初めはあり得ないと思って突っぱねていたが、司のあまりのしつこさに負けたつくしは
日曜日の誘いを受けることにした。
じゃあ昔のよしみで・・と答えたつくし。
あのとき、道明寺の目に一瞬だけ危険な色が宿ったように見えたが、それも瞼を閉じたことで遮られてしまった。次に目が開かれた時はそんな色もなく、気のせいだったのかもしれないと思った。別にしつこいから誘いに応じたというわけでもなかったが、自分でもどうしてそんな気になったのかは、わからなかった。
考えてみれば3年間デートなど一度もしたことがなく、会社と自宅の往復だった。
独身の男性が職場にいないわけでもなかったが、つくしにとっては同僚としか思えなかった。ただ、一度だけつき合って欲しいと言われたことがあったが断っていた。
まさか3年ぶりに男性と出かけるのが道明寺だなんて・・
やっぱりこれってデートなの?
金曜の夕方に念押しのように道明寺から会社へ電話がかかってきた。
会社の電話なら出ないわけにはいかない。
『おい牧野!道明寺副社長から電話だ』と叫ばれたら出ないわけにはいかなかった。
それにしても、今日まで毎日電話がかかってきた。
内容は・・・まったく仕事には関係がなかった。
今なにしてるんだ?とか、時間間違えるな、とか・・。
道明寺の質問にはい。と、いいえでしか答えないあたしに周囲の人間が耳をそばだてていることはまるわかりだった。
電話を切れば何か問題でもあったのかと聞いてくる。そりゃそうよね・・道明寺HDが大口顧客となった今、粗相があったら大変なことになるってことは社員一同充分承知していることだ。
会社全体の目が全部あたしに向けられているようで怖いのよ!
衆人環視とはこのことだと思った。
これって・・道明寺の作戦?
なんだか網を持った人間がじわじわと近寄ってきてあたしを捕まえようとしているような気にさせられるのは・・気のせい?
***
司は椅子に背中を預けた。
自分を好きになってもらうためのチャンスをくれと牧野に言った。
あいつと知り合ったのは3年前。他の女関係は3年前にすべてきれいにケリをつけていた。 3年以上女関係がないなんて自己最長記録だな。それまでの俺は女とつき合えばある程度の時間が経てば別れていたことが殆どだ。だから相手のことを深く知りたいとか、自分のことをもっと知って欲しいなんて考えたこともない。
そもそもここまで真剣になれる相手に巡り会うなんてことが初めてだ。
記憶をたどってみたが、やはりそんな女はいなかった。
それに女とただの知り合い関係でいるなんてことの経験がない。要はプラトニックな関係でいるということ自体が初めてだ。それも3年だぞ!
いやこの3年は俺が勝手に思っていた3年だった。
寄ってくる女はいくらでもいたが、牧野つくし以外は欲しくないんだからどうしようもなかった。
俺に関心を払ってもらうにはどうしたらいい?あいつの会社をうちのコンサルタントとして契約させたし、あいつは俺の専属にした。
これ以上なにをすればいい?
あいつが興味を持ってるものってなんだ?女だから洋服とか宝石か?
俺はこんなにひとりの人間を思って頭を悩ますことなんて今まで無かったはずだ。
それに何かに対して、それは物や人に対してだがこんなに執着したことは無かったはずだ。
まったく妙な話だが惚れたんだから仕方がねぇよな。
この前は我慢が足んなくて思わずキスしたが、牧野に対してはじっくり慎重に行くべきなんだろうな。
焦りは禁物か?
日曜日、2人が出かけたのは水族館だった。
司に誘われたつくしは、出かけるなら水族館がいいと言った。
決してけんか腰で話しをしているわけでもなく、まるで古い友人のような態度で話しはじめた2人。
なぜ水族館なのか?ニューヨークにいた頃、よく1人で出かけたのがコニーアイランドにあるニューヨーク水族館だったからだと答えた。
ニューヨーク水族館はアメリカ国内で一番古い歴史がある。こじんまりとした昔ながらの素朴な水族館だ。
マンハッタンから地下鉄で約1時間ほどで行けるブルックリン区南部にあるコニーアイランド。地下鉄と言ってもマンハッタンを出ればずっと地上を走り、終着駅がコニーアイランドだ。名前のとおりかつては島だったところだが今は陸続きだ。
そこには遊園地や水族館、大西洋に面する全長4キロに渡る砂浜があり、ニューヨーク近郊のリゾート地、観光地として知られている。
砂浜に沿ってボードウォークと呼ばれる板敷の遊歩道が整備され、散歩やジョギングをする人々が行き交っている。日本で言えばお台場のようなところだ。
「なんで1人で水族館なんだ?」
司は動物が苦手だったが水族館ならガラスの向うにいる魚を眺めるだけだから問題ないと思った。
「考えごとをするのにちょうどいいから」
「だって魚は静かでしょ?」
「別に動物園でもよかったんだけど?」
司は情けない顔をした。「いや。動物園だけは勘弁してくれ」
今ふたりがいるのは都内にある比較的新しい水族館だ。
魚は静かだと言うが、この水族館自体が静か過ぎるほど静かだった。
それもそのはずだ。道明寺が貸し切りにしたんだから・・
だがさすがに日曜日の真っ昼間を貸し切りにするわけにもいかず、夜9時以降2時間だけだが貸し切ったらしい。
最近では夜10時まで営業したり、特別にナイトツアーを行う水族館もあるくらいで、この時間ならと水族館側も道明寺からの依頼に特段の難色は示さなかったらしい。
あくまでも本人談で水族館側の考えは不明だが。
「ふーん」
「で、おまえはよく1人でその水族館に行ってたのか?」
司は何が楽しくて1人水族館に行くのかが不思議だった。
「退屈しねぇのかよ?1人でなんて?」
「しない。だって考えごとをするために行ってたんだもの」
観光地として有名な場所で砂浜は夏になれば大勢の人で賑わう場所だ。
だが、冬になれば人はまばらになる。
なにしろ大西洋に面した場所で海からの冷たい風をまともに受ける場所だ。
まさか人出の多い夏場を選んで行っていたとは思えず、それならやはり冬場だろうと考えた。
「あんたは・・たまにはマンハッタンの喧騒を逃れてのんびりしたいとか思わなかった?」
「そんな暇なんてねぇよ・・」
「それで、おまえは考え事をする以外に水族館の中でなんか目当ての魚でもいるのかよ?」
2人はひんやりとした静寂な空気が流れるなかで壁に埋め込まれた水槽を眺めていた。
「うん。あたしね、これが好きなの」
つくしが示したのは横に長い水槽の中でじっとしている細長い円筒形のなんとも言えない魚だった。
「これ、電気ウナギ」
「はぁ?」
「だから電気ウナギよ、電気ウナギ」
「アマゾン川のあたりに住んでいてね、電気を起こすの。これに触れると人間も感電するんだって!」
司はつくしの知らなかった一面を見た気がした。
この女、意外と変なものが好きなんだな。と。

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独身の男性が職場にいないわけでもなかったが、つくしにとっては同僚としか思えなかった。ただ、一度だけつき合って欲しいと言われたことがあったが断っていた。
まさか3年ぶりに男性と出かけるのが道明寺だなんて・・
やっぱりこれってデートなの?
金曜の夕方に念押しのように道明寺から会社へ電話がかかってきた。
会社の電話なら出ないわけにはいかない。
『おい牧野!道明寺副社長から電話だ』と叫ばれたら出ないわけにはいかなかった。
それにしても、今日まで毎日電話がかかってきた。
内容は・・・まったく仕事には関係がなかった。
今なにしてるんだ?とか、時間間違えるな、とか・・。
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電話を切れば何か問題でもあったのかと聞いてくる。そりゃそうよね・・道明寺HDが大口顧客となった今、粗相があったら大変なことになるってことは社員一同充分承知していることだ。
会社全体の目が全部あたしに向けられているようで怖いのよ!
衆人環視とはこのことだと思った。
これって・・道明寺の作戦?
なんだか網を持った人間がじわじわと近寄ってきてあたしを捕まえようとしているような気にさせられるのは・・気のせい?
***
司は椅子に背中を預けた。
自分を好きになってもらうためのチャンスをくれと牧野に言った。
あいつと知り合ったのは3年前。他の女関係は3年前にすべてきれいにケリをつけていた。 3年以上女関係がないなんて自己最長記録だな。それまでの俺は女とつき合えばある程度の時間が経てば別れていたことが殆どだ。だから相手のことを深く知りたいとか、自分のことをもっと知って欲しいなんて考えたこともない。
そもそもここまで真剣になれる相手に巡り会うなんてことが初めてだ。
記憶をたどってみたが、やはりそんな女はいなかった。
それに女とただの知り合い関係でいるなんてことの経験がない。要はプラトニックな関係でいるということ自体が初めてだ。それも3年だぞ!
いやこの3年は俺が勝手に思っていた3年だった。
寄ってくる女はいくらでもいたが、牧野つくし以外は欲しくないんだからどうしようもなかった。
俺に関心を払ってもらうにはどうしたらいい?あいつの会社をうちのコンサルタントとして契約させたし、あいつは俺の専属にした。
これ以上なにをすればいい?
あいつが興味を持ってるものってなんだ?女だから洋服とか宝石か?
俺はこんなにひとりの人間を思って頭を悩ますことなんて今まで無かったはずだ。
それに何かに対して、それは物や人に対してだがこんなに執着したことは無かったはずだ。
まったく妙な話だが惚れたんだから仕方がねぇよな。
この前は我慢が足んなくて思わずキスしたが、牧野に対してはじっくり慎重に行くべきなんだろうな。
焦りは禁物か?
日曜日、2人が出かけたのは水族館だった。
司に誘われたつくしは、出かけるなら水族館がいいと言った。
決してけんか腰で話しをしているわけでもなく、まるで古い友人のような態度で話しはじめた2人。
なぜ水族館なのか?ニューヨークにいた頃、よく1人で出かけたのがコニーアイランドにあるニューヨーク水族館だったからだと答えた。
ニューヨーク水族館はアメリカ国内で一番古い歴史がある。こじんまりとした昔ながらの素朴な水族館だ。
マンハッタンから地下鉄で約1時間ほどで行けるブルックリン区南部にあるコニーアイランド。地下鉄と言ってもマンハッタンを出ればずっと地上を走り、終着駅がコニーアイランドだ。名前のとおりかつては島だったところだが今は陸続きだ。
そこには遊園地や水族館、大西洋に面する全長4キロに渡る砂浜があり、ニューヨーク近郊のリゾート地、観光地として知られている。
砂浜に沿ってボードウォークと呼ばれる板敷の遊歩道が整備され、散歩やジョギングをする人々が行き交っている。日本で言えばお台場のようなところだ。
「なんで1人で水族館なんだ?」
司は動物が苦手だったが水族館ならガラスの向うにいる魚を眺めるだけだから問題ないと思った。
「考えごとをするのにちょうどいいから」
「だって魚は静かでしょ?」
「別に動物園でもよかったんだけど?」
司は情けない顔をした。「いや。動物園だけは勘弁してくれ」
今ふたりがいるのは都内にある比較的新しい水族館だ。
魚は静かだと言うが、この水族館自体が静か過ぎるほど静かだった。
それもそのはずだ。道明寺が貸し切りにしたんだから・・
だがさすがに日曜日の真っ昼間を貸し切りにするわけにもいかず、夜9時以降2時間だけだが貸し切ったらしい。
最近では夜10時まで営業したり、特別にナイトツアーを行う水族館もあるくらいで、この時間ならと水族館側も道明寺からの依頼に特段の難色は示さなかったらしい。
あくまでも本人談で水族館側の考えは不明だが。
「ふーん」
「で、おまえはよく1人でその水族館に行ってたのか?」
司は何が楽しくて1人水族館に行くのかが不思議だった。
「退屈しねぇのかよ?1人でなんて?」
「しない。だって考えごとをするために行ってたんだもの」
観光地として有名な場所で砂浜は夏になれば大勢の人で賑わう場所だ。
だが、冬になれば人はまばらになる。
なにしろ大西洋に面した場所で海からの冷たい風をまともに受ける場所だ。
まさか人出の多い夏場を選んで行っていたとは思えず、それならやはり冬場だろうと考えた。
「あんたは・・たまにはマンハッタンの喧騒を逃れてのんびりしたいとか思わなかった?」
「そんな暇なんてねぇよ・・」
「それで、おまえは考え事をする以外に水族館の中でなんか目当ての魚でもいるのかよ?」
2人はひんやりとした静寂な空気が流れるなかで壁に埋め込まれた水槽を眺めていた。
「うん。あたしね、これが好きなの」
つくしが示したのは横に長い水槽の中でじっとしている細長い円筒形のなんとも言えない魚だった。
「これ、電気ウナギ」
「はぁ?」
「だから電気ウナギよ、電気ウナギ」
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司はつくしの知らなかった一面を見た気がした。
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Comment:2
コメント
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さと**ん様
電気ウナギ、明日続きがありますので話しを聞いてやって下さい。
コメント有難うございました(^^)
電気ウナギ、明日続きがありますので話しを聞いてやって下さい。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.05.24 22:25 | 編集
