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2016
07.02

大人の恋には嘘がある 36

困惑を隠せないつくしの前に現れたのは、グレーのスーツに身を包んだ50代かと思われる女性。背が高く一見して品の良さというものが感じられ、漆黒の髪を優雅に結い上げている。
年相応な落ち着きと、洗練された物腰が感じられるが知性を感じさせる目をしていた。
だが、女性から醸し出される雰囲気はどこか重々しくもあった。
つくしはその目を魔女のような目だと思った。黒い髪に高貴な顔立ちと鋭い眼差しで見つめられると、まるで魔法をかけられそうだ。

その目が不愉快そうに澤田の手を見た。
相手が嫌がっているというのに、その手を離そうとしないのは野蛮ねという表情だ。

女性がつくしのものではないかと差し出したのは白いレースのハンカチだ。
だがどう見てもつくしのものではない。つくしはハンカチ以外のことに視線を集中しようと、改めて女性を見た。

同じように女性もつくしの頭のてっぺんから黒いハイヒールの爪先まで視線を下ろしていた。見知らぬ女性、それも魔女のような女性にまじまじと見つめられて困惑が隠せない。

「あなたのじゃなくて?」

再び口をついたその言葉は有無を言わさなかった。
差し出された手はそのままで、つくしの傍に近づいてくる様子はなさそうだ。
つくしは女性の意図を汲み取った。
受け取るためには澤田に掴まれた手を離してもらわなければ女性の傍に近寄ることは出来ない。
この女性は事を荒立てることなくこの場を収めようとしてくれているのだろうか?
そう思わずにはいられなかった。

「は、はい。あたしのです。あの、ありがとうございます」

つくしは女性の気転の利いた配慮に感謝した。
ここで大袈裟に騒げばひと目を惹くことは間違いない。
そんなことは澤田も本意ではないはずだ。

「取りにいらしてくれるかしら?」

有無を言わさない雰囲気が澤田にも伝わったのか、彼は大人しく手を離した。
思いのほかきつく握られていたのか、手首は少し赤くなっていた。
つくしは女性の傍まで歩みを進めると差し出されていたハンカチを受け取った。

「あちらの男性はあなたのお知り合いの方かしら?」

「え?あ、はい・・・」

「そう・・おつき合いされている男性なのかしら?」

「え、いえ・・」

つくしは穏やかな口調で否定をしたが澤田を見なかった。

「ちょっとそこのあなた?」

相手が何を言おうとしているか気づき、澤田はほほ笑んだ。
そのほほ笑みは礼儀正しく、まるで選挙のポスターにでも使えそうなくらいの爽やかなほほ笑みで、誰が見ても好感の持てるものだ。
だがつくしはそのほほ笑みが何故か怖いと感じられた。

「僕はただ彼女と話しがしたかっただけですから、別になにかしようとしたわけではありませんよ」

澤田は同意を求めるようにつくしを見たが、つくしの全身から否定が感じられた。

「そう?女性に対して少し乱暴すぎないかしら?こちらの女性は手首が赤くなってるわ。ロマンティックなお誘いをするならもう少し態度を改めた方がよろしくてよ?」

澤田の顔に一瞬冷笑が浮かんだ。

「少しばかり行き違いがあったんだと思います。別に揉めていたというわけでもありませんから、どうぞ僕たちのことは気になさらないで下さい」と要するに自分たちのことは放っておいてくれと伝えた。

「あら?そうなの?でもこちらの女性は気にしてるみたいだけど?
それにしてもこのホテルはスタッフも一流、サービスも一流のはずよ。当然お客様も一流だと思ったけど違うのかしらね?ここはいつから三流ホテルになったのかしら?」

女性は澤田の顔を見ながらほほ笑んだ。

「あなたこちらの女性を飲みに誘ったみたいだったけど、何か飲みたいというなら、わたくしが少しつき合ってさしあげるわ?」

「いえ」と澤田は拒絶した。
「牧野・・」
澤田は一歩前へ出た。
「ごめん、つい・・」と言葉を切ると、持てる威厳を全て集めたかのように女性に向かって儀礼的な笑みを浮かべた。

「せっかくのお誘いですが、次の予定があります。また次にお目にかかれた時にでも御一献差し上げるということでよろしいですか、奥様?」

「そう?残念ね。ではまた機会があればお願いするわ」

「じゃあ、牧野また週明けに会社で会おう」

澤田は会話が途切れたところでそれだけ言うと足早に歩み去って行った。


つくしはほっと一息つくと
「あの、ありがとうございました」
と頭を下げた。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。わたくしは噛みついたりしないから」

「いえ・・そんなつもりじゃないんですが・・」

つくしは助け船を出してくれた女性を改めて見た。誰かに似ているような気がするが、誰だか思い出せない。第一印象は魔女みたいだなんて思ったが話してみるとそうでもない。

「気をつけてね。どこにでもいるような男だけど甘くみてはだめよ。男は油断すると何をするかわかったものじゃないわ」

「あの、本当にありがとうございました」
と再び頭を下げた。

「いいのよ。それよりあなたどこかへ行くんじゃなかったの?」

「え?あ、はい。そうなんです。あの、これありがとうございました」

つくしは先ほど女性から受け取ったハンカチを返そうとした。

「いいのよ。それはあなたに差し上げるわ」

「え?でも、こんな素敵なハンカチ頂けません」

レースで出来たハンカチを改めてよく見れば、とても手が込んだ作りで手を拭くハンカチとしての機能は持ち合わせていないように思える。それに女性が身に着けているスーツは、この人のためだけにあつらえられた物のようで、ひと目で良い物だとわかるような仕立てがされている。

「ハンカチなんていくらでも替えがきくわ」

「でも・・」見ず知らずの人からいくらハンカチといえど、貰う理由が見当たらない。

「今日の記念にでもしたらいいわ」

「き、記念ですか?」

「そう。わたくしとあなたが出会った記念よ?またどこかで会えるような気がするの」

意味がわからなかったが、つくしは心からの笑みを浮かべていた。

「では、お言葉に甘えて頂戴いたします。どうもありがとうございました」







***








まったく牧野はどこの化粧室まで行ったんだ?
司はなかなか戻ってこないつくしを心配していた。
もう15分も経っている。まさかとは思うがまた変な女に絡まれてるんじゃないかと考えた。なにしろあいつには前科があるからな。
だいたいホテルなんてところは誰でも自由に出入りが出来る場所だ。不審者が紛れ込んでいたとしてもわかりゃしない。
司は立ち上がると、取りあえずレストランから一番近い化粧室へ向かうことにした。



「ご、ごめん道明寺・・」
つくしは小走りで駆け寄って来た。
「お手洗い、思いのほか混んでいて・・」と息を喘がせた。

「・・ったく。またなんかあったんじゃねぇかって心配してたんだ。また変なヤツに絡まれてるとか、気持ちが悪くなって便器抱えてるとか前科があるからな」

司にしてみれば、いつまでこいつの事を気に揉んでいなきゃなんねぇのかと言う思いだが、あれこれ世話を妬きたくなるのはやっぱりこいつが好きなんだと言う事だ。

「言っとくがお前が裸に近い状態でひと晩一緒にいて何にもなかったって安心出来るのは俺くれぇなもんだ」
「あ、安心?」
「だってそうだろうが」
つくしの疑う態度に苛立った。

「いいか?おまえが俺にゲロって、そんなおまえを介抱したのは俺で、おまけに抱きついてきてもなんにもしなかったってのは、据え膳食わぬは男の恥ってやつだ。だけどな、俺はその恥をおまえのために忍んだんだ」

「うん・・」

確かに道明寺の言うとおりだ。何も手出しをしなかったのは男として辛かったのはわかるような気がしていた。でも寝てる女に手を出すのはどうかとも思うけど。

「そうだろ?澤田なんかじゃ絶対にそんなふうにはなんねぇはずだ」

「あんな男はおまえの初めての相手としては最悪のはずだ。間違いなく悲惨なものになる。自分本位で注意力散漫になって避妊なんかすっかり忘れるような男だ。言っとくが俺の体力もテクニックもあんな男に負けるはずがない。それにあんな男は一度おまえを抱いたらはい、さよならってタイプだ。その点おれは違うからな」


つくしは笑った。
道明寺の口から出た自己アピールとも言える言葉がおかしかった。
俺を選べば絶対損はしないと言い切っているところは、まるで理想の恋人は俺だろ?と訴えているようだ。
さっきエレベーターの前で澤田に会って手首を掴まれた。なんてことを言ったらホテル中探し歩いて殴りかかりそうだ。





そんな二人の様子を少し離れた場所から見つめているのは先ほどの女性。

「まったく、重症ね」と呟いていた。








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コメント
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dot 2016.07.02 15:12 | 編集
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dot 2016.07.02 19:31 | 編集
サ*ラ様
こんにちは^^
楓さんつくしを助けてくれました。
偶然居合わせたのか?それとも司がつくしと会うという情報を手に入れていたのかもしれません。
どんな女性なのかこっそり偵察したのでしょう。
澤田さんしつこいですね。司なみのストーカー体質かもしれません。
坊ちゃん、一生懸命自分をアピールしてますが、アピールの内容がどうなんでしょね?
なんとなく御曹司が言いそうなこと言ってます(笑)
続きですね?月曜になると思います。明日は日曜の御曹司です。
笑って頂けるといいのですが・・またよろしかったらご感想をお願いします!
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.07.02 22:57 | 編集
co**y様
こんばんは^^
えっと残念ながらですが届いておりません・・
下書きに残っているということは送信出来てないと思われます。
送信されていれば送信済みトレイに置かれるはずなのですが?
パパさん、お手数ですが簡単な言葉でお願いします!
楽しみにお待ちしています(^^)
楓さん、さりげなくつくしを助けました。助けながら観察していたのでしょうねぇ(笑)
坊ちゃん自分をアピールするのに必死です(笑)
でもアピールの内容が・・・まあ大人の二人ですからね(´艸`*)
頑張れ坊ちゃん!←アカシアがですね?
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.07.02 23:09 | 編集
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dot 2016.07.03 00:17 | 編集
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dot 2016.07.03 00:29 | 編集
*ri**ko*様
こんな司でよかったら抱きしめてあげて下さいませ(笑)
アプローチの言葉にしてはなんだか生々しいのですがライバルに負けまいと必死です。
本当ですか?ファンだなんて言われると嬉しくて舞い上がってしまします。
やっぱり自分では硬い文章だなぁと思っていますがこのままの作風でも大丈夫ですかねぇ・・
もちろん、わたしも*ri**ko*様のいちファンとして毎朝読ませて頂いております!
毎日更新ありがとうございます。復帰されて読む楽しみが増えました。
やっぱり甘いですよ、*ri**ko*様!ふんわりとして甘い感じがします。
私には無理です(^^ゞ
私もなんとか・・毎夜、夜な夜な書いていますが、眠気に襲われ日本語がおかしな時もあり、お見苦しいところもあるかと思います。朝読み返してあれ?(笑)なんてこともしばしばです。
わかります(笑)私も何度も読み返してこれでいいのか?と思うことしばしばです。
読めば読む程これでいいのかのスパイラルに嵌るように思います。
連日に渡りコメントをいただき感激しております。
明日からのお話も楽しみにしています。
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.07.03 22:51 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
澤田さんの魔の手から、文字通り「手」から逃れたつくし。助けたのは楓さんでした。タマさんだったら大変です!(笑)
なぜ楓さんの顔を認識出来なかったのでしょう?本当にそうですよね?楓さんの顔がわからないなんてダメです!
奥様と言葉をかけました。もしかしたら気づいていたかもしれません。
司の母親ですからねぇ。わざと知らないふりをしたのかもしれませんねぇ。
そうなんです(笑)澤田さんのことをけなしていますが、自分だってつくしに出会う前はそうでしょ?(笑)
司の経験とテクニックが生かせる日は近いのか近くないのか?つくし次第ですね(^^)
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.07.03 23:01 | 編集
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