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2016
06.23

橋からの眺め 前編


司は女にも、その場所にもうんざりしていた。
流行りの場所で、その場所に似合うような女を連れていた。

女に自分の初恋の相手の話しなんてするんじゃなかった。
道明寺さんも若い頃は恋をしたことがあるんでしょ?
何気なく問われた言葉に何の気なしに答えた自分がいた。

「ふられたよ」









『 ふられたよ 』

そう言ったが別れを選んだのは司の方だった。
それは彼女がいる場所から引き離すべきではないという思い。
二人が育った環境はあまりにも違い過ぎた。だから自分と一緒にいれば不幸になる。
あの時はそんなことが頭の中にあったのかもしれない。
だから司は別れを選んだ。


そんな別れから暫くのち、司はひとりこの街へと住まいを変えた。
父親が病に倒れ経営の第一線から退くと、司が跡をついで社長に就任した。
一時は景気低迷のあおりを受け、会社の経営も危ぶまれた時もあったが事業を継続するため、自分を犠牲にして働いた。大勢の従業員を雇用する人間には大きな責任がある。
司の肩には何万人という従業員とその家族の生活がかかっている。そのために冒険するに値するリスクじゃないと言われるような新事業の展開にも目を向けた。

そこからは多忙な日々が続いていく。司の前に見える道は長く険しい山道のようで、山は見えるのに頂が見えない、雲に隠されているかのように姿を見せてはくれない長い道。
平坦な道ではないその道には手を着く場所もなく、ただ転ばないようにと前を向いて歩いて行くことしかできなかった。転べば自分の後に続くものが道を見失うだろう。決してそんなことがあってはならなかった。そんな道もいつか先を見通せる場所に出るはずだ。例え今が五里霧中の現状だとしても、引き返すことは出来ない自分の道。

そんな事業拡張のために費やしたのは10年という長い年月で、気付けば随分と時間が経ってしまっていた。


病に伏していた父親が亡くなり、葬儀のあと優しくも感傷的でもなかった母親が、今までになかったような優しい一面を見せるようになった。鉄の女と呼ばれ恐れられていた母親も年を取ったということなのだろうか?

司は自分の両親の仲がどうなのかということに気を留めたことはなかった。
それでも自分の夫が亡くなった母親はひと回り小さく見えたような気がしていた。
人生の中で何度か訪れる身近な人の死。それは決して避けて通ることができない。
どんな人間にも平等に訪れる死という別れ。彼の母親も今までにも何度か経験はあったはずだ。

「わたしも、いつかあなたと別れる時がくるわ。その覚悟は出来ているとは思うけど、心から愛した人と別れるのは本当に辛いことなのよ」

その言葉は今まで司が知らなかった母親の寂しい一面だった。
結婚して何年たっても夫を心から尊敬していたと初めて聞かされた。
愛について語りはしなかったが、尊敬という言葉に全てが込められているような気がした。
自分の両親の結婚生活はどのようにして成り立っていたのか、気にも留めたことはなかったが、ふたりが長きに渡って生涯を共にしたわけを今にして初めて納得できたような気がしていた。

「振り返れば人生は短いわ。あなたも、そろそろ本当に好きな人と生涯を添い遂げることを考えなさい」

それは遠い昔には決して聞く事が出来なかった母親からの言葉。
まるであの頃、彼が愛した少女との仲を引き裂こうとした事実など忘れてしまったかのような言葉だった。



母親の言葉。
本当に好きな人と生涯を添い遂げる・・・
それは若気の至りだと一蹴された彼女のことを言っているのだということは安易に想像できた。
母親の言葉は彼がこの10年、わき目もふらず、すべてのエネルギーを会社に注ぎ込んできたことに対する労いと償いの気持ちだったのかもしれない。
あの少女と別れなければならないと、仕向けたことに対しての後悔と言うものが母親の気持ちのどこかにあったということなのだろうか?
それとも自分の夫が亡くなった今、母親の心の中に過るなにかがあったのだろうか?

だが、もう随分と時は過ぎ去ってしまっている。
今さら何が出来るというのだろう。
そんな思いを巡らせながら時は過ぎて行った。










司の東洋人らしくない背の高さはしなやかな肢体をより美しく見せ、女たちの注目を浴びた。
もっとも今では青年期を過ぎより男らしく、精悍な顔立ちが人を惹きつけるようだが所詮、面の皮一枚だけの話しであって司にとって外見は持って生まれたというだけのことだった。

そう言えば、自分はいつも仕事ばかりしてきたように思えた。
若い男は情熱を傾けるすべを知っているはずだが、そんなことにもたいして興味はなく、ただ、おざなりのように女を連れていただけなのかもしれなかった。
女との付き合いは失った恋人との代償行為だったのかもしれない。
人は一生のうちに何度恋をするのだろうか?
失ってしまった恋人、それは自らが手を離してしまった女性。
司はその女性に激しい情熱を燃やしていたのにもかかわらず、自ら手放すことが彼女の幸せな未来のためだと信じていた。



そう・・・あのときは・・


そうすることが正しいと思っていた。


司の情熱は昔の恋人と別れたときに消え去ってしまったのだろうか?
他の男達が競って美しい女を手に入れようとしても、司は興味を示さなかった。
そんな彼が情熱を傾けたのは自分の事業のことだけだった。
今の司の人生の中、ただ唯一の悦びはそんな事業に初恋の女性の名前を見つけたときだ。
脳裏に甦ったのは父親が亡くなったとき、母親が言った言葉だった。

『 振り返れば人生は短いわ。あなたも、そろそろ本当に好きな人と生涯を添い遂げることを考えなさい 』



久しぶりに目にした彼女の名前。




その女性の名前を見つけたのはある夏の日の午後だった。






彼女が自分の会社で働いている。
知りたいと思った。
彼女は今どんな暮らしをしているのだろうか?
調べようと思えばすぐにでも調べることが出来たが、何故か躊躇われた。
苗字は変わらないが誰かと結婚しているのだろうか?
もしかしたら子供がいるのかもしれない。
そう考えれば調べることが怖かった。


「いまさら、何を・・・」 司は小さく呟いていた。









そんなとき、遠い異国の空の下にいる自分に届けられたのは親友からの手紙だった。
今の世の中で手紙を書くとは、なんとノスタルジックなことをとは思ったが、電子メールは機械的でそっけないと言う親友。メールのようにタイピングされた文字には書いた人物を想像させるような文字の癖もなく、推敲を重ねたような迷いも見られない。だが手書きの手紙なら書いた人物を想像することが出来る。

右肩あがりの文字の並びだったり、小さな文字を便箋一杯にぎっちりと埋め尽くすように書かれた文字だったり、ときにはそっけない言葉がぽつんと置き去りにされたように書かれた手紙もある。司のもとに届いた手紙は幼い頃過ごした親友からの馴染みのある文字が並んだ手紙。

手紙は空と海を渡り大勢の人間の手を経て司の元へと届けられていた。
自分の手元に届くまでの間に、いったい何人の人間がこの封筒に触れたことだろう。もし差出人の名前が親友の名前ではく、他の人間の名前なら司の手元に届くことはなく処分されていたかもしれない。
執務室のデスクの上に数通の手紙とともに置かれていた親友からの手紙を読んだとき、驚きの声をあげていたかもしれない。
その時の自分の顔はどんな顔だったのだろう。

それは初恋の女性の近況が綴られた手紙だった。
震える手で読み進めた手紙。
手書きの文字にこれほどまでに暖かみを感じたことはなかったはずだ。


何度彼女の夢を見ただろうか?


司の思いは遠いあの日へと帰っていった。




愛は永遠に続くものだと信じて疑わなかったあの頃。
狂おしいまでに愛した女性。
そんな彼女に自分をわかって欲しいと大胆な行動をとったこともあった。
彼女にも自分と同じ気持ちになって欲しいと望んでやまなかった日々。
その願いもいつか必ず叶うと信じていた。

それなのに・・
自分が傷つけばよかったのに、彼女を傷つけてしまった。
ただそれだけが、今でも司の心の中には大きなしこりとなって残っていた。

どこかへ連れ去ってしまいという思いもあったが、自分に対して素直に心を開かない彼女に失望を隠せずにいた自分がいたのも事実だった。

素直に心を開かない。
それが司をもどかしくさせていた。
言葉は気持ちとは裏腹な思いを伝えることもあると言うことを知ったのは、司がもう少し年を重ねてからのこと。若い頃は自分の思いをそのまま伝えるということを当然だと考えていた。その思いはどこから来たのか?それは司の周りには常に彼に付き従う人間しかいなかったからだろう。そして自分が口にした思いは常に叶えられていたからだ。


素直じゃない・・

今思えば、それは彼女らしい意地っぱりな部分だったのかもしれない。


司は親友からの手紙にこの街が東京から一万キロ以上離れていようとも、
彼女が自分のことを忘れていたとしても、いつまでたっても彼女のことが忘れられない自分に嘘をつくことを止めた。
司が自分の心にこれ以上嘘をつくのを止めたとき、
自分がこれからどうすればいいのか、わかったような気がした。
もし、過去など気にせずにいてくれるなら、自分を許してくれるなら、自分の居場所がそこにあるなら・・

彼女がまだ自分を愛していてくれるなら・・

「 会いたい・・ 」

司は今まで何度となく思っていたことを、はじめて口にしていた。
こうして口にしてみれば、彼女に会いに行くことに躊躇いは無くなっていた。
言葉は口をつくことで、魂を持つ。
彼の口から放たれた言葉は、魂からの言葉だったはずだ。


「牧野に会いたい」


迷いは無くなった。
もう一度彼女をこの腕の中に抱きしめたい。
自分の人生には彼女が必要だ。これから先も自分が生きていくためには。
眠れない夜を過ごした長い年月を・・・終わりにしたい。
その日から司は、時間を指折り数えはじめた。それまでは時間の経過などどうでもよかった。
どうせ自分の人生は会社に囚われて終わるだけだと思っていたから。
だが、今は彼女に会える日を夢に見て時間を数えていた。




心に語り切れない思いを抱えた司の乗った航空機は、あの頃愛した女性が待つ街へと翼を向けている。
司は腕の時計を見た。あと2時間。もうすぐ彼女に会える。
座席にもたれ、目を閉じた。
今さら会いに来た理由をどう説明しようかと考えていた。





航空機が東京の空にさしかかったとき、それまで街を覆っていた雨雲は早い速度で移動して行った。
雨足は弱くなり、雲の隙間から夕暮れの太陽が垣間見えた。
彼の前に開けた視界はそれまで自分の心を閉ざすように垂れこめていた、わだかまりという名の雲も一緒に持ち去ってくれたような気がした。
過ぎた思いかもしれないが、心のどこかで彼女が自分のことを待ってくれているのではないか。そう考える自分がいた。それは自分勝手な思いではあるが、それでも、もしそうであるのなら、彼女に伝えたい思いがある。

今でもあの頃と変わらない思いでいる。

それは今でも愛しているという思い。

忘れようとしたが忘れることが出来なかった彼女は、今この空の下にいるはずだ。

早く会いたい・・・心の中に語り切れない思いがある。

ただそれだけを抱えた13時間のフライトは、間もなく終わりを迎えようとしていた。


航空機が到着する頃には、東京の雨はすっかりあがっていた。








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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.06.23 20:09 | 編集
co**y様
こんばんは^^
ご心配をおかけしております(ノД`)忙しくてなんだかヘロヘロです。
こちらの坊ちゃん少し弱気なんでしょうかね?(笑)
ちょっと大人しいですよね?切ない系のお話になっていますよね?
えー在庫作品なのでもう出来上がっています。3日ほどお休みが出来ました。
はい、明日イギリスの国民投票の結果が出ますね。EU離脱したら道明寺HDも影響を受けること必死です。
日系企業も多いですし、離脱が決まると坊ちゃん仕事が忙しくなります。妄想してる場合ではありません!
うちの坊ちゃんもロンドンに行かせましょうか?(笑)御曹司坊ちゃんとつくしちゃんとか・・(笑)
いつもコメントありがとうございます!(^^ゞ 
アカシアdot 2016.06.23 22:27 | 編集
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