何年たっても変わらない思いがあった。
あいつの傍にいるためには自分の想いは心の奥深くに閉じ込めておかなければならないとわかっていた。
世間がなんと言おうと、たとえそれが永遠に続く嘘だとしても・・・
少しでもあいつの傍にいたいと思う気持ちがあったから、こんな自分でも許すことが出来たんだと思っていた。
嘘でもかまわなかった・・
つくしが司に求めるものは、ただひとつだけなのだから。
大勢の人で溢れる部屋だがある場所だけはその男を見ようと人が集まっていた。
その輪の中心には賞賛と注目を浴びることに慣れた男がいた。その男が注目を浴びるのは当然だった。道明寺司と言えばここにいる誰もが知っていて当然の男だったから。
新聞や雑誌で見かける男はいつも女を連れていた。美しく華やかさを纏った女性たち。その女が自分だったらいいのにと思った。だがつくしは司のことは深く考えないようにしていた。記憶のない男が自分を見たところで何を思い出すというのだろう。
だからこれから自分が行動に起こすことに対してなんの迷いもなかった。
つくしは司と再会することを夢みてきたのだから。
10年たっても変わらない自分は、10年の歳月を経ても自分の手が届かない男をいつまでも思っていた。
だが10年前に自分と一緒に笑いあっていた男のほうはすっかり変わってしまっていた。
噂には聞いていたが、いざこうして本人を見れば上品な顔立ちの中に人を寄せ付けない鋭い目つきがあった。あの目が優しく自分を見てくれた日々はもう戻らない。わかってはいてもそれでもどこかに儚い希望を抱いているあたしがいた。
司は仕方なしに参加したいつものパーティーだった。
どうでもいいパーティーでどうでもいい客たち。招かれただけで名誉だとばかり自分の傍に寄って来る女たち。
ニューヨークに来て10年が過ぎ、そろそろ結婚を考えないわけにはいかなくなっていた。
自分の人生は所詮ひかれたレールの上を走るだけなのかもしれない。結婚相手にしてもそうだった。司の結婚する目的は本来の結婚ではなかった。紙切れだけの契約でそれにはビジネスが付き纏う。結婚する相手がどんな相手だろうと感情が伴うはずもなく、誰であろうと一向に構わなかった。いつかはしなければいけないのなら、今すぐでも良かった。
自分に必要とされているのは、自分のあとを継ぐべき人間だとわかっていたから。
今まで恋の駆け引きは関係が無かった彼の人生。
駆け引きなどしなくても、金の匂いに引き寄せられるように自分に群がる女たち。運がよければ永遠に司の傍にいることが出来るかもしれないと考える浅はかな女たち。司にとっては一夜だけのことだというのに、何が欲しくてそんなに自分を求めるのか。そんなことはとっくにわかり切ったことだった。
金、権力、そして見てくれのいい自分の外見・・・女たちが自分に求めるのは所詮そんなものだった。そんな女などはじめから愛せるはずもなく、男としての欲を吐き出すだけの日々だった。司は自分には人を愛するという感情が欠如しているのではないか。女と愛し合っても関係を継続させることは永遠にできないのではないかと感じていた。
愛するという感情が欠如した両親に育てられた自分には人を愛することなど出来ないのだ。
それは28年間生きて来てずっとそうだったはずだ。
愛などなくてもこうして生きていられるではないか。
どうせこれから先の人生も愛されることもなく、愛することもない人生なのだから・・
ただ生きていくだけの人生は・・自分にとってはどうでもよかった。
***
つくしはこれから自分がとる行動に気おくれすることがないようにと、手にしていたグラスの中身をあおった。自分を奮い立たせるために飲むには一杯だけでは足りなかったが、これ以上は飲めなかった。これ以上飲めばあいつの元へたどり着く前に倒れてしまいそうだった。
所詮自分の気合いの入れ方なんてこんなものだ。
だが、今の自分にはこれが精一杯だった。つくしは部屋の片隅で司の姿を見つけることが出来た。離れた場所から見つけた男は、タキシードに身を包み金と権力全てを手にした人間ならではのオーラを放っていた。昔からこの男には他人にはない人を惹きつけるものがあったのは確かだ。それはカリスマ性と言ってもいいのかもしれない。
そんな男は生まれ落ちた瞬間から人生が決められていた。
だからあたしと彼の人生が交わったことが今思えば不思議だった。メビウスの輪というものがあるが、その輪は表と裏が連続していて終わりが見えない状況を表す。あの頃のあたしと道明寺の関係はまさに色々なことが絡み合い出口のない状況だった。だけど道明寺が記憶を失ってしまってからはそんな関係の輪も切れてしまい、表は表、裏は裏という常識のある世界へと2人は戻って行ったのかもしれない。
道明寺は道明寺の世界へ・・
そしてあたしは本来のあたしがいるべき世界へ・・
***
司は自分の前に現れた女に目を奪われた。長い黒髪の東洋系の女がそこにいた。
相手の顔に見覚えがなかったが自分を見つめていることだけはわかっていた。
彼は周りにいる人間にあの女は誰だと聞くまえにその女は目の前にいた。
「元気?」と声をかけてきた女。
ここは選ばれた人間しか入ることが出来ないパーティー会場。
身元は確かな人間ばかりのはずだ。司は社交辞令として挨拶を返した。
「元気だ」
それはよかったですねと返された。自分に対し気軽に声をかけてきた女。
互いに交わされた視線はあからさまで、欲望を隠そうとはしなかった。
パーティーに出れば何人かの女が物欲しげな態度で近寄ってくることには慣れていた。
この女もそんな女のひとりなのか?それならそれでもいい。どうせ一夜限りか、気に入ればもう少し傍に置いてやってもいい。どちらにしてもこれから始まる2人の関係は恋人同士と言うにはほど遠い関係になるはずだ。
だが、始まる前にどうしても確かめておかなければならないことがあった。
「俺は女とつき合っても結婚するつもりはない」
「そんなことあたしも望んでないから心配しないで」
女の黒い大きな瞳が伝えてきたのはあたしも同じだから心配しないでだった。
司は今まで自分の周りにいた女とはどこか違うと思った。
「あなたはあたしの好みのタイプとは違うから」
そんなことを平気で口にする女は生意気だと思った。
司の目の前に現れた女は黒い瞳が輝く日本人の小柄な女。
女は黒いドレスに身を包んでいるが、自分を引き立てるための宝石類は一切なかった。
東洋人独特の白い肌にはしみひとつなく、真珠の輝きような控えめな美しさがあった。
自分を飾り立てる必要はないと言うことか?よほど自分自身に自信がある女なのか?
この会場にいる女たちの胸元を飾るのはひと財産あるような宝石ばかりだ。そんな宝石は自らが買ったものではなく、男たちに贈られたものが殆どだ。
この女が自分の胸元を飾るような宝石を持っていないと言うことは誰にも依存することなく自分の脚で立つ女ってことか?この女は自分がまだ誰のものでもないといいたいのか?
誰のものでもない自分を欲しくないかと言うことか?俺のことを好みじゃないと言い切った生意気な女だ。司は挑戦し甲斐のある女だと思った。それならこの生意気な女の挑戦に乗ってやるのも悪くない。ビジネスにしても人間関係にしても挑戦され受けて立たなかったことは無かった。
永続的な関係は求めない。
その言葉が2人の関係のスタートだった。
2人の関係は決して相手を束縛するものではなかった。
永続的な関係は求めない。
それは2人とも最初から示していた態度だ。
ニューヨークでつくしが決めたのは司と体の関係を持つことだった。
情熱だけを分かち合うだけの関係。決して愛を求めていたわけじゃなかった。
2人が出会ったパーティーの夜、隣に立つ男が腰に手をまわしてきたときその手に体をゆだねた。頭の中で自分を戒める声には蓋をした。たとえ将来がなくてもいいからあたしはこの場所に来た。
道明寺があたしのことを忘れこの街へと暮らすようになった後、ひたすら勉強をして彼のことを忘れた。経済誌で見かける男は自分の置かれた立場で才能を開花させていた。
努力を必要とする人間とそうではない人間がいるが、道明寺司という人物には努力という言葉は必要がないように思えた。努力とは目標に向かって邁進することだがこの男に目標というものがあるのだろうか?与えられる全てが彼の人生にいいように働くなんてことはないと思うが、例えいいように働かないとしても今では剃刀のように鋭く切れる頭脳が男の望みを叶えてくれていた。
道明寺があのときあたしに注いでくれた愛がもう二度と戻らないと言うのなら、あたしがあんたに愛を注いであげる。たとえそれが一方通行の愛だとしても。
女と関係を持っても長く続いたことはなかった。
人前でも愛情表現はせず、親しさも見せない。
これまでもどんな女とも長続きはしなかったがパーティーで知り合った女だけは別だった。
どうしてもこの女が欲しかった。自分に対して生意気な態度で接してきたのが珍しかったのだろうか?だがそれだけではない何かがあった。
なぜここまでこの女が気になったのかはわからなかった。年は自分よりもひとつ下。
背が高くスタイルがいいと言うわけでもない。どちらかと言えば小柄でほっそりとした体形でお世辞にも魅力的な体だとは言えなかった。だが肌が合うというのはこう言うことなのだろうか。印象的なのは大きな瞳で、その瞳を見れば女の感情が分かるような気がした。
生意気な女は俺に対して対等なつき合いを求めた。
自分とつき合いたいなら他の女とはつき合わないでと。
生意気な女が求めるたことはたったそれだけだった。
そんな女との関係が今さらながら退屈していた俺の人生に刺激を与えたことも確かだった。
言いなりにならない代わりに媚びもしなかった。自分の言いなりにならない女。そんな女を征服したいと思うのは男の本能だろうか。そんな思いも遠い昔の記憶のどこかにあったような気もする。それは頭の奥にある深い記憶のどこかにある思いだった。
今まで自分の周りにはいなかったタイプの女だと思ったから物珍しいという思いもあったのかもしれなかった。
そんな2人の関係はつくしが司のマンションを訪れるという形で始まった。

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コメント
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ナ*シー様
こんにちは。
こちらこそいつもお読み頂きありがとうございますm(__)m
記憶のない司が無意識に求めるのはつくし。
切なさも織り交ぜてみましたがいかがでしたでしょうか?
楽しんで頂けたら何よりです。
またいつかこんな感じのお話も書きたいと思っています。
コメント有難うございました(^^)
こんにちは。
こちらこそいつもお読み頂きありがとうございますm(__)m
記憶のない司が無意識に求めるのはつくし。
切なさも織り交ぜてみましたがいかがでしたでしょうか?
楽しんで頂けたら何よりです。
またいつかこんな感じのお話も書きたいと思っています。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.06.03 21:12 | 編集

ゆ*もち様
こちらこそいつもお読み頂きありがとうございますm(__)m
「金持ちの御曹司」の妄想司にはまっていただいたとか!(≧▽≦)
もっと妄想ですか?いいんですか?いつも公開するときはドキドキなんですよ。
エロ御曹司と化してますので、イメージが・・なんて思っています。
言われたい台詞。いいですね!ご希望のシュチュ、脳内に取り入れさせて頂きます。
ただアカシアの脳内で活性化できるといいのですが・・(笑)
すでに暑さがやって来たような気候ですよね?
ゆ*もち様もお体にはご自愛くださいませ。
コメント有難うございました(^^)
こちらこそいつもお読み頂きありがとうございますm(__)m
「金持ちの御曹司」の妄想司にはまっていただいたとか!(≧▽≦)
もっと妄想ですか?いいんですか?いつも公開するときはドキドキなんですよ。
エロ御曹司と化してますので、イメージが・・なんて思っています。
言われたい台詞。いいですね!ご希望のシュチュ、脳内に取り入れさせて頂きます。
ただアカシアの脳内で活性化できるといいのですが・・(笑)
すでに暑さがやって来たような気候ですよね?
ゆ*もち様もお体にはご自愛くださいませ。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.06.03 21:20 | 編集
