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2016
06.25

橋からの眺め 後編

結婚しない女でいくと決めたわけではない。
だが、周りがそう見ているのはわかっている。

OLを長くやっているとそれなりにお金も貯まり、ひとりで暮らしていくことに困りはしなくなっていた。

弟が結婚したとき、両親はあたしに結婚することを求めなくなった。
それまでは帰省するたびに、早く結婚しろと見合いをすすめて来ていたが、それもいつの頃からか言わなくなっていた。あれは確か弟に子供が誕生した頃だったはずだ。
いつまでもかわいい弟だと思っていたが、人生のパートナーを得て子供も生まれれば、もう弟とは思えないほど立派なひとりの男性だった。


ひとりで生きていくことを孤独と思わなくなったのは、いつの頃からだったのだろう。
つくしは自分の人生が流れていく様を淡々とした思いで見つめていた。
ひとりの時間は自分の中の感情と対話ができる時間で、自分の中での大切なものが何であるかを見つけることが出来る時間でもある。
ひとりは頼るものがいない。だから自分の中の自立心が育つ。あたしは昔からそんな人生を送っていた。それは家庭環境や周囲の環境もあったのかもしれない。
頼る人がいなければ、自分で解決をしなければならない。だから、変な意地を張ることを覚えてしまったのかもしれない。

高校生の頃もそうだった。
頼るべき人が出来ても、頼らず意地を張ってしまった。いつも意地っ張りだと言われたていたが、それもまた自分の個性のひとつだからと自ら口にしたこともあった。

本当はなにもかもを犠牲にしてでも守りたいと思ったあいつへの思いがあった。
つまらない意地なんて捨ててしまえばよかった。
だがそのことに気づいた時には・・・もう遅かった。


あたしは道明寺がすき・・

本当はそう伝えたかった。

もし、またいつか会えるときが来たら、あの時の思いを伝えてネックレスを返そう。

そうだ、そのためにも任された事業を軌道に乗せることが必要だ。そうすればニューヨークであいつに会える日が来るかもしれない。
たとえそれが自分の思いに永遠の別れを告げる日になるとしても・・・
最初から二人の恋なんて無理だったのかもしれない。惨めだと言われた暮らしをしていたあたしと、大邸宅に暮らす彼とは違い過ぎていた。垣間見た世界はあたしが暮らす世界とはあまりにも違い過ぎた。だから、あんな結末を迎えてしまったのだろうか?

どちらにしても、今となっては現実をどれだけ変えたいと願っても無理なことはわかっている。人生が逆転することは、きっとないはずだから。






玄関のインターフォンが鳴ったとき、その音は、止まない雨の音に重なったように思えた。
時計の針は9時を回っていて、こんな時間に訪ねてくる人に心当たりはない。
だがこんな時間だからこそ、訪問者には急な用があるのだろうかという思いもある。
つくしは、インターフォンの画面を確認するためソファから起き上がった。
手にしていた資料をテーブルの上へ置くと、壁にはめ込まれた小さな画面をじっと見つめた。そこには思いもかけない人物が映し出されていた。


雨が、雨の音が大きくなったような気がする。


20年経っても変わらない人が、そこにいた。











室内に沈黙が流れている。普段はあまり気にしたことがないような些細な音でも耳についた。壁にかかる掛時計の秒針を刻む音。部屋の中を漂う目に見えないなにか。
それはいつもと違う空気の流れ。

「これ使って」

つくしはタオルを差し出した。
雨に濡れた髪の毛からぽたりぽたりと雫が落ちていた。
差し出した右手の先が少しだけ司の指に触れた。
一瞬、絡み合った二人の視線に指先が疼いた。


司はつくしを眺める。
今彼女が立っているのはリビングのテーブルの近く。
テーブルの上には先ほどまで広げていたのだろう。仕事の資料と思われるものが無造作に置かれていた。

二人は互いの顔を見つめたまま、押し黙っていた。
この場所までは歩いて来たのに、ふいに足が動かなくなっていた。
20年近くも会うことがなかった女性が今、目の前にいる。手を伸ばせば触れられる場所にいるというのに、まるで足が固まってしまったかのように一歩も踏み出せなくなっていた。初恋の女性はパジャマ姿で、青色のカーディガンをはおっている。
司は部屋を見まわす。飾り気のない部屋だ。親友からの手紙にはひとりで暮らしていると書いてあったが確かめずにはいられなかった。だが他の人間の気配はなかった。


牧野がすぐ目の前にいる。

何か言わなくてはと思いながらも何も言えず、黙り込んでしまっていた。
口に出して言わなければ何も伝わることはないとわかってはいても、何故か言葉が出なかった。何か言ってはねつけられることが怖くて言葉が出ない。
持っているもの全てを捨ててまで一緒にいたい。そう願った女性がすぐそこいると言うのに何もできない自分がもどかしく思える。あの頃のほろ苦い思い出が一気に頭の中に甦った。
初めて会ったときは、まさか自分が恋に落ちるなんて思いもしなかったあの頃。
今の自分は初めてこいつに会ったときの17歳の自分に戻ったようにおどおどとしているようだ。そうだ。あの時、心の中ではこいつの太陽のような明るさに戸惑っていた自分がいた。
それは暗闇にいた自分には決して届くことのない陽の光で、こいつの笑顔が眩しかったということ。

怖かった。
そんな牧野が自分のそばからいなくなることが。だが、あのとき司は自ら彼女の手を離すことを選択してしまっていた。

離れてしまってから気付いたのは、心の奥ではずっと忘れられずにいたということ。
その思いは長い間心の奥底にあったが、自らその思いに蓋をして生きてきた。

何か言ってくれないか?
そう問いかけたい思いはあるが、自分から訪ねておいて余りにも身勝手だと気づいた。
言うべきは、話すべきは自分なのだから。


あの日のことを許して欲しい。
もし、今も心のどこかにあの頃の思いがあるならば・・・
俺を受け要れて欲しい。






つくしは目の前にいる長身の男を見つめていた。
20年前に別れたときと変わらないハンサムな男性を。
10代の頃と違い、大人になった道明寺がいる。
癖のある黒い髪に切れ長の三白眼。あの頃は思わなかったがこの時間になるとうっすらと髭が伸びているのが感じられる。テレビや雑誌で見かけるより精悍で大人になった道明寺。
彼の瞳は20年前に出会った頃と同じような表情はしていない。あの頃はどこか冷たい目をした男だった。それでも時折あたしに見せる表情は、優しく語りかけてくれていた。

「お茶・・飲む?」
不意にかけられた言葉。
「あ、ああ」



この人は自分から人に近づくことが下手だった。
どうすれば他人に優しくできるかということを学ぶことがなかったあの頃。
言葉を探しているのはわかっていた。
だから自ら声をかけた。お茶を飲むということが二人の間に流れる空気を和ませてくれるなら、何かのきっかけになるのなら、そう思った。

「どうぞ、座って。安いお茶の葉で申し訳ないけど」
「わるいな」
育ちがいい男はただお茶を淹れただけなのに礼を言う。
リビングのテーブルの上に出された湯呑。
その傍には先ほどまでつくしが目を通していた新規事業の資料が置かれている。

「牧野・・この資料・・」
「ああ。それ?今度うちの会社で立ち上げることになったのよ?うちね、あんたの所に買収されちゃってね。だからこのプロジェクトはあんたのところの下請けみたいな感じなんだけど、あたしが担当することになったの。あたし、こう見えても仕事だけは出来るって言われてて・・」
つくしは話しを途中で止めた。この男がなんのためにここへ来たかを聞かなくてはと思った。
「あ、なにか用があったの?」
まるで昨日の話しの続きでもしているようで、二人の間に20年という歳月など無かったようだ。だが、時は確実に流れていた。
「あ・・・ああ。近くまで来たから、顔が見たくて」
「そう・・」
つくしはゆっくりとほほ笑んで見せた。

二人でお茶を飲んだのは、あの日が最後だった。
10分だけ話しがあると言われ入ったのはファーストフードの店。
そこのコーヒーを口にしてまずいと言って機嫌が悪かったのを覚えている。
まるで昨日のことのように思い出されるあの日の別れ。
道明寺は覚えているだろうか?あの時のことを。


「こうやって・・」
「おまえと何か飲むのは・・あの日以来だな」
「覚えていてくれたんだ・・」
「ああ・・」
忘れたことはなかった。
「あんたあの時、コーヒーが薄くてまずいなんて言って不機嫌だったよね?」
「そう・・だったか?」
司はゆっくり湯呑を口に運ぶ。

コーヒーはブルマン100パーセントじゃないと飲まないと言っていた男だったが今でもそうなのだろうか?
「道明寺は・・」と呼び捨てにしていいものかと考えたつくしは言い直した。
「ど、道明寺さんは今でもブルマンしか飲まないの?」
「あ?ああ・・」
「なんだよ、その道明寺さんっての?」
「だ、だっていい年で呼び捨てなんてね・・おかしいでしょ?」
司と目を合わせ、柔らかな微笑みを浮かべた。
「おまえに道明寺さんなんて呼ばれたら気持ちわりぃ」
「あはは。そっか・・」
笑い声はあの頃と変わらない軽やかな声だ。

そうだ。知り合ったときからお互いにずっと呼び捨てだった。
今思えば、共に幼かったあの頃。
名前を呼ぶことが恥ずかしかったのかもしれない。

「牧野・・あのネックレスは・・・」唐突に切り出された話し。

司は自分が橋の上から川に投げ捨てたネックレスの行方が気にならなかったと言ったら嘘になる。あの時はどうしてあんなことをしたのか・・と後でそのことばかり考えていた。
だがもう20年も前の話しだ。あのときも、流されてしまったと思っていたから探しはしなかった。

「ああ。あれね。返そうと思って大切に保管してたの。ちょっと待っててすぐ取ってくるから」
つくしから返された思いもしなかった言葉。

保管していたということは、まさかとは思うがあの川の中に入って探したのだろうか?
あの日は肌寒かったのを覚えている。
それなのに、お世辞にも綺麗だとは言えないあの川に入って探したのだろうか?
こいつはプレゼントしたネックレスを返すために保管していたと言ったが、20年も処分することなくただ保管しているなんてことがあるのだろうか?

大切に・・保管してた。


どんな言葉を返されるよりも重かったその言葉。
もし、司が思っていることに間違いがないとしたら・・
聞くことが怖かったが、何度か唾を飲み込んだのち、声をかけた。
「まきの・・」
「はい。これ」
差し出された小さな四角い箱はあの当時のままだ。
「あのとき、ちゃんと言えなかったけど・・本当はあんたのことが好きだった」
つくしの口調は確信が込められていた。
「すごく大好きだった・・」

あの頃の、まだ少女だったこいつの面影がちらりと見えたような気がした。
強い意思を持つまっすぐな瞳が、あの頃司を見返してきた時と同じ瞳が、いま目の前にある。

「だけど、言えなくて・・ごめん、あんたのこといっぱい傷つけちゃって・・」
そこから先は言葉を探すようにしていたが、やがてゆっくりと話を継いだ。

「いつか・・あんたに会える日が来たら返そうと思ってた。自分の手で。さよならは・・・
嫌だけど・・もう20年も経ってて今さらだけどね・・あんたのこと、忘れたことは無かった・・」

つくしの口から語られる言葉は司が望んでいた、聞きたいと思っていた言葉。
好きだったと、大好きだったと聞かされ、ふいに希望が湧いてきた。
なぜもっと早く、会いに来ることをしなかったのだろう。
きっかけはあったはずだ。父親が亡くなったとき、母親から言われたことがあった。

『 本当に好きな人と生涯を添い遂げることを考えなさい 』と。

あの日からすでに何年だ?過去とは縁を切ろうとしていた。
過去を振り返ってもどうなるものではないという思いからなのか、親友からの手紙をもらうまでは会おうなど考えもしなかった。
だが、あの頃こいつに変えられた価値観はずっと心の奥にあった。あの恋は間違っていなかったと思っていたはずだ。今までの人生でこみ上げる感情などなかった。こいつを手放してしまってからは、感情を捨て去って来たから、ひとりでも生きてこれた。


だが、一度だけでいい。過去に戻りたい。

いますぐに・・


もしかしたら、今でもこいつは俺のことを好きでいてくれるのではないだろうか?
そんな自分の思いを確かめるには勇気が必要だった。
だがどうしても確かめたい。

「まきの・・もう一度あの橋の上から・・俺とやり直してくれないか?」

胸の奥底から沸いてきた言葉。
否定されることも覚悟の上だった。だが、もしここで言わなければ一生後悔するはずだ。
何かを切望するという気持ちは今まで感じたことがなかった。
そうだ。あの頃、こいつに思いを募らせていたとき以来だ。

「あの橋の上であったことは・・・あの日のことは・・」

その言葉は最後まで言えずにいた。





つくしはただ黙って聞いていた。
無言のまま、大きな瞳から頬をひと筋光るものが流れた。
頬を涙で濡らし、口元は震えている。それはかつて見たことがないほど、美しい顔だった。
決して造形のことを言っているのではない。昔から表面を飾ることなどしなかった女だった。こいつの美しさは心根の美しさだと言うことだ。その心が表情に現れたような気がしていた。
ずっと自分を待っていてくれたのではないか・・・司はそう思わずにはいられなかった。

「あ、あたしも、あの日のことは忘れたことはなかった。どんなに忘れようとしても、道明寺のことを思い出さない日はなかった。いつかまた・・ううん・・」つくしは首を振った。
「一度でいいから、また会いたいと思ってた。だって・・い、今でも道明寺のことが好きだから・・」


司が心の中に描いていた光景は、今、目の前にある。
それは両手を差し出して彼の体を迎え入れようとしてくれる小さな体。
誰にも動かされることのなかった心は、こいつだから動かすことが出来る。
そう。彼女だから・・牧野つくしだから出来ること。
忘れられなかったあの頃の思い。心の中ではずっとわかっていた。
いつかあの頃とは違う最高の自分で会いたいという思いがあったはずだ。何年経っても変わらない思いは決して色褪せることなく、心の中にあった。すべてがまだ新鮮で幼かったあの頃と変わらない思い。それは何年たってもこいつを愛しているという気持ち。今すぐあの頃に戻りたい。聞き間違いでなければ、今でも好きだと言ってくれた。
目の前に差し出された両手は失ってしまったと思っていた愛がまだこいつの中にあるということだろうか?

遠い昔のことは忘れて受け入れようとしているかのように広げられた牧野の腕。
もうこいつと離れることはないし、二度と離すつもりもなかった。


「愛してる」 つくしは心から言った。
あれから何年経とうが思いは昔のままだった。
長い間、愛することを止めることは出来なかった。心の中にはいつも道明寺のことがあったから他の誰かとつき合いたいなど考えたこともなかった。ひとりで生きていくことを孤独だとは考えてはいなかったが、それでも愛する人がそばにいてくれればと考えない日はなかったはずだ。

司は手を差し出すとつくしをしっかりと抱きしめた。

「俺もおまえを愛してる。これから死ぬまでずっと一緒にいたい」

つくしは彼のキスに応じて唇を開いた。


牧野を愛してる。

抱きしめ合えるということがこんなにも素晴らしいことだと、司は初めて気が付いた。
あれから随分と時は過ぎてしまったが、二人で人生をスタートするのは今からでも遅くはないはずだ。20年も手元に置いて大切に保管されていたネックレス。
あのとき、俺が投げ捨てたネックレスはこいつの宝物だったと気づかされた。
今はそのネックレスと一緒に俺の宝がこの腕の中に戻って来てくれた。

もう二度と離したくない。
離れたくない。



今、司の心の中にあるのは、ただそれだけだった。







< 完 > * 橋からの眺め

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コメント
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dot 2016.06.25 09:02 | 編集
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dot 2016.06.25 22:16 | 編集
co**y様
おはようございます^^
切なさと穏やかさ・・ありがとうございますm(__)m
本を閉じて抱きしめるだなんて嬉しいお言葉です。
文字数が多くて読みにくいかな、なんて思いつつ・・なんですが、楽しんで頂けてよかったです。
好きだなんて・・恥ずかしいですが、ありがとうございます。
笑えるエロも書きますが、真面目なお話しも好きなんです。またこんな感じで書くかもしれませんが、よろしくお願いします。
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.06.25 22:17 | 編集
チビ**ママ様
こんばんは^^
橋物語でした。余韻を感じて頂きありがとうございました。
愛は色褪せることなく、お互いの心の中で育っていたようです。
運命の二人。再会まで時間がかかりましたが、これからは死ぬまで一緒ですから長生きするでしょう(笑)
明日のエロ司ですか?今、書いてる途中なんです。明日公開できるか・・う~ん。
これからもうひと踏ん張り頑張ります(^^)あまり期待しないで下さいね(^^ゞ
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.06.25 22:27 | 編集
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dot 2016.06.26 00:27 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
ご感想ありがとうございました。大人の男女感が感じられて良かったです。
司に手紙を書いたのは類だと思います。あきらはメールで済ませるような気がします。総二郎は問題外かと・・(笑)
どうして類が司に手紙を書く事にしたのか・・そのあたりは書いていませんが、つくしの会社が道明寺系列になったことで知らせようと思ったのかもしれません。
御曹司司、つくしにイライラして暴言を吐き、つくしに殴られる。そしてお預けを食らう(笑)
ちゃんと落ちまであるとはお見事です!うちはつかつくハッピー基本です。でもCollectorが暗い・・
明日の御曹司を先ほどまで書いていました。また明日笑って頂ける御曹司だといいのですが・・
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.06.26 00:51 | 編集
L**A(坊ちゃん溺愛)様
20年は長すぎましたか?
切な過ぎて申し訳なかったですm(__)m
17歳からの20年ですから37歳ですものね。
再会するまで会社の事で色々とあったと思ってあげて下さい。
拍手コメント有難うございました。
アカシアdot 2016.06.26 01:24 | 編集
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