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2016
07.12

大人の恋には嘘がある 43

司と澤田智弘は同い年だ。澤田の兄、正弘は弟よりも5歳年上の38歳。
つまり司と正弘も5歳違いということになる。

兄弟だけあって二人はよく似ていると感じた。身長と体格がほぼ同じで、自信に満ちたたたずまいも弟に似ている。いや弟の方が兄に似ているのだろう。

「いきなり不躾なご挨拶で申し訳ございませんでした。改めまして澤田と申します」

澤田が名刺を出したので、司もそれにならった。澤田の会社と直接的なつき合いはなくても事業規模が大きな会社だ。どこかで関係があるかもしれない。

ここにいる人間は企業経営者、もしくはそれに関連するような人間ばかりだ。交わされる会話は今後のビジネス展開についてなどが主な話題になる。現に今までにも何人かの企業経営者が司たちの元に挨拶に来ていた。何しろ司はニューヨークが長く、日本でのパーティーなどに参加することは殆どなかったのだから、彼に直接会って挨拶をしたいと考える人間が多いのも当然だろう。
だがこの男がわざわざ司を見つけてまで挨拶をしに来るということは、弟である智弘との関連があると考えるのは穿った見方なのだろうか?

「今日は道明寺副社長にお会いできるのを楽しみにしていました」

正弘があの男の兄だとしても、この男に私怨があるわけでもなく挨拶を交わしていた。
それに弟が自分の恋についていちいち兄である男に報告しているとは思えなかった。

「道明寺さんのニューヨークでのご活躍は色々とお伺いしていますが、さすがですね。
あちらでは多くの企業の買収に成功されたと聞いています」
正弘はひと呼吸置くと話しを継いだ。

「私には弟がいるんですが、あいつもニューヨークに住んでいたんですよ。弟はあちらで金融関係の会社に勤めていまして、買収案件についてのプロポーザル・レター(提案書)の作成などに携わっていたましたが最近帰国してきたところなんです」

司は正弘の弟を知っているとは言わなかった。自分からわざわざあなたの弟を知っているなど言う必要は感じなかった。ただ、いったいこの男は何が話したいのかと考えていた。

「そうですか。ニューヨークでそう言った関係の仕事に携わっていたのなら優秀な弟さんなのでしょうね?それならそのままニューヨークで仕事を続けられれば弟さんのキャリアアップにも繋がったでしょう」

「ええ。まったく仰るとおりなんです。ですが弟が言うにはあちらの暮らしにはもう飽きたらしいんですよ。それに好きな女性が日本にいるとかで戻って来たなんてことを耳にしましてね。弟もそろそろいい年ですので結婚を前提につき合いたいだなんて話しをその女性にしたらしいんですが、いいお返事は頂けなかったのか、それっきりその話しを聞く事はないんです」

司は相手の話の中に弟の事とは言え随分とプライベートに関することが含まれていると感じていた。もしやこの男は弟の恋敵と耳にした司の様子を窺いに来たということなのかと勘ぐらずにはいられなかった。

「ところで・・」
正弘は突然、司の斜め後ろにいたつくしの方を見た。
「失礼ですが、こちらの方は道明寺さんのお連れの方ですか?」

不躾にならない程度の視線がつくしに向けられていた。
司はその視線に反感をあらわにした。

「ええ。俺の恋人です」
「そうでしたか。ご紹介しては頂けないでしょうか?」
正弘はすかさず尋ねた。

つくしは考える暇もなく、司に手を取られると体の傍へと引き寄せられていた。

「俺の恋人です。牧野といいます」

「牧野さん?」
正弘は名前に心当たりでもあるのだろうか?何か問いたげにつくしを見ている。

つくしは正弘に礼儀正しくほほ笑んだ。
「牧野と申します」

まるでこの状況は企業同士の交流会の再現のようだった。
あのときは司と正弘の弟、智弘との間で板挟みの境地に置かれていた。
だが今日は微妙な要素が加わっていた。
どことなく重い空気が流れるなか、静まり返った池に誰かが石を投げ込んだ。

「つくしちゃんの仕事ってなんだっけ?」

そのひと言は大きかった。
一同が全員類を見た。

少しの沈黙のあと、総二郎とあきらは類が澤田正弘の弟智弘と司との間で繰り広げられたある事情を知らなかったことに気づいた。
類はフランス帰りだ。知らなくて当然だった。二人は説明するべきだったと後悔していた。
何しろ類は昔から物事の肝心な場面になると、とんでもない発言をすることがままあったことを思い出していた。
普段は目に見えない空気のように存在感を消す男なのに、空気を読むということにはあまり関心がないのが類だった。だが空気がなければ人間は生きていけないのと同じで、この4人がそろってこその仲間関係だ。総二郎もあきらも類を責める理由は見当たらなかった。

「つくし・・ちゃん?」

人の名前としては珍しい名前だ。
正弘はその名前に心当たりがあるようだ。

「もしかして、あなたはうちの弟と同じ会社にお勤めの牧野さん?」

あえて話しをしなかった自分の素性を知られてしまったことに後ろめたさはないが、正弘がどこまでつくしのことを聞いているのか気になっていた。

「はい。澤田さんにはいつもお世話になっております」
つくしは頭を下げた。

突然正弘は笑い、そうですか。あなたが牧野つくしさんですか。
智弘が好きなのは道明寺さんの恋人なんですね?これでは弟には望みはないでしょう。と言った。

つくしが頭を上げた先にいた人物は、弟がどんなに頑張っても道明寺さんからあなたを奪うことなんて無理でしょうね。と再度言い放った。
兄から見れば弟はかなり出来のいい人間だろ。だが財閥の次男で比較的自由に育った弟と道明寺さんとでは男としての器が違うでしょうね、と言い放っていた。
何をどう見てそう思ったのかは分からないが、年を重ねていると言うことと、兄として弟のことで分かる事があるのだろう。
正弘はもしかして、弟はお二人にご迷惑をおかけしてはいないでしょうか?と聞いた。

つくしは司の顔を仰ぎ見ると、顎に力が入ったのがわかった。
総二郎とあきらも司の顔つきが変わったのがわかった。幼い頃から一緒に過ごして来た男がキレる様は今まで何度も間近で見て来ただけに見逃しようがなかった。
司はつくしがメープルで手首を掴まれ、必要以上にアプローチを受けたことを思い出していた。

だが、司は何も言わなかった。

つくしがそれを望んでいないことが分かっていたからだ。あの時は澤田を探し出し、殴りたい思いがあったがつくしに止められた。あのあと二人は一夜を過ごすことになり、彼らの仲は確実なものへと変化していった。あの出来事はある意味二人の仲を深めるきっかけになったと思えばいい。そう考えれば胸の内に収めて置くことが出来る。澤田の兄は弟がかわいいだろうが、兄として弟を厳しい目で見る面も持ち合わせているようだ。
弟が父親の跡をついで政治家になるなら、律しなければならない事があるはずだと知っているのだろうか。
司は長男で兄という存在は理解出来ないが、姉の椿に言わせれば、司にも経営者として律しなければならないところがあるらしい。それを考えれば智弘の兄が何を言わんとしているのか、おおよその見当はついた。


正弘はもし、弟がご迷惑をかける事があるようでしたらいつでもご連絡下さい。と言ってプライベート用の連絡先が記された名刺を差し出してきた。
恐らく司の顔つきが変わった瞬間を見逃さなかったのだろう。

今後は仕事上でのおつき合いがあるかもしれませんが、その時はお手柔らかにお願いします。と言いうと少し離れた場所で妻が談笑している輪の中へと加わっていた。






「おもしろい」

未だに緊迫した空気が流れるなか、類は手にしていた飲み物を口にすると、ひとことそう言った。

「類!てめぇは何がおもしろいんだ!」
司は唸った。
「そうだぞ?類の不用意なひとことでエライ騒ぎになるところだったんだぞ?空気を読め、空気を!」
総二郎は自分とあきらが類に事の次第を伝えてなかったことなど無かったように言った。

「え?だって何も起こらなかったじゃない?」

「それはな。ここにいる皆が大人だったからだ」
あきらの言葉に頷く総二郎。
「兎に角だ。司とつくしちゃんは晴れて微妙な関係から、恋人同士になってこれからってところなんだから、類も応援してやれ!」
「え?何を応援するの?」類は戸惑った顔をした。
「もういい類」

あくまでもマイペースを貫く友人には何を言っても無駄だったのかもしれない。

「あれ?司つくしちゃんは?」
あきらはさっきまでそこにいたつくしを探した。
「ああ。トイレに行った」
「緊張したんだよ、きっと」
「類!子供かおまえは!」
総二郎は呆れた顔をして類を見た。




つくしはパーティー会場を抜け出すと通路を急いだ。
だが、行きついた先の化粧室は使用禁止の紙が貼られていた。
仕方がないと他のフロアに行くことにしたつくしはエレベーターまで行くのも面倒だ、と通路の端にある非常階段を使うことにした。









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コメント
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dot 2016.07.12 09:13 | 編集
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dot 2016.07.12 12:17 | 編集
co**y様
おはようございます^^
はい。澤田兄、すんなりと引き下がりました。
こちらに出演の皆様は皆大人の対応が出来る人たちです。
タイトルが大人の恋~ですから(笑)あくまでも大人っぽく対応して頂きました(^^ゞ
絡みを希望!(笑)えーどんな絡みですか?(@_@。?エロ?(笑)
明日はこんな感じ(どんな感じ?)になりましたので、また宜しければご感想などお聞かせ下さい(^^♪
疑似恋愛して頂けると嬉しいです。こんな坊ちゃんいかがでしょう?
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.07.13 00:56 | 編集
さと**ん様
澤田兄、ちょっといい男に書き過ぎましたね(笑)えーお兄ちゃんに惚れないで下さい。
こちらの皆様、あきらの言う通りみんな大人です。ただ、つくしちゃんを思う司の気持だけは、必死です。
> 怒りを抑え、大人の対応
はい。歯を食いしばり顎に力が入りました。が、大人げないことは慎みました。エライです、この司は(^^ゞ
すぐキレていたのは高校時代までです。大人になり、好きな女性を守るため、彼女の名誉を守るために我慢することも必要だということを学んだのかもしれません。類の気持はよく分かりません(笑)
非常階段で何が起こるか?(笑)はい。そうです。明日お読み頂けると思います。
えー選択肢を見て噴き出しました。
あちらのお話に関連する言葉に、なんだか書かねばというプレッシャーが感じられました(笑)
そうですよね、そろそろ1か月が来ますね。
いや、よく覚えていて下さいました。カモシカの事。それに木村さんが非常階段で官能小説を読んでいて、その本が木村のだとバレるだなんてエロ曹司もいるじゃないですか!(笑)「あれ?木村さん?こんなところで何してんですか?」「ま、牧野様・・どうしてこのような場所に?」「お手洗いを探してるんですけど・・なんですか?その本・・・」つくしは木村が背中に隠した本が気になった。かなり読み込まれた本のようでどうやら木村の愛読書らしい・・。
いったいどのストーリーの二人を持ってくればいいのか・・(笑)
コメント有難うございました(^^)

アカシアdot 2016.07.13 01:19 | 編集
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