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2016
06.11

大人の恋には嘘がある 22

つくしは短く呻いた。
そしてあやまった。

「ご、ごめん・・」



人生で最悪の朝、つくしは伏し目がちに司を見ていた。
司はコーヒーを手につくしを真正面から見据えていた。
その姿は高級スーツを身に纏った男がコーヒーを片手にポーズを決めているなにかの広告のようだ。昨夜と同じチャコールグレーのスーツに、同じく昨夜と同じワインレッドのネクタイ。さすが一流ホテルのクリーニング部門だ。とてもこのスーツがあたしの胃の内容物を浴びただなんて誰も想像できないはずだ。

あたしはこの男の胸に嘔吐した・・

穴があったら入りたいとはまさにこのことだろう・・
つくしは司から聞かされた自分の醜態にくじけそうになっていた。
あたしを抱えてトイレに向かっている途中だと言ってたけど、
いったいあたしはどのあたりで道明寺の胸に嘔吐してしまったの?
全然記憶にないんだから、道明寺の口から聞かされることが全てだと信じるしかなかった。
レストランで大きな声で言い合った挙句のこの失態だ。
もしかして何かどんでもない事を口にしてない?
道明寺ホールディングスの道明寺副社長の胸に嘔吐した女だなんて、目撃した人間に対しては緘口令が敷かれたはずだ。

「あたし・・あんたにすごい迷惑をかけたみたいで・・」

司の鋭い視線を避けながら謝った。まともに道明寺の顔を見るのが恥ずかしかった。
こんな恥ずかしい思いをしたことは今まで無かったはずだ。

「牧野、とりあえず体調が戻ってんなら食え」

司が頼んだルームサービスは、クリーニングを終えた二人のスーツと同じタイミングで届けられてきた。リビングルームのテーブルに準備された朝食は、いわゆるアメリカンスタイルと呼ばれるもので、パンとコーヒーの他に暖かい卵料理や肉料理それにポテトが添えられていた。

「おまえさっきからなに気にしてるんだ?」
「あれか?昨日何があったか知りたいんだろ?」司は真顔で言った。
「さっきから見てりゃ頭ん中でなに考えてるかなんてすぐわかったけどな」
司はコーヒーを口に運ぶとつくしをじっと見た。
「ま、さっき話したことが大まかなことだが、おまえが知りたいのは何だ?」

さっきから無表情で話しかけられ、道明寺が何を考えているのか分からず、つくしは聞きたいと思っていたことが言えずに躊躇していた。察しているならもう少し詳しく話して欲しい。
あたしは何も覚えてないんだから聞きたいことも知りたいこともある。

つくしはコーヒーをひと口飲んだがカップを持つ手は小さく震えていた。
あくまでも気持ちを落ち着けるという口実を、自分に与えたうえで口にしたコーヒー。
実は緊張のあまり口の中の水分が蒸発してしまったかのようで、まるで舌が口腔内に張り付いたようになっていた。しゃべるためには潤いが必要だった。
カップをソーサーに戻すとき、カチャッと思わぬ大きな音を立ててしまった。

つくしは軽く咳払いをすると、椅子の上で姿勢を正した。
「あたし、酔っぱらって・・何かとんでもないこととか言わなかった?」
「そ、それに・・あんたの・・胸に吐いたって言ったけど・・どこで・・?」
「ま、まさかレストランの中じゃなかったわよね?」

レストランの中で吐くだなんて営業妨害もはなはだしい。
まるでここのレストランで食べた料理にあたったみたいに思われたら困る。
「聞きてぇのか?」
どうしても聞きたかった。もしかしたら大勢の人に迷惑をかけてしまったのではないかと言う思いがあったからつくしは頷いた。
「う・・うん。・・もしかしたら・・あたし物凄い迷惑をかけてるかもしれないと思って・・あ、あやまらなきゃ・・その・・レストランの支配人とかに・・」
つくしはそこまで言うと司の顔を窺うようにしていた。


牧野はさっきからぴりぴりしている。
あれほど食べることが好きな女が目の前に並んだ食べ物にも手をつけようとしない。
どこで吐いただとか、レストランに迷惑かけただなんて言ってるけど、本当に聞きたいのは俺とおまえの間には本当に何も無かったってことを確かめたいってことだろ?
何も無かったって言ったよな?何をそんなに気にしているんだ。
改めてこいつに説明するのもしゃくに障るが司は仕方なく話した。


「別におまえが酔って暴言を吐いたとかそんなことはねぇから心配するな」
「それにレストランの客がいちいち他のテーブルの人間の話しなんか気になんかするかよ」
司の声は落ち着いていて、つくしを安心させるように素早く言い切った。
まあ、実際あのレストランにいた人間は誰も俺たちのことなんか他人に話すとは思えねぇけどな。
「それからどこで吐いたかか?」
「レストランを出てからだから心配しなくていい」
とまるでつくしの心情を察しなぐさめるように言った。
こいつは他人に迷惑をかけることが嫌いな女だから、気にしてるってことは十分承知してたがマジでホッとした表情には笑えた。



司の言葉を聞いてつくしの心は急に軽くなった。
やはり一番の心配はレストランにいた他のお客さんに迷惑をかけたのではないかと言うことだ。

だけど実はそれ以上重要で聞きたいことがある。
「あの、道明寺・・でもなんで同じベッドに・・」

真実を探るような目が司を見ていた。
やっと話しの核心に触れてきたか。
本当に聞きたかったのはこのことだろう。

「なんでって俺の部屋だからだ」
「は?」
「俺のところのホテルに俺の部屋があったらおかしいか?」さも当然だとばかりに言った。
「で、でもあたしに別の部屋をとってくれても・・」
「昨日は満室だったんだ」
司は仕方がなかったんだと言うように肩をすくめた。

「信じてねぇんだろ?」
俺のこと疑ってるんだろと言わんばかりの目がつくしを見た。
「言ったよな?俺は同じベッドに寝ててもなんにもしてねぇって」司は言葉を切ると息を吐いた。「だいたいおまえが下で吐いてからこの部屋に連れて来てからも大変だったんだぞ?」
「汚れた服を脱がそうとしたら脱ぎたくねぇって暴れるし、脱がしたら脱がしたで酒のせいか知らねぇが、体が熱いだなんて言い出す始末だ。おまえそん時どうしたか知ってるか?今にも素っ裸になろうとしてたんだぞ?」俺がどれだけの自制心をかき集めたか。
「俺が止めなかったら、おまえそれこそ目ぇ覚めたときマッパだったんだぞ?」




めまいがした。
聞けば聞くほどの醜態に、今さらだが聞かなきゃよかったと思った。
だがとにかく道明寺とは特別な関係にはなっていなかったということが分かって胸をなで下ろしていた。
女としてのはじめてがまったく記憶に無いなんてことを、別に誰かに話すわけじゃないけど女として納得が出来るものではない。

「まあ、おまえの醜態は俺だけしか見てねぇんだからいいんじゃねぇの?」
だいたいおまえのあんな姿、他の奴らに見せれるかよ!

「ただし・・」黒い瞳が射抜くようにつくしを見た。
「ただし?」つくしは目をぱちくりした。
「レストランの人間には俺の女が迷惑かけて悪かったなって言っといたがな」
司の顔が少しだけ愉快そうに微笑んだ。
「それに・・」
「そ、それに?」何故か嫌な予感がしてゴクリと唾を飲んだ。

司は目を細めるとつくしを見据えた。

「まあ、何にもなかったとしても、男と女がひと晩同じ部屋で過ごして何もなかったって信じる方が少ねぇとは思うが・・おまえが責任をとって結婚してくれというなら俺は全然かまわねぇ」









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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.06.11 19:10 | 編集
co*ky様
こんはんは^^
この坊ちゃん、どうやったらつくしを追い込めるか考えているようです。
理詰めな坊ちゃん・・(笑)
エロ坊ちゃんとはまた違った魅力ですか?ありがとうございます!
エロ坊ちゃんはつくしちゃんとはおつき合いしてますから、ひたすらつくしが欲しいと言う男です(笑)
エロだけどアホさもあるあちらの坊ちゃん、明日お会いできるよう準備中です。
一度エロ坊ちゃんを理詰めにして書いたらどんな人になるのかと思ってみたりしています。
いつもコメント有難うございます(^^)

アカシアdot 2016.06.11 23:01 | 編集
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