこれ以上リスクを冒すことは止めた方がいいんじゃない?親父さんの跡を継いで選挙に出るんだよね?俺知ってるよ、あんたの親父さん。結構厳しい人みたいだけど、自分の跡を継がせるつもりの息子が嫌がる女性を追いかけ回してるなんて知ったらどうするかな?」
類は強い調子で尋ねた。
「それにもう結果は出てるんだし、これ以上何かしても仕方がないんじゃないかな?
それから言っとくけど司って男は自分の目的の為なら他人のことなんてなんとも思わないようなところもあるからね。情け容赦ないっていうの?だから気をつけた方がいいよ」
類は澤田がすでにその洗礼を受けたのではないかと思っていた。なにしろ今の澤田の顔は血の気が引いたようになっていた。
エントランスロビーが急に騒がしくなったと思ったらひとりの男が走ってつくしの方へと向かって来ているのがわかった。
遠目に見てもわかるのは、特徴的な黒髪とその人物の存在感だ。
「あ、司だ」類の言葉に澤田は後ろを振り向いた。
磨き抜かれたロビーを硬質の足音をさせて走ってくる男に息の乱れはない。
もちろん服装の乱れもなく、まるでスーツ姿で走って来たことなど嘘のようだ。
「類、悪かったな。迎えをたのんで」
「あれ?司どうしたの?飛行場じゃなかったの?」
「いや、時間が出来たから寄った」
突然現れた司に驚いたのはつくしもだが澤田も目を見張った。
司は澤田の存在に気づくと怒気を含んだ表情になった。
「類、なんでこいつがここにいるんだ?」
「なんでかな?たまたまなんじゃない?」類は肩をすくめた。
「そんなことより司、時間いいの?」
司は腕時計に目を落とした。
「おう。わりぃな。時間ねぇわ。またな類」
「つくし、行くぞ?」
司はつくしを自分の傍へと引き寄せた。
「え?つ、つかさ・・なに?」
「これからニューヨークに出張することになった。だからおまえも連れて行く」
司はつくしの手を取るとドアに向かって走り出した。
「え?でもか、会社に・・」
「バカかおまえは。そんなことは根回し済だ。おまえこれから外回りだって言うんだろ?それなら俺と一緒に外回りしろ」
押しの強さと行動力は司の生まれ持ったものだろう。好きな女を手に入れたからにはこれから一生手放さないための手続きを取るつもりだ。
そのための13時間のフライトは、彼にとっては至福のひと時となるはずだ。
走り去る司の車を見ながら、類は隣に佇む澤田に向かって言った。
「あんたもこれでわかった?つくしちゃんは永遠に司のものだから諦めた方が身の為だよ」

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正直なところ精神的に辛いと感じていたからだ。
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もし何かあればいつでも連絡をして来いと言われたが、もう大丈夫だと返事をしていた。
司との互いの信頼はもうこれ以上ないほどで、気づけば何をしていても司のことを考えていた。
昨日は心地よいバリトンに今夜はずっと俺のものでいてくれと囁かれ、優しく愛された。
震える体を抱きしめられ、寄り添うようにベッドに横たえられると、見つめ合う二人の瞳には互いに対する愛情が溢れていた。
いつまでもふさぎ込んでいるのはつくしらしくなかった。あのことは気に病まないようにしよう。そう決心できたのは司のおかげだ。今朝のつくしに訪れたのは、穏やかな気持ちに包まれたゆっくりとした目覚めだった。
つくしはひとり思い出して顔を赤らめていた。
エレベーターは、1階までの途中に何度か停止しては人の乗り降りがあったが皆前を向き、階数表示が点滅している様子を眺めているようで、誰もつくしの顔など見てはいない。
どうしても昨夜のことが思い出されて仕方がなかった。
唇を塞がれたとき、狂おしいほどの欲望が感じられたが、司は優しく抱いてくれた。
好きな人に愛されることがこんなにも幸せだと感じることが出来るなんて、今だに信じられない思いだった。もう大丈夫だ。嫌なことはさっさと忘れてしまうに限る。
立ち直りが早いのがつくしの取りえのはずだ。
そのとき、エレベーターが止まって扉が開き、乗って来たのは澤田だった。
一瞬だけ目が合った。
「まきの・・」と小さく呟いた声が聞えた。
つくしは身を硬くした。
同じ社内にいるのだから、いつかどこかで顔を合わせることは間違いないとわかっていた。
その日が早いか遅いか、ただそれだけのことだろう。それにしてもまさか早々にエレベーターの中で会うことになるとは思いもしなかった。
澤田は一番前で扉に向かって立っており、つくしの方を振り返って見ることはなかった。
エレベーターが1階に到着し、乗っていた人間が外へと吐き出されて行ったが、つくしよりも前に立つ澤田はなかなか降りようとはしない。
つくしは澤田の隣を通り抜けようとした。
「ま、まきの・・この前はすまなかった。昨日は休んだって聞いたからどこか怪我でもしたのかと思って心配したんだ」
「触らないで」
伸びて来た手に恐怖を感じエレベーターの外へ飛び出すと、抑揚のない声で言った。
「それ以上近づいたら大声を上げます」つくしは澤田の視線を受け止めた。
澤田は頷いた。
「もうなにもしないよ・・」
「信用ないんだな、俺は。あの時は別に__ 」
淡々と語られる言葉に信用なんて出来ないはずがない。
つくしはさえぎって言った。
「あの晩、澤田さんが・・どういうつもりだったのか知りませんけど、もういい加減にして下さい。これ以上付き纏うならそれ相応の対応をすることになります」
つくしは大きく息を吸った。
「今まで何度も言いましたけど、澤田さんの気持にはお応え出来ません」
まっすぐな瞳は揺るぎない意思をもって澤田を見ていた。
もしこれ以上何かあるとすればたった今告げたとおり、それ相応の対応をとるつもりでいる。つくしの瞳はそう告げていた。
「牧野つくし・・」
つくしは後ろから名前を呼ばれ振り返った。
「は、花沢さん?」
一昨日の夜、病院で会った司の親友がつくしの会社で何をしているのだろう。
花沢類の特徴は、一見して策略など何も考えていないように見えることだ。
物静かに見えるがなかなかどうして抜け目のない人物だ。
柔和な雰囲気を漂わせ、企みなど何も考えたことがないと思わせることが、どれだけ周りの人間の気持ちを和ませるかということを本人も自覚しているはずだ。自覚しているからこそ、なおさら悪い。いわゆる確信犯というやつだ。
何も考えていないような彼の発言には、実は計算された言葉が含まれている。
類はつくしと澤田の間に割って入った。
「あんたが澤田さん?」
類は澤田を見据えた。
「あなたは・・花沢物産の・・」
澤田は類に心あたりがあるようだ。
「花沢さん。お会いするのは初めてですがご活躍は耳にしております」
と言うとにこやかな表情で名刺を差し出した。
類は差し出された名刺を受け取ろうとはせず、ビー玉のような瞳でじっと澤田を見つめていた。
相手は男とはいえ、美青年と呼ばれるような男だ。そんな男にじっと見つめられ澤田は戸惑った。
「あの、どう言ったご用件でしょうか?」
何も言わない類に澤田は訝しんだ。
「いい加減つくしちゃんのこと諦めたら?」
類の言葉は直球だ。
「どういうことでしょう?」
澤田はちらりとつくしに視線を向けた。
「あんたがつくしちゃんの事が好きなのは仕方がないけど、これ以上司を怒らせない方がいいと思う」
「いったい何を・・」
澤田はいきなり現れた花沢物産の専務の言葉に戸惑いが隠せずにいた。
「迷惑なんだ。これから何かある度に呼び出されるのは。それに司がもし暴力事件でも起こしたらうちの会社も困るんだよ。司のところとは合弁事業もあるし」
わずかだが類の言葉には険が感じられる。
「知ってるよ。俺もあのときホテルにいたから」
澤田が何か言おうとしたが、類は口を挟むのを許さなかった。
「司は昔から頭に血がのぼると何をするかわかんない人間だからね。ま、最近はそんな司も見たことがないけど。今あいつに暴力事件なんか起こされたらうちが迷惑だしね」
類は肩をすくめると、話しを継いだ。
「あんたもこれ以上リスクを冒すことは止めた方がいいんじゃない?親父さんの跡を継いで選挙に出るんだよね?俺知ってるよ、あんたの親父さん。結構厳しい人みたいだけど、自分の跡を継がせるつもりの息子が嫌がる女性を追いかけ回してるなんて知ったらどうするかな?」
類は強い調子で尋ねた。
「それにもう結果は出てるんだし、これ以上何かしても仕方がないんじゃないかな?
それから言っとくけど司って男は自分の目的の為なら他人のことなんてなんとも思わないようなところもあるからね。情け容赦ないっていうの?だから気をつけた方がいいよ」
類は澤田がすでにその洗礼を受けたのではないかと思っていた。なにしろ今の澤田の顔は血の気が引いたようになっていた。
エントランスロビーが急に騒がしくなったと思ったらひとりの男が走ってつくしの方へと向かって来ているのがわかった。
遠目に見てもわかるのは、特徴的な黒髪とその人物の存在感だ。
「あ、司だ」類の言葉に澤田は後ろを振り向いた。
磨き抜かれたロビーを硬質の足音をさせて走ってくる男に息の乱れはない。
もちろん服装の乱れもなく、まるでスーツ姿で走って来たことなど嘘のようだ。
「類、悪かったな。迎えをたのんで」
「あれ?司どうしたの?飛行場じゃなかったの?」
「いや、時間が出来たから寄った」
突然現れた司に驚いたのはつくしもだが澤田も目を見張った。
司は澤田の存在に気づくと怒気を含んだ表情になった。
「類、なんでこいつがここにいるんだ?」
「なんでかな?たまたまなんじゃない?」類は肩をすくめた。
「そんなことより司、時間いいの?」
司は腕時計に目を落とした。
「おう。わりぃな。時間ねぇわ。またな類」
「つくし、行くぞ?」
司はつくしを自分の傍へと引き寄せた。
「え?つ、つかさ・・なに?」
「これからニューヨークに出張することになった。だからおまえも連れて行く」
司はつくしの手を取るとドアに向かって走り出した。
「え?でもか、会社に・・」
「バカかおまえは。そんなことは根回し済だ。おまえこれから外回りだって言うんだろ?それなら俺と一緒に外回りしろ」
押しの強さと行動力は司の生まれ持ったものだろう。好きな女を手に入れたからにはこれから一生手放さないための手続きを取るつもりだ。
そのための13時間のフライトは、彼にとっては至福のひと時となるはずだ。
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Comment:2
コメント
このコメントは管理者の承認待ちです

も*ち★様
澤田さん撃沈されました(笑)
F4みんなでボコボコにしに行くと大変なので類君に頼みました。
司に永遠にさらって欲しいですか?
そうですよね・・いい男限定でさらって欲しいです!
コメント有難うございました^^
澤田さん撃沈されました(笑)
F4みんなでボコボコにしに行くと大変なので類君に頼みました。
司に永遠にさらって欲しいですか?
そうですよね・・いい男限定でさらって欲しいです!
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.07.17 23:04 | 編集
