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2016
06.10

大人の恋には嘘がある 21

つくしは自分が下着しか身につけていないとか、道明寺も下着姿だけでいるなんてことはこの際どうでもよかった。服を着ている状態でも道明寺といる時はいつも落ち着かないのに、相手も自分も裸同然の今の状況なんてことを気にしてなんていられないし、今さらだ。
ましてや道明寺の前で嘔吐して、介抱されているなんてことも二の次だった。
今は目の前の状況なんかより近い将来自分の体に起こるかもしれないことに意識を集中させていた。
それは道明寺が避妊してくれたかどうかよ!

「ねえ道明寺、あの・・・」

司は黙ったまま返事もせず、床に座り込んだつくしのかたわらで立っていた。
沈黙がだんだんと自分の置かれた状況を意識せずにはいられなくなっていった。
下から見上げた司のむき出し脚や、ついさっき自分を抱き上げてここまで運んでくれた、たくましい腕や胸の感触が頭の中に甦ると、つい先ほどまで青白かったつくしの顔は赤みを増した。
裸同然の格好でいることなんて気にも留めていなかったというのに、黙り込まれると急に恥ずかしさが感じられ、黙ったままのこの状況でいることに耐えられなくなってきた。
つくしは早くなにか言ってくれないかと再び口を開いた。

「あの、道明寺・・」気まずい沈黙から早く解放されたい。今はその一心だった。
「今、ここで・・」司は首の後ろに片手を当てると少し考えたように言った。
「こんな格好のまま話しがしたいのか?」
「ちょっと落ち着いたんなら部屋に戻んねぇか?」
黒い瞳はまっすぐにつくしを見つめている。
「えっ?うん・・そ、そうよね・・」
「牧野・・」司は近くの棚からバスローブを掴み取るとつくしの肩にそっとかけた。
「いつまでもそんな格好だと風邪ひくぞ?」優しい口調で語りかけ、「立てるか?」と前屈みになるとつくしの肘に手を添えた。

道明寺のなに気ない動作に心臓がいつもの倍以上に激しく鼓動しているのが感じられた。
「あ、ありがとう」
つくしは支えられて立ち上がった。
自分でもびっくりするようなこの状況にどう対応していいのかと考えたとき、気持ちを落ち着けて冷静に考える時間が必要だと気づいた。
「大丈夫だから・・あの・・ちょっとお手洗いを・・」
「そうか。何かあったら呼んでくれ」
つくしはバスルームから堂々とした足取りで出て行く司を見送るとドアを閉めた。




バタンと閉まったドア。

「はぁ・・・」
思わず出た大きなため息。
「あたし・・本当にあいつと寝たの?」
つくしは洗面台に両手をつくと鏡の中に写る自分に問いかけた。
信じられないことだけど全く記憶にない・・・
「なにが微妙な関係よ・・自分から微妙な関係を壊したなんて・・あたしは・・」
つくしは再び大きなため息をついた。
「はぁ・・・」

昨日はワインを飲んだのは覚えている。でもそんなに飲んだ記憶がない。
自分の許容範囲はわかっているつもりだった。
それなのにどうしてこんなことになってしまったの?
道明寺と一夜をともにした・・らしい。でも覚えていない。
なんとか思い出そうとしても思い出せない・・
こんなの女として最悪な状況じゃない?
なにがあったか、なにをされかた全く記憶にないなんて!

それに鏡の中にいる女の酷い顔。化粧は大部分が落ちているとは言えそのままで、髪は寝乱れたまま。おまけに嘔吐したばかりの顔は心なしかげっそりとして見える。
多分はじめての時ってもっとロマンチックな時間が流れるはずだ。
それなのにあたしが置かれたこの状況っていったいなんなのよ!誰かあたしに説明してよ?
いや。説明はいらない。一目瞭然だった。
あたしと道明寺が同じベッドで寝ていたことだけは確かだ。
でも道明寺が酔った女の隙をつくような男とは思えないけど本当にあいつと?

もしかしたら、あたしが積極的だったとか?
だって、あたしが思いのほか激しかっただなんて言ってたし・・

「はぁ・・・」三度目のため息。
ため息をつくと幸せが逃げると言うがそんなことは嘘だ。
海外ではため息は精神的なリラックスには必要だと言われている。

よし!

取りあえず道明寺と話し合う前にこの姿をなんとかしなくては・・
さっきまでいつもの倍以上に鼓動していた心臓が普段のペースに落ち着き、どうやら吐き気も収まったようだ。

ところで、ここはいったいどこなのよ?
だがつくしは鏡に映るバスローブの胸元にある刺繍を見てピンときた。
どうやらここはホテルメープルのバスルームのようだ。
食事をした流れでのホテルの一室だなんて、テレビドラマじゃあるまいし・・

つくしは洗面台に備え付けられたホテルのアメニティを見つけると、その中から歯ブラシと洗顔に必要なものを取り上げた。
さすが一流ホテルだけのことはある。アメニティは海外の一流ブランドで揃えられ、スキンケアに必要な基礎化粧品まであった。
「さすがメープル・・」思わず呟いた。





***





司はつくしがなかなかバスルームから姿を見せようとしないことを心配していた。
あいつ・・また便器を抱えてうずくまってんじゃねぇのかよ?

司はつくしとつき合うと決めたとき、どうやったらあいつの本心が引き出せるかと言うことを考えていた。
『 俺はおまえが欲しいし、おまえは俺が欲しいはずだ 』

言ったはいいが、昨日の夜はそこまでだった。
腹を据えて話し合えるかと思っていたが、牧野とつき合うということは一歩進んで二歩下がるみてぇなところがある。あとどのくらいこの展開が続くのか・・
まさか永遠にこの繰り返しってわけじゃねぇよな?
別に客観視するわけじゃないが、俺の感情はニューヨークにいた頃から比べようがないほど牧野のことが欲しいと思っている。
昨日の夜だって・・


カチャっと音がしてバスルームのドアが開いた。


「お、おまたせ・・道明寺」
つくしは髪をとかし、歯を磨き、顔を洗うと心もち気分がスッキリとしていた。
どうやら吐き気も収まったようで顔色もだいぶ元に戻ってきたようだ。
小さな体に似合わない大きなバスローブは袖口が折り返されていたが、ばつが悪そうにしていた。

「少しは楽になったのか?」
司はゆっくりとつくしの傍へと歩み寄った。

「ちょっと、道明寺・・せめて・・バ、バスローブでも着なさいよ!」
つくしが目の当たりにした光景は司が相変らず下着一枚でいる姿だった。
ばつの悪さはすっかり忘れて思わず叫んでいた。

「なんでそんなもん着なきゃなんねぇんだよ?」
「な、なんでって・・そんな格好でうろうろされたら・・」
「なんだよ?うろうろしちゃ悪りぃのかよ?」
「だいたいバスローブはバスルームにあるのに、おまえがいたから取りになんて行けねぇだろうが!」
「それとも、おまえがひとり閉じこもってたところをこじ開けて入って行っても良かったってのか?」司は微笑みをちらつかせてみせた。
「そ、それは・・」

確かにつくしは閉じこもっていた。
道明寺と話しをする前に気持ちを落ち着かせる時間が必要だったのだから。
「じゃあ、どうぞ?」
つくしはバスルームのドアの前から距離をおこうとした。
「い、いつまでもそんな格好してたらあんたこそ風邪ひくわよ?」

「そうか、風邪をひくからか?」
司は何か思いついたように目を光らせると手を伸ばして来た。
「じゃあ遠慮なく・・」
「そんな心配しなくても俺専属の投資コンサルタントが風邪ひかないように暖めてくれ」 
司はいきなりつくしを抱きしめた。
「ちょっと!ど、道明寺!な、なに考えてるのよっ!」
「は、離してって!離しなさいよっ!」
「なんだよ?仲良くひと晩過ごした仲じゃねぇかよ?」

つくしはひとりバスルームに閉じこもっている間、冷静になって考えていた。
もちろん、自分に都合のいいように考えた。
道明寺が酒に酔って前後不覚に陥った女なんて欲しいと思うわけがないと考えようとしていた。だがつくしの疑念は一気に再燃した。
ま、まさか!!
「な、仲良くって・・・やっぱり、あ、あんたまさか・・」
「仲良くしたじゃねぇかよ・・俺たちひと晩中・・」
ああ・・まさか・・!!
「おまえ本当に昨日の夜のこと覚えてねぇの?」
司の顔には笑みが浮かんでいる。
「あ、あのね・・」
つくしはどう答えたらいいのか考えあぐねていた。
「ショックだよな。俺とひと晩熱い夜を過ごしたってのに覚えてないなんてよ」
「なんならどんなことしたか教えてやろうか?」
知りたいようで知りたくない。知るのが怖い。
頭の中に自分のあられもない姿が浮かんでは消えていた。

『 どうみょうじ・・キスして・・ 』
『 まきの・・どこにキスして欲しいんだ? 』
『 全部にキスして・・ 』



ついさっきまで離せと唸っていた女は司の腕の中で固まっていた。

おもしれぇ・・まるで放心状態だな。
こいつの頭の中がどんな状況なのか覗いて見たいくらいだ。
今まで俺のこと散々振り回しやがって・・もっと困らせてやるか?
だが司は急に自己嫌悪に襲われて抱きしめていた腕をほどいた。
瞬間、つくしの体はぐらりと揺れた。
司は再びつくしを抱きしめた。

「クッ・・」小さく笑い声がした。
「おい、牧野?」依然放心状態のこいつは途方に暮れたような顔だ。
それにまったくと言ってもいいほど無防備だ。嘘みたいに反応がない。
こいつそんなにショックだったのか?


からかい過ぎたか?

冗談もこれまでか・・

「なんにもなかったんだよ!」
「おい、聞いてるのか?」
「えっ?」つくしは目をしばたたかせると首をかしげて司を見た。
だがまだ司が何を言っているのか理解できずにいるようだ。聞いてはいるようだが頭の中は他のことで一杯だとでも言うようで心もとない表情を浮かべていた。

「俺たちは、昨日は、なにも、なかったんだ!」司はご丁寧にも文節に区切っていた。
「おまえはワイン2杯で気分が悪いって言い出す始末で・・じゃあ帰るかって聞いたら吐きそうだなんて言い出しやがった」
ぼんやりと司を見ていたつくしの目がだんだんと意志持ち始めたように見開かれてきた。
「だから俺はおまえを抱えてトイレまで行こうとしたら・・」
司の顔は少しだけ困惑を見せた。
「も、もしかして・・」つくしの顔からサーッと血の気が引いた。
やっとことの次第が理解出来たようで、明らかに動揺しているのが感じられた。
「ああ。俺の胸で吐いた・・」司は真顔で呟いた。
「そうなりゃ送って行くどころじゃねぇだろう?」



「だから・・おまえのスーツも俺のスーツもクリーニングに出したんだよ」

これが俺とおまえのはじめての夜の顛末だ。







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