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2016
06.13

大人の恋には嘘がある 23

名うての女ったらしがゲームを仕掛けてきたかのようだった。
道明寺の一言一句にあたしの感情のエレベーターは上がったり下がったりを繰り返していた。

「ちょっと待って道明寺」つくしは大きく息を継いだ。
「それ本気で言ってるの?」
冗談だとしか思えない。
「もちろん。言ったよな?おまえを抱くのに理由が必要なら子どもを作るってことを口実にでもってな。つまりそれは結婚するってことだ。俺は自分の子どもが俺の知らないところで育つなんてことは考えてないからな」
「冗談ならどこか他で言ってくれない?」

一夜を共にしたから結婚するとかそんな話しが出るなんて、いったいいつの時代の人間なのかと思わずにはいられなかった。
「いや。冗談じゃねぇし、俺はいつでも本気だ。おまえが一夜を共にした俺に対して、女としての名誉が傷ついたって言うなら結婚で解決すればいいだろ?」
司の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「既成事実ってのがいるなら・・」
「いらない」
「随分断定的な言い方をするな?」
「だ、断定的っていうけど、事実を言っただけよ!」

既成事実ってことは本当に道明寺と寝るってことだ。
昨日からすべての展開が早すぎてついて行けない。
野中さんの奥さんから始まったこの騒動はいったいどうしてこんなことになったの?
まるで急に厄介ごとの種が増えたような気がする。
目の前に座る男は自信たっぷりにあたしのことを好きだと言う。
富と権力と社会的影響力がある男は自尊心が高いのか、それとも厚顔なのかどちらにしても落ち着き払った様子でつくしにほほ笑んでいた。

「いったいどうしてそんな・・その・・あたしの気持ちも考えずに結婚だとかそんなことが軽々しく言えるわけ?」
決してケンカ腰ではなく穏やかに言ったつもりだが、どうしても語尾が強くなってしまった。
だが司は静かに言い返した。
「どうもこうもねぇな。俺はただおまえが好きだから気持ちを正直に伝えているだけだ」
「3年前から変わんねぇんだから今さら嘘ついても仕方がねぇだろ?」
その話しは何度も聞いている。
「男と女の間なんてのは、物事を複雑に考えるより単純に考えた方がいいに決まってる」

つくしにとって今の状況は複雑を通り越して司のペースに巻き込まれているように感じられた。自分の陣地で相撲を取るじゃないけど、自分の得意分野、つまりこの男の場合豊富な恋愛経験を遺憾なく発揮してるんじゃないかとすら思えるほどだった。

それに道明寺にはどこか傲慢なところがあるが、それは企業経営者なら誰でもそうだろう。
でもこの男の場合、傲慢だとか不遜だとかは持って生まれたところもあるのかもしれないが。
だがいい機会だ。この際きちんと話しをするのもいいかもしれないと思った。
昨日は食事の途中であたしが酔ってしまい、ろくに話しが出来ないままで終わったんだし道明寺もどこか消化不良な部分があるはずだ。

「た、単純だなんて言うけど、そう簡単にいかないから世の中の・・恋人同士は悩んでいるんでしょ?」
「それはそいつらの勝手だ。俺たちには関係ない。俺たちは何も悩むようなことなんかないはずだが?」
「それにいい加減3年前がどうだとか言うのはやめてくれないか?あやまったじゃねぇかよ?」
司は大きくため息をつくとひと呼吸し、静かに話しを継いだ。
「おまえを抱いたらどんな感じだろうって、ずっと思ってた」
つくしは息をのんだ。道明寺の視線と言葉に頬が熱くなった。
「そんなの・・」
嘘だと言いたかったが言葉をのんだ。
「信じらねぇか?3年間おまえのことを心の中から消せずにいたってことがそんなに信じられねぇことか?けど本当のことだから仕方ねぇよな?」
自問自答をしているかのように話しを続けた。
「俺も我ながらよくもひとりの女にここまで入れあげたもんだと感心してるよ。だから日本に帰ってきてからどうしてもおまえの近くにいたいと思ってた」

司にしてみれば3年たってもつくしのことが頭の中にあることが、どこか自分でも信じられない思いもあった。だから自分の気持ちを確かめたいと思ったのかもしれない。

「俺は自分の気持ちを確かめるためにも、おまえに会う必要があった。本当におまえのことが今でも好きかどうかってことだ」
「またこうしておまえと会ってみれば、やっぱりおまえのことが好きだってことはわかったけどな」
それはただ自分の思いを再確認しただけで、相手がどう思っているかは関係なかった。

「なあ、牧野。おまえ・・本当は俺のことどう思ってんだよ?昨日、俺はおまえが欲しいし、おまえは俺が欲しいはずだなんて言っちまったけど、どうなんだ?」
鋭い目つきになっていなければいいと思ったが、冗談でこんな話しをしているわけじゃないことだけは分からせたかった。

「まあ、欲しいとか欲しくないとか言えねぇと思うけど、好きか嫌いかぐれぇはっきり聞かせてくれ。俺にはおまえが言う微妙な関係だなんていうのは、正直まどろっこしくて考えられねぇ。それに俺たちはれっきとした大人だよな?おまえがどんな返事をしたとしても俺はおまえを困らすようなことはしねぇよ。お互いにそんな年じゃねぇだろ?」


道明寺と目を合わせたままで、視線を外せなかった。
この男の言うとおりだ。微妙な関係で、だなんていつまでも誤魔化しているわけにはいかない。

俺のことをどう思っているのか・・
その答えを求められている。
中途半端な言葉で誤魔化そうとしてもこの男には無駄だってことはわかっていた。
あたし自身も咄嗟に口にした微妙な関係がどんな関係なのかわからないんだから。

「さっきは言わなかったが・・」司の表情が真剣になる。
「いいか?マジな話しだからな。言わなかっただけで嘘じゃねぇからな。そりゃおまえは酔ってて覚えてないっていうのはわかってる。けどな、好きな女に首に手ぇまわされて引き寄せられてキスなんかされて、俺がどんだけの自制心をかき集めたのかってのもわかってくれ」
そう言う司の顔には欲望が現れていた。


つくしは司の目を見つめ返した。
あたしが道明寺の首に腕をまわして引き寄せた?
それってもし道明寺がやめなかったら、そうなっていたってこと?

司は真剣な目でつくしを見ていたが、やがてにやっとした。
「ま、どっちにしろ、意識のねぇおまえをどうこうしようなんて最初っから考えてもねぇし・・それに言ったよな?そんときは俺の名前を叫ばせてぇってな」

つくしはだんだんと落ち着かなくなって来た。
道明寺の話しを聞けば聞くほど自分の心が揺れ動いていくのが感じられた。
内心の動揺をどうごまかしたらいいのかばかり考えてしまっていた。

「それで?牧野。俺のことは好きなのか嫌いなのかどっちなんだ?」

司の顔はにやっとした顔とは打って変わって真剣だった。
つくしは自分でももうわからなかった。
すぐに答えを求められているのはわかっていても、つくしの舌は再び役に立たなくなったように、口腔内に張り付いてしまっていた。


つかの間の沈黙が流れた。


「答えはいつかくれるんだよな?」
司はため息をついた。







気まずい沈黙が流れるなか、ふたりは朝食を済ませると迎えに来た司の車でホテルを出た。
会社まで送るか、それともマンションまで送るかと言われ、出社時刻が迫っていたつくしは会社まで送ってもらいたいと頼んだ。たとえスーツが昨日と同じでも、きれいにクリーニングされていれば、誰もつくしが隣に座る大口顧客とついさっきまで同じベッドで寝ていたなんて思わないはずだ。

『答えはいつかくれるんだよな』

その言葉がつくしの頭の中でこだまのように繰り返されていた。
司の車がつくしの会社の近くで止まったとき、昨日は本当にご迷惑をかけましたと頭を下げた。
「あの、月曜日に今週の取引残高のレポートとマーケット情報を持ってお伺いします」
「そうか・・わかった」
さっきまでとは打って変わって低いトーンでビジネスだと言わんばかりの口調が返された。
「あ、あの・・」
「来週の土曜の午後か・・日曜なら午前中から大丈夫だからあんたの都合のいい方で連絡くれたらいいから」
つくしは司の方を見なかったが、大きく息を吸うのが感じられた。
「じゃあ、お、送ってくれてありがとう」





つくしが車を降りて建物の中に消えたあと、司は息を吐き出し、ほほ笑みを浮かべていた。









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