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2016
06.07

大人の恋には嘘がある 19

つくしはぽかんと口を開けたままでしばらくじっと司を見つめた。
なにか言わなければと思ったが口の中が一気に乾いてしまったようで言葉が出なかった。
飲み干して空になっていたワイングラスはいつの間にか赤い液体で満たされていた。
思わずそのグラスを手にとると、乾いた喉に流し込んだ。視線は司を見ることなくグラスに注がれていた。



「俺たちまた大声で言い合ってたみてぇだな?」

司のその声は意図したかのように大きかった。
2人のテーブルの周りの客はしんとしていた。だがあからさまに視線を投げかける者はいなかった。高級ホテルのレストランで食事をするような客層は何があろうが見て見ぬふりをするのがセオリーだ。興味本位で見てしまったばかりに、揉め事に巻き込まれてはかなわないと言う思いもあるからだ。
それにレストランで注目を浴びている男女のひとりが道明寺司となれば、なおさら見て見ぬふりをすることに決めたようだ。その理由は当然自分たちの置かれた立場を考えたからだろう。それにここはホテルメープルだ。

司はわざと周りのテーブルを見渡し、それからにやりとほほ笑んだ。
先程放った言葉といい、そのほほ笑みといいある意味周囲に無言の圧力をかけているかのようだ。それはここで目にしたこと、耳にしたことは他言無用だということを知らしめているかのようだった。



司は自分が呟いた言葉がそんなに意外だったのかと言うように片眉をあげてつくしを見たが、言葉を失ったかのような顔があまりにもおかしくて聞かずにはいられなかった。

「どうしたんだよ?なにか言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなんだ?」
グラスに注がれていたつくしの視線が揺らいだように思えた。
「おまえが気づかなかっただけで、俺はおまえを抱きたくて仕方がなかった」

つくしは視線をグラスから司に移した。
司はことさら感情を省いたように言ったが顔には危険な笑顔が広がっていた。
こんな笑顔を見せられた女はひとたまりもないはずだ。
抱きたいだなんてあからさまな司の言葉につくしの顔はどんどん赤みを帯びてきた。
それとも先ほどから口にしているワインのせいなのか、どちらにしても顔のほてりは抑えようがなかった。それに恐らく首まで真っ赤になっているはずだ。

「それともわざと気づかないふりをしてたのか?」

数分前には感情をむき出しだった男も言いたいことは言ったのか今は穏やかに話していた。
「俺とおまえは互いに惹かれ合うものがあったことは間違いないはずだ」
「それに色々と考えてることもあった」それは2人のことについてだ。

司の目の前に座る女は黙りこくったままで何も言おうとはしなかったが言葉を探していることだけはわかっていた。頭ばかりで考えるなとは言ったが、こいつは頭で考えてから行動する女だからな。けど、男と女のことなんか頭でいくら考えてもどうしようもねぇってことがわかんねぇのか?
それともアプローチの仕方があまりにもダイレクト過ぎて言葉を失ったってことか?

「牧野、おまえさっきから何も言わねぇけど本当は俺のことどう考えてるんだ?」
胸のうちで小さくため息をついた。
「俺に言わせればおまえが何を今さら悩んでんのかわかんねぇ」

司はつくしの顔を伺ったが相変わらず顔を赤らめたまま何も言おうとしない女にどうすれば口を開かせることが出来るかと考えていた。

「まき・・」
司が口を開きかけたとき、つくしが口を開いた。

「道明寺・・」つくしは考え込んだような表情を浮かべた。
「あ、愛し合うことがわかっていたなんて・・言うけど・・どうしてそんなことが言えるのよ?」つくしの指はまるで何かにすがるかのようにワイングラスを握ったままで離そうとはしない。
「あの頃のあたし達は本当に短い間しか一緒に過ごさなかった」つくしの目は司の顔を探るように見ていた。「それなのにどうして・・」言葉は続かなかったが答えを求めた。


「人が人を好きになるのに短いもなにも関係ねぇだろ?」
黒い目はつくしのどんな反応も見逃すまいとしていたが、ワイングラスを握る指先に力が入ったように見えた。「それに俺たちは絶対に愛し合うようになるはずだった」
「だ、だから何を根拠にそんなことが言えるのよ?」つくしはやり返した。
「だいたい道明寺はあたしのこと、そんなに知らなかったはずでしょ」
司は向かいの席に座っているつくしが落ち着かない様子でグラスの柄に指を滑らしているのを見た。

「知るも知らねぇも俺の直感だ。それに根拠なんてねぇよ。そう感じたからだ」
「それに俺はおまえの細かいことなんかいちいち気になんかしてねぇよ」司は話しを続けた。
「女を好きになるのに根拠だとか、理由だとかそんなもん必要ねぇだろうが」

つくしは黙って聞いていたが思い切って聞いた。
「もし・・直感がまちがっていたらどうするの?」
「ない」司ははっきりと言い切った。

女はなんにでも理由をつけたがる。「なら聞くが愛し合うためにいちいち理由がいるのか?」
理由がなければ行動するなってことか?
「どんな理由があれば愛し合っていいんだ?子供を作るためだって理由があればいいのか?」
「理由なんか探してたら男と女は子供を作る以外は愛し合えねぇってことになるぞ?」
「俺はおまえと子供を作る以外は愛し合えねぇって言うならすぐにでも結婚して子供を作ることにすればいいのか?」
世間では女が感情的で男が論理的だなんてことを言うが俺と牧野の場合はまったくの正反対だ。「言っとくが、俺はおまえに対しては嘘をつくなと言われてる。だから俺の口から嘘なんか出ることはねぇからな」低い声だったが強い口調の言葉は感情むき出しになっていた。 「俺はおまえが欲しいし、おまえは俺が欲しいはずだ」
司はつくしの目をじっと見据えた。

こいつは自分の気持ちを素直に口にするタイプの女じゃない。だから代わりに俺が口にした。
口に出すのは簡単だが人は自分の欲しいものを口にすれば、そのことに向き合わなければならなくなる。
牧野の気持ちも俺と同じはずだ。
だがあいつが自分の気持ちが曖昧だっていうなら俺がはっきりと断言してやる。認めさせて、それから・・

「ま、待って道明寺・・」つくしが口を挟んだ。「ち、ちょっと待って。それ以上・・言わないで」つくしは司の口から出た言葉を聞き間違えたかと思った。
「け、結婚って・・な・・なんの話し・・」まるで要領を得ないという顔で司を見つめた。


つくしの唇はだんだんと感覚をなくしたかのようになり、しゃべるのが難しくなっていた。
目の前にいる男が歪んで見えてくると、あまりいい気分ではなくなってきた。
それに胃が熱をもったように熱く感じられるようになっていた。
「ごめん、なんだか・・」だんだんと間延びしたような喋り方になっていた。


司は話しをやめ、つくしの様子を見ていた。

ワインをグラスに2杯でこれか・・

自分の目の前の女の体が左右に揺れ始めたのを見ると、今夜はもうこれ以上の話しは無理かと諦めた。







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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2016.06.07 19:17 | 編集
c**ky様
妄想をお話しして下さってありがとうございました。
なるほど、いいですね!御曹司に使わせて頂きたいです!
拙宅のお話でニヤニヤ出来る部分がありますか?
やっぱり御曹司でしょうか?エロ坊ちゃんの妄想劇場ならニヤニヤ出来るかもしれません(笑)
最近疲れ気味です(笑)やっぱり年のせいでしょうかねぇ(笑)
なんだか日々の疲れが蓄積されて行っているような気がしています(;´д`)
もちろん喜んで頂けるようなお話を書きたいんです。でもあまり期待しないで下さいませ!
笑える話しからそうでない話しまである拙宅ですのでいきなりダークな司が出て来るかもしれません。
エロ坊ちゃんも好きなんですが、ダークな司も好きなんです。
どれも大人坊ちゃんですが、これからもどうぞよろしくお願い致しますm(__)m
コメント有難うございました(^^)

アカシアdot 2016.06.07 21:55 | 編集
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