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2015
08.03

いつか見た風景 3

つくしは道明寺司と結婚式を挙げた。
こんな無謀な事をするなんて、自分でも信じられなかった。でも、みんなが今の状態じゃ2人共ダメになるって言った。道明寺と滋さんの結婚話が持ち上がった時、道明寺はそれをあっさりと承諾した。もちろん事業統合絡みの政略結婚と分かっていての行動だ。

滋さんは親の決めたこの話に納得したフリをしながら、彼女の本当に好きな人との結婚を望み、結婚式の当日、土壇場までフリをしてあたしに手紙を託して去って行った。

『つくし、司の事を本当に幸せに出来るのはつくしだけ。それにあたしも司とつくしの幸せを祈っている。あたしは本当に好きになった人と結婚したいの。道明寺と大河原との事業統合なら心配ないから大丈夫。もう調印は終わっているし、ウチの両親は驚くだろうけど、あたしがこんな風に親の決めたレールに乗る娘じゃないって事くらい知ってるはずよ。 だからね、つくし・・・』

滋さんの手紙の最後に書かれていた一行、『お願い、幸せになって』

つくしはこの言葉に後押しされ、今日この場所に来ていた。
あのプライドの高い道明寺が、教会で花嫁に置き去りにされるなんて事が許されるはずがない。そんな理由を付けて、花嫁衣裳を身に纏ったつくしは彼の元へと歩いて行った。
あの時、あの瞬間、ベールを持ち上げ、あたしを見た道明寺の一瞬驚いた表情、そしてまるで罰を与える様に落とされたくちづけ。

衝動的とも言える行動に、呼吸の仕方さえ忘れそうになりながらの大芝居だったかもしれない。久しぶりに近くで見る男は、あの頃とは違って大人になり、よりたくましく、そして精悍な姿の男になっていた。少年だった男が、いつのまにか大人の男性へと変わっている。それも、つくしの人生の中で一番素敵な男性だ。
だが、平凡だったつくしの人生に現れた男性は、つくしのことを忘れていた。
初めてキスをしてから9年の歳月が流れていた。



***



つくしは道明寺家のビジネスジェットにちんまりと納まり、キャビンアテンダントから飲み物を貰っていた。道明寺と言えば、黙り込んで何やら仕事の書類らしきものを目で追いながら、俺に話し掛けるなオーラを目一杯出している。
そう言えば、最近アメリカ西海岸にある世界第2位の保険会社のM&A(企業買収)に成功したって話が世間を賑わしていたのを思い出した。

ジェットの目的地はNYだ。
バカみたいなことだと思いながらも、つくしは目的地について聞いていた。
「あの、やっぱりあんたの仕事って、あっちでの仕事がメインなのよね?」
道明寺司はムッとした表情を浮かべ、つくしを見た。
「おまえ、俺がどんな立場にいるか分かって聞いてんのか?それとも本当に知らないのか?」
やはりつくしは聞いた自分がバカだと思った。
知っていて当然だということを、淡々と言い切られたのだ。
「そ、そうだよね、アンタ今はニューヨーク本社の副社長様だったよね。偉い人なんだよね?あはは・・」
ごめん、道明寺。つくしは早くも心の中であやまっていた。結婚したくもない相手と結婚する羽目になり、そのやり口も替え玉の手口だという事態。怒るのも無理はないとわかっていた。

「お前、俺の事どれくらい知ってんだ?類や総二郎、あきら達と親しいそうじゃねぇか?」
「え、うん、親しいって言うか、その・・高校時代の先輩だったから」

つくしは高校時代のことに少しだけ胸をときめかせ答えた。
あんたは覚えてないかもしれないけど、あんたはあたしの事が好きで追いかけ回していたのよ?

「お前も英徳か? 俺の事も知ってるワケだな、色々と・・」

相変らずの態度で書類から目を離す事もなく言い放つと、ポイッとこちらへと何かを投げて寄こしてきた。

「ソレ、目を通しておけ」

渡されたソレは『婚前契約書(プレナップ)』と言われるものだった。
つくしは書類から司へと視線を向けた。

「これって?」
「見ての通りだ。日本語と英語と同じものを用意させた。日本語はお前のために、わざわざ用意させた。内容を理解したらサインして秘書に渡しておけ」
「こんな契約書、あたしには必要ない」

急に現実が襲いかかって来たように感じられた。
つくしが司と結婚しよう。滋の計画に乗ろうと決めたのは、彼といたかったから。
本当の結婚生活でなくてもいい。まがい物でも構わないと思った。だが、道明寺のような立場の人間は、ただ相手と一緒にいたいだけという理由で結婚することがないということは理解出来る。ビジネスに役立つ戦略的な結婚の話もよくあることで、滋さんとの結婚がまさに最たるものだ。

「お前はアホか。こんなもん俺たちの世界じゃ常識なんだよ。互いの身を守る為に必要なんだよ」
守るべきものがある男はきっぱりと言い切った。

「お互いの身を守るって、守るのはアンタの身だけでしょ?あたしには守るものなんて何もない・・アンタの財産なんて欲しいなんて思ってもないし・・」

つくしの血がすっと冷たくなった。それこそ現実にはこんな結婚を認めてくれるわけがないとわかってはいても、つくしのことをあれだけ追いかけ回していた男の口から、ビジネス然とした言葉を返されると寂しかった。

「ペン貸してよ、今ここで署名しちゃうから」

つくしは見るからに高そうなペンを貸り、署名欄にサインをした。
騙されるようにして結婚した道明寺にしてみれば、自分の身の保身を思うのは当然だろう。相手の女が財産目当てかもしれない、何を仕出かすか分からない女かもしれない、そう考えるのはあたり前だ。しかしこのサインが後々あたしの首を絞める事になるとは、考えてもみなかった。







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